第318話~やり場のない感情~
ライザ2たのしい!_(:3」∠)_(ゆるして
「いかにも寝不足という顔ですね。不潔です」
「違うから。そういう色っぽい感じの寝不足ではないから」
翌朝、顔を合わせるなりアクアウィルさんにディスられた。違うんだ。遅くまでとっかえひっかえしてたとかじゃなく、単純にゴーレムタレットの発砲音で寝不足になったんだ。これは要改良だな。うーん、サプレッサーをつけるか、銃身を改良するかだな。どうせ威力はオーバーキル気味なんだし、射程と威力を多少殺しても静音性を確保するのはアリかもしれない。
「というか、なかなかにやかましかったはずなのにそっちは寝不足っぽくないんだな?」
「水はいくらでもありましたから。精霊魔法で水の膜を作って宿舎を覆ったんです」
「アクアウィルさんは賢いお方……」
この採集拠点にも当然無限水源を設置しているので、アクアウィルさんの言う通り水はいくらでも手に入る。その水を使って防音膜を作るというのはとても賢い対処方法だと思う。若干大雑把というか力技な気もしないでもないが、もう一枚壁で囲うということを思いつかずに寝不足に陥った俺にそんな事を言う権利はあるまい。
「それで、惰眠を貪るのですか?」
「いや、確かに寝不足気味だけどそこまでじゃないから」
とりあえず身支度を整えてメシだ。顔を洗ってメシを食えば頭もシャッキリしてくるだろう。
実のところ、ハーピィさん達は種族的にショートスリーパーらしいので、あまり辛くないようなのだ。グランデと鬼娘達は昨晩の賑やかな銃撃音など一切気にせず眠りこけていたので、寝不足気味なのは俺だけなのである。
「では、今日は貴方の働きぶりを監督させていただきます。他にやることもないので」
「じゃあ是非いいところを見てもらわないとな」
と、気合を入れてみせたがアクアウィルさんは実に冷めた表情であった。私にいいところとやらを見せてどうなるというのか? とでも言いたげな表情だ。まだまだ仲良くなるには時間がかかりそうだな。
「さぁ、朝食にしよう。アクアウィルさんは朝食は軽めと重め、どっちがいい? 重めでいいならウィンナーとかベーコンとか出すけど」
「朝から塩辛い肉はちょっと」
「なら軽めで出すとしようか」
とりあえず、無視されるようなことは無いしこういった何気ない会話には普通に応じてくれるから前進はしているのかもしれない。根気よく行くとしよう。
☆★☆
朝食を終えたら早速採集タイムだ。まずは採集拠点周辺にゴロゴロと転がっている岩を片っ端から資材にしていく。
「いぇあぁぁぁぁぁっ!」
ミスリルツルハシを手に斜面を走り回る。よほど大きなものでない限り一振りで岩が消えていくので、非常にテンポ良く作業が進んでいく。
「相変わらずっすね」
「だねェ」
「何度見ても慣れないわね」
一応鬼娘達は俺の後をゆっくりついてきてくれている。俺は走り回って岩を粉砕しているが、ツルハシを振るう瞬間はどうしても足が止まるし、散在している岩を片っ端からぶっ潰しているので進行スピードは彼女達が歩くスピードとそう変わらない。彼女達は身体が大きい分足も長いからな。
「ある程度周りを片付けたら掘るぞ」
「はいはい、ご随意にってねェ。地の底からバカでかいワームとか変な魔物の巣とかを掘り起こさないでおくれよォ」
「やだこわい。そんなのいるの?」
初耳なんですけど。
☆★☆
「……不思議な光景ですね。何か幻術のようなもので化かされているような心地です」
「私も同じ心地です」
「コースケさんのやることですからねぇ」
そう言ってゲルダがにこにこしながら遠くでツルハシを振るっているあの男――コースケを眺めている。
あの光り輝くツルハシは総ミスリル製の上、拳ほどの大きさの魔煌石を使って付呪を行なっているという頭のおかしい品であると聞いている。それはつまり、あのツルハシ一本で国が傾きかねないほどの価値があるということだ。あの男はそんなものを他にも何本も持っているらしい。
「本当に、変な男ですね」
彼から渡された『そうがんきょう』という道具を眺めながら思わず溜息を吐く。これも不思議な道具だ。彼の話によれば水晶に特殊な加工をした『れんず』とやらを組み合わせて作られた『こうがくきき』というものらしいが、私には仕組みがさっぱりわからない。わからないが、覗くと遠くのものが大きく見える不思議で楽しい道具だ。この道具があれば城のバルコニーから城下町の様子がよく見えるだろう。正直に言うと欲しい。でもあの男から施しは受けたくない。
「これは面白い道具ですね」
レビエラもこのそうがんきょうという道具を気に入ったようで、先程からコースケだけでなくあちこちにそうがんきょうを向けて景色を楽しんでいる。この道具を使えば遠くの木の枝に止まっている小鳥の様子も大きく見える。メリネスブルグでは見かけない鳥などもいて、とても楽しい。
「コースケさんに譲ってもらえるかどうかあとで聞いておきますねぇ」
にこにこしながらゲルダがそう言ってくれたけれど、このような珍しい道具を譲ってもらうのに人づてというのはいくらなんでも礼を失するだろう。
「いえ、私が直接頼んでみますから大丈夫です」
「わかりましたぁ」
これを使えばオミクルやラニクルなどももっとよく見えるのでしょうか? そう思って今日も空の彼方に大きく見えるオミクルにそうがんきょうを向けてみましたが、あまり変わらないように見えました。むぅ、残念です。
「オミクルを見てもあまり変わらないように見えますね」
私がオミクルを見ているのに気づいたレビエラも同じようにオミクルにそうがんきょうを向けたようですが、やはり私とあまり変わらない感想のようです。
「そうですね。直接目で見るよりは少しはよく見えるようですが、あまり大きくは変わりませんね」
「コースケさんならオミクルを見るのに適したそうがんきょうをつくってくれるかもしれませんねぇ」
のほほんとしたゲルダの言葉に私は思わず愕然としてしまいました。確かに、このようなものをいとも容易く作り上げてしまうあの男であればそういったものを作り上げることも可能なのかもしれません。
天の頂きのその先に浮かぶオミクルとラニクル。いつも天にあるのに決して手が届かず、見通せぬもの。そんなオミクルとラニクルをもっと近くで、もっと大きく、もしかしたら今まで誰も見通せなかったものを見通せるかもしれない。
「……それは、とても素敵ですね」
ですが、そのような図々しい申し出などできるはずもありません。
自分でもわかってはいるのです。私が彼に悪感情を向けるのはあまりに筋違いであると。確かに理屈の上ではそうです。彼自身に非はありません。彼は単にシルフィと出会い、シルフィの願いに応えて力を貸し、結果として私達は救われた。
救われた身である私からすれば彼は命の恩人で、妹を助けてくれた恩人で、メリナード王国の民を救い、怨敵である聖王国を打ち払ってくれた恩人です。
ですが、どうしても私は彼が好きになれないのです。自らの命を投げうって私達を守ってくれた父様。その父様が居るべき場所に突如として収まってしまった彼が好きになれないのです。
そんな彼を簡単に受け入れるシルフィや母様、姉様達が好きになれないのです。
そんな気持ちを私に抱かせる原因である彼が好きになれないのです。
これは理屈ではなく、感情の話です。理屈ではわかっています。彼に非はないということは。ですが、父様の存在が蔑ろにされているようで私は悲しいのです。どうしようもなく。
「じゃあ、コースケさんに――」
「いえ、その必要はありません。それはあまりにも図々しく、厚かましい願いです。それに、私には対価を払うこともできませんから」
高揚した気分が一気に冷めるのを感じながら、私はそうがんきょうを使わずに彼――コースケへと視線を向けるのでした。