第313話~甘いスライムたちと辛いお姉さま~
朝早くにお犬様に起こされて寝不足気味の上に肩と背中がバッキバキなせいか頭痛までして遅れました(´゜ω゜`)(体調管理
結果的に言うと、ライム達の歓待(?)はとても穏便なものであった。
「オァー……」
全身が程よい温かさのライムの身体に包み込まれ、身体の隅々が揉みほぐされていく。温泉に入りながら、その温泉のお湯そのものにマッサージをされているような感覚だ。
「きもちいいー?」
「とてもよい……」
最初に裸に剥かれた時はもう駄目かと思った。最初にポイゾに全身を包まれて肌がピリピリし始めた時はこのまま捕食されるんじゃないかともの凄く焦った。結局それが何だったのかというと、なんでも身体の表面の垢や汚れなんかを全部溶かしていたらしい。一つ間違えば危ないんじゃ? と聞いたら。
「程よい感じになるよう沢山練習したのですよ?」
と言っていた。何を使ってどう練習して失敗した場合はどうなったのかを聞くのはあまりに怖かったので、詳しくは聞かないでおいた。俺、この三人がギズマの肉塊を瞬く間に消化吸収するのを何度も見てるからね。
その後はベスに引き継がれて全身をオイルマッサージされ、今に至る。
今の俺の状態? ライムに首から下を全部取り込まれてます、はい。そして俺の頭の位置はライムの胸の谷間にすっぽりと納められている。とても心地が良い……まぁ、不定形のスライムであるライムに胸だの尻だのという概念は基本的に無いので、俺の頭を挟んでいるこれは偽乳なのだけど。
「だいじょうぶー?」
「あー……あん? 大丈夫とは?」
「むりしてないー?」
ライムが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「こーすけはこのせかいのひとじゃないんだから、そんなにがんばらなくていいんだよー?」
「ああ、そういう……うーん、別に無理はしないし、毎日が楽しいよ。ハーピィさん達との間には子供も生まれたし、エレンとアマーリエさんも秋には出産するだろうしね。子供達のためにも色々なことにケリをつけていかないとな」
これから生まれてくる子供達には平和で安全で、便利な世の中を生きて欲しい。そのために頑張るのは少しも辛くないし、むしろやりがいを感じる。世界平和のために、なんて壮大過ぎる目標のためには頑張る気も起きないが、これから生まれてくる自分の子供のためにできることはどんどん片付けていくつもりだ。
「うー……」
「なにゃをするむぅあ?」
ライムの手が俺の頬をむにむにと捏ね始める。何かお気に召さないらしい。
「何もかもが嫌になったら私達の居るここに逃げてきても良いのよ。この世界の何もかもから私達が守ってあげる。あの時みたいにまた私達とコースケだけでのんびりと気ままに生活するのも良いじゃない」
「んごっ」
ベスまでもがそんな事を言いながら俺の鼻を指先で押し上げてくる。何故俺の鼻を豚さんみたいにするのか。
「私は二人と違って甘くないのですよ。これだけ色々やらかしている以上、コースケは責任取ってとことんやるべきなのです。でも、疲れた時にはここに来て休むと良いのですよ。ちょっとの間だけなら匿ってあげても良いのです」
ポイゾはそう言いながら俺の額を緑色の粘液でできた手でピタピタと叩いてくる。
「なんだかんだいってぽいぞもあまいー?」
「私は甘くないとか言いながら言ってることは私達と殆ど同じよね」
「違うのです。同じじゃないのです。二人とも私の話をちゃんと聞くのです」
くすくすと笑うライムとベス相手にポイゾは断固とした態度でその言葉を否定する。否定するのは良いんだけど、俺の額がとても痛いのでベチベチと叩くのはそろそろやめて欲しい。
その後、ポイゾはいかに自分がライムやベスと違って甘くないのか、自分とライム達の言っていることがどれくらい違うことなのかを力説したが、およそ二人には相手にされず受け流されていた。
ちなみに、俺の立場から見てもライムとベスは勿論のこと、ポイゾの言うことも十分に俺に甘いというか、優しい内容である。いざとなれば全て放り出してここにおいで、と言ってくれるの人がいるというのは嬉しいことだ。
この日はスライム三人娘に甲斐甲斐しくお世話をされてゆったりと過ごした。
翌日、ライム達に起こされた時に夕食を取って以降の記憶がまるで存在しないことに気がついたが、深く考えるのはやめた。ライム達と過ごした後はよくあることだから。よくあることだから!
思い出そうと深く考えこむと頭痛がしてくるので考えてはいけない。いいね? いいよ! ヨシ。
☆★☆
昨晩のことを思い出すのを本能的に拒否しながら今日も今日とてお仕事である。
とは言っても、俺に固定職というか、振り分けられているこれという仕事は今のところ無い。俺は自由な男なのだ。決して無職などではない。自由業というやつである。まぁ、そのうちメリナード王国各地に開拓地を用意するために馬車馬のようにこき使われることはほぼ確定なので、今のうちに自由を満喫するというのも悪くない。
「というわけで自由採集に行こうと思います」
「……」
何故それを私に伝えに来たのですか? と言いたげなアクアウィルさんの冷たい視線が俺に突き刺さる。アクアマリンのように綺麗な瞳の色も相まってか、背筋がゾクゾクするほど冷たい視線である。
「セラフィータさんが採集にアクアウィルさんも連れて行ってくれと仰られていましてですね」
「嫌です」
「城に閉じこもったままでは気が滅入るのではないかとも仰られていまして」
「余計なお世話です」
「気分転換にどうかなーって……」
「結構です」
冷たい視線を俺に向けたまま、アクアウィルさんは俺の誘いを全て一刀の下に切って捨てる。まったくもって取り付く島もない。
「私個人と致しましても、シルフィの姉君に嫌われたままというのはどうかと思うところでして」
「……別に放っておけばいいと思いますが」
少し間があったのは、恐らく俺に対する攻撃的な言葉を飲み込んだからだろう。
「私は貴方が嫌いです。シルフィだけでなくお母様、それにドリー姉様、最近はイフ姉様まで毒牙にかけようとしている節操のない貴方が大嫌いです。お母様達もお母様達です。命と引き換えに私達を守ってくれたお父様を蔑ろにして、早々に貴方のような男と……」
アクアウィルさんは吐き捨てるようにそう言って俺から視線を逸した。
「……言い過ぎました。貴方に感謝していないわけではないのです。貴方が居なければ私達は未だにこの城で凍りついていたか、或いは聖王国にお父様の魔法を解除されて慰み者にされていたかもしれません。シルフィも討ち死にしていたかもしれませんし、より多くの国民が未だに苦しめられていたに違いありません。貴方のお陰でお母様やお姉様、それにシルフィとまた一緒に暮らすことが……飢えることも、凍えることも、聖王国の連中に怯えることもなく暮らすことができているのもわかっています。それでも、私は……」
アクアウィルさんは俯き、黙り込んでしまった。アクアウィルさんの本音を聞いた俺としてはなるほどなぁ、という気持ちとやっぱりなぁ、という気持ちがないまぜになって大変複雑な気分である。彼女からしてみれば俺は彼女の父である前国王陛下、イクスウィル氏と家族の絆を引き裂く間男にしか見えないのだろう。
多分、彼女も俺とシルフィだけの関係であったのなら受け入れたのだろうが、ドリアーダさんやイフリータ、なによりセラフィータさんまでもが俺に好意を向けてくれているからなぁ。
俺としても狙ったわけじゃなく、恐らく俺の能力というか、アチーブメント関係の妙な好感度ブーストのせいで結果的にこうなってしまったんだと思うんだけど。流石に自分の素の魅力でドリアーダさんやセラフィータさんに好かれたのだと自惚れるほど俺は自信家ではない。いやそれを言ったら全員そうなんだけどさ。
「OK、理解した」
「……わかってくれましたか。そういうことなので、私のことは放っておいて下さい。邪魔にならないよう、目立たないようひっそりと生きていきますから」
「いや、それとこれとは話が別。アクアウィルさんが俺を嫌う理由は理解した。でもそれは別に今日一緒に採取に行かない理由にはならないし」
「なんでですか」
何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情を向けられるが、俺は怯まない。好感度が最初からマイナスだとわかっているなら、それはそれでやりようがあるというものだ。
というか、これが素なのか割と砕けた言葉が出てきたな。
「嫌いな相手と一緒に行動したり、生活するようなことも今後あるだろう。それをすべて避けていく事はできないんだから、我慢する練習ということで一つ。幸い、俺はシルフィと深い関係にあるわけだからアクアウィルさんに悪意を持って接することはないわけだし」
「そういう問題ではないでしょう」
「嫌いな相手でも利用して自分の利益になるように動くことも王族としては必要な振る舞いでは? 俺を利用してやるくらいの気持ちでどうぞ。あと、セラフィータさんに連れて行くよう頼まれたから諦めて」
「……っ!」
俺の口からセラフィータさんの名前が出たのが気に障ったのか、アクアウィルさんがキッと折れを睨みつけてくる。おお、そういう表情をするとシルフィにそっくりだ。
まぁつまりだ。やり方というのは多少強引にでも話を進めて無理矢理連れて行くということだな。どうせマイナスでそれ以上下がらないなら、何をどうやっても良かろうて。
「さぁさぁ、ご出立の準備を。まぁ、特に準備がなくとも全て何不自由なくご用意致しますが」
俺のインベントリの中には服から下着から何からおよそ人が必要とする生活物資は一通り入っている。いざとなればその場でなんだって用意できるしな。荒野のど真ん中で『今すぐ王族が過ごすに相応しい居室を用意せよ』と言われても用意する自信が俺にはある。
「強引で野蛮なエスコートですね」
「何せ育ちが育ちなもので。生粋の一般人ですから、エレガントな立ち居振る舞いなんてとてもとても」
そう言って肩を竦めてみせると、アクアウィルさんは諦めたかのようにため息を吐いた。とりあえず最初の関門は突破できたようで何よりだ。