第309話~大聖堂の調査~
くっ、この30分前後の遅れがどうしても詰めきれん……!_(:3」∠)_
「綺麗」
「うん、荘厳ね」
大聖堂に入り、物凄く高い天井や精緻な彫刻、それにステンドグラスなどを見上げてアイラとイフリータは口々に肯定的な感想を口にした。
「確かに。でも、こう言っちゃ何だが思うところがあったりはしないのか?」
「ん、まぁ無いこともない。でも、それとこれとは別。綺麗なものは綺麗」
「そうね。この聖堂を立てるために一体どれだけの同胞が血と汗と涙を流したのかを考えると思うところがないわけじゃないけど、この建物を造った職人の技には敬意を感じるわ」
「なるほど」
思うところは無いでもないが、それとこの聖堂の美しさは別の話ってとこか。まぁあくまでこの二人はって話で、中にはこの聖堂の存在自体をよく思わない人もいるだろうな。実際のところ、聖堂の中に亜人の姿は皆無だ。恐らくは殆ど寄り付かないのであろう。
逆に、人間のアドル教信者らしき人々の姿はまばらにだがある。そんな彼らはどうも俺達の様子を注視しているようだ。何故亜人がここに? とでも思っているのかも知れない。
「で、どうだ? 何かわかるか?」
「聖堂内は外に比べてマナが薄い」
「そうね。魔力の回復が早まるって話だったのに、これは奇妙ね」
二人とも手元に握り拳ほどの大きさの光の玉のようなものを出してあちこちに掲げている。前にもアイラが地下の遺跡探索で似たようなことをしていたな。所謂魔力感知の魔法なのだろう。
「薄い、ねぇ。俺には全く何もわからんな」
「コースケは魔力が無いから」
「それに薄いって言っても、感知魔法を使わないと殆どわからないわよ。空気が澄んでるように感じるかも、くらいの感覚ね」
「なるほど?」
マナが薄いと空気が澄んでるように感じるのか。ということは、過剰にマナが濃いと空気が澱んでいるように感じるのかね? 脈穴のある後方拠点でそういう話が出てるのは聞いたことがないけど。
「壁や柱の一部に魔力反応がある」
「装飾に使われている金属ね。ミスリルかしら?」
アイラとイフリータが注目している装飾を俺も二人の後ろから覗き込んでみる。はっきりとはわからないが、ミスリルを含んだ何らかの合金金属であるようだ。ミスリルと金の合金かな?
「メッキだけど、ミスリル金合金かな」
「多分だけど、これ一種の魔道回路になってるわね」
「ん、多分そう。多分、効果はマナの拡散。清浄化と言っても良い」
「魔力を集めるどころか拡散してるのか。どういうことだろう?」
三人で揃って首を傾げる。そんな俺達をカテリーナ高司祭は無表情で見つめていた。なんだかんだで黙って付き合ってくれる辺り、気難しそうに見えるけどとても優しい人なのかも知れない。
「カテリーナ高司祭。この聖堂内では奇跡の効果や怪我や病気の回復力が増幅されるんでしたよね?」
「はい、そうなります。貴方もその恩恵に浴したと聞いていますが」
「そうらしいですね。バジリスクの毒を塗った短剣で肝臓を刺されたんですが、一命を取り留めました」
「え? ちょっと待って? 初めて聞いたんだけど?」
「そうか。そういう事があったんだよ」
「いや、なんで生きてるの? バジリスクの毒って場合によってはドラゴンもひっくり返るくらいの猛毒よ? あんたの生命力ってどうなってるわけ?」
「普通の人よりは少しだけ頑丈かもしれないな」
少しだけね。この少しだけがなかったらバジリスクの毒短剣以前に多分腎虚で昇天しているので、この少しだけの頑丈さをくれたあの愉快犯には少しだけ感謝してやらなくもない。
「今までで一番コースケが尋常な存在ではないのだと思い知った気がするわ」
「普通即死してる。ドラゴンにも引けを取らない生命力」
「こいつの血とか魔法薬の材料にしたら良いんじゃない? ドラゴンの血並みの性能になるかもしれないわよ」
「神聖な聖堂でそのように人道に反しそうな内容の話を大声でするのは控えていただきたいですね」
いいぞカテリーナ高司祭、もっと言ってやってくれ。アイラとかたまに俺を実験動物代わりにすることがあるからな。頑丈だからって怪しいお薬の臨床試験を俺の同意なしに行うのはやめて欲しい。
その後、カテリーナ高司祭に案内されて聖堂の中を見て回り、最後に瞑想の間という場所に案内された。ここは一定以上の実力を持つ奇跡の使い手が奇跡の修練や高位の奇跡を行使する際に使う場所で、本来ならば部外者を入れるようなところではないらしい。
「物凄くマナが濃い」
「でも、普通のマナじゃないわね。かなり光属性に寄っているわ」
二人の手元に浮かんでいる探知魔法の玉が激しく反応をしているのが見て取れる。聖堂の奥、この瞑想の間とその周辺の部屋はかなりマナが濃いようで、瞑想の間に近づくにつれて探知魔法が反応を強めていたのだ。ここに来て反応は最高潮といった様子だな。
「裁断の光芒十字から強い魔力反応がある」
「これはミスリル製ね。まるで聖堂全体の魔力がここに集中してるみたい」
二人の話を聞きながら、俺も俺なりにこの大聖堂の仕組みを考察する。
恐らくだが、この大聖堂というのは一種の魔力集積施設なのだろうと思う。ただ、その構造は決して単純なものではない。一番広い空間のある大聖堂の本堂には空間の魔力を拡散させ、清浄化する魔道回路が動作しており、一般的な空間よりもむしろマナの密度が低い。そして重要な区画――つまりこの瞑想の間と、その周辺の部屋だけは通常では考えられないほどにマナが濃い。かつて俺がエレン達に看病されていた部屋もこの瞑想の間のすぐ近くにあるようだ。
「魔道具ではない」
「そうね、術式回路に相当するものは見当たらないわ。何の変哲もないミスリル製の光芒十字ね」
濃密なマナを放射しているという光芒十字――アドル教のホーリーシンボルだ――を調べていたアイラとイフリータがそう言って唸り声を上げ始める。
「何か閃きそうなんだよな……」
意図的にマナを拡散させて薄くしている大きな空間というのが引っかかる。基本的にエネルギーとかそういうものは均衡を保とうとするものだ。お湯をそのまま放置していればいずれ熱が抜けて常温になるように。氷が溶けて水になるように。マナも人為的に薄くすれば、均衡を保とうと周囲から流れ込んでくるのではないだろうか?
つまり、人為的に大気中のマナ――この場合は聖堂内のマナを拡散し、希薄にすることで聖堂の周囲からマナを引き寄せているのではないだろうか? それを魔力伝導性の高いミスリル系の合金を使うことによって捕獲し、純ミスリルやミスリル合金の魔力伝導性の高低をりようして回路を形成し、この瞑想の間にマナを集めているのかもしれない。
つまり、この瞑想の間で魔力を放射している光芒十字は大聖堂全体で構成されている回路の終端、というか集めたマナの出力先なのではなかろうか。
「ちょっと仮説を思いついたんだが」
「ん、聞かせて」
「聞きましょう」
頭を悩ませていた二人が今しがた思いついた俺の仮説を聞いて唸る。
「有り得ないとは言えない。こんなに大規模な魔道回路なんて聞いたことがないけど」
「アドル教の聖堂を立てる職人にも話を聞いてみたいところね」
と、イフリータがカテリーナ高司祭に視線を向けるが、カテリーナ高司祭は厳しい表情のまま首を横に振った。
「小さな教会ならばともかく、このような大規模な聖堂を作り上げるような職人は本国にしかいません。今のこの国と聖王国との関係性を考えると招聘するのは難しいでしょう」
「むぅ」
「大聖堂の設計図だけでも手に入らない?」
「私も詳しくはありませんが、難しいかと。手に入れられるよう手は尽くしてみますが、期待はなさらないでください」
「なんとかお願いします」
手は尽くしてくれるということなので、頭を下げて感謝を意を示しておく。こういう時にちゃんと感謝の気持ちを言葉と態度で示すのは大事なことだ。
「コースケなら大聖堂を分解して調べられるんじゃないの?」
「できる可能性は無くもないが、それで大聖堂になんらかの悪影響が出たら目も当てられないだろう。もし大聖堂全体が一つの魔道回路として動作しているなら、下手なことはしないほうが良いな。それに何よりも、アドル教の拠り所と言える大聖堂を一部でも分解して調べるってのはちょっと」
「ん、大問題」
「それもそうね」
俺とアイラの意見にイフリータが素直に頷く。というか、カテリーナ高司祭が怖いから滅多なことは言わないで欲しい。ほら、目尻がつり上がってるじゃないか。そんな無体なことをするつもりはないからどうか怒りを鎮めて欲しい。
「何れにせよ、指針は掴めただろう。マナ濃度の偏差を利用するって知見を得たのと、マナを拡散させる魔道回路のサンプルが手に入ったのは大きいんじゃないか?」
「そうね。それで満足しておきましょう。あとは実験を繰り返すだけね」
「ん。魔道回路のサンプルを書写していく」
これでマナトラップの開発が少し前進しそうだ。俺達はその後も聖堂内の壁や柱の中に走るミスリス合金の反応や魔力拡散の効果がある魔道回路の調査を進め、時間を割いて案内をしてくれたカテリーナ高司祭にお礼を言って大聖堂を後にするのであった。