第308話~挑発~
ちょっと急な作業があって遅れました! ゆるして!_(:3」∠)_
「聞いた話によると、あの後は聖女達と随分とお楽しみだったようね?」
「私達はコースケに言いつけられた課題に取り組んでたのに」
「お楽しみであったという事実に関しては認めることも吝かではない。でもマナトラップの開発に役立ちそうな話もちゃんと聞いてきたから」
「ふーん?」
翌日、再びマナトラップ開発を進めようと再びイフリータの私室を訪れたら二人にジト目で見られた。確かにスキンシップは十分にしてきたが、卑猥は一切ない。実際健全。ただうん。一言だけ言うとおっぱいって最高だよな。アイラとイフリータの胸部装甲については彼女達の名誉のためにコメントを差し控えるけど。
「アドル教の聖堂って知ってるよな」
「ん、知ってる。街に一つは建ってる」
「いつの間にかこのメリネスブルグにも大層なのが建ってたわね」
「うん、あの聖堂なんだけどな。なんでも聖堂内では治癒の奇跡の効果が上がったりするし、聖職者の魔力回復が早くなったりもするらしい」
俺の言葉にアイラが大きな目を見開き、イフリータが長く尖った耳をピクリと震わせる。
「聖職者限定――かどうかはわからないけど、魔力回復が早くなるってのは興味深いよな?」
「確かに。アドル教の聖堂には近寄ったことがない」
「亜人排斥主義者の本拠地だものね。でも、聖堂のその魔力回復効果を解析できれば魔力集積機関のヒントになるかもしれないわね」
アイラとイフリータが興味深そうに頷く。魔力集積機関か。イフリータはマナトラップのことをそう呼ぶことにしたらしい。確かにストレートでわかりやすい名前ではあるな。
「でも、どうする? 見学に行く?」
「コースケはともかく、私達が行くのは面倒事が起こりそうなんだけど」
「大丈夫だ。昨日のうちにエレン達に言ってカテリーナ高司祭に話をつけてもらってある。これから向かえばもう朝の礼拝が終わっていてある程度手が空いている筈だ」
「コースケ、用意が良い」
「やるわね。それじゃあ、向かいましょうか?」
「そうしよう」
俺達は連れ立って意気揚々と馬車が用意されている乗降場に向かう。この三人で一緒に出かけるのは初めてだな……と思っていたら、送迎用の馬車に乗り込んだところで問題が発生した。
「それはどうかと思うわ」
「私とコースケは夫婦同然。問題ない」
アイラが俺の隣に座り、俺の膝の上に身体を横たえて思いっきり甘え始めると、イフリータから物言いが入ったのだ。俺は俺で膝の上に寝転んだアイラのサラサラの髪の毛やぷにぷにのほっぺたを自然に撫でたり擦ったりしていたので、イフリータの物言いが入るまで状況に何の疑問も抱いてはいなかった。慣れって怖いな!
「ごろにゃんモードは夫婦同然の仲の私にのみ許されている。イフリータ様はそういう関係じゃないからダメ」
「別に同じことをしたいとかそういうわけじゃなくて。慎みの問題よ」
「夫婦同然の私達がこうして絆を深め合うのは自然なこと。ここは馬車の中で公衆の面前というわけでもない。適切」
「私の、目が、あるでしょう?」
「???」
それに何の問題が? という顔をするアイラにイフリータが徐々に怒りのボルテージを上昇させていく。何故ここで急にイフリータを挑発するんですか、アイラさん。イフリータの口元だけが笑っていて物凄く怖いんですが。目が完全に笑っていないのに口元だけ笑みなのすげぇ怖い。笑顔とは本来攻撃的な表情なのだということがよく分かる。本当かどうか知らんけどとりあえず怖い。
「羨ましい?」
「なっ……!? そんなこと一言も言ってないでしょ!?」
ガオーッ! とイフリータが吼える。しかし、アイラは特に怯えるようなこともなく、頭を撫でるのが止まっていた俺の手を両手で掴み、自分の頬のところに持ってきてスリスリと頬を擦りつけ始める。
「あの、アイラさん?」
「ん?」
「ええと、一体どうしたので?」
アイラの突然の凶行(?)に純粋な疑問をぶつける。本当に唐突に過ぎると思うんだ。
「単に甘えたいだけ。あと、煮え切らないイフリータ様を挑発している」
「んなっ……!?」
はっきりと挑発していると宣言されたイフリータがいきり立つ。いや、そこでいきり立つのはアイラの思うつぼでは?
「くっ……!」
それに気づいたのか、イフリータは座席から浮かしかけた腰を再び座席へと落とし、不機嫌そうな表情でそっぽを向いてしまった。しかしエルフ特有の尖った笹穂耳が真っ赤である。
えー……いや、薄々そうかなとは思ってたけど、そういうこと? なんだろう、俺の身体からなんか変なフェロモンでも出てるんだろうか? いや、今に始まったことじゃないけども。
「あの……」
「うっさい! 喋んな!」
「あ、はい」
真っ赤なお顔で指を突きつけてそう言われては黙るしかない。そんな状況を俺の膝の上から眺めながら、アイラだけが口元をニヨニヨと緩めていた。場を引っ掻き回して悪い子だな。ちょっとお仕置きしておこう――と思って頬を軽く抓ろうとしたらぱくりと指を咥えられてしまった。やめなさい。こら! ねっとりと指をしゃぶるんじゃない!
☆★☆
「さ、さぁ! 大聖堂に着いたぞ! しっかり見学していこう!」
「ん、しっかり調べる」
「……」
アイラはいつも通りだが、イフリータのご機嫌がとてもよろしくない。
「何かあったのですか?」
「いえなんでもないですはい」
出迎えてくれたカテリーナ高司祭に訝しげな視線を向けられ、俺は思わず背筋を伸ばしてそう答える。カテリーナ高司祭はいかにも厳格な女傑といった感じで俺はちょっと苦手なんだよな。どうもエレンと関係を持つ一方でシルフィや他の女性達と関係を持っているということも彼女としては気に入らないようで、微妙に俺への当たりが強いというか、対応が厳しいように感じてしまうのだ。
実際にはそんなことはなく、俺が後ろめたく思っているからそう感じているだけなのかもしれないけど。
「エレオノーラ様とはどうですか?」
「ええと、昨日は一緒にゆっくりと過ごしました。身体の調子も、お腹の子供の調子も良いみたいです」
「そうですか、それは結構なことです。その翌日にまた別の女性を連れて神聖な聖堂に物見遊山というのはどうかと思いますが」
「あ、あはは……これは今後の国の発展を支える重要な研究を進めるための学術調査ですから。二人ともとても優秀な魔道士なんです」
「それは存じております」
ピシャリとそう言ってカテリーナ高司祭は踵を返す。
「どうぞ、ご案内致します」
「これはどうも。さぁ、二人とも行こう」
「ん」
「……ええ」
アイラについては心配していなかったが、イフリータも素直に頷いてくれたのでホッとする。ここでへそを曲げられたらどうしようかと本気で心配した。カテリーナ高司祭の前で痴話喧嘩などを始めた日には間違いなくお説教されるに違いないだろうから。
このまま何事もなく終わってくれよ、と俺は祈りつつアドル教の大聖堂へと足を踏み入れるのだった。