第306話~基礎研究は地味で退屈~
みじけぇ!(゜ω゜)(ゆるして
「ほい、試作一号機完成」
そう言って俺はゴーレム作業台で作り出したマナトラップ試作一号機を二人の目の前に差し出した。
「なにこの……なに?」
「金属製の珠……? 網……?」
俺が取り出したのはミスリル銀合金のワイヤー、というか針金で作られた球形の物体であった。表面だけでなく、内部まで細かく網――というか格子が張り巡らされている逸品だ。最外部のフレームとなる部分だけは針金を太くして頑丈にしてあり、内部にはそれよりもかなり細いワイヤーを使用している。こう見えて全て一体成型で作られている品で、恐らく元の世界でもこれと同じものを作り出すのは非常に難しいであろう逸品である。クラフト能力様々だな。
「より少ない部材で表面積を稼ぐために手の込んだ形にしてみました。魔力収集性能の高い杖だと思って手に持ってみてくれ」
「私がやる」
アイラが小さな手を差し出してきたので、その手の上にマナトラップ試作一号機を載せてやる。するとアイラはその大きな目を興味深げに細めて試作一号機の網の目の奥を覗き込んだ。
「なんかすごいみっちり。こんなのコースケ以外に作れない」
「それじゃダメじゃない」
「それは勿論そうだ。実は試作二号機も作ってある」
そうして今度は四角いフレームの中にぐねぐねと折り曲げた薄いミスリル銀合金板をみっしりと詰めた試作二号機を取りだし、イフリータに渡す。見ようによっては自動車のラジエータのようにも見えるかも知れない。
「こっちは製造難度がマシっぽいわね」
イフリータがラジエーター型の試作二号機を手に持ってしげしげと眺める。うん、間違いなくそっちのほうが作るのは簡単だと思う。実際のところ一体成型というか、継ぎ目の無いような形でなくとも導体同士が直接接触していれば良いというのであればラジエーター型のほうが量産にも向くと思う。
「で、どうだ? 魔力集まるか?」
「ちょっと待って」
「そんなすぐにはわかんないから。ちょっと集中しないと」
そう言って二人はそれぞれ試作一号機と二号機を手に持ったまま目を瞑って何やら瞑想のようなことを始めた。
「んー……確かに効率が良いような?」
「大きさの割には優秀」
二人が試作機を持ち替えて再び瞑想し、また持ち替えては瞑想しという感じで試作機の動作確認をする。
「簡単に持ち運びできるサイズにはしては優秀?」
「この大きさで魔力収集効率重視型の杖と遜色ない性能をしているのは素直に凄いと思うわ」
「ん、確かに。ちょっとした便利アイテム」
「なるほど、じゃあどんどん行こうか」
今度は一抱えほどの大きさのものを作って机の上に置く。何故直接手渡さないのかというと、総金属製なのでそれなりの重量になっているからだ。無論、まだまだ持ち運びできないような重さではないが。
「あの、もしかしてだけど」
「うん、大きくなれば大きくなるほど効率が上がるのか、どこまでの大きさまでが有効なのかを割り出していくぞ。人力で」
「……これは骨が折れそう」
検証の結果、ごく原始的なマナトラップは一辺が1.5m程の立方体くらいまでが性能を向上させることのできる限界の大きさで、大きくすれば大きくするほどラジエータータイプの方が効率が良いということがわかってきた。
「……疲れた」
「……もういい?」
「ははは、ご苦労さん」
何度も魔力収集のために瞑想させられたアイラとイフリータがぐったりとしているので、焼きリンゴとお茶を出してやる。焼きリンゴは材料がリンゴだけでクラフトできるのに甘くて美味しくて手軽なので、大量にストックしてあるのだ。焼きりんごを材料にアップルパイやフルーツケーキなんかも作れるので、実はお菓子の中間素材だったりもする。
「とりあえず大きさの指針は掴めたから、次は内部のフィンの密度とかフィンの薄さとかが効率に影響するかどうかを確かめようか」
俺の言葉に二人がビクリと身を震わせ、焼きリンゴを食べる手を止めた。ギギギ……と音がしそうなほどにぎこちなくこちらに顔を向けてくる。うん、二人ともお目々に光が無いな。
「大丈夫、そんなに細かくやらないから。大きさは最適値が出てるし」
まぁ、この実験も二人の魔力収集能力が一定というか、同一であると想定してのデータだから、指針にしかならないのだろうけどな。俺は実験に慣れた科学者じゃないので、正直に言うと効率的な実験方法というものがよくわからないのだ。かなり手探り感あります。
それにこの先のことを考えると本当にこの大きさが最適かどうかもわからないしな。アイラやイフリータの持つ魔力収集能力と、これから開発する予定の魔力収集器の魔力収集能力が同一であるかどうかなんてわからないし。まぁ、素人は素人なりに実験を繰り返していくしかないな。
そもそも、このラジエータ型が最適解だとも限らないしな。もしかしたら表面積が関係するんじゃないかという読みが的外れの可能性もあるし、今まで実験していない別の形の方が効率的だったりする可能性もある。パラボラアンテナ型とか、あの……名前がわからんのだけど、屋根の上に設置する魚の骨みたいな形のテレビアンテナみたいなやつのほうがもしかしたら魔力吸収効率が良いかも知れないし。
「基礎研究って大事なんだな」
「ん、それは間違いない」
「そうね。魔法や術式の発展も地味な研究の積み重ねで徐々に進んできたんだし……コースケの持つ異世界の知識や技術の応用で新しい何かが出来上がると良いわね」
「俺なりに頑張ってみましょう。というわけで、食べ終わったら引き続きよろしく」
「……うん」
「……ええ」
地味で疲れる作業にうんざりしながらもしっかり付き合ってくれる二人には何かしらのサービスをしなきゃいけないな。後で二人のリクエストを聞いて、夕食に何でも好きなものを作ってあげるとしよう。