第302話~晩酌にて~
遅れる時間は短くなってきた!(゜ω゜)(ゆるして
「なるほどー、私達が聖王国の陰険野郎とバチバチとやりあっている間にコースケさんはイフリータ様とお忍びデートを楽しんでいたというわけですね」
「違う。いやそうだけどそうじゃない」
イフリータと一緒に商人組合や冒険者ギルドを訪ねたその日の夜。俺は夕食後の晩酌の席でメルティに思いっきり絡まれていた。文字通り物理的な意味でも。俺はぬいぐるみとかじゃないから、気軽に首を抱き込まないで欲しい。メルティのおっぱいに埋もれたりして顔や頭は幸せだが、力が強すぎて幸福感より危機感のほうが強いから。
「メルティ、もっと優しく扱え」
「優しく扱ってますー」
「ぐえー」
嘘だ! 今キュッと首が絞まったぞ!
シルフィはシルフィで酒精に顔を火照らせたまま俺の膝に上半身を預けてぐでーんとしている。今日の聖王国との話し合いは二人にとってとてもストレスフルなものであったようだ。
「真面目な話だから。ちゃんと聞いてー」
「ん、私は聞いてる」
「アイラはそういうところがズルい」
「そうですよー、いつも良いところを見せてー」
「二人がぐだぐだなだけ。それで、商業組合と冒険者ギルドを見てきて色々思った?」
ぶーぶーと文句を言うシルフィとアイラを一蹴し、アイラが聞く体勢になってくれる。やっぱりアイラは頼りになるなぁ。
「まぁつまりだ。奴隷扱いから解放されたは良いけど、まともな仕事にありつけない亜人達が大変だってことだな。すぐにどうこうなるとは思えないけど、今すぐに何か手を打たないと後々に響きそうな感じだ」
「それは私達とてわかっている。街道の整備やその警備などの仕事を冒険者ギルドを通じて回しているし、商人組合にもテコ入れして国内外の交易を活発化しているぞ」
「うん、それはそうなんだろうけど、実際にはあまり成果が上がってないように見えたんだよな。で、色々と現場で聞き込みをしてきたんだ」
シルフィとメルティは相変わらず俺を抱きしめたり、俺の膝を占拠したりしたままだったが一応聞く体勢にはなってくれたようだ。
「つまりだな、要約すると仕事はあっても仕事をするための準備すらできない連中が多いってことなんだよ」
「うん? どういうことだ?」
「冒険者ギルドで日銭を稼ぐのがやっとの連中ってのは、本当にその日を生きるのに精一杯で、街道の整備やその警備、或いは交易を行う商人達の護衛をこなせるだけの最低限の装備すら用意することができない奴らが多かったんだ。例えるなら家から出て買い物に行こうにも、買い物に行くための服がないみたいな感じだな。というか、服を買うための金も無い」
「つまり武器や防具が用意できないということですか?」
「それ以前の問題だ。ちょっと遠出するための水袋や携行糧食、それらを入れるための雑嚢、そういったものすら用意するのが難しいような状態だよ」
実際、昼間から冒険者ギルドに屯していた連中の殆どはそういった奴らばかりだった。毎日ギリギリ食うのもやっと。下手すりゃ仕事にありつけず野宿。それどころかメシも食えないなんて奴らがゴロゴロしてたんだ。
「それじゃあ街中ですぐに終わる仕事しか受けられない」
「そういうことだな。装備が揃えられないから街中での荷運びとか、ちょっとした軽作業くらいしかできないって連中が多かった」
「……思った以上に深刻だな。しかし、そう言った者達にだけ施しを与えるわけにもいくまい」
「そうですね。冒険者ギルドに登録すればある程度の装備を整えることができるちょっとした額のお金を支給されるとなれば、冒険者として活動するつもりのない人達も冒険者ギルドに殺到して小金を掠め取ろうとするかもしれませんし」
「まぁ、優遇するのはちょっと違うよな。だからちょっと提案なんだが、冒険者ギルドにいくらか金を回して支援制度を立ち上げないか?」
「支援制度。そういった人達にお金を貸し付けるの? 戻ってこないと思う」
うん、アイラの言う通り俺もそう思う。食うや食わずで追い詰められている人に「これで装備を整えてこい」ってちょっとした額の金を渡しても、そのまま別のことに使ってしまう可能性はかなり高いんじゃないかな。
「金を直接じゃなく、装備を支給するんだ。冒険者ギルドのマークでも刻印した装備一式を支給して、冒険者が依頼を達成して支払われる報酬からいくらか天引きして元を取るわけだな」
「食うや食わずの連中だと、支給された装備を売り払って金に変える奴らが出てこないか?」
「装備に冒険者ギルドの支給品を示す刻印をしてあれば大丈夫だと思うけどな。あとは、フードチケットも同時に配布する」
「フードチケット?」
「フードチケット取扱店として契約した食堂や宿に冒険者ギルドが発行するフードチケットを渡したら金を払わなくてもメシを食えるようにするわけだ。フードチケットを受け取った食堂や宿は、そのフードチケットを冒険者ギルドか役所に持っていけば金を貰えるようにしておけばいい。店側のメリットは将来的なお客様を獲得できる可能性があるってのと、冒険者ギルドなり国なりに認定された信頼の置ける店だっていうネームバリューを得られるってことだな」
「うーん……面白いですけど、それなりに手間ですね。審査基準なども設けなければなりませんし、国の管轄で行なうのか、冒険者ギルドの管轄で行なうのかというのも問題です。利権の発生しそうな話ですし」
確かにちょっとした利権になるだろうな。フードチケット取扱店には食うや食わずの冒険者が殺到することになるだろうし、そういった冒険者が来れば来るだけ冒険者ギルドなり役所なりで金を貰える。取扱店として認定されること自体が一種の利権となるだろうし、認定をする組織――この場合は冒険者ギルドや役所の当該部署――に利権が発生することになる。
役所に新部署が解説されるとなればそれだけポストが増えることになるだろうし、それもまた利権の一つとなるだろう。
「細かい調整は丸投げで」
「怒りますよ?」
「いやいや、冒険者ギルドに丸投げするのもアリだと思うんだよ。ある意味で冒険者ギルドの権限の拡大にもなるわけだし、冒険者ギルド内でもポストが増えるだろう? 国はいくらか助成金を出して、細かい部分を詰めて良きに計らえ。案がある程度煮詰まったら承認して金を出すよという雌性でも良いんじゃないかな?」
「ふーむ……」
俺の提案にメルティは考え込んだ。恐らくメルティの立場としては最終的な権限を国が持った上で、支払う助成金以上に冒険者ギルドからの税収が増えれば構わないんじゃないかと思うんだよな。
問題は、そこに割く人員をどうするかという話で。
「冒険者ギルドとの連絡員としては俺が働くぞ。言い出しっぺだし、何より聖王国関連の会談からはハブられて暇だからな」
「別に悪意があってコースケを聖王国の連中に近づけないわけじゃないんだぞ?」
「わかってるけど、シルフィ達が働いているのに俺だけ引きこもってボーッとしてるってのも性に合わないんだよ。メリナード王国のために俺も何かしたいって気持ちは汲んで欲しい」
「ぬぅ……そう言われるとな」
「コースケさんが動いてくれるのは良いですけれど、財源は……」
メルティの疑問には左手の指の間に挟んだ宝石の源石と、右手に持ったミスリルのインゴットで答える。
「あの、あまりばら撒かれると値崩れを起こすので程々にして欲しいんですけど」
「じゃあ冒険者ギルドから支給する現物を俺が作って供給するって方法もあるけど」
「それはそれでメリネスブルグと周辺地域の産業にダメージが入るのでやめてください。わかりました、財源はこちらから――」
「ああ、あと商人組合にそれなりの数を投資のために預けたな」
アレについても商人組合に行って話を詰めていかなければなるまい。いやぁ、やることが沢山あるなぁ。
「コースケさぁん? 勝手にそういう事されると私、とーっても困ってしまうんですけどぉ?」
「ゆるして」
メルティが迫力のある満面の笑みを浮かべながら俺の両頬を摘んでくる。謝るから許してください! メルティが頬を抓って引っ張るとマジで冗談じゃなく頬肉が千切れるから!
「はぁ……過ぎたことですからこれ以上は言いませんけど、本当に頼みますよ?」
「俺が自由にしていい金が無かったもので……」
「それはそれで問題だな。メルティ?」
「はい、王配として相応しいというだけの額を用意できるかはわかりませんけど、国庫からある程度出します……というか、そもそもほとんど全部コースケさんが稼いだお金なんですけどね」
「結局のところ、何から何までコースケにおんぶにだっこだからな……偉そうにあれをするな、これをするなと言ったり、金を勝手に使うなだの、能力を勝手に使うなだの言える立場じゃないんだよな、私達は」
なんだかシルフィのテンションが急に下がり始めたので、膝の上にある頭をワシャワシャと撫でておく。うーん、このサラサラとした手触りは何度触っても飽きないな。あんまりワシャワシャすると髪の毛がぐちゃぐちゃになるから、適度にやっておこう。
「そういうのは言いっこなしで。持ちつ持たれつ、それでいいじゃない」
「うん」
「そこでアイラが返事をするのはおかしくないか?」
「早い者勝ち。それよりも、コースケ」
「うん?」
アイラに視線を向けると、アイラの目がとても据わっていらっしゃった。ナンデ?
「魔法の勉強をするなら私がいる」
「えっと、アイラは忙しそう――」
「私がいる」
「いや――」
「私がいる」
アイラの大きな瞳がどんよりと濁っていく。正直に言うとかなり怖い。
「はい、アイラ先生にも教えてもらいたいです」
「それでいい」
根負けした俺がお願いすると、アイラは満足そうに頷いた。どうやら俺は二人の先生から魔法についても学ぶことになるらしい。これは暫く退屈をしないで済みそうだな。ハハハ。