第301話~メリナード王国冒険者ギルドメリネスブルグ本部~
なかなか18時に間に合わないな!_(:3」∠)_
「……雰囲気が良くないな」
「そうね」
冒険者ギルドに足を踏み入れた俺とイフリータであったが、中の様子を見て思わず顔をしかめてしまった。
冒険者ギルド内に人は多かったが、いかにも冒険者という風体の者達はあまり多くない。多くは着の身着のままといった風体の亜人達ばかりで、更に誰も彼もが不景気な表情をしている。事情はなんとなく透けて見えるが、さて。
「……とりあえずカウンターに行くか」
「ええ。依頼用のカウンターで良いと思うわよ」
イフリータと並んで職員の詰めているカウンターへと向かう。そんな俺達に投げかけられてくる視線は好奇のものだけでなく、明らかに負の感情が込められているものもあった。
うーん、やっぱりこういう現場を見ると何かしなくちゃいけないって気持ちが高まってくるなぁ。全てを救うなんてことはできっこないんだろうが、自分の力でできることはできる範囲でやっていきたいもんだ。さしあたっては、冒険者ギルドの景気を良くするのが俺にできることってわけだ。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにようこそ。ご依頼ですか?」
「そのようなものよ。錬金術や魔法の実験に使う素材を求めててね、素材のサンプルをあるだけ見せて欲しいの。値段や入手量によっては大量購入や大量発注、常設依頼も有り得るわ」
「それは素晴らしいですね。どうぞ、こちらへ」
職員さんに案内されてギルドの奥にある応接室へと通される。その間も負の感情が込められた視線は俺達に向いていたが、イフリータはまるで気にする様子がない。気付いていないということはないだろうから、恐らく気付いてなお何もないように振る舞っているんだろう。俺なんかは居心地が悪くて仕方がないんだけどな。
「こちらでお待ち下さい。すぐに担当の者をお連れ致します」
「どうも」
そそくさと応接室から去っていく職員さんを見送り、イフリータと共に長椅子に腰を落ち着ける。やはり冒険者ギルドの応接室の内装は商人組合のそれと比べると二段も三段も落ちるな。調度品然り、俺達の腰掛けている長椅子然り、多分これから出てくるお茶もそうだろう。
「相変わらずね、ここは」
「二十年前もこんな感じだったのか?」
「応接室のお粗末さはね。昔はもっと景気は良さそうだったし、活気もあったわよ」
「景気悪そうだよなぁ……なんとかできんもんかね」
「そう簡単に解決できる問題ならシルフィとメルティがどうにでもしてるわよ」
それはそうなんだろうけれどもね。うーん、俺の頭で考えつくようなことはとっくに提案、実行されてそうだしなぁ。いや、とりあえず案を出してみるのはアリか。幸い、亜人達の雇用の受け皿としてはかなり期待できそうだし、商人組合と組んでテコ入れするのはアリかもしれない。
とは言え、あまりシルフィ達の頭越しにことを進めるのも良くないか。今日のところは顔だけ繋げておいて、それからシルフィとメルティに相談して計画を立て、物事を前に進めていくのが良いだろう。
「また考え込んでるわね」
「できるかどうかは別として、できそうなこと、やれそうなことは常に考えていかないとな」
「本当に、意外と真面目よねぇ……シルフィ達はこういうところが良いのかしら?」
「いや、それは知らんけども」
などと話していると応接室の扉がノックされ、続々と人が入ってきた。最初に入ってきたのはひょろりと細い体躯が特徴的な初老の男性で、その他に大きな木箱を抱えた若い男性職員が数名だ。
「お待たせ致しました。アレス君、荷物を置いたらシンディ君に茶を用意するよう伝えてくれ」
「はい!」
アレス君と呼ばれた体格の良い男性職員が俺達に一礼してから部屋を出てバタバタと駆けていく。それを見送ったひょろりとした初老の男性は苦笑いを浮かべながら俺達に頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしまして。私はバラン、メリナード王国冒険者ギルド、メリネスブルグ本部の副本部長です」
「イフリータ=ダナル=メリナードよ。こっちはコースケ」
「どうも、コースケです」
「これはこれは……今代女王陛下のご夫君と姉君でございましたか。このような粗末な場所での接待、ご無礼つかまつりました」
バラン副本部長がまさに平身低頭といった態度で頭を下げる。この場に残っていた二人の若いギルド職員に至っては床に跪いて頭を下げている。おおう、あまり大仰なのは苦手なんだが。
「そういうのは良いわよ。女王陛下の姉と言っても今の私は無位無冠だしね。こっちは本物の王配だから、本来は足を運ぶような身分じゃないんだけど……」
「勘弁してくれ。立場はともかく、俺は本当に一般人マインドの小市民なんだぞ」
「本当は商人組合に関しても冒険者ギルドに関しても直接工して足を運ぶんじゃなくて呼びつける立場なんだけどね。ま、本人がこういう感じだからあまりしゃちほこばらないで接してちょうだい。ちょっと上等な客くらいの塩梅で」
「ははは……中々難しいご注文ですな」
そう言ってバラン副本部長は苦笑いを浮かべながら額に汗を浮かばせた。居残りの若い男性職員二人は跪いたまま固まってしまっている。別に何か気に入らないことがあったらいきなり「死刑だ!」とか言わないからそんなに怖がらないで欲しい。
「ええと、まずは商談を進めよう。冒険者ギルドである程度安定供給が見込めて、なおかつ使い途に乏しくてさしたる値もついていない素材、というか獲物というとどんなものになるんだろうか?」
「その条件ですと、ゴブリンやコボルドなどになりますかな。弱く、数が多く、さりとて放置すると害が大きいため放置もできず、しかし得られるのがごく小さな魔石のみです」
「つまりあまり『美味しくない獲物』ってわけだな」
「はい。ゴブリンの皮は革製品に加工するには薄くて脆く、肉も不味い上に下手に食えば病気になります。コボルドは一応毛皮が取れますが、毛皮の質があまり良くないので敢えて使う職人もあまりいませんな。肉の不味さもゴブリンとどっこいです。ゴブリンよりは安全な肉ですが。骨も内臓も錬金術の素材としては使い途がないそうです」
「滅茶苦茶に害獣だな……もしゴブリンやコボルドの死体を買い取るとなれば、相場はどれくらいになる?」
「ふむ、ゴブリンやコボルドの死体を買い取るというのはあまり例が無いので相場というものがありませんが……あれで死体まるごととなると結構な重量ですからな」
「運搬が問題か。まぁ、だからこそ冒険者は倒した獲物の金になる部位だけ剥ぎ取って持ち帰ってくるわけだよな」
「ええ、その通りで。魔石や素材、触媒となる牙や爪、内臓だけを持ち帰るのはそういうわけですな。食用になる獲物は肉の目方がそのまま金になるので、色々な意味で『美味しい獲物』というわけで」
「なるほど。でも食用になる肉と重量あたり同じ値段でとはいかないよなぁ」
「ええ、それはそれでまずいですな。冒険者から供給される食肉が大幅に減ってしまう恐れがあるので」
大量にいるゴブリンやコボルドを狩って持って返ってくれば食用になる魔物を狩るのと同じだけ儲かるとなれば、誰も食用になる魔物を狩ろうとしなくなるだろう。それでメリネスブルグの食肉価格が高騰してしまうというのは流石に避けたい。
「冒険者がゴブリンの死体をついでに持ち帰ろうか、と思えるような値付けで。とりあえずゴブリンとコボルドの死体を各百体ずつってことで依頼を出させてもらっても?」
「それは勿論。しかしそんなによろしいので? その数ともなると、やっぱり何にも使えないということで処分するのも大変だと思いますが」
「それは大丈夫だ。やりようはいくらでもあるから」
俺の能力を使えば恐らく何かには使えるだろうからな。もし俺の能力ですら何にも利用できないということになってもインベントリに死蔵することだってできるし、最悪ライム達に処理してもらうという方法もある。
というか、いつ必要になるかわからないけど攻城戦で使っても良いしね。聖王国の砦や城にゴブリンやコボルドの惨殺死体を投げ込んでやるとか。いや、そんな迂遠な手を使う必要は無いかもしれないけども。ゴーレム兵を横に並べて突撃させるだけで大概の砦や城は更地になるだろうし。
「ゴブリンやコボルドに関しては価格の算定が済み次第王城の俺宛に請求書を送ってくれ。死体の引き渡し方法に関しては、俺が取りに来るのが多分一番良いと思う。王城に運び込むのは色々とまずかろうし」
「それはそうですな」
「それはそうね」
バラン副本部長とイフリータが頷く。ゴブリンやコボルドの死体を載せた荷台を王城に運び込むっていうのは流石に風聞が悪いだろうからな。食用になる魔物とかなら話は別なんだろうけど。
「あ、そういや依頼をするなら前金が要るよな?」
「普通はそうですが、コースケ様に関してはいくらでも融通を利かせられます。失礼な物言いになりますが、取りっぱぐれるようなことはならないでしょうから」
「というか、王族や高位貴族がその場でお金を払うことはまずないわよ。後で城や屋敷に請求してもらうのが普通ね」
「そういうものか。でも先に担保は渡しておくよ、スッキリしないし」
どうせ俺のインベントリの中には金になる宝石の源石や金属塊がいくらでもあるのだし、適当にいくらか渡しておけば良いだろう。
「……お伽話の魔法使いを目の当たりにしている気分ですな」
テーブルの上に敷いたハンカチの上に適当にバラバラと宝石の原石を積んで見せると、バラン副本部長は頭痛を堪えるかのようにこめかみを揉み始めた。
「とりあえず手付金ということで」
「明らかに多すぎるのですが」
「その分買い物するから。さぁ、素材のサンプルを見せてくれ。ついでにダブついている素材があるならそれも見せてくれ」
結局のところ、俺がすぐにできることというのはこうしてパーッとお大尽をやらかして少しでも冒険者ギルドの景気を良くすることなのだろう。効果は限定的、かつ短期的なものになるだろうけど、千里の道も一歩からと言うしね。冒険者ギルドに金が回れば、ギルドから冒険者の支援に回せる金も多くなるに違いないだろうから。