第299話~商人組合~
18時投稿は努力目標だから……_(:3」∠)_(震え声
体調が回復した俺はイフリータの手で箱馬車に詰め込まれ、商人らしき人々が忙しそうに出入りしている建物の前に連れてこられていた。俺はその建物の入り口の上に掲げられた看板に目を向ける。
「商人組合ね。いわゆる商人ギルド的なやつか」
「商人同士の互助組織だけど……まぁ一種の魔境よね」
「魔境?」
「入ればわかるわ。行くわよ」
箱馬車から降りるなり、イフリータはスタスタと商人組合の建物へと歩いていく。随分と慣れた様子だ。
「なんでそんなに勝手知ったる様子なんだ?」
「異国の珍しい品とか魔導書とかそういったものの情報が集まるから。眠る前も結構足を運んでいたのよ、私」
「そりゃまた随分とフットワークの軽いお姫様だったんだな」
「国のことは将来的にはドリー姉様が婿を取って継ぐ予定だったしね。私は自由にやらせてもらってたのよ。主に魔法の研究方面でね」
「そういうのっていざという時に備えて次男とか次女は教育されるものじゃないのか?」
「あら、よく知ってるわね? でもうちに限ってはそうでもなかったのよね。お母様が男の子を産めばその子が国を継ぐ事になっていたでしょうし。お母様とお父様は仲が良かったから」
「ああ、そう……」
なんというかコメントしづらい。そのセラフィータさんは今は俺にご執心なわけで……ううむ、複雑な気分。まぁ、今更だな。
開け放たれていた大扉を潜って建物内に入ると、視線が集まってきた。まぁそうよね。イフリータは目立つしね。本人が美人というのもあるけど、特に真っ赤な髪の毛が目を引くから。
「……ふん、前は私がこうやって入ってくると誰かしら飛んできたんだけどね」
「まぁ、二十年も経ってりゃなぁ……で、どの窓口に行きゃいいんだ?」
「どれでも良いでしょ。まずは話をしてみれば良いわ」
そう言ってイフリータは真正面の窓口へと颯爽と歩いていった。えぇ……つよい。俺、こういうお役所的な場所はどうにも苦手なんだよな。
「どのようなご用件で――」
「高度な権限を持つ人を出して。白金貨が乱れ飛ぶような話をできるような人よ」
「えっ」
突然の厄介なお客様ムーブに受付に座っていた若い男性職員の顔が引き攣る。
「多分年寄りなら私のことを覚えてるのもいるでしょ。イフリータが来たって伝えて」
「あ、あのっ、お約束などは……?」
「はぁ? そんなものないわよ。良いから上司に伝えなさい。少なくともここで二十年以上働いてる人ならわかるわよ。さぁほら、急いで急いで」
「わ、わかりました」
イフリータに押し切られた受付の男性がパンパンと打ち鳴らされる手に急かされるように早足で組合事務所の奥へと消えていく。それを見送りながら俺はイフリータの隣に立った。
「厄介客ムーブじゃないか……やめてやれよ、受付さんが可哀想だろ」
「これくらいでいいのよ。いい? 私は王族、あんたは王配、商人とは身分が違うの。あんた、その辺よくわかってないみたいだから丁度いいわ。ついでにそれらしく振る舞う練習でもしなさい」
「えぇ……?」
「ごく個人的な付き合いまではどうとは言わないわ。でも、公式な立場で何かをやるなら身分相応の振る舞いをしなさい。それが結局お互いのためになるんだから」
「そういうものかね?」
「そういうものよ。あんたにはあんたがこれまでに培ってきた色々な価値観があるのでしょうけど、少なくともこの世界ではそうなの。だから、慣れなさい」
「ぬぅ……頑張る」
イフリータがそう言うのならそうなんだろう。正直あまり気が進まないが、イフリータは嘘は言わないものな。その辺りの事情に関しては確かに疎いから、今度誰かに教えてもらったほうが良いかも知れない。セラフィータさん……よりはエレンかアマーリエさんの方が良いかな。いや、聖王国とメリナード王国では事情が違うかも知れないから、やっぱり安定のアイラかメルティかな。
などと考えていると、事務所の奥から中年の男性を連れた職員のお兄さんが戻ってきた。
「大変お待たせ致しました。どうぞ、奥の部屋へ……」
「ん、ありがと。行くわよ、コースケ」
「お、おう……」
中年の職員に案内されて商人組合の奥へと進み、立派な応接室のような場所に通された。部屋に入るなりイフリータが部屋のあちこちに視線を向けて微かな笑みを浮かべる。
「調度品は随分変わったわね。まぁ、二十年も経ってればそうもなるか……」
そう呟きながらイフリータは白い馬――ではなく角が生えているからユニコーンだろうか――の置物を軽く爪弾き、涼やかな音を鳴らした。丁度その時、誰かが応接室へと入ってくる。白髪が目立つ初老の男性だ。
「おぉ……イフリータ様、お久しぶりでございます。二十年前とお変わり無く可憐でいらっしゃる」
「フロイド? 随分と老けたわね」
「ははは、御存知の通り私は普通の人間ですから。二十年も経てばこの通りです」
そう言ってフロイド氏は白髪の目立つ頭を掻いてみせる。二人の会話を聞く限り、旧知の仲であるようだ。恐らく、メリナード王国が聖王国に属国化される前からの付き合いなのだろう。
「すぐにお茶も来ますので、どうぞお座りください。最近は黒き森からの産品もそれなりに入るようになってきましたし、ドラゴニス山岳王国の飛竜キャラバンも来てくれるようになりました。古き良きメリナード王国の時代が徐々に蘇りつつあります。我々商人にとってはありがたいことです」
「商機が増えるものね。濡れ手に粟で大儲けでしょう?」
「いえいえ、何事も堅実にが我々商人のモットーですから。信用とお客様の満足度第一でやらせていただいておりますよ……ところで、貴方様はコースケ閣下では?」
「あ、ああ、そうだけど……閣下?」
「閣下の起こした数々の奇跡、それに最近では北方平定に北方二国からの侵攻軍の征伐、貴方様の活躍はいくらでも耳に入ってきますとも」
「お、おう……」
なんだかむず痒い気持ちになるな。どうリアクションしたらいいんだ、これは。
「はいはい、ゴマをするのはそれくらいにしときなさい。今日は相談があって来たのよ。私じゃなくてコースケがね」
「閣下が? どのようなことでございましょうか?」
「あぁ、えーとだな……どう言ったら良いのか」
俺の能力のことを明らかにせずに説明するのには骨が折れた。つまるところ、インベントリで眠ったままの俺個人の資産――現金だけでなく大量の宝石の原石やミスリルを含めた希少金属――を有効に運用して、間接的にシルフィ達の援護をしたいわけだ。俺は。
「何か具体的な方向性などは……?」
「現在の国内問題の最たるものは亜人達の雇用の確保だと俺は思っている。働き口が無ければ住む場所も確保できない。食うに困れば野垂れ死ぬか野盗に身を堕とすかしかなくなる。結局のところ、金の問題だろうと思うんだよな」
「それは大いに頷ける話ですな。自分の肉体と爪や牙だけを使って野山で狩りと採集をして暮らすのでも無ければ、どうあっても金は必要です。獲物を狩るための弓矢を調達するのにも、獲物を解体するナイフを買うのにも金は必要なのですから」
フロイド氏がそう言って頷く。
「でも、住む場所から何から何まで国が全部用意してやるのは現実的に無理がある。実際、既に取りこぼしが出ている筈だ。だから、別方向から受け皿を大きく出来ないか、と思っているんだ」
「そこで我々の出番というわけですか」
「そうだな。やはり何事もプロに任せるのが一番だろうと思うし。素人が付け焼き刃で商売を始めた結果、周りを巻き込んで壮大な自爆なんてことになったら目も当てられない」
「ははは……たまにそうやって身代を崩される高貴な方もいらっしゃますな」
フロイド氏が乾いた笑い声を上げる。やっぱりいるんだな、そう言う人。
「それで、具体的にはどれくらいの金額を運用なさるおつもりで?」
「えーと、手持ちの現金が白金貨3枚、大金貨207枚、金貨403枚、それにミスリルのインゴットがたくさん、宝石の原石各種も沢山だな」
広い応接間のテーブルの上に裸のままの白金貨や大金貨、金貨の詰まった袋、それにミスリルのインゴットや宝石の原石を積み上げていく。最初は驚いた顔をしたフロイド氏であったが、ミスリルのインゴットが出てきた辺りで表情が凍りついたまま固まってしまった。
「あらあら、コースケったら見せたがりね? これで全部?」
「現金はな。ミスリルのインゴットと原石はまだいくらでも出てくるぞ」
「だそうよ、フロイド。これらを運用して、コースケの希望通りにことを進めなさい。まずは亜人の雇用に積極的な商会に投資するって方向でどうかしら?」
「お、仰せのままに……」
にこやかな笑みを浮かべるイフリータにそう言われ、フロイド氏は魂の抜けたような声をなんとか絞り出すのであった。
原稿作業で暫くおやすみします。
次の更新は……来月頭くらいにできるといいな!_(:3」∠)_(ゆるしてね!