第029話~フラグ~
「理不尽、不条理」
「また始まったぞ」
「いや、私もアイラと同意見だが」
「ですよね」
添え木を当てて包帯を巻くだけでただの捻挫から骨折、複雑骨折に腱の断裂まで治るとか理不尽にも程がある。それは俺も認めざるを得ない。
「なんというか、コースケの能力は……大雑把だな」
「大雑把、言い得て妙」
「大雑把っていうかもういっそ雑って感じだよな」
なんか色んなゲームの設定を雑に詰め込んでそのまま放り込んだような感じだ。要求は満たしているけど調整が雑、みたいな。脳裏にクライアントから無茶振りされて、納期内になんとしても仕上げるために色々と無茶をするシステムエンジニアの姿が思い浮かぶ。ははは、まさかな。
「うん……神様の世界も大変なんじゃないかな。不具合は無いし大丈夫だろう」
「有用な分には確かに困らんな」
シルフィが頷く。うん、そうだよそういうことにしておこう。ああ、調理されたギズマの肉が美味いなぁ。プリプリで食感が良い。本当に、元のギズマを知らなかったら大ぶりのエビの肉かと思うところだ。
「森に出ていた兵達も戻ってきたようだな」
「そうだな。今の所大怪我をしているような連中はいないようだけど」
帰ってきた連中はギズマの後ろ足や大きめの甲殻などを背負って戻って来ていた。うん、それくらいの役得は要るよな。
戻ってきた兵達も消費したボルトの補充と食事を済ませ、再編成されていく。その中にはラミアのリアネスと栗鼠獣人のナクルの姿もあった。ザーダの姿は無かったので、彼女はちゃんと休んでいるようである。
「午後はもう一回狩りに出るのか?」
「それでも良いが、コースケはどうするべきだと思う?」
「んー、そうだな……」
射撃をする上で必要な要素は射界の確保だ。それは即ち視界の確保とイコールであると言えると思う。あとは、防壁に到達するまでの時間を稼げるような仕掛けがあれば更に良い。人間相手なら鉄条網やウッドスパイクで効果が得られると思うが、相手がギズマだとなぁ……ありゃもう戦車みたいなもんだろう。鉄条網やウッドスパイクでは足止めにもならず踏み潰される気がする。
いや、鉄条網なら足に絡みついてワンチャンあるか? でも、資材的にどうかな……確かクラフト一覧にはあったと思うが、鉄を大量に消費するだろう。今の状況で鉄を大量に消費するのはどうだろうか。それをやるならもっとコストが安くて楽な方法がある気がする。
「いくつか思いついた」
「ほう、話してみろ」
「まずは視界の確保だな。夜戦になる可能性もある以上、明かりの用意は要るだろう」
「もっともな話だな。何か対策があるのか?」
「たいまつを用意する」
「……? まぁ、松明があれば視界の確保は出来る……か?」
「きっと普通の松明じゃない」
シルフィがなんとも言えない表情で首を傾げ、アイラがジト目でこちらを見ながら鋭い意見を出してくる。アイラはそろそろ俺と俺の能力のことがわかってきたらしい。アイラは頭が良いな。
「あとはギズマの突進力を殺すためにレンガブロックを配置する」
「なるほど、それは有効かもしれんな」
レンガブロックに衝突して大ダメージを受けるギズマを思い出したのか、シルフィが納得したように頷いた。設置したレンガブロックの上にたいまつを置けば視界の確保も出来るだろう。
そういうわけで、食事を終えた俺達はダナンの元を訪れ、防衛力を高めるための工作を行うことを伝えることにした。
「うむ……口を出すのは後からにしたほうが良いのだろうな。まずはやってみろ」
ダナンはあっさりと許可を出してくれた。ダナンも俺の扱いに慣れてきた感があるな。
とりあえずダナンの許可も得られたので、まずは里の周りの木を伐採して視界を確保することにした。
「いや、乱伐は良くないのだが……」
「どうせギズマの襲撃が始まったら薙ぎ倒されるだろうし、エルフの精霊弓士の攻撃でも吹き飛ぶだろ? 先に伐って資材として使ったほうが良いって」
「むぅ……」
シルフィは難色を示したが、それを押し切って木を伐採しまくった。松明の材料にも使うし、ウッドスパイクを張り巡らせるならいくらあっても良い。建材としてもクラフト材料としても燃料としても使い途のある木は本当に有用な素材だよな。
「こんなもんか」
「ああ、森が……」
丸坊主になった里の周囲の状況を見てシルフィの耳がへにゃる。すまんシルフィ、だが俺は心を鬼にしてやらねばならんのだ……結構な範囲を更地にしてちょっとスッキリしたのは内緒である。
「次はレンガブロックを配置していくわけだが……形はどうするかな?」
「……真四角で良いのではないか?」
「そうだな。大きさも一ブロック分フルで良いか」
ギズマの体格を考えて適度に間隔を空けてレンガブロックを配置していく。あまり密に配置するとブロックの上を歩いてきかねない。それじゃあ足止めにならないからな。ブロックを二つ並べた小さな壁もところどころに作り、徹底的にギズマの突進力を殺すようにする。
「こんなもんかな?」
「そうだな、これだけやればギズマもそうそう防壁に近づけまい」
設置を終えたレンガブロック群を防壁の上から眺める。相手が人間サイズなら高さ1mのレンガブロックはカバーに使われてしまうだろうが、今回の相手は軽トラサイズのギズマである。高さ1mのレンガブロックではカバーにはなりえない。防衛側の発射地点の方が少し高いしな。
「次はたいまつだな」
防壁内に熾しておいた焚き火に近づき、クラフトメニューを開いて量産していた松明をインベントリに移す。実際のところ、焚き火を作らなくても松明は作れるのだが。
・たいまつ――素材:木材×1
・たいまつ――素材:木材×1 木炭×1
・たいまつ――素材:木材×1 布×1
最初のが焚き火から作れるレシピ、後の二つが焚き火を使わずに手元のクラフト及び改良型作業台で作れるレシピである。焚き火から作るのが一番コストが軽いのは一目瞭然だ。
性能が違うのかな? とも思ったが、実際に作ってみると普通に同一アイテムとしてスタックできた。つまりどの方法、どの材料で作っても出来るものは同じということだ。なら焚き火で作るのがお得だよね。
というわけで、今度は設置したレンガブロックの上にたいまつを設置していく。突き刺したわけでもないのに直立するたいまつを見てまたアイラの目がハイライトを失っていたが、細かいことは気にしないことにする。
そして全てのレンガブロックにたいまつを設置し、防壁の外にウッドスパイク先生を敷き詰めた頃には日が暮れかけてきた。しかし、里の周辺は大量に設置されたたいまつのお蔭でまるで昼間のような明るさである。
「なぁ、コースケ」
「何かな? ご主人様」
「あの松明、まるで燃え尽きる様子がないんだが」
「たいまつだからね、仕方ないね」
「……そうか」
シルフィが諦めたように溜息を吐き、頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえる。
最初の方に設置したたいまつは既にもう二時間以上は燃え続けているのだが、燃えつきるどころか短くなってすらいない。まぁ、たいまつだからね、うん。一度設置したたいまつは破壊されるまで燃え続けるのは常識だよね。ははっ。
「永遠に尽きることのない火……」
アイラなんて見事に目が死んでるゾ。チャームポイントの大きな目から完全に光が失せてしまっている。きっと魔法的な観点から見ると許されざる存在なんだろうな、あれ。いや、普通に物理法則にも完全に喧嘩売ってるけど。両手の中指を立てて高笑いしてるよね。
☆★☆
防壁の上からキルゾーンに設置したレンガブロックとたいまつを眺めながらこれ以上なにか出来ることはないかと考えていると、森に出てギズマを狩っていた面々がちらほらと戻ってきはじめた。
彼等――いや彼女等は里の変わりように目を丸くしているようだったが、防壁の上に居る俺を見るなり納得したような顔をして里に戻ってくる。なんか俺の非常識さが難民の皆さんに認知されつつあるような気がしてならない。違うんですよ、非常識なのは俺じゃなくて俺の能力なんですよ。くっ、同じものか……!
「ところで、今日はこのままここでギズマの襲撃を警戒するのか?」
「いや、見張りは立てるが見張り以外は休むとダナンが言っていたから、私達も家に戻るぞ。全員が体力を消耗しても何一つ良いことはないからな」
「なるほど」
道理である。全員で気を張った結果、いざという時に全員が疲れ果てていては何の意味もないよな。そう考えた瞬間だった。ふと空を見上げて目に入ってきたものに違和感を覚える。
「月が赤くないか?」
「うん? いや、いつもどおりだと思うが?」
「えぇ……?」
この世界の空にはラニクルという名の月がある。他にも太陽やらでかく見える惑星やらがあるんだが、とりあえず今は良い。問題は、空に浮かぶ月が赤みがかって見えるという事実だ。どう見てもアレである。ざ・ぶらっどむーんいずらいじんぐ、って感じだ。まさに大襲撃フラグそのものである。
「アイラにも月は赤く見えないのか?」
「ラニクルの色はどちらかと言うと黄色いと思う。今日も黄色い」
アイラは月をじっと見上げてからそう言った。俺の目には赤く見える。普段は俺もアイラが言うように黄色っぽく見えていたのだが、今日は赤く見える。赤い月、サバイバル系のゲームでこれ以上に不吉なものはあるだろうか? いや、ない。
「どうしたんだ? コースケ」
「俺だけ月が赤く見える理由はわからんが、俺の知る限り赤い月っていうのは敵のラッシュ――つまり大量襲撃がある予兆なんだ」
「本当か?」
「こんなことで嘘を吐いても仕方ないだろ?」
俺の言葉を聞いてシルフィはアイラに視線を向けた。アイラは暫く考え込み、それから頷く。
「コースケが普通と違うのは今までのことで私を含めて全員が思い知っている。そのコースケがこう言っているなら、警戒を強めるべきだと私は考える」
「そうか……そうだな。私は長老衆に連絡をしてこよう」
「私はダナンに報告してくる」
「俺は?」
「コースケはここにいろ。良いな?」
「わかった」
駆けていくシルフィとアイラを見送りながら考える。見張りに関しては俺よりも見張りの任務に就いている獣人の皆さんの方が適任だろう。絶対に俺より目が良いだろうし。そうなると、俺がするべきことは何か。
「武器作りだよなぁ」
とは言っても、現状でクロスボウ以上に強力な投射兵器は作れそうにない。まぁ、コンポジットボウならどうかと思うが、威力的にはクロスボウと比べてどうだろうな。それよりも確実に一撃の威力が高そうなものがあれば良いんだが。
「うーん、結局火薬を作るのは間に合いそうにないしな」
今からでも便所の土を掘りに行くか? でも、下手すると臭いままで戦うことになりそうだよな……いや、それでもやるべきだろうか。と、考えながら鍛冶施設を見てみるが、適したものはなかなかな見当たらない。油が大量にあれば火炎瓶なんかも作れるんだろうけどな。
などと考えている間に森の奥……じゃなく大荒野に近い方か。かなり遠くの方からギズマのものと思しき咆哮が無数に聞こえてきた。どうやら始まるらしい。
「無い物ねだりしても仕方ないか」
インベントリから改良型クロスボウを取り出して構える。クロスボウボルトに関しては、山程ある。というか、念の為にってことでクロスボウボルトは一万本作っておいたからな。まだ五〇〇〇本以上インベントリの中には残っているのだ。
「よっしゃ、来るなら来い」
奴らが飛び越えられない分厚い壁、侵攻を遅延する障害物、それに防壁の外に敷いておいたウッドスパイクに、大量に配備したクロスボウ。射手の数も十分だ。
ふっ、負ける要素が見当たらないぜ!




