第294話~面倒臭い政治の話~
遅れた……! クソ暑かったせいなのでゆるして……なんやねん28℃って。ここ北海道やぞ_(:3」∠)_(人の形を保てていない
「さて、聞こえの良い話は十分に聞いた。次は耳に痛い話、あるいは頭が痛くなるような話を聞かせてもらいたいところだな」
俺の発言にキリーロヴィチの表情が一瞬だけ真顔になった。そりゃお前、ちょっと俺を見くびりすぎだ。俺達が自分達の国益と理想を求めて全力で行動するように、聖王国だって全力で国益と理想のために行動するに決まっているじゃないか。聖王国がこのまま何も手を打たなければ俺達が今話していたような状況になるのだろうが、相手だって状況を打破するべく何かしらの行動を取るに決まっている。
「ふむ……そうですね」
キリーロヴィチは座っているソファの背もたれに身体を預け、天井を見上げて少し考え込んだ。
「まずは調査、と言いたいところですがメリナード王国躍進の原因については聖王国ももう気付いているでしょう。つまりコースケ殿、貴方の存在に」
「まぁ、そうだな」
北方二国との戦争や交渉では完全に前に立っていたし、そもそもメリネスブルグの捕虜収容所に収監されている捕虜達は俺の存在を知っているはずだ。捕虜の交換が行われれば彼等は俺の存在を聖王国に報告するだろうし、そもそもメリネスブルグに聖王国の密偵が紛れている可能性だって高い。メリナード王国は人間というだけで捕縛し、尋問するような体制は敷いてないからな。もしかしたら俺が知らないだけで、亜人の能力を使った防諜部隊が秘密裏に運用されている可能性はあるけど。
「となれば、その原因を取り除くのがメリナード王国の力を削ぐ有効な手段ということになりますね」
「直接的な手段だと拉致か暗殺、搦め手となると……民衆を先導して俺を排斥するように働きかけるとかか?」
「そんなところでしょう。できればその力を我が物にしたいと考えるでしょうが、不可能だと判断すれば消しにかかってくるでしょうね。情報工作は……どうでしょう。彼等は国内の情報操作には長けていますが、国外での情報工作はあまり得手ではないと思います。どちらかと言うと直接的な暗殺や拉致の方が得意という印象ですね。奴らはなかなかに厄介な手合ですよ。神の名の下に自分の命など顧みず、何の疑問も持たずに殺しにきますから」
「狂信者こえーな。まぁ戦術単位ではそんなところか。戦略単位だと……東と西は帝国とうちに塞がれてるから、北や北西方面への進出か? 南は海だし」
「さて、どうでしょう。これ以上の領土拡大を図るかどうか……寧ろ、メリナード王国に接近するかもしれませんね」
「ほう? いや、そうか。帝国と取り合っている土地は肥沃な平原だったな。聖王国は食料不足なのか?」
「有り体に言えばそうですね。ところで、コースケ殿は聖王国民の生活様式についてどの程度のことを知っていますか?」
「うん? いや、よく知らんな」
敬虔な信徒ばかりで構成されているということは知っているが、それくらいだ。彼らがどのように働き、どのように日々を過ごしているかはよく知らないな。
「基本的に聖王国の民は肉体労働をしません」
「肉体労働をしない?」
「はい。畑を耕したり、重い荷物を運んだりといった肉体労働は全て奴隷が行います。そしてその奴隷というのは基本的に亜人です。一部罪を犯した聖王国民も肉体労働に駆り出されますが、基本的には亜人です」
「ははぁ、読めてきた。アドル教主流派の主張する教義では確か亜人は生まれながらに罪を背負った存在で、人間に仕えるのは義務であり浄罪であるとかそんな感じの内容だったよな」
「おや、よくご存知ですね」
「アドル教の教義に関しては調べたことがあってな。しかそれで国が成り立つものか……? いや、そうか。聖王国は労働力の大部分を亜人奴隷に頼った奴隷制国家ってことか。拡大政策を取っているのは労働力である亜人を確保するためなのか。しかし、国家体制としてはかなり危ういように思えるが」
奴隷という労働力に依存した社会は不安定になりがちなイメージがある。国内てひとたび奴隷の反乱が起これば、国内の食糧生産や経済活動に大打撃を被ることになるからだ。
「そんなことは無いようですけどね。なんだかんだで聖王国の歴史は古いですから。もっとも、今のように徹底した亜人排斥というか、亜人蔑視というか、亜人への対応が厳しくなったのはここ二百年か三百年かそこらの話ですけど」
「そうなのか? ああ、考えてみれば奴隷の首輪とかがあるし、怪我や疫病は奇跡で治せるものな」
「はい。怪我や病気で奴隷が死ぬことは殆どないようですね。まぁ、それでも過酷な生活環境のせいで死亡する奴隷は多いようですが」
「なるほど。聖王国民の生活に関しては理解できたが、それと聖王国の今後の動きとに何の関係があるんだ?」
「つまり、聖王国の目的は何なのかという話なのです。メリナード王国を侵略した理由、帝国と闘う理由、拡大政策を取っている理由とは?」
今日のキリーロヴィチは真面目だな。まるで教師か何かのようだ。ふむ、聖王国の行動理念ね。
「メリナード王国を侵略して属国化した理由は亜人奴隷を確保して労働力を得ることと、魔道士増産のためにエルフを確保するため。拡大政策も亜人奴隷を確保するため。帝国との戦いの理由は食料増産に不可欠である肥沃な平野を得るためであると同時に、イデオロギーの問題かな」
「イデオロギー。また随分と高尚な言葉をご存知ですね。哲学者か政治学者じゃないとそうそう使わない言葉ですよ」
「そうだな、あまり頻繁に使う言葉ではないよな。主語がデカくなりすぎるし。しかしそうなると、メリナード王国が亜人奴隷を取り戻すのはかなり難しそうだな」
「そうですね。彼らにとって亜人奴隷ははなくてはならないものですから。最早道路や水路と同じインフラと表現しても良い。帝国臣民としては虫酸が走る話ですが」
キリーロヴィチが吐き捨てるようにそう言う。ヴァリャーグ帝国は多民族国家という話だものな。根本的なところで聖王国とはわかりあえなさそうだ。それはメリナード王国も同じことだが。
「そうなるとやっぱり奴隷を得るために北方への拡大に走るんじゃないか? いや、奴隷そのものは国内にいるわけだから、労働力を増やすっていうなら奴隷に子作りを推奨するという手もあるのか……?」
「気の長い話になりますが、そういった手を取る可能性は十分あり得ますね。そうすると国内の労働力は一時的に低下しますから、食糧不足が深刻化することになります。しかし、それを解決できるあてがありますよね?」
「なるほど。うーん、なるほどぉ。それでさっきのメリナード王国に接近してくるかもって話になるわけか」
「はい、そういうことです」
つまり、聖王国は俺の能力によって大量に生産される食料に目をつけるだろうとキリーロヴィチは言っているわけだ。うーん、なるほど。そのために講和を結んで、多少の損に目を瞑ってメリナード王国に擦り寄り、大量の食料を買い付けたいという話を切り出してくると。メリナード王国にしてみれば、とてつもなく大きな商いになるだろうな。ディハルト公国やティグリス王国、西方の小国家群に売りつけるのとはそれはもう桁が違う取引になりそうだ。
「シルフィ達が応じるかな?」
「メリナード王国から収奪した亜人奴隷の返還をチラつかせてくるでしょうね、聖王国は。メリナード王国側としても食糧という戦略物資の供給を握ることができるのは悪くないと考えるでしょうし、それに加えて向こう十年か二十年は休戦協定を結ぶということになれば応じる可能性は低くないと思いますよ。その十年、二十年の間に聖王国に対処する体勢を整えることもできるでしょうし」
「政治的な駆け引きの話になってくるわけだな」
「そうですね。その十年、二十年の間に帝国が聖王国を滅ぼすかもしれませんし」
「そうしてくれると助かるが、それはそれとして帝国としては敵国に食糧を供給するメリナード王国は厄介な存在だな?」
「ええ、まったく。困りますね。そうなった場合、その件については色々とお話をさせていただくことになるでしょう」
そう言ってキリーロヴィチは肩を竦めて見せた。
敵の敵は味方と簡単には言えない複雑な状況になるかも知れないわけだ。ああ、面倒臭い話だな、まったく。