第293話~自由な二人と振り回される人~
こちらも再開です! おまたせしました!
リズムを取り戻すまで今日のように18時投稿が間に合わないかもしれないけど許してね!_(:3」∠)_
「遊びに来たぞ。さぁもてなせ」
「とりあえず茶と菓子を所望するぞ。甘くて美味しいのだぞ」
「貴方達、流石に自由過ぎませんか」
顔を合わせるなり礼儀もクソも遭ったものではない要求を口にした俺とグランデの二人に帝国大使のキリーロヴィチが真顔でそう応じた。
ここはメリネスブルグの王城のすぐ近くにあるヴァリャーグ帝国の大使館である。メリナード王国と聖王国との会談に関しては完全に蚊帳の外に置かれることになったので、俺とグランデの二人はこうしてヴァリャーグ帝国の大使館にたかりに――もとい遊びに――ではなく表敬訪問をすることにしたのである。
まぁ、キリーロヴィチは良い奴なので、こんな無体な要求をする俺達にしっかりと茶と菓子を用意してくれるのだが。実際のところは良いやつと言うよりは強かなやつなんだろうけどな。
「たった二人で他国の大使館に堂々と足を運んで、出された飲み物や食べ物を無警戒に口にするのはどうかと思いますけど」
「帝国が俺を殺する理由は無いだろう。拉致して自分達のために働かせるってんならともかくとして」
「そもそも、妾が隣におるのにコースケを殺せるわけがなかろう」
「あと俺、毒には強いみたいなんだよな。バジリスクの毒を塗った短剣で肝臓を刺されても生き残ったし」
「妾には毒なんぞ効かんしの」
「はぁ……そういう情報をポロポロと開示するのもいかがなものかと思いますが」
そう言いながらキリーロヴィチは苦り切った顔でお茶を口に運んだ。その苦々しい表情が何を意味するのかは今ひとつわからないが、どちらにせよ彼が俺達を――というか俺を害するのはどんなに上手く行っても刺し違えるのが精々だろう。
もしキュービが俺を攫った時に使ったような長距離を瞬間移動する貴重な魔道具を使って俺を拉致したとしても、装備と物資の整っている俺を殺さずに捕まえるのはほぼ不可能である。何せ目隠しをしようが縄で縛ろうが手錠をかけようが俺はその全てをインベントリにぶちこんでしまえるし、拘束さえ解ければ牢にぶちこまれようが石室に閉じ込められようが壁なり床なりを破って脱走するのは容易い。魔力の無い俺には奴隷の首輪は勿論のこと、状態異常系の魔法も効かないしな。
多分物理的に目を潰した上で、首から下をコンクリートで固めるとかしないと生きたまま俺を完全に拘束するのは無理じゃないかな?
「それで、今日はどうされたんです? まさか単にお茶とお菓子をたかりに来たわけじゃないでしょう」
「単にお茶とお菓子をたかりにきただけって言ったらキリーロヴィチが怒りそうだから違うって言っておく」
「コースケ、このお菓子はなかなか美味しいぞ」
「どれどれ……おお、クルミの風味が香ばしいな」
用意されたお茶菓子はもちもちとした生地に砕いたクルミが練り込まれているお菓子だ。なんか食べたことあるな、これ。くるみ餅っぽい。
「目の前で堂々とイチャつかないで頂きたいのですが」
「こいつは失礼。いやなに、キリーロヴィチのことだから知っているとは思うが、聖王国から使者が来てな。捕虜の返還と講和交渉が目的だそうだ。俺は諸々の事情で今回は蚊帳の外なんだが、今まで没交渉だったのが急に手のひらを返して向こうから話し合いを求めてきたわけだよ。一体どういう事情でこんなことになっているのか、ヴァリャーグ帝国大使殿の意見をお聞かせ願えないかと思ってな」
「ふむ……なるほど」
キリーロヴィチは俺の話を頭の中で反芻でもしているのか、細い顎とその上にある口を左手で覆い隠しながら暫く考え込むような仕草をした。彼は遠く東にあるヴァリャーグ帝国から遥々メリナード王国へと派遣されるような人間だ。人当たりがよく、付き合いやすい人物ではあるが、大国の大使を任される以上はそれに相応しい能力を持った人間――彼はエルフだが――なのだ。
「まだ我々に情報は回ってきていませんが、帝国との戦闘が激化しているのかもしれませんね。そしてメリナード王国と剣を交え続けるのは割に合わないと、そう判断したのではないでしょうか」
「割に合わないねぇ」
「それは割に合わないでしょう。ほんの数百ほどの寡兵で万単位の通常戦力を無傷で撃滅してのけるのですから。いかに大国であろうとも騎士も兵も無限に湧き出るものではなく、またその運用には多額の費用がかかるものなのです。それを殆ど相手に損害も与えられずに一方的に溶かされるのでは算盤が合いません。それに――」
「それに?」
「まだまだ隠し玉もあるのだとわかってしまってはまともに相手をするのはあまりにリスクが高い。そこで連中は損切りをしようと考えたのではないでしょうか」
「これ以上の損害を被る前にってことか。だが、シルフィ達は恨み骨髄に徹しているぞ。そう簡単に講和なんぞ成らないと思うが」
祖国を奪われ、二十年間弾圧され続けた亜人達の聖王国に対する恨みは深い。また、聖王国によって掠奪された資産や、奴隷として連れ去られた人々の問題もある。特に、有用な人材――つまり魔道士を生み出すために連れ去られたエルフ達に関しては解決が難しい問題となるに違いない。魔力を持った人間を『増産』するために連れ去られた彼等、彼女等がどのような扱いを受けているかは想像に容易いからな。
「まぁ、難しいでしょうね。とりあえず捕虜となっている騎士と同じ人数だけ返せる人を返すという内容を持ちかけてくるのではないでしょうか。あとはそれなりの額の賠償金を支払って、向こう何年か――恐らく五年か十年くらいの間は貿易にかかる税を優遇するといった感じでメリナード王国側に譲歩しつつ、経済面での結びつきを作って少なくとも帝国との二正面作戦だけは避けるといった方向に持っていくと」
「こっちが徹底抗戦を選択する可能性もあると思うが」
「失礼ながら、それは無理でしょう。確かにメリナード王国軍の戦力は非常に高く、聖王国軍を蹴散らすことができるかも知れません。しかし、例えその戦力で聖王国軍を蹴散らし、聖王国の領土を切り取ったところでメリナード王国がその領土を維持し続けるのは難しいでしょう」
「まぁ……そうだな」
今のメリナード王国にはそういった領地を任せることのできる人材が足りていないし、仮に聖王国の領土を切り取ってメリナード王国の新たな領地としたとしても、その領地の住民達は亜人に対して排他的な思想を持つ敬虔なアドル教の信徒達である。元属国の、それも亜人達の統治に素直に従うとは到底思えない。
「シルフィエル女王陛下は敵兵や敵国の領民を殺すためだけに、或いは聖王国から略奪をするためだけに侵攻を行なうような方ではないでしょう」
「それは間違いないな」
「そうじゃな」
今まで黙って話を聞いていたグランデも俺と一緒に首肯する。どれだけ聖王国の連中が憎くても、ただ殺すため、略奪するため、苦しめるためだけに出兵するようなことはシルフィはしないだろう。
「で、あればです。メリナード王国が領土的野心を持たない以上、聖王国が講和を申し込んできた時点でどのような形にせよメリナード王国と聖王国との間には平和が訪れることになるでしょうね」
キリーロヴィチはそう断言し、温くなったお茶を口に運んだ。
「とは言え、メリナード王国が聖王国と完全に歩み寄って手に手を取り合うということはまずないでしょうから。聖王国は常にメリナード王国という潜在的な敵国を背負ったまま我が帝国と対峙することになるわけです」
「ヴァリャーグ帝国としてはお得な状況だな?」
「そうですね。メリナード王国軍の電撃的な進軍速度と突破力は聖王国にとっては凄まじい脅威でしょうね。帝国に注力し過ぎた結果、突然進軍してきたメリナード王国に喉笛を噛み千切られるようなことがあってはいけません。今後は相当数の戦力をメリナード王国側に配備することになるでしょう」
その戦力を配備し続ける為に聖王国は維持費を吐き出し続ける他なく、その分帝国との戦争に割ける力が少なくなるわけだ。聖王国の聖王様とやらは涙目だろうな。