第290話~帰還に向けて~
外交交渉において大筋での合意を得られた俺はすぐさまメリネスブルグに取って返――せなかった。まだやることがあったのだ。
ディハルト公国とティグリス王国、両国の国境付近に関所兼連絡所の設置をしたり、国境に一番近い街であるメトセリウムに外交官の出張所や、両国からの使節団や高貴な身分の留学生を迎えるための迎賓館などを作らなければならなかったからだ。
国境付近の関所兼連絡所は危険度や緊急性から考えて俺がサクサクっと作ったが、迎賓館に関しては地元の大工や職人を使って建築する必要があった。なんでもかんでも俺がサクサクと建物を建てて雇用を奪っていては本末転倒である。どちらかと言えば俺は雇用を創出しないといけない側だからね。
「費用はこちらが持つから、盛大にやってくれ。街の中に用地が足りないってんなら壁の拡張工事もやるぞ」
「お任せあれ。メリナード王国の威容と品格を見せつける立派な迎賓館を建設致しましょう」
俺の要請を受けたメトセリウムの太守であるハインリヒ=レ=メトセラが自信有りげな表情でそう言って頷く。
「任せる。豪華に、しかし下品にならないようにな。これは当座の資金として使ってくれ」
と、俺はそう言って研磨済みの各種宝石がたっぷりと詰まった袋をインベントリから取り出し、テーブルの上に布を敷いて中身を布の上にあける。
「こ、これは……!?」
「恥ずかしながら現金は手元不如意でな、これを換金して資金として運用してくれ。それと、これは面倒事を請け負ってくれるハインリヒ殿への俺からの個人的な礼だ」
そう言って俺はインベントリから大粒のルビーとエメラルド、サファイアを取り出してハインリヒ殿に手渡す。
「お、おぉぉ……!? こ、このようなものを私に下賜してくださると……?」
「ああ、ハインリヒ殿には北方基地の件でも随分と骨を折ってもらったからな。貴方のように王国に忠実で、実直で勤勉な太守が北方を治めてくれるのはメリナード王国にとって得難い幸運だ。これからもメリナード王国のために尽くしてくれ」
そう言って俺はハインリヒ殿に笑顔を向ける。実際、ハインリヒ殿には本当に色々とお世話になっているからな。馬車による北方基地との連絡便の運行や、募兵、働き手の募集などにも力を尽くしてもらった。こういった利益供与は必要だろう。働きにはきちんとした報いがあるべきだ。
「有り難きお言葉……このハインリヒ、名門メトセラ家の名に誓ってコースケ様とメリナード王国に忠誠をお誓い致します」
ハインリヒ殿が胸に手を当てて頭を下げる。宝石三つくらいで大げさな人だな。
「建設費用が足りなくなったりした場合はメリネスブルグの俺宛に連絡してくれ。迎賓館の調度品として使えそうな黒き森のエルフの工芸品も手配しておく」
「承知いたしました」
とりあえず迎賓館と外交官の駐在所についてはこれでよし。今後は監査官も外交官の駐在所に滞在してもらうようにすれば良いだろう。いや、外交官と監査管は兼務する形になるかもしれないな。その辺はシルフィとメルティに投げるとしよう。
☆★☆
「アドル教にも資金を提供して欲しいのですが?」
ハインリヒ殿と話をつけて北方基地に戻り、セラフィータさんとエレンに事のあらましを話すと、エレンに真顔でそう言われた。
「俺個人としては構わないけど、そんなに厳しいのか?」
「恥ずかしながら、かなり。聖王国勢力の排除に伴ってメリナード王国内ではアドル教の影響力が非常に低くなっています。更に、今までメリナード王国内でアドル教に多額の寄進を行っていた者達の殆どは亜人の皆さんを奴隷として酷使していた人達だったので」
「有力な資金源が俺達の手で徹底的に駆逐された上に、そういった連中以外の人達はアドル教を避けているから収入が激減したのか」
「そういうわけです。今は前職の腐れ神官達が溜め込んだ財貨を使って運営していますが、このままですと少々厳しいことになるかと」
「うーん……」
エレンの要請に俺は腕を組んで思案した。チラリとセラフィータさんに視線を向ける。
「コースケ様にとっては資金援助をするのは容易いことだと思いますが、それで一時難を凌いだとしても、何か手を打たなければ同じことになるのでは?」
俺の視線を受けたセラフィータさんが俺の意を汲んでそう言ってくれた。うん、俺もまさにそう思っていたのだ。ここで俺がアドル教に資金を提供するのは簡単だが、ずっと俺が金を出し続けるのもどうかとは思う。
「セラフィータさんの言う通りだ。なんとか俺に頼らなくても収益を上げていかないと後々手詰まりになると思う。でも、民のために奇跡を祈願して怪我人や病人を癒やしてくれる組織に国が資金援助をするのは変な話じゃないし、そんな組織に俺個人が献金するのは問題はないよな」
「もちろんです。そういった活動の後ろ盾となるのも有力者の務めですから」
「というわけで、献金はするしシルフィにかけあってメリナード王国からも資金援助を引き出せるようにかけあう。その代わり、アドル教もある程度自立できるように頑張ってくれよ」
「ええ、わかりました」
エレンが神妙な顔で頷く。うーん、しかしアレだな。国としての体裁が整ってくると、やっぱり円滑に物事を運ぶためにカネの力が必要になってくるな。今までは武器や食料、各種資源なんかを直接やり取りして済ませることが多かったけど、既にある程度発達した貨幣経済が導入されている地域が主な活動範囲になってくると生のままの宝石の原石や研磨した宝石、それにその他魔法金属などの換金性の高い品物だけでなく、現金も用意しておいたほうが良さそうだ。
「お金か……どうにか調達しておくかなぁ」
「あの、コースケ様? できればシルフィエルやメルティにちゃんと相談してくださいね?」
「貴方が下手にやらかすと市場が大打撃を受けることになりますから、自重したほうが良いですよ」
「なんでそんなに信用がないんだ……?」
思わず首を傾げる。二人の前でそんなお大尽な真似をした記憶はないんだが。
「先程太守に渡した宝石、値をつけるのが難しいくらいの品でしたよ」
「あそこまで大きいと、一体どれだけの金額になるか……」
俺のリアクションを見たエレンがジト目を、セラフィータさんが困ったような笑みを向けてくる。
俺がハインリヒ殿に個人的な褒美として下賜した宝石の大きさは、それぞれがピンポン玉と同じか、もう少し大きいくらいのサイズだった。適当にそこそこ大きめのものを選んで渡したのだが、そう言えばどれくらいの価値があるのかはあまりよく考えていなかったな。
「俺の持っている中ではそんなに大きくない方なんだけど」
そう言ってインベントリから握り拳大の大きさのルビーやサファイア、エメラルドを取り出して二人に見せると、二人は一瞬食い入るように宝石を見つめた後、目を瞑ったり手で目元を覆ったりして溜息を吐いた。
「そういうところですよ」
「びっくりして息が止まるかと思いました」
「ははは、ちょっとした悪戯心でね……まぁ、俺にとっては石ころ、とまでは言わないけどちょっと珍しい石くらいの感覚でボロボロ手に入るから」
実際岩場の岩とか岩山とかを更地にする勢いでツルハシで叩くといくらでも手に入るからな。とはいえ、この世界では資源が勝手にリポップしたりすることはないので、あまりやりすぎると世界そのものが平坦になってしまいそうだけど。
「そういや前にもコースケから宝石を貰ったよねェ」
「いくつか換金したけど、お気に入りは大事に取ってあるっす」
「冒険者稼業をしているとアクセサリに加工しても身につける機会が無いのよね」
なるほど。今度実用性の高い付与でもしたアクセサリを三人に贈ろうかな?
「私にはコースケから送られたペンダントがありますから……」
などと考えていると、エレンが胸元をギュッと握って心を落ち着かせようとしていた。セラフィータさんは特にコメントはしていなかったし、表情も特に変わっていなかったがなんとなく寂しそうな雰囲気が伝わってくる。
「エレンは聖職者だから宝石とかがついた華美な装飾品は多分身に着けられないんだろうけど、今度何かアクセサリを作ろうか。ミスリルでも使って」
「……良いのですか?」
「勿論。セラフィータさんも今後今回のように一緒に外交の場に立ってもらうことになりそうですから、セラフィータさんに相応しいドレスや装飾品を作りましょう」
「ありがとうございます、コースケ様」
俺の返事を聞いたエレンとセラフィータさんが微笑みを浮かべる。エレンは毒の短剣で暗殺されかけたことがあるし、セラフィータさんも今後外交の場に立つなら同じような身の危険があるかもしれない。二人にそこらへんをカバーできるアクセサリを早いとこ作ってあげたほうが良いだろう。
今度アイラに宝石とその効果について聞いてみようかな。地球でもパワーストーンとか言って色々な宝石や鉱石にそういった効果があると信じられていたし、魔法のあるこの世界ならその辺りの研究も進んでいそうだ。
なんだかんだで様々な雑務や引き継ぎ、すぐさま来訪したティグリス王国やディハルト公国の外交使節への対応などをしているうちに時間が経ち、ようやく俺達がメリネスブルグへと帰還することができたのは春を過ぎて初夏に差し掛かる頃となるのであった。