第289話~敵の敵~
ちょいと短めです_(:3」∠)_(ゆるして
ディハルト公国の話し合いもティグリス王国と同じくおよそ一時間ほどで終わったようで、使節団の人々が会談場へと戻ってきた。その間、俺達もただお茶を飲んでいぼーっとしていたというわけではない。相手が使ってくる交渉のカードは何か、こちらの言動から何を見出したか、そういったことをしっかりと話し合っていた。
「それで、こちらの要求にどう応えるかは決まったのか?」
「まぁ、そうだな。そちらにも色々事情があるのはわかった。どうだ? ここは一つ”腹を割って”話さないか?」
アントニウス殿の発現に俺は思わず眉をピクリと反応させてしまった。これは俺はがネルソン殿に言った言葉だ。どうやらディハルト公国とティグリス王国は俺が思っていた以上に綿密に情報を共有していたらしい。
「腹を割って、ね。それはつまり、お互い嘘を吐かないで直截にものを言い合うって事でいいのか?」
「ああ、そうだ」
「こちらに真実の聖女が居るのを知って言ってるんだよな?」
つまりこれは腹を割って、とか言いつつ嘘を吐いたら即座にバレるのをわかってて言っているんだよな? ということだ。
「ああ、勿論だ」
「ふむ、面白い。聞かせてもらおうか?」
そう言って話を促すと、アントニウス殿は外務大臣と内務官に目配せし、互いに頷きあった。
「メリナード王国の狙いは後顧の憂いを断つことだろう? 最悪、ティグリス王国だけでも取り込んでうちを牽制させて、東の聖王国対策に注力したい。そういうことなんだろう」
「少し考えれば子供でもわかることだな。それで?」
「十年間の不可侵条約と段階的な亜人奴隷の引き渡しを提案する。代わりに賠償金の支払いを十年の分割にさせてもらいたい」
「段階的引き渡し? それに通商条約の件は?」
「まぁ、焦るな。一つずつ片付けて行こう。まず、段階的引き渡しについてだが、これは一斉に引き渡した場合、我が国の農業生産や鉱業生産が大打撃を被る可能性が高い。場合によっては、それで国が割れる可能性もある。それはそちらも本意じゃないだろう?」
エレンに視線を向けるが、首を振る。つまり、アントニウス殿の言う通り場合によっては本当にディハルト公国が割れる可能性があるということなのだろう。
「続けてくれ」
「実際の所、アドル教との折り合いもある。今すぐ亜人奴隷を全てそちらに引き渡すという決定をして実行に移そうとすると、聖王国からの干渉が強まる可能性がある。それは避けたい。今回の敗戦でディハルト公国内の聖王国の影響力はかなり落ちているんだ。ここは焦らず、亜人奴隷を段階的に引き渡すということにしてジワジワと真綿で首を絞めるように聖王国シンパどもの勢力を削いでいきたい」
「……面白そうな話になってきたな。続けてくれ」
「実を言うと大公家――というかディハルト王家は反聖王国派だ」
「そんな馬鹿な。大公家には聖王家の血が入っているだろう?」
「そうだが、複雑な事情があるんだ。俺の言っていることが嘘かどうかはそっちの聖女様ならわかるはずだろう?」
俺とアントニウス殿だけでなく、全員の視線がエレンに集中する。
「少なくとも貴方がそう思っているということはわかりますね」
「なるほど。彼の言うことは本当か?」
「事実だ」
「無論、事実ですぞ」
俺の質問に外務大臣と内務官も頷く。そして隣のエレンも頷く。
「外交交渉を任される将と外務大臣、内務官の三人がそう言うなら、確度の高い情報なんだろうな」
俺は腕を組んで考え込む。これはちょっと予想外の展開だ。事前にディハルト公国は聖王国支持の体勢を崩さないだろうと考えていただけに、どう対処して良いものか実に悩ましい。
「何故大公家――いや、ディハルト王家が反聖王国派で、どのようにしてその態勢を維持しているのかは聞かない。俺達にとってそこら辺の事情は重要なことじゃないからな」
「そいつはごもっとも」
「重要なのは、今ディハルト公国内では反聖王国派の勢力が強まりつつあり、聖王国派の勢力が弱まりつつあるという事実だ。敵の敵は味方なんて言葉もある。実際にはそんなに単純な話じゃないが、互いに聖王国に友好的でないなら部分部分で手を携えられることもあるだろう」
国と国の間に真の友情などというものは生まれ得ない。だが、共通の敵がいるならば手を携えることは可能だ。
「奴隷の段階的引き渡しについては理解した。通商条約に関しては?」
「それなんだが、聖王国派の勢力を削ぐのに使いたいと思っている」
「なるほど。力にモノを言わせてうちがそっちに不利な条件を突きつけた、という体にしたいというわけか」
そして聖王国派の連中が損する分はうちの利益になるってことだ。
「十年分割については了承した、通商条約に関しても良いだろう。だが、亜人奴隷の引き渡しに関しては段階的というのはまだ飲めるが、メリナード王国以外の国外への移送、売却禁止。早期の待遇改善を要求させてもらう。それと留学については……」
「そちらについては全面的に条件を飲ませてもらう。異存はない」
「随分とあっさりだな?」
「こちらにも事情があるのさ」
そう言ってアントニウス殿は肩を竦めた。ふむ? 王族や貴族の子女から聖王国派を遠ざけたい事情でもあるのかね。
この後、その他細かい条件の打ち合わせを終えて大筋の合意に至り、会談を終えた。これでようやく北方侵攻関連のゴタゴタが大方片付いたというわけだ。
いや、長かった。本当に長かった。これでやっとメリネスブルグに帰れる。