第288話~読み合い~
「こんな条件は飲めない」
「飲めないなどと言える立場か?」
妙に強気なアントニウス殿の態度に辟易する。国境砦に集めた戦力を砦ごと消滅させられたというのにこの強気な態度は何なんだ?
「そちらの切り札の正体はわかっている。我が国には優秀な魔道士が揃っているからな。あれは魔煌石を用いた魔道器――いや、魔道兵器なのだろう?」
「……ほう」
驚いた。砦の破壊痕を調査してあの破壊を引き起こしたのが魔煌石を使った爆弾だということに気づいたのか?
「仮にそうだとして、貴国がそのような強気の態度に出る理由がわからんのだが?」
「魔煌石を使った魔道兵器などそう量産できるものではない。タネが割れてしまえば恐れることなどないということだ。そちらにはこちらの都市を占領し、支配を維持できるだけの兵も人員も不足している。だから先進的な武器を持つ少数精鋭で我々と対峙するしか無いんだろう? そちらがギリギリなのをわかっているのにこちらがそのような条件を飲む必要など無い。そうは思わないか?」
ははぁ、なるほど。魔煌石爆弾の正体を知ったが故に量産などできるものではない。脅しのために虎の子を消費した俺達は脅威ではないと。そう思っているわけだな。
「なるほど、なるほど。魔煌石はそう手に入るものではない。だから砦を消滅させて見せても、同じように他の街や村を消し飛ばせるわけがないし、俺達の兵が少ないのはわかっているから怖くないと。そう言いたいわけだ」
俺の態度に何か不穏なものを感じたのか、アントニウス殿と彼の同僚達が気味の悪いものを見るような目を俺に向けてくる。ははは、度肝を抜いてやろう。
「ところで、アントニウス殿は魔煌石の実物を見たことはあるかな? 他のお方は?」
俺は卓上に手を伸ばし、インベントリから魔煌石をゴロゴロと取り出してみせた。小指の先程の大きさのものから、ピンポン玉大の大きさのものまで選り取り見取りだ。
「な、な……ッ!?」
「差し上げることは出来ないが、手に取って検分してもらうのは構わない。どうぞお手に取って”これがなんなのか”存分に確かめると良い」
そう言って俺は小山になった魔煌石をずいっと前に押し出した。その小山にアントニウス殿が震える手を伸ばし、手の中の魔煌石を覗き込む。魔煌石はそれ自体が自然の魔力を取り込み、増幅して光を放つ。研磨も何もされておらず、術式も何も彫り込まれていない状態でもだ。
「ば、馬鹿な……これは、こんな……あり得ない」
「目の前にあるものが現実だ、素直に認めたほうが良い。はっきりと言っておこう。確かに我々に兵は少ない。だが、それは貴国を滅ぼす事ができないということとイコールではない。後顧の憂いを断つために更に数万、数十万、数百万の命を消し飛ばすという選択肢も俺達にはある」
「だ、だが、それなら何故……!」
「手っ取り早くディハルト公国を滅ぼさないのか、か? それとも、聖王国を滅ぼさないのか、かな?」
或いはその両方か。アントニウス殿は俺の言葉に応えず脂汗を垂らしたまま押し黙ってしまった。そして慎重な手付きで魔煌石を小山に戻す。
「俺達はただ故郷と同胞を取り戻して幸福に生きていきたいだけだ。だからメリナード王国領を取り戻すために戦ったし、再び故郷を侵そうとする連中には容赦はしない。だが、俺達がされたことをやり返そうとは思っていない。これで答えになるか?」
「……あぁ、よくわかった。悪いが、少し我々だけで話し合っても良いか?」
「どうぞ」
俺がそう言うと、アントニウス殿はディハルト公国の使節団を引き連れて会談場から離れていった。昨日ティグリス王国が幕舎を建てていた位置に既に幕舎が用意されてあるようだから、あそこで話し合いをするつもりなのだろう。
「コースケ様、良かったのですか?」
「いずれ俺の特異性はバレますから。どうせバレるなら、派手にやったほうが良いでしょう。ティグリス王国とディハルト公国さえどうにかしてしまえば、後は東の聖王国にだけ注意を払えば良いわけですから」
南側は半ば俺達の支配領域となっているオミット大荒野とエルフ達やグランデの家族達が住む黒き森しかないし、西側には少し注意が必要な少国家群があるが、更にその西にあるドラゴニス山岳王国が少国家群に対して睨みを効かせてくれている。
彼等も友好的ではあるが、黒き森のエルフほど信用ができるわけではない。しかしそれでも俺とグランデがメリナード王国にいる間はメリナード王国への友好的な姿勢を崩すことはないだろう。
北側の二国両方と不可侵条約を結ぶことができれば花丸。そうでなくとも、ティグリス王国をこちら側に取り込んでディハルト公国への牽制役にできれば目的は達することができる。最悪両国とも向こう十年は戦争ができなくなるように主要な都市を消滅させるという手もあるが……まぁやりたくはないな。
「落ち着かせずに畳み掛けたほうが良かったのでは?」
「そういう考えもあるけど、あのアントニウスって男は多分かなり慎重で、頭が良い奴だと思うんだよな。あれだけの魔煌石の山を見れば、どれだけヤバいかは想像がつくと思うんだ」
魔煌石は勿論魔道具の材料として凄まじい性能をもつ戦略物資なのだが、それ以上に滅茶苦茶に高価な貴石でもあるのだ。小指の先程の欠片でも屋敷が立つほどの価値がある。それがピンポン玉ほどの大きさがあり、傷もない品だったら? 価値は鰻登りだ。それを小山を築くほど所有しているというのは魔道具としての価値以上に、単に資金力的な意味でも脅威であると彼なら考えるのではないだろうか。
もしかしたら深読みしてもっと魔煌石を持っているのでは? とか他にも隠し玉があるのでは? とか思ってくれるかもしれない。まぁ、実際にあるんだけど。大量のミスリルとかその他魔鉄や魔鋼、黒鋼とか。更に言えば脈穴から文字通りいくらでも湧き出てくる魔力結晶とか。その他にも山程の宝石とかな。
「もしかしたらこっちにとって有利な方向に動くんじゃないかと思ってな」
☆★☆
「当初の突っぱねる案は無理だ。下手に突っぱねると本当に都市がいくつも砦のように更地にされかねん」
「なっ……!? それこそ無理というものだ! あのような案を飲むことなどできるはずがない!」
俺の言葉を聞いた内務官のアンサム卿が顔を真っ赤にして禿頭に血管を浮かび上がらせる。おぉおぉ、こっちの気も知らずに安易に吠えてくれるじゃねぇの。
「あの魔煌石の小山を見ただろう? あっちにとっちゃ砦一つを更地にする魔道具なんざいくらでも使い捨てにできるんだ。砦を一つを更地にするのに必要な魔煌石の大きさは小指の先の大きさの更に半分だぞ? あそこにあった魔煌石だけで公国の街という街を更地にしてまだ余るくらいの量があったんだ。全部でどれだけの備蓄があるかわかったもんじゃない」
「だからと言って――!」
「まぁ、聞け。あれだけの魔煌石、どれだけの価値があると思う?」
「はぁ? あんなものに値がつけられるか! ディハルト公国がいくつでも買えるだけの価値が――……そうか!」
「つまりそういうことだ」
つまり、あっちは別に金に困っているというわけではない。正確に言えば、金が欲しいわけではないということだ。条件に領土の割譲が入っていないことから、領土的野心も無いと見て良い。となると、奴らが真に求めているものは相互不可侵条約や通商条約と見て間違いないだろう。
「聖王国と本格的に事を構えるつもりなんだろう。だから後顧の憂いを断ちたいわけだ」
「ということは、ティグリス王国より我々に対する条件が厳しいのは……」
外務大臣のリデル候の言葉に頷き、その後の言葉を引き継ぐ。
「ティグリス王国を優遇して取り込み、うちの国を牽制させようって腹積もりだろう」
更に踏み込んで言えば、ディハルト公国は最後まで聖王国に付き従うだろうと思われているってことだ。今の王家には聖王家の血が入っている。そう思われるのは当然のことだ。
「……あまりこちらの内部事情には詳しくないようだな」
「なんだかんだで新興国家だ。成立して一年足らずじゃそこまで手は回らないんだろう」
あのセラフィータというえらい別嬪なエルフのレディも二十年眠ってたって話だしな。知識が古いままの筈だし、なにより今は国内の統制に力を割いていて外に回す余力がないんだろう。それでいて軍事力と資金力だけは極端に尖っている。なんて歪な国家だ。
「できる限りの譲歩を引き出しつつ、穏便に事を収めたほうが良いでしょうな……」
「切れるカードはあるか?」
「ティグリス王国と同じく、亜人奴隷を差し出すという方法も無くはないが……」
「国内の農業、鉱業生産への打撃が計り知れんな。確かティグリス王国は十年払いにしてもらっていた筈だな?」
「その筈ですな」
「最悪、金額はそのままでも十年払いを引き出せればなんとか……ティグリス王国のように一斉に奴隷を引き渡すのではなく、段階的に引き渡すという形にしてはどうだ?」
「それで受け入れられるか?」
あちらの要求を突っぱねるという当初の方針から出来得る限り穏便な方向で妥結を目指すべし、という方針に転換したほうが良いとの共通認識を得ることが出来た俺達はディハルト公国の国益を最大限守るべく知恵を出し合うのであった。