第282話~聖女という存在~
書き上げてさぁ投稿するぞというところでワープロソフトが固まりやがった……!(´゜ω゜`)
さて、突如降って湧いた……というわけではなく、まぁ予想はしていた十日間の空白期間である。この十日間を我々は相手に舐められないように身を慎みながら過ごさねばならない。
ちなみに、今回の同行者はエレンとアマーリエさん(アドル教懐古派枠とその付き人)、それにセラフィータさん(俺の補佐役)、鬼娘達とグランデ(護衛と護衛?)、カプリを始めとしたハーピィさん達(偵察と爆撃)と精鋭魔銃兵が二十人。
人数は少ないが、その分ゴーレムを増やしているので戦力としては十分である。
また、ブリニョルフの街のすぐ近くに作った砦はそれなりの大きさにしてあるので、全員が余裕を持って生活できるだけのスペースが確保されている。水も無限水源で確保されているし、余った土地に小さな畑も作った。俺が設置した農地ブロックに俺が直接種や苗を植えたので、この場所を去る前に何度か収穫できるだろう。
まぁ、それは良い。重要なことじゃない。今は色々と考え事をしたい時間なのだ。
「ふぅ……」
砦の防壁の上からブリニョルフの街を見る。正確な人口はわからないが、そこそこの規模の街だ。アーリヒブルグより少し小さいくらいかな? アーリヒブルグの人口が一万ちょっとくらいだったはずだから、恐らく一万前後くらいだろうな。
「あの街一つ分以上か……」
俺が今回の戦争で殺傷したディハルト公国軍とティグリス王国軍の兵士はあの街一つ分以上の人数である。ただの数字として考えると現実味が薄れるが、あの街に住む人間よりも遥かに多い人数と考えると苦いものが胸にこみ上げてくる。
シルフィと共に地獄に落ちる覚悟はしている。それはつまり、自分と自分の大切な人達を守るために他人の大切な人達を踏み躙る覚悟だ。だが、ふとこういう光景を見ると自分のしていることが正しいのかという思いがこみ上げてくる。俺は自分が幸せになるために他人の幸せを踏みつけている人間なのだとはっきりと自覚させられる。
「こういう時、英雄様ってのはどう折り合いをつけるのかね?」
戦争だから仕方がない、と割り切るのだろうか? それとも酒や女に溺れて全てを忘れるのだろうか? あるいはいっそ開き直るのだろうか? 俺はどうするかな。
「コースケ」
「エレンか」
声をかけられて振り返ると、エレンが立っていた。真紅の瞳が俺の目をじっと見据えてくる。
「何を黄昏れているのですか。似合いませんよ」
「何たる言い草。俺にだって黄昏れたい気分になる時くらいあるさ」
エレンが隣まで歩いてきたので、並んでブリニョルフの街並みを眺める。
「それで、何を悩んでいるのですか? 私は聖職者ですから、聞いてあげても良いですよ」
「偉そうだなぁ……まぁ偉いのか。聖女だもんな」
「そうです、私はいと尊き聖女なのです。偉いのです」
「王配にして聖人である俺と比べるとどっちが偉いんだ?」
「どのような立場であろうともコースケが私より偉いわけがないでしょう?」
聖女様、迫真の真顔である。お前は何を言っているんだ? とでも言いたげな表情だ。
「さようでございますね。で、悩みを聞いてくれるって?」
「ええ、心優しい私が迷える子羊を導いて差し上げましょう」
エレンがドヤ顔で胸を張る。衣装のせいでわかりにくいけど、結構あるんだよな。そんな俺の視線に気づいたのか、エレンが俺の脛に蹴りを入れてくる。わかった、俺が悪かったからやめてくれ。地味に痛い。
「まったく、不敬ですよ。貴方は聖人を名乗るには煩悩が強すぎます」
「申し訳ありませぬ、聖女様。精進いたします」
「そうなさい。それで、何を悩んでいたのですか?」
エレンには嘘を吐いてもどうせ見破られるので、洗いざらい悩みを吐露しておく。シルフィと共に地獄に落ちる覚悟はとうの昔にしているが、それでもふとした拍子に自分がやっていることに対する自責の念が湧き上がってくるのだと。
「……なるほど、真っ当な悩みですね。貴方でもそういうことを考えるのだな、と私は少し驚いています」
「酷くない?」
「ふふ、冗談です。しかしそれはなかなかに難しい悩みですね。凡百の聖職者であれば貴方は為すべきことをしたのです、と言って慰めるところでしょうが……」
そう言ってエレンは目を瞑り、祈るように考え込む。こうして見ると本当に綺麗な顔をしているなぁ、エレンは。うん、さっきあれだけ悩んでたのにエレンが目の前に来ただけでエレン可愛い、綺麗という思いしか出てこない俺はとっくに女色に溺れているのかもしれん。自明であったな。
「貴方は大きな力を持っています。それを与えたのが神にせよ、何者にせよ、その力と共にある限り、貴方は多くの人に多大な影響を及ぼし続けるでしょう。それが神から力を授かった者の運命というものです」
エレンは真紅の瞳で俺の顔をじっと見つめてくる。他ならぬ彼女も真実を見通すという瞳を授かってここまで生きてきたのだ。その話には実感の伴う重みがある。
「今、貴方はその力を以って多くの人に死と不幸を振り撒いていることを嘆いているのでしょうね。それは貴方に人を想う心が残っている証拠です。その心は決して失ってはいけないものです」
「でも、どうしたって苦しいものは苦しいんだ」
最初は砦ごと聖王国の兵士達を爆薬で吹き飛ばした。そして生き残った者達の殆どは闇の中でギズマに貪り食われて命を落とした。
それから俺は銃を作り、爆弾を作り、エアボードを作り、そしてゴーレムを作って『敵』を殺してきた。殺させてきた。死んで行った兵士達はきっと誰かの恋人であり、息子であり、娘であり、父であり、母であり、夫であり、妻であったに違いない。そんな彼ら、彼女らを俺は殺し、殺させ、不幸を振り撒いてきた。
それだけではない。メリナード王国をシルフィの手に取り戻させ、その結果としてメリナード王国内の亜人達は解放された。しかし、それは今まで亜人達を良いように使って生活してきた聖王国派の人々の生活を破壊することに繋がったはずだ。
今、メリナード王国内のあちこちで不幸になっている人達が発生していることだろう。俺達から見れば亜人を良いように使って楽な生活を送ってきた人々は許されざる敵のような存在だが、視点を変えれば彼らは正しかったのだ。善良だったのだ。少なくとも、聖王国統治下のメリナード王国では。俺はそんな『善良』な人々の生活を破壊する片棒を担いだことになる。
そして、今回の北方侵攻だ。彼らはメリナード王国を侵略すべく行動を起こした。しかし、それは彼らの望んだことだったのか? と言うと完全にそうであるとは思えない。少なからず聖王国からの働きかけがあったに違いない。圧倒的な国力を持つ宗主国からの要請を断ることなどはきっとどちらの国にもできなかったのだろう。
そんな彼らを俺は容赦なく殺傷した。魔銃兵達の銃撃で、ハーピィ爆撃部隊による爆撃で、ゴーレムによる圧倒的な暴力で、そして魔煌石爆弾の極光で。
無論、俺なりに考えてのことだ。今回、俺はずるずると長期戦にならないように、初っ端から圧倒的な力を見せつけることによって相手の戦意を挫くことにした。そのため、敢えて容赦なく敵を殲滅することにしたのだ。
結局のところ、暴力を抑止できるのはより強い暴力だけだと俺は思っている。異論はあるかも知れないが、少なくとも俺はそう思っている。何故なら、地球の歴史がそれを証明しているからだ。
彼らと事を構えるのは割に合わない。
そう知らしめることが暴力の応酬を止める唯一絶対の手段だと俺は考えている。
最初から殴りかかってくる相手に話し合いなど通じるわけがない。まずは殴って力を見せつける。話し合いが通じるのはそれからの話だ。無論、最初から話し合いで解決しようとしてくる相手には話し合いで解決するのが一番だろうが、世の中はそう甘くない。話し合いをするよりも殴って殺して奪う方が手っ取り早いと考えている連中は掃いて捨てるほどいる。
だから、俺はこの手を血で赤く染めた。ずるずると長期戦をするよりも、その方がきっと最終的に流れる血の量は少なくて済んだはずだ。きっと。
「貴方の罪は決して正当化するべきではありません」
エレンの言葉が至高の海に沈んでいた俺の胸に深く突き刺さる。その一言で俺の頭は一瞬で冷え切ってしまった。
「貴方はその罪を背負っていかなければなりません。開き直るべきではありません。貴方の手は血に染まっている。貴方は多くの不幸を生み出した」
そう言いながらエレンは俺の手に自らの手を合わせ、指を絡めてきた。エレンの柔らかい手から温かいものが流れ込んでくる。
「でも、貴方の手は、貴方の力は死と不幸を振り撒くだけのものではない。それは貴方もわかっているはずです。貴方はその罪を贖うため、自分が振り撒いた死と不幸を遥かに上回る生と幸せを人々に与えなさい。一万人を殺め、三万人を不幸にしたなら十万人を生かし、三十万人を幸せにしなさい。貴方になら、きっとそれができるはずです」
「聖女様はキツいことを言うなぁ……」
「当たり前です。こういう時にただ慰めるのは簡単です。大丈夫、貴方は私のために全てをしてくれたのですから、何も思い悩む必要はありません、とそう言えば慰めることはできるでしょう。ただ、そんなのはお為ごかしです。甘い毒の言葉です」
真紅の瞳がじっと俺の目を見据えてくる。
「私はそんな言葉を貴方にかけるつもりはありません。罪は罪、それは正しく認め、正しく贖うべきです。それが正道というものでしょう」
「殺した十倍、不幸にした十倍誰かを助ければ、罪は贖われるのか?」
「それは神のみぞ知る、というやつですね。貴方なら十倍と言わず、二十倍でも三十倍でも百倍でも成し遂げられるでしょう。力を尽くしなさい」
「厳しいなぁ」
「当たり前です。私が身を捧げた相手なのですから、それくらいはして貰わねば困ります」
エレンはそう言うと俺の手に絡めていた指を解き、俺から身を離した。
「思い悩み、省みることも時には必要でしょう。ただ、一人で思い悩むのはやめなさい。貴方には相談できる相手が沢山いるでしょう」
「それはそうだけどな……」
きっとエレン以外の皆は慰めてはくれるだろうが、こうしてエレンのように叱咤してくれるようなことはない気がする。慰めてくれれば一時悩みを忘れることはできるかもしれないが。
「まったく、貴方には私がどうしても必要なのですね。仕方が有りません。思い悩むことがあったらまた私が道を示してあげましょう。必ず私に相談をしなさい。良いですね?」
「わかった」
俺は素直に頷いた。なんだかエレンに説教をされたら胸がすっと軽くなった気がするからな。誰かを不幸にした分、それよりも多くの人を幸せにしろというのは単純明快でわかりやすい。
「素直でよろしい。さぁ、夕食の時間です。今日はアマーリエが腕をふるってくれていますよ」
「それは楽しみだな。アマーリエさんの料理は素朴だけど美味しいから」
「私としてはもう少しお肉とか甘いものとかがあると嬉しいのですが」
聖職者としては如何なものかと思う感想を漏らしながら先に立って歩くエレンの後ろ姿を追う。
なんだか今日はよく眠れそうだ。