第276話~本当に戦場は地獄だぜ~
「あの若造が……目にもの見せてくれる」
ティグリス王国軍の将、マクリト=ジャン=ニクラウスはディハルト公国とティグリス王国を結ぶ街道を見下ろしながら呟いた。
二週間で掻き集めたおよそ五千の兵は既に配置についており、奴らに襲いかかる準備は万端だ。弓兵には風魔法を付与した矢も持たせてある。この前の戦では殆ど撃つこともできずに敗走することになったので、人数辺りの配備数も潤沢だ。
「馬より早い乗り物? 弓より射程が長く、威力の高い武器? フン、数の差があればいくらでもやりようはある」
前回は聖王国の連中に口を出されたせいでまともに戦うこともできずに大きな被害を出したが、敵のやり方がわかりさえすれば隙の突きようなどいくらでもある。
あの乗り物は確かに足が速いようだが、重騎兵のような防御力を兼ね備えているというわけではなさそうだ。複雑な魔道具であるようだったし、風魔法を付与した矢で物理的に破壊してしまえばすぐに無力化できるだろう。
それと、あの目にも見えない速度で礫を飛ばす武器は確かに強力だが、防御施設の無い場所で攻撃を集中されれば成す術も無く兵は倒れるはずだ。見た所、強力な防具を身に着けていたわけではなさそうだったからな。
いくら武器が凶悪でも、それを手にして戦っているのはただの人族だ。矢を受ければ傷つき、刃を受ければ致命傷を負う。こちらの攻撃の間合いに入れてしまえば脆弱な筈だ。まして、奴らは数が少ないのだから。接敵すれば容易に磨り潰せるはずだ。
最後にあの爆発物を投下してくるクソ鳥女どもだが、奴らに対しては対処方法が思いつかなかった。しかし、ここは奴らの拠点からは遠い。持ち運べる爆発物の数にも限りがあるだろう。犠牲は出るだろうが、爆発物が尽きれば奴らなど恐るるに足らない。
「……来たな」
奴らの警戒網に引っかからないように五千の兵を動かし、この場所に伏せておくのには大変な苦労があった。移動中にあのクソ鳥どもに見つかっては事なので、奴らが偵察しにくい夜間に移動をするように心がけた。生き残った部下に数百人単位で兵を率いさせ、この地に集結させた。
それで奴らがこの地を通らなかったら苦労が水の泡になるところだったが、儂は賭けに勝った。
「ちっ、見つかったか」
だが、戦場に現れた奴らは罠に飛び込む直前で行軍を停止した。どうやら伏せていた部隊が敵の偵察――あのクソ鳥女どもに見つかったらしい。本当に奴らは害悪だな。奴らの目を封じる手段を編み出さなければ伏撃をすることもできんし、こちらの布陣が丸見えになってしまう。
「奴らに時間を与えるな。突撃の銅鑼を鳴らせ」
「はっ!」
儂の命令で部下がジャーンジャーンと銅鑼を鳴らし始める。通常の伏撃であれば太鼓を鳴らすのだが、今回は敵が罠に飛び込む前に足を止めてしまった。風魔法を付与した矢は……ギリギリ届くか。
「ぬっ……!? 馬鹿な!?」
ほんの一瞬、ほんの一瞬だ。ほんの一瞬目を離しただけなのに、奴らの周りには見るからに強固な石材の防壁が築かれていた。一体あれは何の冗談だ!? あれでは風魔法を付与した矢など殆ど効果が望めないではないか!
「魔法か? いや、だが……」
一瞬で石の砦を作り出すなど、お伽噺や英雄譚くらいでしか聞いたことがない。
「……それでは足りん」
確かに一瞬で強固な石の砦が出現したことには驚きを禁じ得ないが、それだけでは五千もの兵を相手にしては多少の時間稼ぎにしかなるまい。見たところ、敵は百もいない。数で押せば磨り潰せる。流石に攻城兵器などは用意していないが、あの程度の高さの城壁であれば土魔法を使うなり、急ごしらえの梯子を作るなり、縄を掛けるなりすればよじ登れる筈だ。
「時間は稼げるだろうが、詰みだ」
ティグリス王国軍の将、マクリトはとにかく気に入らなかった。何がと言えば、当然あの若造――メリナード王国の王配を名乗るコースケという男のことだ。奴は儂を、儂らを見下していた。本気を出せばお前達など取るに足らぬのだと、今すぐにでも皆殺しにできるのだと。今見逃してやるのも、砦を引き払うのに二週間の時を与えるのも俺の慈悲なのだと。
「屈辱の対価は貴様の命で払ってもらう」
ティグリス王国の宿将、マクリト=ジャン=ニクラウスを舐め腐った罪は重い。必ず奴の首を塩漬けにしてメリナード王国の魔女に送り届けてやる。
☆★☆
敵の攻撃が届くか届かないかギリギリの場所に布陣すると、ジャーンジャーンと銅鑼の音が鳴り始めた。
「ここはネタに乗ってゲェッ、とか言うべきかね?」
「何を言っているのかよくわからないけど、このままだと磨り潰されると思うわよ」
「ケツ捲って逃げるっすか?」
「いいや」
俺はエアボードのルーフを開いて顔を出し、視界を確保してから停車したメリナード王国軍のエアボードを囲むように石壁の城壁を設置した。テンプレートの登録が済んでいる建築物の設置なら大した手間もかからない。
とりあえずの安全を確保した俺はエアボードに据え付けられているゴーレム通信機の受話器を手に取る。
「ハーピィ爆撃部隊は高空で待機、風魔法を付与された矢に注意してくれ。魔銃兵は全員防壁に上がって迎撃準備。指揮官に従い、射程に入り次第射撃しろ。指揮はウォーグに任せる」
『りょーかい!』
『了解』
「先に行ってるぞ」
「ちょ、待ちなァ!?」
慌てるシュメルを置き去りにしてエアボードのルーフからそのまま飛び出し、コマンドジャンプも使って一番乗りで城壁の上に辿り着く。おお、左右の森やら岩場からワラワラと敵さんが沸いてくる沸いてくる。こりゃ本気だ。
「そう簡単にやられてやるわけにはいかんのだよなぁ」
インベントリから三体のゴーレムを取り出し、砦の前に設置する。この前自爆ゴーレムを護衛した武装ロックゴーレムではない。無限弾化した重機関銃と自動擲弾銃で武装し、ミスリル銅合金のボディを黒鋼の表面装甲で覆っている重武装ゴーレムだ。
「攻撃開始」
『『『Vooo!』』』
重武装ゴーレム達が雄叫び(?)を上げて動き出し、両腕に装備された合計四門の12.7mm重機関銃を乱射し始める。両肩に装備された40mm自動擲弾銃も無限化しているのを良いことにそれはもう盛大にシュッポンシュッポンと連射していらっしゃる。今日も俺の重武装ゴーレムはご機嫌だな。
「……なんだこりゃ」
「……にゃ」
一足遅れて城壁に上がってきたウォーグとノワールが大暴れする重武装ゴーレムを見て愕然としている。シュメル達は既に一度見ているので驚いてはいないが、三人ともなんというかこう……悟ったような表情をしているな。
「ティグリス王国軍が哀れだねェ……」
「あんなんどうしようもないっすよね」
「理不尽って言葉がこれほど似合うものもなかなかないわね」
口径12.7mmの重機関銃の前では鉄や革の鎧を着た程度の人間など紙切れも同然だ。重機関銃の連射速度は一秒間に凡そ十発。つまり一分間で凡そ六百発。それが重武装ゴーレム一体に四門装備されており、更に重武装ゴーレムは三体いる。つまり、重武装ゴーレム三体で一分間に凡そ七千二百発の弾丸をばら撒く計算になるわけだ。
しかも、放たれた弾丸は人体を容易に貫通してなお有り余る殺傷能力を有している。場合によっては一発の弾丸で数人が殺傷されるということもあり得るわけで……。
「……なんだこりゃ」
「……こりゃ酷いにゃ」
ほんの一分ほどで凡そ五千名のティグリス王国軍は全滅した。もしかしたら重武装ゴーレムの苛烈な攻撃から逃れて最初に身を隠していた森や岩場にダッシュで逃げた奴もいるかもしれないが、いたとしても最早脅威にはならない程度の数だろう。
「この戦場の後始末はどうするかね」
「放置で良いんじゃないかい? 放っておきゃ動物なり魔物なりが綺麗に掃除してくれるよォ」
「多少アンデッド化するかもしれないっすけど、メリナード王国の領地ってわけでもないし良いんじゃないっすか?」
「良くはないと思うけど……まぁ、戦利品を漁るかどうかくらいかしら、こうなると」
戦利品て……あの肉片と臓物の海みたいになってる中に足を踏み入れて漁るのか?
「……無理じゃね?」
今はまだ距離があるからなんともないが、あれに近寄って直視したら一発で口から虹色の何かを吐き出す自信があるぞ。
「ウォーグ大隊長的にはどうですか」
俺は判断をウォーグに丸投げすることにした。本心で言うと放置してとっとと通過したいが、仲間の同意を取るのも重要だからな。ハハハ。
「そこで俺に振るのか。進もう、アレはどうにもできん」
「にゃ……」
ウォーグ達だけでなく、近くで俺達の会話を聞いていた精鋭魔銃兵の皆さんも真顔で頷いている。
「よし撤収! 防御施設を撤去してさっさと進むぞ!」
重武装ゴーレムを呼び戻してインベントリに収納し、ハーピィさん達に周辺の偵察をするように指示してからミスリルツルハシで城壁を撤去する。
「多分もうサプライズは無いと思うが、偵察は気合を入れてくれ。準備時間を一切取れずに奇襲を受けるのが俺達の唯一の負け筋だから」
「りょーかいです!」
ペッサーが翼でピシッと敬礼をして部下達と一緒に空へと舞い上がっていく。
さて、銅鑼の音が鳴った場所は敢えて無視したわけだが……これを見て更に闘志を燃やすか、それとも心が折れるか……まぁ九割方心が折れると思うけど、どうかな。