第275話~威力調査~
「再度点呼を取って怪我人が居ないかチェックしてくれ」
「お、おう……わかった」
ウォーグは呆気にとられていたようだが、すぐに気を取り直して点呼を取り始めた。
「いやァ、こりゃ想像以上に凄かったねェ」
「砦が根こそぎ吹っ飛んでるっすよ」
「あんなの食らったらひとたまりもないわね……」
鬼娘達は防護施設の覗き窓か未だに爆発で巻き起こった粉塵が渦巻いている爆心地の方向を見ている。こっちは思ったより動揺してないな。
「あたしらは冒険者だからねェ。不思議なことや突発的な事態にいちいちオタオタしていちゃ生き残れないよォ」
「まぁびっくりはしたっすね」
「これは乱用できないのもわかるわ」
「冒険者すげぇな」
やっぱり普通の人とはどこか違う精神性を持っているのかね。単にこの三人の精神がタフ過ぎるだけなのかもしれんけど。
十分ほどの時間をかけて点呼を取り、怪我の有無を確認したら全員でエアボードに乗って爆心地――ディハルト公国の国境砦のあった場所へと向かう。
「残存魔力の影響でエアボードが誤動作する恐れがある。不調を感じたらすぐに停車させて魔力結晶を抜き取るように」
『『『了解』』』
ゴーレム通信機で各機に指示を出してからベラが座っている運転席の背凭れを後ろから叩き、エアボードを前に進ませる。
「流石にあれで生き残ってるディハルト公国軍の兵士は居ないと思うけど、一応警戒してくれよ」
「一応ねェ。まァ、あれで生きてるのはグランデの嬢ちゃんかコースケくらいだと思うけどねェ」
「シュメルの中で俺はどういう位置付けなんだよ……」
俺は口からビーム出すびっくり生物じゃないぞ。
「旦那は不意打ちでさえなければどんな攻撃を食らっても凌ぎそうな感じあるっすよね」
「実際どうなの? 至近距離でアレが爆発すると知ってたらなんとかなる?」
「流石に黒鋼とミスリルのブロックで合計2mの防護壁を作ればなんとかなるんじゃないかな?」
俺一人の命を守るだけならそれでなんとかなると思う。
「そういうとこだよォ」
「厚さ1mの黒鋼とかミスリルの壁をポンと出す時点でもうグランデさんとカテゴリが一緒っすよね」
「常識の埒外という意味では全く同じね」
ちなみにグランデなら全力で地面に潜ればなんとかなると思う。シルフィとメルティはちょっと厳しいかな? メルティは爆発まで十秒もあれば全速力で撤退して即死半径から逃げられそうな気がするけど。シルフィはどうかな……シルフィの本気の戦闘行動って俺はあんまり見たことがないんだよなぁ。精霊魔法も使えるし、全力で撤退に加えて爆発した瞬間に土の精霊魔法で地面に潜ればワンチャンあるかもしれないな。
そう言えば、グランデは今日の砦破壊作戦には同行していない。万が一に備えて基地に残ってもらっているのだ。本人も別に興味なさそうだったからな。今頃基地のどこかで日向ぼっこでもしていることだろう。
「んん?」
「どうした?」
「いや、なんか出力上げてないのにスピードが上がったような……?」
「止めろ。全車に通達、エアボードを停車して魔力結晶を抜き取れ。意図しない出力増加が認められた」
一応浮遊装置と風魔法式推進装置には過剰な出力の魔力が流れ込んでも大丈夫なように、安全回路のようなものが組み込まれているらしいが、わざわざこの状況下で耐久テストをするつもりはない。もう爆心地までは歩いて十数分という距離まで来ているし、ここからは歩きでいいだろう。
「うわ……凄い魔力濃度ね。酔いそうだわ」
「んー、あたしは大丈夫だけどねェ」
「うちも問題ないっすね」
「魔力が無い俺には全く何も感じられないなぁ。まぁちょっと暑いけど」
爆心地近くに来ると、トヅメだけがげんなりとした表情をする。いつもはハンマーをブンブンしている彼女だが、これで酔うということは魔力に敏感な体質――つまり魔力素養が高いらしい。魔法を学んだら冒険者として一皮剥けるんじゃないだろうか?
「しかし、切り札というのは本当に凄い威力だな……」
「だろ? まぁ今の一撃でおよそ一万人が跡形もなく消し飛んだわけで、あまりはしゃぐような気分でもないんだが」
「そうか……? 俺としては頼もしい限りなんだが」
ウォーグが不思議そうに首を傾げている。戦争だし、敵だから容赦なくぶっ殺す。実にシンプルな考えだし、間違いではないとは思うんだけどな。まぁ何もかも今更だ。自分自身が作り出した武器で聖王国の連中を万単位で殺しておいて、今更砦一つ吹き飛ばしたくらいで感傷に浸るのもどうかとは自分でも思う。
だが、そう簡単に割り切れるものではないし、この感覚を麻痺させてしまったらいけないと思うんだ。前の世界の兵器開発者達はどうやってこの辺りの折り合いをつけていたんだろうな? やっぱり国のためとか、自国の兵士を守るためとか、そういう志を支えとしていたのかな。
そう考えると、俺は傲慢なんだろうな……この世界を見下してると言い換えても良い。心のどこかでこの世界の人々を未開の野蛮人と見下して、先進的な兵器で一方的に蹂躙するのは可哀想だとか思っているんだろう。自分で自分が嫌になるな。
「どうしたんすか? なんかテンション下がってるみたいっすけど」
「俺にも色々と思うところがあるんだよ」
「そうなんすね。別に敵に同情する必要なんてないと思うっすけどね、あたしは。こうしてなければ基地の人達やメトセリウムの人達が敵に殺されてたんすから」
「死んだ連中のことなんざ放っておきなァ。死人に足を引っ張られるなんてつまんないし、無駄だからねェ」
「無駄ってお前」
「無駄だろォ? 考えたってどうにもならないんだからさァ。心の中で悩んで謝ったって奴らが生き返るわけでもなし。死んだ奴らが弱かった。だから死んだ。あたしらはその屍を踏みつけて乗り越えて行く。それだけの話さァ」
「ドライだなぁ……」
「貴方がウェット過ぎるだけだと思うけどね。でも、そんなものでしょう? 二十年前は私達が弱かったから聖王国にいいようにやられた。今は逆にいいようにやり返してる。それだけじゃない」
「それだけかぁ……」
彼女達の考えはシンプルだ。生存競争において強いは偉い、以上。それくらいシンプルに考えた方が確かに楽なのかもなぁ。別に俺が地獄に落ちるのは今更構わないけど、どうにもこうやって一方的な虐殺めいたことをやらかしてしまうと、良心の呵責がなぁ……感覚が麻痺しない程度に慣れるしかないか。
☆★☆
まだ熱の篭るクレーターを調査し、生存者が居ないことと構造物が跡形もなく消し飛んでいることを確認した俺達はディハルト公国の国境砦を後にした。クレーターの中心部付近に地下構造物の名残が少しだけ残っていたが、殆ど高熱によってガラス化してたからな……誰かが地下構造物に隠れていたとしても、まず生き残ってはいまい。
ただ、地下深くに非難壕などが作られていた場合、仕損じる可能性があることがわかった。今後は魔煌石爆弾を上半身と下半身に一個ずつ搭載し、下半身は分離して地下に潜って爆発、上半身は地表に残って爆発するタンデム弾頭式対城自爆ゴーレムとか作ったほうが良いかもしれん。
いや、そこまでせんでも地上施設を爆破して生き埋めにすればそれで良いか……?
でも地下の避難通路とかで王族とかに逃げられるかもしれないしな……実際、メリネルブルグの王城には下水などの脱出口に繋がっている地下通路網があるわけだし、他の国――例えば聖王国の城とかにも同じような脱出路があるかもしれない。やっぱり開発だけはしておくか。帰ったらアイラに相談しよう。
「ティグリス王国の砦も同じように吹っ飛ばすんすか?」
「同じようにふっ飛ばすぞ」
『緊急! 緊急! ティグリス王国国境砦への経路に伏兵を確認しました! 数、凡そ五千、待ち伏せしてます!』
先行して偵察をしていたハーピィさんから緊急通信が入る。
なるほど、こちらの要求通りに砦を空けたと見せかけて伏撃か。朝の段階でハーピィさん達が伏兵を見つけられなかったのは……そうか、基地からティグリス王国の国境砦までは探索したけど、ディハルト公国の国境砦からティグリス王国の国境砦までの経路は朝の段階では探索してなかったんだな。これは指示ミスだなぁ。
「どうするんすか? いくら精鋭兵とハーピィの爆撃部隊が揃ってても準備もなしに百倍は相手にできないっすよね?」
今同行しているのは精鋭魔銃兵五十名とハーピィ爆撃部隊の半数、それにウォーグが連れてきたエアボード一台分の魔銃兵と俺達だけだ。
「大丈夫だ」
相手から見える場所に小さな防御施設を作って精鋭魔銃兵に防御させて、その上で防御施設からハーピィ爆撃隊を飛ばして隠れている連中を爆撃すれば、恐らく数に任せて防御施設に突っ込んでくるだろう。
「なんとでもなる」
そう、こちらの土俵に引き込めればなんとでもなる。居場所のバレた伏兵なんぞどうとでも料理できるさ。