第274話~烈光~
翌日、俺達メリナード王国軍はエアボードに乗って国境基地から出発。快速で北上し、ディハルト公国の国境砦近くまで逆侵攻をかけていた。
「特に敵さんは見当たらないっすね」
「いや、斜め後方に赤い煙が上がり始めてるな。一応監視の目は置いてあったらしい」
「どうするんだい?」
「捨て置こう。ハーピィさん達の報告では伏兵は居ないから、恐らく俺達の来襲を伝えるためのものだと思う」
伏兵を置かれて移動中に待ち伏せを受けたらコトだが、そこはハーピィさん達を先行して飛ばしているので問題ない。まぁ、防御能力の高い砦に来る事がわかっているなら砦に篭もって迎撃するのが合理的だよな。普通に考えれば。
こっちは盾や鎧で防げない遠距離攻撃手段を持っているのだから、盾や鎧よりも防御力の高い構造物に身を隠すのがより賢い選択なのは間違いない。奇襲を仕掛けたらその防御力をみすみす捨てることになるからな。
そうしてディハルト公国の狼煙を無視して進むこと暫し。前方に人工構造物が見えてきた。
「敵の潜水艦を発見!」
「センスイカン……?」
「気にしないでくれ。さて、全体停止だ」
ゴーレム通信機を使って全エアボードに指示を出し、この場に停止する。ギリギリ建物が見えるくらいだから……んー、5kmくらいはあるか? 地球なら確か人間の視線の高さから見た地平線はおおよそ5kmらしいけど、この世界という惑星が地球と直直径が同じとは限らないしな。
「ここからあの砦まで、歩いたらどれくらいかかる?」
「んン? あたしの足なら一時間かからないと思うねェ。普通の人間なら一時間くらいじゃないかい?」
「なるほど、シュメル達は歩幅が大きいもんな。まぁ、これくらい距離があれば大丈夫か」
ゴーレムや砦の破片が飛んでくる可能性があるから、それらから身を守るためのバンカーが要るな。とりあえず上空を飛んでいるハーピィさんに連絡を取っておくか。
「ペッサー、こちらコースケ。ディハルト公国軍の様子を報告してくれ。どうぞ」
『はーい、こちらペッサー。砦のディハルト公国軍は迎撃準備を整えているみたいです。どーぞ』
「了解。出撃してくるような兆候があればすぐに連絡してくれ。どうぞ」
『りょーかいしました! 通信おわり!』
「コースケ、ここに布陣するのか?」
「流石に遠くないかにゃ?」
ペッサーとの通信を終わらせたところでウォーグと魔銃中隊長のノワールが現れた。今日の砦爆破に関してはピーターとノワールのどちらが着いてくるかということで若干揉めたらしいが、結局ノワールが同行する権利を勝ち取ったらしい。どんな勝負をしたのかは知らないが、ピーターが滅茶苦茶落ち込んでいたのが印象的だったな。
「あまり近いと爆発に巻き込まれるからな」
「そんなに凄いのか、その奥の手ってのは」
「大量投入すれば聖王国を滅ぼせるぞ。俺にかかれば量産も可能だ」
「そんなのがあるならとっとと投入して聖王国を滅ぼせば良いんじゃないかにゃ?」
「砦一つ、街一つを吹っ飛ばす兵器を大量投入して兵士も民間人も区別なくぶっ殺しまくったらマズイだろ……あと、爆発地点で割と深刻な魔力汚染が引き起こされるんだ」
「それはマズいにゃ……」
魔煌石爆弾の威力と欠点を聞いたノワールがドン引きする。まぁ、魔力汚染って言っても人体に対して直ちに深刻な問題を発生させるようなものではないんだけど……一応メリットがないわけではないみたいなんだよな、魔力汚染も。魔力汚染地域では一部の特殊な植物――魔力回復ポーションの素材となる薬草の育ちが良いとか、魔道士の魔力回復が早まるとか。
ただ、魔道具が異常動作を起こしたりとか、長時間滞在すると魔力酔いを起こすとか、普通の植物は育たないとか、人が住むにはデメリットが大き過ぎるんだ。どれくらいで減衰するのかもまだわかってないしな。多分爆発によって微細な粒子と化した魔煌石が原因だと思うんだが。
「とにかく準備を始めるぞ。まずは爆発の破片とかから身を守るための防護施設を作る。シュメル達は俺の護衛、ウォーグは精鋭魔銃兵を指揮して敵の襲撃に備えてくれ」
「あいよォ」
「了解」
☆★☆
「あれは何をしているのだ?」
「魔法か何かでしょうか? 防御施設のようなものを作っているようですが」
「ふん。こちらの砦を吹き飛ばすと豪語したと腰抜けのアントニウスが言っていたが、どうだかな」
ディハルト公国軍の将――レスニウス=オラフ=ウィンターリアは遠見筒を覗いたまま不愉快そうに顔を歪めた。
コースケとの会談後そのまま自ら公都へと赴き、事態をありのままに報告して国境砦の放棄を主張したアントニウスは公王の怒りに触れ、そのまま左遷されていた。彼はその後釜に就いて国境砦の指揮を執ることになったディハルト公国軍の新たな将であった。
「如何致しますか?」
「警戒して注視だけしておけ。さしもの敵の新兵器とやらもあの距離からでは届くまい」
「はっ……ん?」
「どうした」
副官の奇妙な反応が気になったレスニウスが再び遠見筒を覗くと、敵の防御施設の前に人影が見えた。鎧を身に纏い、メイスと巨大な盾を持った……いや、違う。あれは人ではない。
「な、なんだあれは!?」
「ゴーレム……でしょうか?」
「ゴーレムだと? あれがか……?」
ゴーレムとは確か錬金術師が作り出す動く人形であったはずだ。だが、戦闘に使えるようなものを作るには莫大な予算が必要で、とてもではないが戦につかえるようなものではないはず……稀に古代の遺跡などで守護者として使われている事があるらしいが。
「あんなものの報告は無かった筈だ」
「その筈で――!?」
「なっ――!?」
敵の防御施設前に人影――いや、ゴーレムの姿が増えていく。敵の防御施設の大きさから考えるに、恐らくゴーレムの身長は三メートル以上……あんなものに押し寄せられたら流石に砦の城壁や城門が保たないだろう。
「ど、ど、どうするのだ!? あんなもの……あんなものに襲われたらひとたまりも無いぞ!?」
「ど、どうすると言われても」
レスニウスに詰め寄られた副官がしどろもどろになる。彼だってあんな岩の巨人をどうにかする手など思いつかなかった。ディハルト公国軍はそれなりに精強だが、想定している敵というは基本的に人族や、街道を脅かす小型から中型の魔物である。大型の岩の巨人なんぞと戦う訓練は積んでいないのだ。
「くっ……そうだ、破城槌だ! 大至急破城槌を用意させろ! 南側の門の辺りに設置して、ゴーレムが侵入してきたら攻撃を加えられるようにしておけ!」
「は、ハッ!」
若干小物臭の漂うレスニウスであったが、一軍の将を任せられるだけあって思考はそれなりに柔軟であった。惜しむらくは、彼のプライドが邪魔をしたせいでこの時点で即時撤退を選べなかった一点に尽きる。コースケの放ったゴーレム兵が進軍を開始した時点で北門から全軍で脱出し、全速力で撤退すればこの後に待ち受ける破滅から逃れられたかもしれない。
☆★☆
『こちらペッサー、砦内に動きありでーす、どうぞ』
「内容は? どうぞ」
『たぶん破城槌を組み立ててますー、どうぞ』
「了解。そのまま静観してくれ。どうぞ」
『了解! 通信終わり!』
破城槌ね。対ゴーレム用の武器として使おうとしてるんだろうな。着眼点は悪くないけど、そんなものに当たるほどゴーレムは鈍臭くはない。もし出撃してきても、破城槌ごとメイスで薙ぎ払われて終わりだろう。
「砦をぺしゃんこにするだけならあのゴーレム兵だけでなんとでもなるんじゃないすか?」
「できるかもしれないけど、これはデモンストレーションだから。メリナード王国に舐めた真似をすると大変なことになるぞ、ってな」
「なるほどっす」
素直に頷くベラの横ではウォーグとノワールが難しい顔をしている。
「ゴーレム兵対策か?」
「ん……まぁな。どうしたものかと」
「所詮は岩だから、コアのある辺りに魔銃で集中射撃すれば撃破できると思うけどな。膝に集中射撃して足を破壊するのも良いんじゃないか? あと、ハーピィ爆撃部隊で対人型じゃなく初期型の大型航空爆弾を当てれば破壊できると思うぞ」
「ああ、あれは集中すれば砦の城門も破壊するからな。確かになんとかなりそうだ」
などとウォーグと話している間にゆっくりと前進していたゴーレム三体と自爆ゴーレムが敵砦の城門へと張り付いた。三体のゴーレム兵がバカでかいメイスで城門をドッカンドッカンと叩いている。音がここまで聞こえてきそうだな。
「こちらコースケ。ハーピィ爆撃部隊は撤収して防護施設へと帰還せよ」
『了解! ハーピィ爆撃部隊帰還します!』
程なくして自爆ゴーレムが砦へと突入して爆発するので、ハーピィさん達を呼び戻しておく。爆風に煽られて墜落でもしたら大変だからな。破片が飛ぶかもしれないし。
「ただいまー!」
「戻りましたえ」
ペッサーやカプリを筆頭にハーピィさん達が戻ってくる。一応ハーピィさん達だけでなく、全員で点呼を取ってッ防護施設の外に人が残っていないことを確認する。安全確認ヨシ!
「さて、そろそろか?」
「そうね……あ、城門が内側に倒れたわよ」
裸眼でジッと砦の方を見ていたトヅメが呟く。この距離から裸眼で見えるのすげぇな。普段はハンマー使ってるけど、意外とスナイパー向きなんじゃないか? 体格に見合った大口径狙撃ライフルとか持たせてみたいな。
「全員、衝撃に備えろ!」
俺がそう叫んでおよそ十秒後、ディハルト公国の国境砦から激しい光が発生し、それに遅れて衝撃と轟音が押し寄せてきた。
ディハルト公国軍の国境砦は人員ごとこの世から文字通り消え去ったのである。