第272話~強硬姿勢~
会談場所に赴くと、俺達の到着に遅れて白旗を掲げた騎馬数騎が駆けてきた。ちなみに、俺達のエアボードにも白旗がはためいている。宣戦布告というか最後通牒を叩きつけてからの開戦という概念は無いのに、白旗の概念は俺の知るものと殆ど同じらしい。どうにも奇妙な感じがするが、文句を言っても仕方がないな。
「全部で六人か。多分あの立派な鎧の二人が敵の指揮官だよな」
「だろうな。鎧に傷がついている初老の騎士がティグリス王国軍の指揮官だろう」
ということは、鎧が綺麗な方がディハルト公国軍の指揮官か。こっちは結構若く見えるな。レオナール卿よりは確実に若そうだ。ダナンと同じくらいかな? 俺より一回り上の世代って感じかな。
立ったまま話をするのもなんなので、インベントリから俺とウォーグ、そして相手の指揮官二人分の椅子を取り出して設置すると、その様子を見ていた向こうの人達がビクッとしていた。何もない場所から椅子を取り出すのを見るのは流石にびっくりしたらしい。
「そちらは二脚で足りるかな?」
「う、うむ……」
良いようなので先に椅子に座ることにする。まぁ、椅子と言ってもX字状の骨格の上面に布が貼ってあるだけの簡単なものだ。俺のイメージとしては港の岸壁で投釣りをしているおっちゃんが座ってるアレ。そういや時代劇で戦場が描写された時にも武将がこんなのに座ってた気がするな。
「さて、こういう時はまずは何から話せば良いんだ? 自己紹介からで良いのか?」
「そうだな、まずはお互いがどういう立場なのかを話すのが良いだろう。俺はウォーグ。メリナード王国軍の北方魔銃大隊長で、北方基地司令官でもある」
「俺はコースケ。そういや俺ってメリナード王国軍の軍人ではないよな?」
「そうだな……まぁ王配と名乗っておけば良いんじゃないか?」
「そうか、じゃあ改めて。俺の名はコースケ。メリナード王国女王、シルフィエル=ダナル=メリナードの伴侶で、いわゆる王配というやつだな。この場においては軍師とか参謀的な立場だと思ってくれて良い。立場的にはウォーグより上らしいぞ」
「そりゃ王配様だからな。それで、そちらは?」
俺達のやり取りをぽかんとした表情で見ていた向こうの指揮官達が気を取り直すように小さく咳払いなんぞをしながら表情を引き締めて口を開く。
「私はマクリト=ジャン=ニクラウス侯爵だ。映えあるティグリス王国軍の指揮官である」
「俺はアントニウス=デルス=ギランザム。伯爵だ。ディハルト公国軍を率いている」
年を取ってるほうがマクリト殿、若いほうがアントニウス殿ね。
「それじゃあ単刀直入に行こうか。俺達が要求するのは負傷者と遺体の引き上げ、そして両国の国境砦の放棄だ。一週間――じゃ流石に短すぎるか? 二週間待とう。二週間以内に撤収し、砦を放棄しろ。従っても従わなくても二週間後には実力を以って双方の砦を跡形もなく破壊する」
俺の叩きつけた要求に敵将二名は目を大きく見開いた。うん、びっくりするよね? 俺も逆の立場ならびっくりすると思う。いきなりそんなことを言われても承諾できるわけもない。そもそも、その条件を呑んで砦を放棄する権限を二人は持ち合わせていないだろう。
「そのような条件を呑めるわけがあるか!」
「いくらなんでもその条件はない。呑めるわけがないだろう」
マクリト殿が顔を真っ赤にして怒りを顕にして怒鳴り、アントニウス殿が苦笑いを浮かべる。この苦笑いはアレだな? ああ、馬鹿殿の類か、とでも思っているな? まぁ実際は似たようなもんだけども。
「いや、別に呑まなくても構わんよ? 中身入りだろうと空っぽだろうと構わず根こそぎ破壊するだけだからな」
俺の言葉に二人は再び目を剥いて驚きを顕にした。マクリト殿は顔を真っ赤にしたままだが、大丈夫か? 驚きと怒りのあまり突然死とかされても困るんだが。
「一応要求と言ったが、事実上は命令――とは違うな。決定事項を通達しただけだ。二週間後に破壊するから、犠牲を出したくなければ撤収しておいてくれということだな。これはつまり、開戦事由も定かにしないまま突如攻め込んできたディハルト公国とティグリス王国に対する、我々からの懲罰的対応というやつだ」
「懲罰的対応だと……? 随分高いところからの物言いだな? 陣地から出てこられない癖にどうやって砦を破壊するってんだ?」
アントニウス殿が剣呑な雰囲気を醸し出しながらそう言って睨みつけてくる。おお、怖い怖い。
「どのような方法で、というのは説明をする必要性を感じないな。いずれにしても二週間後、メリナード王国との国境近くにある砦を破壊する。兵を殺したくなければ退避させておけ、ということだ。一応、二週間後のその時まではこれ以上こちらからの攻撃は行わない。戦場の負傷者と遺体の引き上げも認めよう。ただし、再度メリナード王国への侵略行為をこちらが認めた場合は即座に反撃して侵略行為に関わった全ての軍を撃破し、二週間を待たずに双方の砦を破壊する。妙な行動を取らないように互いによく監視することをオススメするぞ」
「随分と強気ではないか。我々にはまだ合計一万の兵が居るのだぞ。対してそちらはたったの四百。いくら奇妙な武器で武装していたとしても、数の不利はそうは覆せぬ」
「試してみるか? そちらの士気が保たないと思うが。無論、その場合は貴方達を皆殺しにした後に即座に砦を破壊させていただく」
凄んでくるマクリト殿に笑顔を向けながらそう言ってやる。
「貴方達に選択肢はない。こちらの要求に従って死者を最低限に抑えるか、そうでなければこのままもう一戦交えて文字通り全滅するかだ。こちらが手心を加えていたことがわからないわけではないよな?」
「「……」」
俺の言葉に二人の敵将が共に沈黙する。
実際のところ、ディハルト公国軍も十分にハーピィさん達の爆撃可能圏内だからな。ゴーレム通信機で指示を飛ばせば、今この瞬間にも俺達はディハルト公国軍に対人航空爆弾の雨を降らせることができる。
「本当はお隣さんとは仲良くしたいんだがね。まぁ殴ってくるなら殴り返すし、やるなら二度と殴ろうとは思わないように徹底的に打ちのめす他ない。その後で仲良く握手できるかどうかはそちら次第――というか、今回の戦争も恐らくは聖王国の腐れ坊主どもが裏で糸を引いてるんだろうけど」
俺の言葉を聞いても二人は表情を変えなかった。まぁ、宗主国とはいえ他国に言われて軍を動かしたとは言い辛いだろうな。
「こちらからは以上だ。何か言いたいことがあるなら一応聞くが、何かあるか?」
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「こちらからは以上だ。何か言いたいことがあるなら一応聞くが、何かあるか?」
何なんだ、こいつは。という感想しか出てこなかった。何もないところから床几を出したのにも驚いたが、この威厳も迫力もない男が敵の指揮官で、メリナード王国の王配だと? 王配がわざわざ戦場に出てくるのか? メリナード王国では。
何にせよあらゆる意味で異質すぎてどう評価したら良いのかわからない奴だ。
まず、要求が滅茶苦茶にも程がある。負傷者と遺体を回収して即時撤退を求める、まではまだわかる。だが、普通はその後に来るのは領土の割譲だとか、賠償金の支払いだとか、そういうものを求めてくるものだろう? それが何故国境砦の放棄という話になる?
国境砦は国防の重要拠点だ。俺達は自分の国の軍――実際にはうちの領軍も混じってるが――を率いているし、率いている以上それなりの権限は持ち合わせているが、流石に国家の戦略拠点を自由にどうこうするほどの権限は与えられていない。たったの二週間では公都とやり取りを交わすのもギリギリの時間だ。
「承服しかねる。そもそも私はそこまでの権限は持ち合わせておらん」
「こちらも同じだ。二週間では中央とやりとりをするのも難しい」
できるかできないかで言えば不可能ではないだろうが、公都の連中が国境砦の放棄を容認するとも思えない。いずれにしても鉾も交わさずに事実上降伏する事になる俺は無能扱いされて左遷されるか、最悪罪に問われて爵位を下げられる、なんてことにもなりかねない。
もっとも、連中に突っ込んで戦死するもの御免なのだが。
「さっきも言ったが、応じないなら応じないでも構わんよ。こちらは粛々と事を進めるだけだからな」
「……貴殿は交渉をする気があるのか? 一方的にそのような条件を――」
「交渉する気は、無い!」
顔を真っ赤にし、こめかみに青筋を浮かべるマクリト殿の言葉を遮って王配――コースケと名乗った男がそう言いきった。
「一方的に攻め込んできてボッコボコにされた連中に何故こちらが耳を傾ける必要があるんだ? 逆の立場ならどうだ? そんな連中の言葉に耳を傾けるか? 傾けないだろう? これがせめて事前に外交努力を行い、自分達なりの正当な理由を掲げ、最後通牒を突きつけてから攻め込んできたならまだ耳を貸すが、秘密裏に食料を買い集めて一切交渉をすることも無く突如攻め込んでくるような連中の話を何故聞かなきゃならない? 他人に礼節を語る前に自分達の行動を振り返ってもらいたいもんだな」
ぐうの音も出ないな。確かに攻め込んで負け、危険を予感して尻尾を巻いていた側が何かを言っても向こうが聞く耳を保つ必要は無いだろう。だが、それでもできないものはできないのだ。
「しかし――」
「しかしもかかしも無い。さっきも言ったがこれは要求でもなんでもない、ただの通達事項だ。二度と舐めた真似をしてくれるな、というこちらの意思だ。妥協はしないし、必ず実行する。抵抗するなら砦がお前達の棺桶になる。それだけの話だ」
取り付く島もないとはこういうことを言うんだろうな。まぁ確かに、攻め込んで負けた側が何かを言えることでもないか。
この後、あの手この手でなんとか二週間という期日を伸ばそうと努力したが、コースケが折れることは一切なかった。クソが。