第026話~嫉妬と反省~
お待たせしました!
しかし、次に載せようとしていた内容を感想で先読み指摘されると焦りますね?(゜ω゜)
共同倉庫から鍛冶施設の設置してある場所まで戻ってくると、アイラが待っていた。先程持っていったポーション類を持ってきているようだが、どうしたんだろうか?
「待ってた」
なんだかぐったりしている様子だ。本当にどうしたんだろうか。
「一通り、私の持っている試薬と実験動物を使ってこの薬を試してきた」
「なるほど?」
「結論から言うと、これらの薬には全て一定の効果が確認できた。まだ経過を観察しないとはっきりとは言えないけれど、今の所副作用などは見当たらない。というか、あまりにも即効性が高過ぎてどう評価したら良いのかわからない」
もはや口癖のように言っていた不条理という言葉すら出てこないようである。
「ええと、どうしてそんなことを?」
「貴方はこれを傷を治したり、毒を消したり、病を治したりする薬だと言った」
「うん、そうだな」
「でも、これは人の命に関わるもの。無責任に処方することは絶対に許されない」
「そういうものか?」
「うん……そう、だけど……違う」
アイラは疲れたような――いや、悲しそうな顔をして俯いた。
「私は……ごめんなさい、コースケ」
「いや、いきなり謝られても。おい、泣くな!? シルフィ!? シルフィさんヘルプ!」
俯いたアイラの顔からポタポタと、というかボタボタと割とびっくりするくらいの量の涙が滴り落ちている。目が大きい分、涙腺も太いんだろうか? 俺としてはいきなり泣き出したアイラに困惑する以外の反応を返しようがない。一体どうしてこうなった!? どうしてこうなった!?
「アイラのことは私に任せて、お前は炉の方を見ていろ。それは仕舞っておけ」
シルフィにそう言われてはどうしようもない。俺は素直にアイラが持って帰ってきた薬を回収し、鍛冶施設に向かう。鉄の製造はまだ終わっていないようだが、もう少しだな。しかし、突然のことで困惑しかない。あの話の流れで何故急にアイラが謝るのか。そして何故泣き出すのかがまったくわからない。
アイラは間違いなく天才タイプ。つまり、頭の回転がとてつもなく早いタイプの人だと思う。その割に口数が少なめだ。あれだ、頭は回るけど言葉に出力するのが苦手なタイプだな。行動が突飛だったり、言葉が足りなかったりして周りの人と衝突するか、自分から距離を取ってしまう感じのやつだ。所謂コミュ障みたいな。
うーん、前後の会話から考えると……俺に薬を作らせて、全部持っていったのは薬の効果の検証のためだった。これはまず確定だろう。別になにか悪意があってやったわけじゃなく、人の命に関わるものだから万全を期して処方できるようにした。うん、論理的で辻褄は合うな。
でも、それを違うと言って、謝って、いきなり泣いた。
「うん、わからん」
俺の頭じゃ理解不能だな。きっとシルフィが良い感じに聞き出してくれるだろう。もしかしたら俺の物言いが無神経だったのかも知れない。考えてもどこがそうだったのかまったくわからんが。
暫くして鉄の精錬が終わり、鏃の大量生産を始めたところでシルフィとアイラが戻ってきた。何故かメルティと一緒に。
「おかえり」
「うん、戻ったぞ。調子はどうだ?」
「鏃の大量生産中。余裕を見て生産目標は一万にしている」
資材的には余裕で足りるから、後は時間さえあれば良い。チラリと視線をシルフィに向けると、その陰に隠れるようにアイラが立っているのがわかる。メルティもなんだかバツが悪そうな顔をしているが、一体何事だろうか。
「その、なんだ。時間があるなら少し話をしようか」
「おう」
なんとなくシルフィの態度もよそよそしい感じがする。一体何なんだ? 不安になるじゃないか!
インベントリからテーブルと椅子を取り出して設置し、飲料水の入ったペットボトルを四本取り出して各々の前に置く。そして俺が一番にペットボトルに手を付けて水を飲む。ずっと火の側にいて喉が渇いたよ。
「あー、その、なんだ。アイラの件から話すか」
「うん」
シルフィは珍しく歯切れの悪い感じで事の顛末を語り始めた。結論から言うと、アイラは俺の能力に嫉妬してしまったらしい。彼女は優秀な魔法使いで、また優秀な錬金術師でもある。そんな彼女は俺の作ったポーションを前にして、有り体に言えばブチギレてしまったらしい。
本来、錬金術を正しく用いるには豊富な知識と厳しい修行が必要だ。それだというのに、俺はその努力を嘲笑うかのごとく簡単に、まるで片手間で凄まじい効果の薬を作り出して見せた。
薬を作らせて全て取り上げ、効果の検証をしたのは『実験と検証なき薬は世に出すべからず』という錬金術師の掟を守るため、そういう建前だったのだが、いざ検証を終えて俺と話しているうちに自分で自分の本音に気付いてしまった。それで謝ったと。
「コースケの力はコースケが何の代償も払わずに手に入れたものではなく、今までの自分の全てを代償にして得ることになったものなのに……ごめんなさい、コースケ」
「お、おう……? まぁ、気にするな? 俺は全然怒ったりしてないし、うん」
何故こんなに重い話になっているのか。コレガワカラナイ。確かにこの世界にいきなりぶっ飛んでいたのは参ったが、クラフト能力の存在が判明してからは割とエンジョイしてるからね、俺。
「それで、シルフィとメルティまでなんでそんなにしおらしい感じになってるんだ?」
「いや、その、アイラの話を聞いて私も少し考えるところがあってな」
「コースケさんは稀人としてこちらに来てからその能力を手に入れたんですよね?」
「うん、そうだな」
メルティの質問に頷く。それは確かに間違いない。
「つまり、家族や友人や財産、故郷、そういったものを対価として手に入れた能力、ということじゃないですか」
「そう言われるとそうだな」
そんな事考えもしなかったが、確かにそう言われればそうだな。この先元の世界に戻れるかどうかは未知数だが、まぁ無理だろう。もし元の場所に戻る方法をシルフィ達が知っているなら何かしら教えてくれているだろうし。
「そんなコースケを都合の良いように使いすぎではないか、とな。今更ながらだが」
「ははは、確かにそりゃ今更ながらの話だな。でもまぁほら、俺はシルフィに恩があるわけだし、それを返したとはまだ全然思ってないわけだし、別に気にすることはないぞ?」
そんな俺の返事にシルフィとアイラは互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「お人好しが過ぎるな、コースケは」
「そんなことはないと思うぞ。今のところは俺のやりたいこととシルフィ達のやりたいことが上手く合致しているだけだろう。俺だって一人の人間だからな、俺には俺の思惑があるさ」
「コースケさんのやりたいこと、ですか」
「俺は自分の能力を伸ばして、もっと色々なことができるようになりたい。安全で、飯が食えて、雨風を凌げる環境でな。これが俺の求めることで、それをシルフィが与えてくれている。俺の要求が満たされている、ついでにシルフィ達の要求も満たされる、Win-Winな関係ってやつだな」
「うぃんうぃん」
「そう、うぃんうぃん。で、俺としてはそれに加えてシルフィに命を救ってもらった恩がある。シルフィ達に力を貸すことは正にその恩返しにもなる。俺としては一石二鳥だ。だから、俺の能力を便利に使ってくれることは別に構わない。流石に飯抜きで働き続けろとかそういうのは勘弁だが。あと俺も人間だし働き続ければ疲れる。その辺りに配慮してくれれば問題ない。今のところは不満を感じていないから、安心してくれ。不満があったらちゃんと言うしな」
「そうか……うん、わかった」
心の内を曝け出した俺の言葉に納得してくれたのか、シルフィの表情が明るくなった。メルティはまだ少し申し訳無さそうな顔をしている。うん、メルティには前科があるもんな! 今度から気をつけてくれればいいよ!
「アイラも、別に怒ってないから今までどおりに接してくれよ。魔法とか錬金術の話に興味もあるしな。俺の世界にはどっちもなかったし」
正確に言えば、地球の錬金術は過去に存在して自然科学のベースになったわけだけど。魔法とか魔力の存在する世界の錬金術はきっと地球の錬金術とは全くの別物だろう。
「……うん。わかった」
アイラもようやく顔を上げて俺の顔を見てくれた。うん、泣いたせいで目が赤いな。今日は水をたっぷり飲んでゆっくり寝ると良いと思うよ。単眼族って目が大きいぶん号泣したりしたら一気に水分を消費しそうだよな。
「じゃあとりあえず、これで仲直りってことで。腹を割って話し合えて良かったよ、うん」
そう言って俺はアイラに手を差し出す。差し出された手の意味がわからないのか、アイラは首を傾げた。この世界には握手の習慣が無いらしい。
「俺の世界の習慣でな、仲直りする時とか、友好を示す時に互いの手を握り合うんだ。握手って言うんだけどな」
「あくしゅ……うん」
おずおずと差し出してきたアイラの手を握り、小さく上下に振る。アイラの手、小さいなぁ。そして柔らかい。シルフィの手とはまた違う感じだな。
「これで仲直りだ。良い習慣だろ?」
「うん」
アイラが微かに笑みを浮かべる。うん、良かった良かった。
何故かその様子を見ていたシルフィとメルティも握手をしたそうな顔をしていたので、二人とも握手をしておいた。メルティの手の感触についてはノーコメントだ。結構苦労してそうだとだけ言っておこう。シルフィ? シルフィとは毎晩繋いでるからね、ハハハ。
☆★☆
アイラと仲直りすることが出来て良かった。めでたしめでたし。
めでたしめでたし、と……それで済ませてしまうのはただのアホである。今回の件は正直言って運が良かった。ちょっと色々と緩んでいたな。
今回のトラブルの原因は何か? 深く考えるまでもなく、俺のクラフト能力が原因だということは明白だ。つまり、真面目に物作りをしている人にとって、俺のクラフト能力は正に脅威的な能力だということだ。
ほんの少し斧を振るだけでそこら辺の木から極上の材木を作り出し、ほんの少しつるはしを振るだけで豊富な鉱石資源や宝石などを掘り出し、それらを使ってごく短い時間で規格が完全に揃った製品を大量に生み出す。
こんな奴がいたらどんな職人も商売上がったりだろう。俺の能力は物作りをする人々の生活と地位を簡単に脅かしてしまう。
今回、俺は迂闊にもアイラの領分を侵しかけたのだ。ただ、今回に限っては最初にアイラ本人に薬を見せたこと、そして彼女が純粋無垢な性格の善人だったことから難を逃れることが出来た。
薬に関しては今後アイラと一緒に調合台を運用していくことによって上手く回していく事ができるだろうと思う。
エルフの里に卸す品についても、今は供給元が無くなってしまって在庫が逼迫している宝石の原石だからこそ大きなトラブルにならずに済んだのだ。これが既存の職人と競合する弓矢や刃物などの武器類や布、服、加工食品類だったりしたら俺はエルフの職人達からも嫌われていたかもしれない。
一言でまとめると、調子に乗ってやり過ぎたというわけだ。
「今日は静かだな」
「俺だって反省はするさ」
溜息を吐きながらシルフィから蜜酒の注がれた盃を受け取る。うん、甘い。
「コースケの力が無くては我々は立ち行かないよ。そこまで気に病まなくても良い」
「そうは言うがな」
「寧ろ、コースケには十全に力を振るってもらわねば困る。細々としたトラブルは私が引き受けるから、全力でやって欲しい」
シルフィがじっと俺の顔を見つめてくる。
「それがシルフィの望みか? 俺がどんな風に人々から見られても、それを望むか?」
俺もまたシルフィの顔をじっと見つめ返す。
「ああ、そうだ。私がコースケを守ってやる」
「絶対に?」
「できる限り、だな。私にだって限界はある。だが、コースケを見捨てて切り捨てることだけはしない。コースケがその力のせいで追われる事になっても、私はコースケの側にいるよ」
「……そこまで言われちゃ応えないわけにはいかないよな。まったく、口説く立場が逆じゃないか」
シルフィのイケメンっぷりには脱帽するしかないね。愛が重いとも言えるけど。
「今晩のうちに矢玉は揃う。明日はシルフィもギズマを削りに出るだろう?俺もついていくからな」
「わかった。今日は早めに寝るか?」
「そうだな。万全の準備を整えていきたいから、やることをやってからな」
糸車と織機も動かしておきたいし。
というわけで、裏庭の作業場に改良型作業台と糸車、織機を置いてそれぞれ稼働させておく。改良型作業台ではクロスボウボルトと改良型クロスボウの量産、糸車では糸を紡ぎ、織機では手持ちの糸で織れるだけの布を織っておく。
これだけを済ませたら後は明日に備えて寝るだけだ。
「こ、こら、コースケ。今日はゆっくり身体を休めないと……んんっ!」
少しだけスキンシップして寝た。少しだけ。おっぱいって偉大だよな。