第266話~転~
アサルトライフルへの付与が完了したその瞬間、世界が停止した。
比喩表現でも何でも無く、見渡せる範囲の全てがグレースケールでも掛かったかのように色を失い、興味深そうに付与作業台を眺めていた三人の鬼娘達も同様に色を失って停止したのだ。
『おぉ? やっとかよ! 待ちくたびれたわ』
やらかした! そんな焦りでどっと冷や汗を背中にかいたその瞬間、どこからか軽薄そうな声が聞こえてきた。まるで空間そのものから聞こえてくるような不思議な声を聞いて俺は思わずショートカットキーに登録していたサブマシンガンを構えて辺りを見回す。
「なんだ? 誰だ!?」
『さぁて誰だと思う? 察しはつくんじゃないか?』
「知るか!」
とりあえずヤバい事態だと判断した俺はすぐさま石材ブロックでシュメル達を囲み、半ば閉じ込めるような形で守ることにした。いざという時のために強固な石材シェルターは一瞬で作れるようにしてあるからこれくらいは朝飯前だ。
『んっんー……そこで速攻で女を守ろうとする辺りがお前らしいよなぁ。もう少し攻撃的な性格の奴にするべきだったか? それとも初期地点を森じゃなくて聖女のとこにするべきだったかな。でもなー、あっちルートだと高確率で聖女を庇って死んでたからなー』
「お前……」
何なのかはわからないが、俺にとってどんな奴なのかは今の言動で察せられた。
「俺をこの世界に連れてきた奴だな?」
『惜しい! 掠ってはいるな』
顔は見えないが、ニヤニヤと笑っているような気配は感じる。クソ、姿を見せさえすれば一発ぶん殴ってやるのに。
「惜しいってことはアチーブメントを管理してる愉快犯か? もしくは俺にこの力を与えた張本人ってところか?」
『まぁ概ね正解だが、俺のことなんてどうでもいいだろう? それよりもお前のことだよ』
「どうでも良くないんだが。というか俺のことってのは何だよ」
『お前、なんで自重してんだ?』
謎の声の言葉に俺は言葉を詰まらせた。
『おぉん? なんだ無視かぁ? なぁに良い子ちゃんぶって縛りプレイしてやがんだって言ってんだよ』
「……」
俺は何も答えない。こいつの狙いが全くわからないからだ。
『だんまりしたって無駄だぜぇ? お前が能力を使って何を作ってるかはまるっと全部お見通しなんだからな。ゴーレムコアってのは実に便利な代物だよなぁ?』
黙っていても本当にお見通しときた。参ったねこいつは。魔煌石爆弾で殺せないかな?
『なんだよやろうと思えばやるのかよ。ほんとよくわかんねぇなお前』
しかも人の心の中を読んでやがる。どうしようもねぇなこいつ。
「聞きたいことは色々あるが、質問に質問で返すのはどうかと思うからまず答えておく。俺一人で全部解決しても何にもならないってのと、この世界の問題はこの世界のヒトが主体となって解決すべきだと思ってるからだ。俺は肩入れしたい方に肩入れするけどな」
『んん? お前アレか? ゲームでNPC同士が生存競争するのをニヤニヤしながら見るタイプ? 趣味が悪いサイコパス野郎だな』
「お前に言われるのは甚だ心外だ」
『違いない!』
ギャハハハハ、と謎の声が下品に笑う。人を拉致して身一つで異世界に放り出して妙な能力を与えて覗き見するような奴には言われたくないよなぁ?
「お前、何のために俺にこんなことをさせてるんだ?」
『そりゃーおめー、娯楽と実益を兼ねた趣味ってやつよ。仕事とも言うわな』
「ということはお前以外の何者かの思惑があって俺が連れてこられて、お前が面白おかしく過ごすためにこんな能力を与えられたわけだ。いや、人員の選定からお前が関わっているのか? 初期地点も……やっぱお前が殆ど黒幕じゃねぇか!」
『お、気づいたか? まぁ大体俺だが、黒幕は俺じゃないぞ。俺はホラあれだ。しがない下請けみたいなもんだ』
ヒヒヒヒ、と再び謎の声が軽薄そうな笑い声を上げる。
『しかしお前の女好き具合は誤算だったぜ。まさか惚れた女を立てるために自分が一歩下がってサポートに徹するとはな。お前が主導してガンガン能力を活用していけば今頃聖王国なんぞ無くなってただろうに』
否定はしない。全く自重せずに大量に作業台を作り、山を平らにする勢いで採掘と伐採を繰り返せば補給の問題なんぞなんとでもなる。ミスリルツールの性能を十全に振るえば山一つを一時間で資材の山に変換できるからな。
それに、さっきこいつに指摘されたゴーレムコアがネックだ。俺は作業台でゴーレムコアを作れるようになった。そのゴーレムコアを作れば『どんな』ゴーレムも作り放題だ。普通、ゴーレムコアというのはそのゴーレムの用途に合わせた術式を書き込み、細かい設定をしなければならない。
だが、俺の作業台ではそんな必要はない。ゴーレムコアと必要な素材があればいくらでも好きなゴーレムを作ることができる。そんな都合の良い事があるかって? 木製の水筒に入れた生水が焚き火を通すだけでペットボトル入りの飲料水になり、人や家畜の排泄物とちょっとした素材から『万能の火薬』を作り出すようなこの能力の前にはゴーレムコアの術式なんてのは些細な問題だ。そして、今の俺には魔煌石という超強力な魔力源もある。
つまり、やろうと思えば重機関銃や火砲で武装したアイアンゴーレム軍団を作り出すことも俺には可能なのだ。ゴーレム駆動式の戦車を作ることもできるし、風魔法式推進装置の開発によって恐らくは空を飛ぶゴーレム戦闘機の開発すら可能だ。
というか、重武装アイアンゴーレムに関しては既にいくつかの試作機を開発済みである。多分こいつを十機も投入すれば北方二国からの侵攻は容易に粉砕できるだろう。
「何が目的だ? 俺に何をさせたい?」
『今の所は特にねぇよ。見ててまだるっこしいだけだ。まぁうまくやってんじゃねぇ?』
ということはつまり、聖王国の主流派の教えを駆逐することがこの声の主の、ひいてはこの声の主に『仕事』を発注した黒幕の目的ってことか? 大丈夫か? こいつの思惑通りに事を進めて問題ないのか?
『おぉっと、その心配はいらねぇよ。俺の趣味はともかく、上の意向は現状の所謂亜人が差別されてその幸福を損なうような状況を憂いているだけだからな。そこには悪意も何もねぇ、本当に100%の善意というか、慈愛の心ってやつだよ。あとはまぁ、そんな不幸を生み出す連中への制裁ってやつだな』
「慈愛を謳う一方で制裁という名目で戦争を容認する。支離滅裂だな」
『んなこたぁない。痛みがなければ顧みることをしないだろ、ヒトってのは。救い手が現れて不幸な者に手を差し伸べ、悪を為す者を誅する。そんな英雄譚がヒトには必要なのさ。救われた者は救いの手を差し伸べた者と、それを遣わしたモノに感謝と畏敬の念を抱き、誅された者は教訓と反省を得る。そうして世界は正しく運行されるのさ』
謎の声は唄うようにそう言った。その言葉にはどこか茶化すような色が含まれており、甚だ信用ならない。
『ひっでぇなぁ。まぁお前が信じようと信じまいと構わんがね。既に動き出したものは止まらないし、その動きに抗わなければ国は滅び、お前の女達には不幸が訪れる。お前はどうあっても俺の思惑通りに動かざるを得ない。それとも、今からお前の女達を裏切ってあっちに着くか? それはそれで面白いものが見られそうだが、そうはしないし、できないだろう?』
「チッ」
舌打ちで返事をする。確かに今更シルフィ達を裏切るのはナシだ。今更そんなことをして何になるというのか。もし最初からシルフィ達を俺の好きなようにすることだけが目的だったなら、黒き森を出てオミット大荒野に拠点を築き始めたところでどうとでもしている。もっとも、当時はメルティの戦闘能力を把握していなかったし、色々と準備も足りなかったから実現できたかどうかは疑問だが。
「それで、今回は何の用なんだ? こんな話をするためだけにこんな大掛かりなことをしたのか?」
そう言いながら危険は無さそうだと判断した俺はミスリルツルハシをインベントリから取り出し、シュメル達を守るために出現させた石壁を破壊し始めた。いきなりこんな状態になってたらびっくりするだろうからな、三人とも。
『いやなに、銃に高度なエンチャントを施す事をトリガーにこうして話せるように予め仕込んでおいただけだ。いつまで経ってもやろうとしないから本当にやきもきしたぜ』
「そいつは失礼。あまりに壊れ性能だから遠慮してしまってな。で?」
『今のところは思惑通りだから特に用はねぇな。見ててまだるっこしいからとっととやっちまえって要望くらいだ』
「俺には俺のやり方がある。奥の手ってのはいざという時に使うもんだ」
『そうやって結局使わずじまいなんだろ?』
うるせぇな。奥の手は使わずに済めばそれに越したことはないんだよ。使い渋って被害を拡大させるのはただのアホだけどな。今の所は魔銃兵の訓練も上手くいってるし、この調子なら北方侵攻も跳ね返せるだろう。
『そうだと良いなぁ?』
「なんだこの野郎。何か言いたいことがあるなら言えよ」
『別にないぜぇ。まぁ何があってもお前がなんとかすんだろ』
ククク、と声が含み笑いをする。こいつ本当にうざいな。恐縮だが、今すぐ爆発して死んでくれないか?
『どちらかというと爆発して死ぬのはお前だと思うけどな。毎晩毎晩取っ替え引っ替えご苦労なこった』
「クソ変態覗き魔野郎は速やかに滅びろ」
ゲラゲラと下品に笑う声にありったけの殺意をぶつけておく。本当はこの手で一発二発と言わず気が済むまでぶん殴りたいが、どう考えても尋常な相手では無さそうなのが悔しい所だ。俺は所詮こいつに与えられた力を振るっているだけに過ぎないからな。いざとなればこいつは俺の能力を剥奪したり、無効化したりすることも簡単にやってのけるだろう。
『まぁ折角与えた力だ。上手く使って楽しめよ。圧倒的な技術力で未開の蛮人を蹂躙するのは気持ちが良いだろ?』
「趣味が悪いにも程があるな。俺はそんな理由でシルフィ達に技術供与してるわけじゃないぞ」
『おいおい嘘は良くないぜ。そういう気持ちが欠片も無かったってのか?』
「クソが」
欠片もないと言えば嘘になる。ああ、嘘になるよ。俺が作り出した武器や戦術で聖王国軍の連中に目にもの見せてやった時はやっちまったと思うと同時にスカッとしたさ。
『そうそう、認めろよ。そしてこれからも楽しめ。折角の舞台だ、楽しまなきゃ損だぜぇ?』
ククク、フハハハ、ハァーッハッハッハ! と無駄に三段笑いをキメて声の気配が遠ざかっていった。それと同時に世界に色が戻り、全てが動き始める。
「んン?」
「あれ?」
「あら?」
何かを感じたのか、鬼娘達が不思議そうな表情で首を傾げた。気づく前に石壁を壊しておいて良かったな。
「どうした?」
俺は色々と考えた結果、すっとぼけておくことにした。今あったことを三人に話しても反応に困るだろうしな。
「いや、今なんか変な感じがしたけど、きっと気の所為さァ」
「姐さんもっすか? あたしもなんか変な感じがしたっす」
「その作業台のせいじゃないでしょうね」
トズメが鋭い指摘をしてくるが肩を竦めて華麗にスルーしておく。そして、俺は出来上がったものを魔力付与台から取り出した。
「見た目は変わんないっすね」
「見た目はな。Oh……」
インベントリに入れて性能を確認した俺は思わず息を呑む。いや、こうなるんじゃないかとは薄々思っていたけども。
・改良型アサルトライフル+9(自動修復、無限弾薬、貫通強化Ⅲ)
こいつはやべぇ。