第261話~基地設営~
今日から5月ですね。
え、もう今年も三分の一が過ぎ去ったんですか……マジで……?(震え
ひとまずの拠点の設営は滞りなく進んだ。精鋭魔銃兵五十人と指揮官のウォーグ、拠点の運営を行う文官五人にハーピィ爆撃隊一小隊五名、それに俺とグランデ、鬼娘が三人。全員合わせて六十六名というのが俺達の北方遠征隊詳細な構成である。
今回作る拠点は俺達北方遠征隊に加えて最低でも志願兵三百名と基地の運営に関わる様々な人員が住めるだけの規模が必要で、それに加えて練兵を行うための施設――運動場や射撃訓練場など――も必要なので、それなりの広さの敷地が必要だ。
無論、住む場所だけでなく弾丸などを作る工房も必要だし、数百人の生活を支えるための各種施設も必要だ。兵士だって人間なのだからメシも食うし洗い物も出る。それだけでなく人間らしい生活を送るためにおおよそ街に存在するありとあらゆる物が必要なのである。
「こりゃ基地とか砦というよりはちょっとした街だねェ」
まだ住人の居ない空っぽの基地を見ながらシュメルが呟く。
「先進的だろう?」
「先進的というかなんというか……」
「相変わらずっすね」
メトセリウムに着いたその翌日、俺は鬼娘達とグランデだけを従えて基地機能の拡充に励んでいた。ウォーグと文官達は監査官と合流してハインリヒ氏と面談を行い、募兵や基地で働く人の雇用などについての話し合いに行っており、精鋭魔銃兵達は小隊を組んで基地周辺の魔物や賊の討伐に行っている。ハーピィ爆撃隊の小隊員五名はこの周辺にあるというハーピィの集落を回って募兵してくると言ってでかけていった。何故か航空爆弾で爆装していくというので理由を問い質したら、軍でやることを実際に見せるのが一番早いからと言っていた。
それは良いのか……? いや、ウォーグが許可を出したなら良いんだろうけども。
「上下水道と暖房完備、家族での居住も可、丈夫な城壁と屈強なメリナード王国兵が安全を守ってくれる上に、エアボードによるメトセリウムとの定期便も運行予定。良物件だよな」
「まぁ、そうっすね。少なくとも魔物や野盗に襲われる心配は無いっすよね」
「戦争になったら攻撃対象になるけど」
「それはどの街でも程度に差はあれ同じだろォ? ここが無ければメトセリウムが襲われるわけだしねェ」
この基地はメトセリウムから街道を北に20km弱ほど移動した場所にある。徒歩で半日といったところだろうか。街と街の間の距離としてはかなり近いんじゃないかと思う。いや、現代日本なら20kmも移動すれば別の市や下手したら別の県に移動するわけだし、そうでもないのか? なんとも判断しづらいな。
「ともあれ、これで一通りは設営完了だな。後は利用者の声を聞きながら細かく改修していけば良いだろう」
俺もこちらの世界で既にいくつもの拠点を作ってきたし、街の区画整理なんかも山ほどやってきた。それなりにノウハウも積み重ねたので、恐らく大幅に手直しをするようなことにはなるまい。
ドドドドーン……!
遠雷のような音が聞こえる。これはアレだ、魔銃の発砲音だな。精鋭魔銃兵の小隊が派手にぶっ放しているらしい。彼らは軽装とは言えしっかりとした防具を装備しているし、銃剣と普通の剣も装備しているので近接戦闘も一定の水準でこなすことができる。強力な魔銃の一斉射からの銃剣突撃を受けて無事な魔物や野盗はそう居まい。
彼らはエアボードに乗っている上に、ゴーレム通信機を使って相互に連絡も取れるからな。なんならエアボードに乗ったまま移動砲台よろしく魔銃を撃ち続けることだってできる。グランデみたいなドラゴンでも出ない限り負けることはあるまい。
「平和だなぁ……よし、ティータイムと洒落込むことにしよう」
「良いっすね。小腹が空いてきたところだったんすよ」
「甘いのが良いわね」
「暢気だねェ……」
シュメルが憐れみを込めた視線を俺に向けてくる。ははは、休めるうちに休んでおかないとな。ハーピィさん達がどれだけ追加の爆撃隊候補を連れてくるかわからないし。
☆★☆
「ねぇねぇねぇ、何してるの?」
「ばくだん? こればくだん?」
「すんすん……えへへぇ」
一週間後、俺はハーピィさん達に半ば埋もれながら仕事――新兵器の開発をしていた。俺にくっついたり、周りをうろちょろしたり、背中に張り付いてすんすんと俺の匂いを嗅いでトリップしたりしているのは全て新人のハーピィさん――というかハーピィちゃん達である。まぁ、新人さんの中でも特に小さく、幼い子達だ。
「新しい武器を作ってるんだ……それは爆弾じゃないし、火薬も入っていないから危険はないけどあまりベタベタ触っちゃダメ。あと背中にくっついてる子、ちょっと離れなさい」
彼女達は新しくメリナード王国軍に入り、ハーピィ爆撃部隊として働く予定のハーピィさん達についてきた娘さんや妹さんである。身体が小さすぎて爆弾をぶら下げて飛ぶのが難しい彼女達は流石に爆撃部隊員として働くことはできない。身体が出来上がるまですくすくと育つのが今の彼女達のお仕事である。
で、何故か俺の工房が託児所の如き様相になっている。
まぁうん、お母さんやお姉さんと仲の良いおじさん――もしかしたらお父さんやお兄さんになるかもしれないとか聞かされている節がある――だからかな。俺としてはあまり危ないものをそこらに置いておけないので、なんとかして欲しいのだけれど。
「護衛、いらないんじゃないっすかね?」
「これだけハーピィちゃん達で周りを固めていたら、不審者は近寄れないわよねぇ」
「まァ、これも仕事だからねェ……」
護衛の鬼娘三人も小さなハーピィさん達に人気だ。彼女達は大きいので飛行訓練の発射台のような扱いを受けている。彼女達の身体をよじよじと登っていって、肩や頭の上から滑空するのである。
たまに横着して「だっこ!」という子もいるが……まぁ、彼女達も子供は嫌いではないらしく、なんだかんだでよく面倒を見てくれている。俺が危険な実験をする時なんかはちゃんとハーピィちゃん達を受け持ってくれるしな。正直言ってとても助かる。
今、この場にいるハーピィちゃんは全部で八人。新しくハーピィ爆撃部隊員となったのは二十七人。都合三十五人のハーピィさんとハーピィちゃんがメリナード王国軍に加入したことになる。
もっとも、この場にいるハーピィちゃん達が爆撃部隊員として働けるようになるには数年の月日が必要になるのだろうけど。
夜はどうなってるのかって? 今のところは平静だよ、今のところは。それもなんだか時間の問題のような気がするが、今のところは極めて平和な夜を過ごせている。この平和が続くと良いなぁ。
どうも鬼娘達が夜中にハーピィさん達に呼び出されて夜な夜な何か吹き込まれてるくさいのが気になる。今の所三人とも特に変わりは無いんだが……不安だ。
「ところで何作ってんだい? またテッポウってやつかい?」
「いや、今作ってるのは迫撃砲だ」
「ハクゲキホウっすか」
「名前を聞いてもどういうものなのかまったくわからないわね」
「あー、そうだなぁ……100mから徒歩一時間圏内くらいの範囲にハーピィさんの使う航空爆弾を飛ばして攻撃する武器だ」
「それくらいの距離ならハーピィの爆撃の方が便利じゃないの?」
「今はな。でも一年後、二年後、三年後にどうなるかはわからないだろ?」
「そういうものなんすか」
「そういうものなんです。こういうものは必要になってから作るんじゃなく、先を見据えて作るもんだ」
今はハーピィさん達以外に戦場の空を飛ぶものは存在しない。しかし、俺の言ったように二年後、三年後にはどうなっているかわからない。何かしらの方法で制空権を取り、ハーピィさん達に対抗するような連中が現れるかもしれない。その時のために俺は迫撃砲の開発を進めているのだ。
あとは、ハーピィさん達を強化する装備も要るだろうなぁ。
今のハーピィさんはただ爆弾を脚で掴んで敵の上に飛んでいき、爆弾を落としているという状態だ。ハーピィさん達はあまり重いものを持って飛ぶことはできないので、重爆装化したり、防具を着込んだり、制空戦闘を行うための武器を装備したりすることは非常に難しい。
そんなハーピィさん達のペイロードを上昇させ、装甲化し、自衛能力も持たせる方法を何か考えないといけない。パッと思いつく方法はいくつかあるが、それが実現できるかどうかはまた別の話である。ハーピィさん達は感覚で飛んでるからなぁ……ぶっちゃけ、自分達がどのような術理でもって飛んでいるのかを理論的に説明できるハーピィさんは一人もいない。
本人達ですらわからない術理を解明し、それを強化する装備を考えるというのはなかなかに至難の業である。まぁ、俺とアイラはエアボードに使われている風魔法を使った反動式推進装置を作る過程でなんとなくの仮説を立てているのだけれども。
正直言ってハーピィさん達の強化に関しては俺が持つ現代兵器知識の応用でどうにかするのは難しそうだから、大体の方向性をアイラ達に伝えて地道に開発してもらうしかないんだよな。もう現代兵器というよりはSFとかに脚を踏み入れる領域の装備になりそうだし。というか、ハーピィさん達の強化装備に関してはまさしく魔法の領分というやつだろう。何せ、飛ぶ原理だけでなく存在から何からして正にファンタジーな存在なのだから。
「何か考え込んでるねェ」
「また何か物騒なものを考えているんだと思うわ」
「間違いないっすね」
「君達酷いな」
間違ってはいないけれども。
「よし、今日はここまで! お散歩に行くぞ」
「おさんぽ!」
「お散歩行く!」
「わぁい!」
そこらに広げていた迫撃砲のパーツを全てインベントリにしまい込み、ハーピィちゃん達を引き連れて徐々に人が増えてきた基地内の散歩をすることにする。閉じこもってばかりというのもハーピィちゃん達に良くないからね。