第260話~北の都、メトセリウム~
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「着いたか……」
「半日といったところかの。妾が飛べば半刻かからんの。お主を抱えておっても半刻といったところか」
「徒歩だと一週間以上かかるんすけどね。エアボードって凄いっすね」
「ここはエアボードよりもドラゴンの飛ぶ速度に驚くところじゃないの?」
ずっと運転席で運転をしていたので身体のあちこちが凝ったのか、相変わらず薄着のままストレッチのようなことをしているベラにトヅメが突っ込む。
「それよりも、今日の宿はどうすんだい?」
そういったやり取りを大鉈でバッサリと断ち切り、シュメルが現実的な問題を提起する。
「そうさなぁ、宿舎をババっと作るだけならすぐできるんだが……」
そう言いながら俺は周囲に目を向ける。北の都、メトセリウムの周辺には広大な草原――というか牧草地が広がっていた。牧草地で草を食んだり、歩き回ったり、寝っ転がったりしているのは牛、馬、羊に山羊などである。無論、全てが同じ柵の中というわけではなく、動物ごとに別の柵に囲われているのだが。
「この牧草地に勝手におっ立てたら牧場主がピッチフォークを持って全力で突撃してくるよな」
「そりゃそうだろうねェ……いや、そんなことしなくてもアンタは国のお偉いサンなんだからさァ、なんかこう、街の有力者にナシをつけるとかすれば良いんじゃないかい?」
まことご尤もという話である。
「んじゃそうするか……ちょっと行ってくるわ」
「何言ってんだい、私らは護衛だよォ? ベラ、トヅメ、しゃんとしなァ」
「はいっす。でもまずはそれっぽい格好するとこからじゃないっすか?」
「そうね」
ベラが首を傾げ、トヅメが大きな瞳をこちらに向けてくる。はい、鎧とか武器とか出して着替え部屋とか作ります。
☆★☆
その後、五十名の精鋭魔銃兵とその指揮官達が装備を整えるためのスペース――解放軍もといメリナード王国軍の男女比率は現在3:7である――も作り、身支度を整えた俺達は隊列を組んでメトセリウムへと入った。
俺達――つまり俺とグランデ、鬼娘三人――の位置は隊列のど真ん中、全方向を精鋭魔銃兵という物理的な障壁で固められた最も安全と思われる場所である。
「アイラクラスの魔道士に高威力の魔法を放り込まれたら一番危ないところじゃの」
「そん時は土遁でもするし」
土遁とはつまり石材の壁を作ったり、地面を掘り進んで地中に逃げたりすることを指す。
「そもそもそんなことはさせねぇから」
魔銃を担いで俺の隣を歩いていた大柄な狼男がそう言ってピスピスと鼻を鳴らす。
彼の名はウォーグ。ダナンの右腕として働いている狼系の獣人である。キュービと同じく全身がモフモフフサフサなタイプの獣人で、たまに一緒に飯を食ったり酒を飲んだりする仲である。
もっとも、秋に入ってからは色々と……そう、色々と暇がなくてご無沙汰だったが。だって一人で普通に外に出ようとしても捕捉されて捕まえられて寝室に連れ込まれてたんだもの……。
「宿舎建造に関しては話はある程度通ってるのか?」
「そう聞いてるけどな。ここにもゴーレム通信機は置いてあるって聞いてるから、メリネスブルグから直接指示が出ているはずだ」
「ゴーレム通信機が置いてあるってことは、メリネスブルグから監察官が来ているはずだよな」
「その筈だ。俺達がメトセリウムに入る最初のメリナード王国軍だからな」
ゴーレム通信機は最高軍事機密品なので、設置されている場所は基本的にメリナード王国軍の軍事施設のみである。その他に持ち歩いているのはメリナード王国の監察官だけだ。
監察官というのはメトセリウムのような新生メリナード王国への恭順を申し出てきた都市に王国から直接派遣されてきている役人である。
監察官というストレートな名前からもわかるように、彼らの仕事は監察――つまり担当する街が新生メリナード王国の法と秩序に従っているかどうかを視察し、監督することである。
その存在を聞いた時は秘密警察めいた組織コワイ! と思ったものだが、時勢を見て主をコロコロと変える風見鶏のような地方領主というやつはこういった人々がいないと地方で何をしでかすかわからないのだ、とメルティは言っていた。
「しかし目立ってるなぁ」
「そりゃァ、目立つだろうよォ」
見たことのない武器を担いだ五十人もの兵士の集団というのはものすごく目立つ。領主館へと向かう間、俺達はメトセリウムの住民達からそれはもうこれでもかと注目された。向けられる視線も様々で、単純に興味深そうな視線を向けている人、何事かと心配そうな視線を向けている人が大半だ。見た限りでは敵意のようなものを向けてきている人は殆ど居ないように思える。
「ここの領主ってのはどんな人なんだ?」
「知らね。知ってるか?」
「アタシらみたいな冒険者が領主サマなんて知るわけないだろォ?」
「そっすよ。縁がないっす」
「私も会ったことはないからなんとも。確か何週間か前にメリネスブルグに来てたんじゃなかった?」
「そうなのか」
ということは所謂生粋の貴族というか権力者だな。うーん、大丈夫だろうか? 俺は顔を合わせていないが、あの挨拶回り期間の間中ずっとシルフィとメルティの機嫌が良くなかったんだよな。
酒の量は増えてたし、愚痴もよく零していた。上辺では従いますと言いながら明らかに腹に一物持ってそうな連中のなんと多いことか、と。
ここの領主がそういうタイプかどうかはわからないが、そうだとしたら厄介だなぁ。
「見えてきたわよ」
そう言ってトヅメが目の上に手を翳して遠くに視線を向ける。兵士達の壁のせいで俺には何も見えないが、大半の兵士よりも背が高くて目が良い彼女には既に領主館が見えているらしい。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
「鬼ならここにいるっすよ? あ、美味そうな串焼きの屋台があるっす! 行ってきて良いすか?」
「駄ァ目に決まってんだろォ?」
「姐さん痛いっす!」
シュメルに拳骨を落とされて涙目になるベラを横目で見ながら俺は溜息を吐いた。なんだか面倒なことになりそうな気がする。俺の予感はよく当たるんだ。
☆★☆
「お待ちしておりましたぞ。さぁ、どうぞこちらへ。兵の皆様にもお部屋を用意してございます」
太守館――というか城で俺達を出迎えたのは大量の使用人と彼ら彼女らを従える主、北都メトセリウムの太守であるハインリヒ=レ=メトセラその人であった。
彼は人懐っこい笑みを浮かべる全体的に福々しい感じの初老の男性であった。白髪の混じったグレーの髪の毛と、オシャレな口髭が特徴的だ。見た限り、種族は人間のようである。
「いえ、我々は用地さえご案内いただければ良いのですが……」
「いえいえ、遠路遥々訪れたお客人を持て成しもせずに荒野に放り出すなどメトセラ家の矜持に反しますのでな。どうか是非ごゆるりと……」
五十人の精鋭魔銃兵を率いる長としてウォーグがハインリヒ氏の応対をしているが、アレは駄目だな。このままだと押し切られて俺達は全員太守館に逗留することになりそうだ。
それに問題があるかどうかを考える。うーん、無さそうにも思えるけど、なんとなく良くない気がするな。彼がいきなり俺達に毒を盛ったり寝室に暗殺者を送り込んできたりするとも思えないが、何らかの手段を使って軍事機密をすっぱ抜かないとも限らない。仕方がないな。
「悪いが、時間が惜しいんだ。速やかに用地に案内して欲しい」
「失礼ですが、貴方は……?」
指揮官であるウォーグのすぐ側に立ち、見るからに冒険者といった風体の鬼人族の女戦士を三人も従えている冴えない風貌の人間の男……うん、確かにどんな奴なのかパッとわかるわけもないな。
彼がメリネスブルグに訪れていた時、俺は部屋に籠もるか研究開発室に籠もるかしていて一目も顔を合わせていないわけだし。
「どうも初めまして。新生メリナードの女王、シルフィエル=ダナル=メリナードの伴侶、稀人のコースケです。よろしく」
「……?」
俺の自己紹介を聞いたハインリヒ氏がビクリと身体を震わせ、視線をウォーグに向ける。視線を向けられたウォーグは大きく頷き、口を開いた。
「本当だ。俺は黒き森からずっと一緒に戦ってきたからな。ちなみに、シルフィエル様はコースケ殿をそれはもう深く愛していらっしゃる。彼に何かあると比喩的な意味じゃなく本当に首が飛ぶと思うから、色々と気をつけたほうが良いぞ」
「は、ははは……それはそれは」
ハインリヒ氏の顔色が急激に悪化する。五十人程度の兵なんぞ熟練の手練手管で如何様にもやり込めてやろうと考えていたのだろう。そう思ってとりあえず軽いジャブとして当初の予定を狂わせて盛大に接待してやろうと思ったら、国のトップの伴侶――王配が同行していたという衝撃的事実が判明したと。
「私としてはその、長旅でお疲れだろうということで少しでも疲れを癒やしていただきたいと考えていたのですが……」
「その心遣いは有り難いが、こちらにも段取りというものがあるんだ。今日その申し出を受けたことによって俺の帰参が一日二日遅れたと知れたらシルフィがどう思うか……」
「すぐに案内の者を手配いたします。ほんの数分ほどだけお時間を頂けますでしょうか」
物凄い真顔でそう言ってきたので、俺は無言で頷いてみせた。
どうにもよくわからん人だな。悪意のようなものは感じないが……とりあえず今日のところは素直に駐屯地の用地に案内してくれるようだ。とりあえず一安心だな。