第259話~北へ~
モンエナキメるのが遅かった……_(:3」∠)_
一週間後、俺はベラの運転するエアボードに乗って北方都市、メトセリウムへと向かっていた。
今回移動に使っているのは長距離移動用のエアボードだ。装甲や武装は施していない威圧感の少ないデザインで、積んでいる特殊な魔道具はゴーレム通信機と拡声器くらい。装甲や武装が無い分内部構造に余裕があり、後部の座席は割とゆったりした作りだ。
「あたしらにはちょっと狭いねェ」
「身体が大きいから仕方ないの。妾も身体はともかく尻尾の分を入れるとなかなかに場所を取るしの」
シュメルとトヅメは単にデカいが、翼と尻尾を持つグランデは身体こそ小さいのだが、ゆったりと過ごそうとするとどうしてもスペースを取る。それなりにゆったりとしているはずの改修型輸送用エアボードは三人に加えて俺が乗っただけでほぼ満員であった。スペース的な意味だけでなく、重量的な意味でも。
「うちらはデカいだけじゃなく重いっすからねー」
「そうなんだけど、素直に肯定しづらいわね」
自覚はしていても自分の体重に関しては思うところがあるものらしい。俺も流石に鬼人族のBMIとかは知らないが、彼女達の場合太ってるとかそういうわけじゃなく、単に筋肉とそれを支える骨格が重いんじゃないかと思う。実際、目の前のシュメルとトヅメのお腹はうっすらと腹筋が割れて見えてるくらいだし。
「旦那としちゃァ何か意見はないのかい?」
「女性の体重に関しては絶対にコメントするなって死んだ婆ちゃんに言われてるんだ」
ニヤニヤしながら地雷を踏ませようとしてくるシュメルのフリを華麗に回避する。
なんというか、目のやり場に困る車内の光景なんだよなぁ。本来俺の護衛である彼女達はこの移動時にも俺の安全を守るために防具を装備しているべきなのだが、『道中の護衛に関しては兵の方で請け負う』という今回派遣される精鋭兵達のまとめ役の主張があり、彼女達はその言葉に従って鎧を装備していない。そして、鎧を脱いだ彼女達の格好というのはそれはもうラフな感じなのである。
局部が隠れてれば良いんだろ? と言わんばかりの丈の短いタンクトップとホットパンツという出で立ちのシュメル。トヅメに至っては服ですら無い。ショートパンツはともかくとして、上半身がサラシだけとかどうかと思う。ベラは運転席だから見えないが、薄手のTシャツみたいな格好だった。君達もう少し女子力の高い格好をしては如何かな? というか、シュメルもサラシくらい巻きなさい。タンクトップを大きく押し上げる胸の膨らみと突起が目の毒だ。
「女の身体なんて見慣れてるだろうに、初心だねェ」
「確かに見慣れているが、それはそれだ」
シュメル達とはそういう関係じゃないし。それに見慣れたからって耐性がつくようなものではない。別に見慣れたからって枯れてるわけじゃないしな。
「私達相手でもそういう反応をするのって珍しいわよ」
「普通は色っぽいとか思われるよりも怖がられるっすからね」
「別に取って食いやしないのにねェ」
嘘くせぇ! という言葉は飲み込んでおく。今回の同行に関して、どうも三人から狙われてる気配があるんだよなぁ。もうそろそろ俺もそういう気配には敏感になってきている。油断しているとパクっといかれるという確信があるぞ。
「別に取って食っても妾は文句は言わんがの。妾とハーピィ合わせて六人ぽっちでは満足しきれまい?」
「そんなことないから。グランデの中で俺は一体どれだけ性豪なんだよ」
「あれだけの数の女を相手にして生きてピンピンしとるというだけで驚異じゃろ、常識的に考えて」
「環境に適応してるだけだからな? というかそう思うなら止めろよ!」
そこまで言うならもう少し手加減してくれ。一週間くらい寝ようとして寝た記憶がないぞ。特にここ三日ほどは暫くメリネスブルグを離れるからと攻勢が激しかった……限界の先の世界に片足を突っ込んだ気がしたぞ。
「そりゃ死にそうなら止めたがの。何故かそこまで行く前に持ちこたえるんじゃもの。聖女が油虫並みの生命力と言っていたのも頷けるの」
「誰がゴ○か」
エレンめ、次にあった時にお仕置きしてやる。
「そういうわけで、いつでも好きにやると良い。ああ、一応ハーピィどもにも話は通しておくのじゃぞ」
「お、おゥ……」
「か、考えておくわ」
開けっぴろげなグランデの発言にシュメルとトヅメが若干引き気味に返事をする。もしかしたら二人は押されると弱いのかも知れない。
「マジっすか? 向こうに着いたら早速話してくるっす!」
ベラだけはベラだな。なんというかハスキー犬みたいな性格だよな、お前は。中学生男子的というかなんというか。
「……」
「止めないのかの?」
「グランデ、俺にも学習能力というものがある」
「その心は?」
「なるようにしかならないってことだ。外堀はもう埋まってそうだし」
「お主は賢いの」
グランデはニヤリと笑みを浮かべた。今回シュメル達を俺の護衛として宛てがったのは誰か、ということを考えれば答えは簡単であった。
今まで俺の護衛を務めていたザミル女史は今後王国西方の統治に尽力しなければならない。となると、新たな護衛役が必要だ。現状で俺の側につきっきりで居られるのはグランデだけで、後は手が空いたハーピィさん達くらいだ。
グランデの戦闘能力は高いが、護衛というのは戦闘能力が高いだけでは務まらない。まぁ、グランデは戦闘能力がずば抜けているし、ドラゴンとしての鋭い感覚や高度な土属性魔法も持ち合わせているので護衛としては万全なのだが……いかんせん人族としての機微や常識に乏しい。
その欠点を補い、俺の護衛として相応しい実力を持ち合わせ、かつ信頼できる人物ということになるとシュメル達は最適解と言っても良い人選だ。冒険者としての経験も豊富で、俺とも面識がある上に関係性も悪くない。非の打ち所のない人材と言えるだろう。
「そういうわけで、本人の同意も得られたぞ。後は時期を見て仕留めるが良い。冒険者ならそういうのは得意じゃろ?」
「まァ、そのォ、頑張るよォ……」
「じ、時期を見てね……」
「なんでそこでヘタれるんすか。勢いでガーッといけば良いんすよ、ガーッと」
「お主は手慣れておるのか?」
「いや、これでもバリバリの乙女っすよ。あたしみたいなのに粉かける男なんてそうそういるわけないじゃないっすか」
グランデの言葉にそう答えてベラがけらけらと笑う。こいつは意外と大物なのかもしれない。
「ただ、ばーちゃんもかーちゃんもじいちゃんやとーちゃんをさらってきて押し倒したって言ってたっす」
「蛮族かな?」
「田舎の鬼人族なんて概ねそんなもんっすよ! あたしはそういうのが合わなくて村から出てきたんすけどね。結局血は争えないってことっすかねー」
やだ鬼人族こわい。ドン引きしながらシュメルの方に視線を向けると、彼女はビクッとしてぷるぷると首を横に振りながら胸元やお腹を腕で隠した。なんだその可愛い反応は。トヅメは背中を丸めて身体を隠しつつ滅茶苦茶チラチラこっち見てきてるし。意識し始めると途端に駄目になるのか、君達は。
「目を瞑ってようか?」
「べ、別に気にするこたァないよ」
「そ、そうね」
「図体の割にヘタレじゃのう」
グランデがくつくつと笑う。
グランデ、お前がそれを言うのか。と心中で突っ込まずにはいられない俺を乗せたまま、輸送用エアボードは北への道をひた走るのであった。




