第025話~突き刺さる視線とショッピング~
昼食を取ってからエルフの里に戻り、辿り着いたのはまだ日の高いうちだった。正確な時間はわからないが、日暮れまではまだ時間がありそうである。
「姫殿下、おかえりなさいませ」
「ああ、何か変わったことはあるか?」
「斥候からの報告で、ギズマの森への侵入が確認されています。まだ外縁部だという話なので、里に到達するまでには時間がかかると思いますが」
「なるほど……足の早い者を中心に部隊を編成して、削った方が良さそうだな」
「ダナン様もそう考えているようです」
シルフィとメルティが話し合っているのを横目に俺は鍛冶施設を設置して鉄の精錬を始める。要は、森の中では木が邪魔で思うように動けないギズマに対してゲリラ戦を仕掛け、エルフの里に到達する前にその数を減らそうということなのだろう。ということは、それだけ矢玉が消費されるということだ。サクサクと鏃と矢を作っていくべきだろう。
「それは何?」
「調合台」
とは言っても、鉄を精錬している間に俺にできることはない。ないので、新しい作業台の可能性を模索することにする。そして調合台を設置した瞬間に食いついてくるアイラ。予想はしてたけどね!
「調合ということは、薬を作るの?」
「それを確かめるんだ。さっき採取してた薬草とか毒草、使ってもいいか?」
「許可する」
アイラも快く頷いてくれたので調合台のクラフトメニューを開く。
・蒸留水ー――素材:飲料水×2
・スモールライフポーション――素材:薬草類×1 飲料水×1
・ライフポーション――素材:薬草類×3 蒸留水×1
・ハイライフポーション――素材:薬草類×5 蒸留水×1 アルコール×1
・ポイズンポーション――素材:毒草類×1 蒸留水×1
・ハイポイズンポーション――素材:毒草類×3 蒸留水×1 アルコール×1
・キュアポイズンポーション――素材:薬草類×1 毒草類×1 アルコール×1
・キュアディジーズポーション――素材:薬草類×5 毒草類×2 蒸留水×1 アルコール×2
・アルコール――素材:酒×1
・硝石――素材:厩肥類×1 灰×1
・火薬――素材:硝石×1 硫黄×1 木炭×1
・火薬――素材:硝石×1 アルコール×1 繊維×1
「アカン」
「? どうしたの?」
「いや、なんでもないゾ」
嘘である。ご覧いただければわかると思うが、後ろ三つがヤバい。厩肥類というのが何を指すのか明確にはわからないが、恐らくおトイレ周辺の土とか、厩舎の土とかで行けると思う。火薬の原料である硝石をその辺りのものを良い感じにやって生産してたみたいな話はネットとかで見たことがあるし。
1つ目の火薬のレシピはどう見ても黒色火薬だ。二つの目の火薬のレシピはよくわからないけど、クラフト能力ならきっとやり遂げることだろう。過程とか難しいあれこれとかすっ飛ばして結果を持ってくるからね、この能力は。
というか、一言で火薬と言っても色々と種類があるというのに、一緒くたに『火薬』で統一しているのが怖すぎる。明らかに黒色火薬のレシピなのに、出来上がるのが高性能な無煙火薬とかになっていそうな予感がする。
「不条理だ」
「私のマネ?」
「そんな感じ」
とりあえず、今作れそうなものは作ってしまおう。蜜酒もインベントリに入れっぱなしだから、アルコールも作れるな。スモールライフポーションを五個、ライフポーションを三個、後は二個ずつ作ろう。
程なくして薬が出来上がってくる。見たところ、ライフポーションは赤色、ポイズンポーションは紫色、キュアポイズンポーションは緑色、キュアディジーズポーションは黄金色の液体だ。それぞれどこから出てきたのかよくわからないガラスの瓶に入っている。
スモールライフポーションはスモールと言うだけあって小さい。七味唐辛子が入っていそうなくらいの小さな瓶だ。ライフポーションになるとオ◯ナミンCくらいの大きさの瓶で、ハイライフポーションはワンカップくらいの大きさである。キュアポイズンとキュアディジーズポーションの瓶はライフポーションと同じくらいの大きさの瓶で、ポイズンポーションとハイポイズンポーションはガシャポンの玉くらいの大きさである。そして、明らかにガラスが薄くて脆そう。これは投擲を意識したものなのだろうか。
「これがコースケの作った薬?」
「うん。赤いのがライフポーション、緑のがキュアポイズンポーション、黄金色のがキュアディジーズポーションだ。紫色のはポイズンポーションだから多分毒」
「ライフポーションの効果は?」
「傷を治すんじゃないかな?」
「内服薬? 外用薬?」
「どっちだろうな? どっちでも効きそうな気はするな」
「……キュアポイズンポーションの効果は?」
「キュアポイズンだから毒を治療するんだろうな」
「何の毒に効くの?」
「毒なら何でも効くんじゃないかな?」
「……キュアディジーズポーションの効果は?」
「キュアディジーズだから病気を治療するんだろうな」
「何の病気に効くの?」
「病気ならなんでも効くんじゃないかな?」
受け答えをする度にアイラの大きな瞳が濁り、虚ろになっていく。わかる、わかるよ。俺の言っていることが無茶苦茶だということはよーくわかっている。でもな、俺もそうとしか答えようがないんだよ! 今までの俺の能力の実績から言って、この能力がとんでもなく大雑把でアレなのはよくわかってるからな! 多分俺の出した答えは大きく間違ってはいないと思うぞ。
「全部出せ」
「えっ?」
「作ったものを全部出せ」
「アッハイ」
闇を通り越して虚無を感じるアイラの視線に負けて作ったポーションを全て供出する。
「ポーションを作れるだけ作って、私に全て渡すこと。いい?」
「いやー、俺の分も少しは欲しいなって」
「……」
深淵を覗く時、深淵もまたあなたを覗いている。そんな言葉が俺の脳裏に過る。今のアイラに逆らってはいけない。命の危険を感じる。
「ハイヨロコンデー!」
まぁ、どれくらいの材料で何が出来るかまでは言っていないから、ちょろまかすことは可能だ。あと、アルコールを材料とする薬剤は量が作れないことを予め伝えておく。勝手に樽一つ分をアルコールにしたから、後でシルフィに言っておかないといけない。樽一個でアルコールが八個抽出できたのは多いのか少ないのか……。
今までにない威圧感を放つアイラからプレッシャーを受けながら俺は手持ちの材料で可能な限りの薬を作り、アイラに引き渡した。各二個ずつこっそり薬をちょろまかしておいた。俺も使うかもしれないからね。バレてないはず。バレてないよな?
採集に使っていた籠いっぱいに俺の作ったポーションを詰め込んで去っていくアイラの後ろ姿を見送り、鍛冶施設の操作に集中することにする。
「と言っても、やること無いんだよな」
今は鉄を大量に精錬している途中なので、それが終わるまでは鉄の鏃も作ることが出来ない。悩んだ結果、インベントリの中身を確認しておくことにした。
今日は鉱石を掘りまくったので本当に色々なものがインベントリ内に増えている。使い途のわからない鉱石も多い。亜鉛とかニッケルとか。合金を作るのに使うんだろうなぁとは思うんだが、合金系の知識なんて俺は持ってないからね。正直、この辺りに関してはクラフトメニュー頼みにするしかない。鉛は使い途がすぐに思い浮かぶけど。火薬、鉛、鉄とくれば、ねぇ?
とりあえずそれは置いておこう。火薬を作るのに厩肥類とやらが必要だしね。この里では牧畜なんてしていなさそうだし、まぁおトイレの土を集めるしかないだろうね。シルフィになんて説明しよう?
いや、待てよ。難民達も生活をしている以上は出すものは出している筈だ。適当に理由をでっち上げれば回収できるのでは? 問題は絶対に臭いということだが……まぁ仕方ないね。やりたくないけど、やらなきゃならない。
他になにか使えそうなものは無いかと改良型作業台のクラフトメニューを眺めていると、糸車と織機を見つけた。
・糸車――素材:木材×20 機械部品×3 鉄×1 釘×20
・織機――素材:木材×20 機械部品×2 鉄×1 釘×20
うん、作れるな。問題は俺が布を使うかだが……いや、包帯とか添え木を作るなら要るよな? サバイバル系のゲームと言えば包帯と添え木だ。包帯はどんなに酷い出血も治し、添え木は捻挫や骨折を瞬時に治す。サバイバル系のゲームでもトップクラスに不条理なアレである。他に回復系で不条理と言えば傷が治る鎮痛剤とかエナジードリンクだな。うん。
というわけでサクサクと糸車と織機を作り、設置する。糸車は植物系の素材から簡単に採れる繊維を糸に変えられる。そして織機は糸から布を作り出すことが出来る。
「……何をやっているんだ、お前は」
「糸紡ぎ?」
糸車をカラカラと回していたら様子を見に来たシルフィに呆れられた。うん、傍目から見ると何もセットしてない糸車を無駄にカラカラ回してるだけに見えるよね。でも回すことによってクラフト時間が短縮されているんだ。そっとしておいて欲しい。
「何故糸を紡いでいるんだ?」
「布が欲しくてな。いろいろと使い途があるし」
「確かに、布はいくらあっても困らないな」
服を作るのは勿論のこと、包帯にも防具の作成にも使える布はれっきとした軍需品でもある。いくらあっても困ることはないだろうな。というか、俺もいい加減このボロボロになりつつあるスウェットを卒業したい。
「……そういえば、お前の服も見繕わなければならないのだったな」
「思い出してくれたようで何よりだ。別に自分の服を作ろうと思って布を作り始めたわけじゃないけどな」
少し前にチラリと俺の服をどうにかしようってシルフィが言ってたんだよな。
ちなみに、俺のスウェットは毎日洗濯されている。下着もな。どうやってかと言うと、シルフィが夕食後に水の精霊魔法で洗濯をしてくれるのだ。大きな水の玉の中で洗濯物がくるくると回っているのは見ていてちょっと楽しかったりする。
「今は手が空いているのか?」
「鉄を溶かしてる段階だからな。これも特別今しなきゃならない作業ではないかな」
そう言って俺はカラカラと回している糸車を指差す。
「ふむ、それでは共同倉庫に行くか。お前に合う服を見繕うぞ」
「それはいいね」
ササッと糸車と織機、改良型作業台をインベントリに仕舞ってシルフィと一緒に共同倉庫へと向かう。対価として払う宝石の原石は大量にあるから、支払いに困ることはない。
そういうわけで、共同倉庫に来たのだが。
「いや、その石は私が貰う」
「馬鹿を言うな、お前には貸しがあるだろう。これは譲ってもらう」
「私はこれでいい。対価はこの弓と矢で払う」
なんだか職人らしき人々が共同倉庫の前に集まって喧々諤々とやっていた。そんな彼らを困った顔で見ていた倉庫番のエルフが俺とシルフィに気づいて顔を輝かせる。
「皆、その石を持ってきた採掘人が来たぞ」
「「「「何だと!?」」」」
ぐりんっ、と職人らしきエルフ達がいっきにこっちに振り返る。うん、全員美男美女だけど目が血走ってて怖い。俺はそっとシルフィの後ろに隠れた。
「む、シルフィエルか」
「それと後ろのは……あれが長老衆の言っていた稀人だな?」
「見た目は普通の人間にしか見えないが、確かに魔力を全く感じないな」
「待て、コースケが怯えているからそれ以上寄るな」
シルフィに制止され、職人達が立ち止まった。目は血走っているが、理性はしっかりと残っていたようである。
「どうやら、宝石の原石の配分で争っていたようだな?」
「そうだ。あれだけ上質なものは最近なかなか無かったからな」
「土魔法が得意だったガストン老が亡くなってからはな」
職人エルフ達が野外に頷きあう。なるほど、宝石探しの達人が亡くなったのが供給量低下の原因だったのか。
「コースケ、今日掘ってきた分を出せ」
「どれくらい出す?」
「前の倍くらいでいい」
言われるがままに宝石の原石を予め取り出しておいた木皿の上にザラザラと取り出す。ラインナップは前のと殆ど変わっていない。
「おお……」
「これだけあればあれもこれもそれもどれも作り放題じゃないか……」
職人エルフ達の目が爛々と輝く。シルフィはそんな職人エルフ達を無視して俺の手から木皿を奪うと、それを持って共同倉庫の倉庫番の元に向かった。
「これを納める。色々と見繕わせてもらうぞ」
「ご随意に。私はこっちの対応をするから、奥にいるリサに言ってくれ」
木皿を受け取った倉庫番の男エルフの横を通り、シルフィが倉庫内に入っていくので俺もその後を追う。一部の職人エルフがねっとりとした視線を俺に送ってきているような気がする……怖いからシルフィの傍を離れないようにしよう。うん。
共同倉庫に入ってすぐの場所に女性のエルフがいた。シルフィが寄っていったので、彼女がリサだろう。
「あら、一昨日ぶり。今日はどうしたの?」
「この前の倍の原石を納品したんでな。コースケの服を見繕ってやろうかと思ったんだ」
「この前の倍って……何着持っていくつもり? そんなに彼の体格に合う服なんて無いわよ?」
「なに、残った分はツケておいてくれ。コースケも欲しいものがあるならなんでも持っていくと良いぞ。お前が稼いだ原石なのだからな」
「それは嬉しい」
私は彼に合いそうなサイズの服を持ってくるわ、と言ってリサさんは倉庫の奥に行ってしまった。なので、シルフィと一緒に共同倉庫の中を見て回ることにする。
「なにか欲しいものがあるのか?」
「皮革系の素材と、接着剤が欲しいな。あと、アルコールの材料」
「あるこーる?」
「酒だよ。味は二の次で、強いやつが良い」
「ふむ……大体の場所はわかるから、案内しよう」
シルフィに案内されて皮革や酒類を見繕っていると、倉庫番エルフのリサさんが俺達を呼ぶ声が聞こえたので、見繕った品を持って先程の場所に戻った。
「体格に合いそうなものはこの辺りね。あっちの陰で試着してみて頂戴」
「わかりました」
素直に服を受け取って奥の物陰で着替える。リサさんの持ってきてくれた服は動きやすく、丈夫な生地で出来ている着心地の良い装束だった。どことなくだけど民族衣装っぽいデザインである。
「こんな感じでどうかな?」
新しい衣装に身を包んでシルフィ達のところに戻ると、シルフィとリサさんに爪先から頭の天辺までジロジロと見られた。い、居心地が悪い!
「髪の毛が黒いから、ちょっと衣装の色合いと合わないですね」
「まぁ、良いのではないか? わざわざ染めるのもな」
衣装に俺の髪の毛の色を合わせるのかよ。なんだか評価は微妙だったが、俺としては着心地も良いしこれでOKということにした。予備の服も手に入ったし、これで衣類の心配をしなくて良くなったな。ありがたいことだ。
その後、強い酒や皮革類、あと接着剤等を手に入れて俺達は共同倉庫を後にした。
倉庫を出る際に向けられた職人達の視線が怖かった。獲物を目にした野獣の目だった……シルフィから絶対に離れないようにしよう。




