第257話~グランデに怒られる~
「馬鹿かお主は」
「痛ぇ!」
グランデに俺が北に向かう際の護衛を頼んでみたら怒られた。というか、足にローキックを貰った。折れそう。
「コースケ、妾はお前の何じゃ?」
「えっと……面と向かっていうのは照れるけど、お嫁さんかな」
「わかっておるではないかっ!」
「痛いっ!」
もう一発ローキックを貰った。マジで折れるから許して。
「番の相手が危ない場所に行くというのに、人族同士の争いなんか知らんと妾が放っておくと思うか? うん? どうなんじゃ?」
「痛い痛い痛い痛い! 悪かった悪かった!」
ごっつい手でボスボスと尻を殴ってくるグランデに謝る。
「妾を人族同士のいざこざに巻き込まないようにしようというその配慮は痛み入るがの、妾はお主の番じゃ。番というのは助け合うものじゃろうが?」
「……うん、そうだな」
「わかったなら良い。ちゃんと連れて行くんじゃぞ」
「わかった。ありがとうな」
「うむ」
グランデは頷いたが、俺の服の裾を掴んで離さない。
「くだらんことを言って妾を寂しい思いをさせたお主は妾に償う必要があると思わぬか?」
「はい」
この後滅茶苦茶グランデを甘やかした。
☆★☆
グランデに護衛を頼む件が解決し、俺が北部に派遣されることが決定した。派遣目的は北部の防衛体制の緊急整備といったところである。要は防衛拠点を手っ取り早く作るのが俺の仕事だ。
しかし、ここで解放軍もといメリナード王国軍の弱点が露呈する。
「箱だけあっても中身が無いとどうしようもないぞ」
先日会議をした会議室で俺はその弱点を指摘した。この場に居るのは俺の他にシルフィとダナンだけである。
レオナール卿は東部の防衛体制を整えるための兵の編成に忙しく、メルティとアイラは各々お仕事中だ。エレンは教会の業務で欠席、ザミル女史は西部に行ったままで、ドリアーダさんは今日は来客とのお茶会に参加しているらしい。
「それはわかっている」
俺の言葉にダナンが頭の痛そうな表情を見せた。新生メリナード王国軍の弱点とは即ち兵員の少なさである。機密性の高い強力な武器で数の不利を覆すような戦いをする性質上、無闇矢鱈に塀を増やすことができないのだ。
流石に俺の作る火薬式の銃をコピーするのは難しいだろうが、俺が能力で作った火薬式の銃を参考に研究開発部が作り出した魔銃に関しては話が別だ。あれは完全にこちらの世界の技術で作られているので、技術が流出すれば敵国にコピーされる恐れがある。
その点ではクロスボウも同様だ。というか、アーリヒブルグ以南の地域では既にクロスボウのコピー品が出回り始めている。威力や精度の点で俺達が作っているものにはまだ一歩及ばないようだが、それも時間の問題だろう。
この世界の戦闘職の連中は手であの固い弦を手で引いてセットできるからな……いや、俺も能力を使えばできてしまうんだけども。クロスボウは威力もそこそこ高く、弓と比べて専門的な修練を積まなくても当てられるということで、冒険者を中心にそれなりに人気が出ているらしい。
こんなに簡単に兵器の情報が流出して民間で広がってしまうのはどうかと俺は思う。思うのだが、人の口に戸は立てられないと俺とアイラ、メルティ以外の上層部の反応は諦め気味だ。銃士隊規模の少数精鋭部隊なら情報統制も難しくはないが、ほぼ全軍に装備させているクロスボウの情報を統制するのは不可能だとレオナール卿とダナンに言われた。
軍の装備を横流しするのはメリナード王国軍は勿論のこと解放軍時代でも厳罰だったが、兵達も非番の時には家族や友人と一緒に過ごすし、酒も飲む。その家族や友人の中に商人や職人がいれば、酒の席で聞いたクロスボウの話に興味を持つ。そして調べ始めればクロスボウの動作原理や仕組みそのものを解析するのはさして難しいものではない。弓職人と鍛冶職人が協力すればすぐにコピー品を作り出すことができる。それらを繋げる役目は商人が担うというわけだ。
流石にゴーレム技術を応用しててこの原理で素早く弦を引く核心技術に関しては真似はされていないし、今後も真似をするのは難しいだろうけど。
「それで、どうするんだ?」
思考が逸れたので、具体的な対応策についてダナンに聞くことにする。
「精鋭兵五十名を派遣し、後は現地で志願兵を募って軍事調練を施す」
「マジか……」
つまり箱は俺が作るが、兵は殆ど一から現地で育てるということである。俺がいるから補給の心配は無いが……想像もつかない苦労が予想されるぞこれは。
「育成する兵科とかどうするんだ? 銃士隊みたいなのを編成するのか?」
「……そうして貰う予定だ」
「それってつまり、殆ど俺が新兵を育てるってことだよな」
銃士隊のような、というのはつまり俺が作り出す火薬式の銃火器やテクニカルエアボードを装備した機械化中隊めいたものという意味だ。確かに銃士隊は少数で大軍を殲滅することができる稀有な存在だが、それが国防戦力のスタンダードになるという状況は非常によろしくない。銃士隊は強力だが、補給の問題がある。俺が側にいて弾薬の補給と銃火器のメンテナンスをしてやらないと短期間で戦闘能力を失ってしまうのだ。
「現状で銃士隊と同じ規模の部隊をもう一部隊作り出して維持するのは難しい。補給の問題がある。銃士隊を北方に配備して急場を凌ぐのは駄目なのか?」
「銃士隊は対聖王国対策のために東に置いておく必要がある」
「いやいや、春に北方から敵が攻めてくるのがわかっているんだから、北方に配置しろよ。何のためのエアボードだと思ってるんだ。北方に配置しても二日あれば東部戦線に投入できるだろ。国境を守ることは大事だが、それに腐心してテクニカルエアボードの機動力を殺すのは愚行だと思うぞ」
「しかし……」
「拠点防衛なら銃士隊よりもハーピィの爆撃隊の方が向いてる。要塞化した東の防衛拠点に航空爆弾の備蓄を増やして、ハーピィ爆撃隊を増員して配置した方が良いだろう」
ハーピィの航空爆撃は補給基地となる拠点が近ければ近いほど威力を発揮する。航空爆弾による攻撃は大軍に大きな威力を発揮するので、聖王国軍にはとてもよく効くのだ。
「銃士隊の運用に関してはコースケの方に一日の長があると私も思うが、すまないが今回は折れてくれないか?」
「シルフィ?」
シルフィの発言に俺は思わず彼女に視線を向ける。
「万が一にも聖王国の再侵攻を許すわけにはいかないんだ。銃士隊は今や少数で万単位の聖王国軍を打ち砕いた英雄だ。彼らを東の守りに配置することが聖王国に対する強い牽制になるんだよ」
「ぬぅ……」
銃士隊がメリナード王国内で英雄として祭り上げられているのは俺も知っている。
彼ら銃士隊とハーピィ爆撃部隊は少数でアーリヒブルグ以北に存在する軍事拠点を電撃的に陥落させ、聖王国軍が守る王都メリネスブルグを奪還し、囚われていた王族を助け出し、更に再度メリナード王国を侵略しようとした聖王国軍を圧倒的な力で打ち払った。
国内だけでなく他国にもその強さと名声は大きく轟いているという。隊長を務める豹獣人のジャギラが有名になりすぎて日常生活がしにくいと以前愚痴を漏らしていたくらいだ。
「……せめてハーピィの爆撃部隊は北に配置してくれ。航空戦力があるだけで取れる作戦の幅が大きく違ってくる」
「わかった。全隊とは行かないが、一小隊を向かわせよう」
「え、一小隊だけ?」
「ただでさえ複数の隊員がおめでたで欠員になっているんだ……実質的に今稼働しているのは三小隊だけなんだぞ」
「ぐっ……」
抵抗の余地がなかったとはいえ、多数の欠員者を出した原因である俺としてはシルフィの言うことに何も言い返せない。
「北方にはハーピィの集落がいくつかあるみたいだから、そちらで欠員を補充してくれ」
「ちょっと待って欲しい。欠員の補充となると、色々と問題が起きそうなんだが?」
主に俺の下半身事情的な意味で。
ハーピィさん達のコミュニティの在り方というものについては彼女達から俺も色々と聞いている。基本的に女性しか生まれない彼女達は一人の他種族の男性を中心としたハーレムを形成する傾向がある。
他種族と一緒に街に住むハーピィですらそういう傾向が強く、一度形成されたハーレムに追加でどんどんハーレム外のフリーのハーピィさんが参加してハーレムが膨れ上がることも珍しくないとか。
「コースケなら大丈夫だと信じている」
「それはどういう意味でだ? 手を出さないと信じているのか? それとも手を出されても無事でいると信じているという意味か?」
「ははは」
「笑うところじゃないんだよなぁ!?」
シルフィの乾いた笑いは明らかに後者を指しているのだと思う。
「ハーピィに関しては別枠というか、もう諦めている」
「諦めないで」
実際、アーリヒブルグやメリネスブルグではいつの間にか新顔が増えていたりするからな……最早俺でさえ把握しきれていないというか、ハーピィさん達自身が気にしていないまである。
『あっちの子とそっちの子は今日初参加、次にはもっともっと増えてるんじゃないかな?』
と全てが終わってまったりしている時にそんな衝撃的事実を伝えられることがある。彼女達も手口が巧妙になってきていて、途中からこっそり増えていたりするので気がついたら見覚えのない子が!? ということが多い。とても多い。
「ハーピィに関しては私ではなくコースケ個人に忠誠を誓っているという所があるからな……ハーピィ爆撃隊の補充とか増員に関してはコースケに一任したい」
「黒き森に居た頃から一緒に行動しているハーピィ達は私や陛下の指示を聞いてくれるが、それ以外に関してはな……」
ダナンも苦い顔をする。ああ、はい。わかりました。ハーピィ担当ですね。承ります、はい。責任は取らないとね、色々と。ははは……。
「そういや話が逸れたが、あっちで編成する兵科についてだが……」
俺は話をハーピィさんから逸らすことにした。俺の精神衛生を保つために。