第252話~機動装置とエアバイク~
本気を出せばこれくらいできらぁ!(´゜ω゜`)(投稿時間的な意味で
「おああぁぁぁぁっ!?」
何度も天地がひっくり返り、全身に激痛が走る。鼻の奥がツンとするような感覚と目が回ったような感覚も同時に押し寄せてくる。泣きそう。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
「見えない」
地面に突っ伏したまま頭の上から降ってくるアイラの声に返事をすると、頭を撫でられた。頭を撫でてくれるのは良いんだけど、物凄く全身が痛いです、アイラ先生。
「とりあえず骨は折れてない」
「それだけでも偉大なる前進だな……」
痛みに身体を震わせながら地面に手を付き、上半身を持ち上げる。
「はい」
アイラが赤い液体の入った瓶の口を口元に近づけてくれたので、それを受け入れて中の液体を口に含む。うーん、味は酸味が強くてそんなに美味しくはない。だが、飲み込むと同時に身体の痛みが消えていく。ライフポーションさんはさすがだな。
「はぁ……とんだじゃじゃ馬だな、こいつは」
立ち上がり、自分の腰に鎮座する忌々しい物体を拳でコツンと小突く。
俺の腰に装備されているのは、先日レオナール卿達と話して開発に着手した高機動装置の試作品である。金属製のフレームに取り付けられた一対の小型推進装置で爆発的な加速を生み出すことをコンセプトとしているのだが、制御が難しい。難しいというか、不可能なのではないだろうか?
この二週間の間に骨折すること十三回、気絶すること八回、その他負傷は数え切れず。テストをしているのが俺じゃなかったら多分五回か六回は死人が出ていると思う。
「コースケ、やっぱりコースケじゃなくて身体能力に優れた獣人とかにテストしてもらったほうが良いと思う」
「ぬぅ……」
心配そうにジッと見上げてくるアイラの視線に唸り声を上げる。そもそも、人間の身体は時速30kmだの50kmだのと言った速度で地面を走ったり、跳んだり跳ねたりするようにできていないのだと思う。俺はそう思う。だって凄く痛い目に遭ってるからな。
「人間は反応速度や骨格や身体の強靭さでは獣人をはじめとした肉体が強いタイプの亜人には敵わない。極稀にそういう人はいるけど、コースケは違う」
「ぐぬぬ……」
悔しいが、アイラの言うことももっともだ。出力の調整が不安定だった初期の頃には加速の衝撃だけで全身の骨が軋んで腰をやりかけたからな。現行の試作品はフレームに推進装置が付いている……というよりは太腿から背中までしっかりとフレームの入った腰鎧のような形になっている。初期型のフレームに推進装置という形だと、背骨や腰の骨に負担がかかってとんでもないことになっていたからだ。
「発想は悪くないと思うんだけどな……」
「面白くはある。斬新」
「でも、あっちのほうが明らかに進捗が良いよな」
「基礎技術が確立されているから」
俺とアイラの視線の先には快調な速度で走行するエアバイクの姿があった。仕組み的にはエアボードと同じものである。ただし推進装置の数は主機となる中型のものが一基、方向転換用の小型のものを二基の合計三基で、ハンドルを左右に動かすことによって方向転換用の小型推進装置が駆動するようになっている。
浮遊装置は今快調に走っている筐体の前後に小型のものが一基ずつ使われている。中央に一基だけ配置しているものやより大きなものを使用したものなど、浮遊装置の配置や大きさ、出力に関してはどうするのが最適なのかを探っているところである。
「実用化されれば馬より便利」
「そりゃ魔力結晶さえ用意できれば兵站にかかる負担が遥かに少なく済むからな」
移動や輸送手段の機械化によって軍が得られる恩恵とはそのものズバリ兵站の負担軽減である。
一般的に人間の兵士一人が一日に消費する食料の重さは凡そ1kgから2kgの間である。これは水の重量を抜かした最低限の数値だと思って良い。身体能力に優れる亜人の場合は燃費もそれなりになるので、まぁ2kgは覚悟したほうが良い。因みに補給物資を積んだ馬車を牽く馬は人間の十倍は食う。つまり一日あたり馬糧だけで10kgは要るということだ。
因みに、この世界の一般的な荷馬車の積載量は500kgほどである。なかなかの性能だ。魔化素材の車軸や車輪のお陰だな。だが、荷物を満載した馬車の移動速度は遅い。人間の徒歩とさして変わらない速度になる。
一日に30kmも進めれば良い方で、雨が降れば道が泥濘んでまともに動けなくなるし、アップダウンの激しい土地では更に速度が落ちる。更に、前述したように馬は大食らいだ。一日辺り10kgほどの馬糧が必要である。
しかし、エアボードやエアバイクなら巡航速度で一日に軽く400kmは進める上に、その移動に必要な補給物資はほんの数百gの魔力結晶一個だけだ。
分かりづらい? じゃあ少し具体的な例を挙げよう。
例えば200km先の戦場に物資を届けるとする。
この場合、馬車だと片道で一週間はかかる上に、馬だけでも片道で70kgの物資を消費し、御者に護衛を三人つけたとした場合彼らだけでも一週間で28kgの物資を消費する。片道で凡そ100kgの物資を消費するわけだ。勿論物資を届けたら拠点に戻るわけだから、消費量はその倍で凡そ200kgということだ。前線には300kgの物資しか届けられないわけだ。
片道一週間も時間をかけて、往復の分を考えると200kgもの物資消費し、亜人基準で言えばたった百五十人の一日分の食料を運ぶのがやっとというわけだな。補給という作業の大変さがよくわかると思う。
さて、これをエアボードで行った場合はどうなるか?
物資を500kg積み込める輸送用エアボードの巡航速度は時速50km。馬と違って休憩の必要もないからたっぷり八時間走らせることも可能なので、一日の移動距離は400kmだ。しかも馬車と違って天候や路面状態に移動速度が左右されることがほぼない。
つまり、やろうと思えば200km先の戦場に半日で辿り着いて物資集積場に戻ってくることすら可能なのである。当然、500kgの物資はまるまま前線に届けられることになる。これで消費されるのは後方で無尽蔵に作り出される魔力結晶が一つだけだ。
エアボードによる兵站の機械化――この場合は魔道化か?――が補給にどれだけの恩恵を与えるのかはこの説明でよくわかってもらえたと思う。エアボードマジパネェのである。
ちなみに俺の積載量は計測不能です。今の所限界がないよ。しかも前線にいつでも一週間で収穫可能な畑を作り出すよ。要塞でも街でもなんでも作り出すよ。更に言えばエアボードどころかグランデ便で一時間に数百km移動することも可能だよ。
補給面だけで考えても、もし俺が敵の立場ならどんな手を使ってでもぶち殺すか味方に引き込むね!
と、話をエアバイクに戻すとしよう。
・時速50kmの巡航速度、その倍の時速100kmの最高速度を出せるようにすること。
・搭乗者以外に最大60kgの荷物を積載しても速度が保たれること。
・専門的なメンテナンスなしに最低二週間稼働すること。
・両手を離しても速度を保って走行する機能を搭載すること。
開発中のエアバイクに現時点で求められている性能は以上の四点である。両手を離しても速度を保って走行できる機能に関しては、移動しながらの射撃や魔法による攻撃、ゆくゆくは重装甲化して騎兵突撃めいたことをすることも視野に入れているらしい。
騎兵突撃はどうかと思うなぁ、俺は。別に騎兵突撃なんてしなくても軽機関銃で薙ぎ払えばいいじゃない。この世界の技術だけでなんとかするってんなら、魔銃とか開発中の魔法銃を使うとかさ。
魔法銃というのは魔銃の別バージョンの武器で、実体弾ではなく魔法を撃ち出す投射兵器である。
ただ、今の所開発は難航している。効率があまりよろしくないのだ。
魔銃の場合はハーフサイズの魔力結晶一つで弾さえあれば凡そ五百発ほど射撃できるのだが、魔法銃の場合は同じハーフサイズの魔力結晶で十発ほどしか射撃できない。大型化して複雑な魔道回路を使うか、或いは銃身の素材をミスリル銀合金などにすればかなり効率が改善するらしいのだが、そうすると製造コストが跳ね上がってしまう。
アイラのような天才的な魔道士の場合は複雑な術式を使って少ない魔力で効率の良い魔法を撃てるのだが、魔道具化しようとするとなかなか難しいのが現実のようである。
「まだ走れるだけだな」
「ん。バランス調整が終わったら荷重実験と耐久試験。それから量産に向けての作業をしないといけない。大変」
「まぁ、エアボードで基礎技術がある程度確立されてるのが本当に不幸中の幸いだよな」
「ん。機動装置に関しては活きの良い被験者をレオナール卿かダナンに手配してもらう」
「残念だが、そうしてくれ。実際に使うのも考えてみれば亜人の兵士だしな……」
考えてみれば俺用に調整しても獣人とかには合わない可能性がある。そう考えると意固地にならずに実際に機動装置を使うかもしれない獣人やその他の亜人に開発を任せたほうが良いか。
「コースケの犠牲は無駄にはならない。少なくとも重大な怪我のリスクは減る」
「文字通り骨を折ったからな……」
「ないすじょーく?」
「ジョークじゃないんだよなぁ……」
バッキバキだったからな。はっはっは。
「じゃあ、機動装置の開発は獣人の皆さんに任せ――はっ!?」
いつの間にかアイラの手が俺の服をがっしりと掴んでいた。ふと近くの建物の上に視線を向けると、にっこりと笑みを浮かべるハーピィさん達の姿も見える。
「落ち着こう。話せばわかる」
「話はお部屋でゆっくり聞く」
不思議な力で強化でもしているのか、小さな身体に見合わない膂力でアイラが俺を引っ張り始める。やめ、やめてっ! 服が伸びちゃうからっ! 他に仕事、仕事あるから! 無かったら作るから! 日の高いうちは許して!