第251話~戦術アドバイザーコースケ~
さて、季節は冬で全体的に活動の低下する時期だが、俺は俺で朝から晩までみんなに押し倒されていたわけではない……そういう日もあったが、そういう日ばかりというわけではない。ないんです。ほんとうなんです。
「国境警備が喫緊の課題なのであるな」
卓上に広げた地図を前に、レオナール卿が腕を組んだままそう言う。最近のレオナール卿は妙に鬣の毛艶が良い。風の噂によると、男やもめのレオナール卿の元に数人の未亡人が押しかけて彼の私生活の面倒を見始めたとかなんとか……ついにレオナール卿にも年貢の納め時が来たらしい。
「国内の治安維持も国境警備と同じく喫緊の課題だ。どちらが、というものではなくどちらも、ということだな」
最近身嗜みに妙に磨きがかかって男前度が上がっているダナンが深刻そうな声でそう言う。彼もレオナール卿と同じく、以前から彼に思いを寄せていたご婦人方についに捕まったらしいという話を聞いている。
まぁ、メリナード王国領を取り戻して状況的には落ち着いたわけだからな。恐らく今までは「メリナード王国を取り戻すまでは」とか言って断っていたんだろうが、もうメリナード王国領を取り戻したわけだから自分達に迫っていたご婦人方の誘いを断る口実が無くなってしまったんだろう。
南無三。
まぁ、仕留められた男達の事情はどうでも良い。最近二人に色々と相談をされたり、尊敬の視線を向けられるようになったりしたことなんて些細なことだ。ああ、些細なことだとも。だから師匠とか師父とか言うのはやめろ。やめろって言ってんだろ!
「問題は、国境警備をするにしても治安維持をするにしても人手が足りないってことだよな」
「であるな。国境線は長く、また国土も広い。過不足なく我々の目を行き渡らせるのは容易なことではないのである」
「だよな。となると、必要なのは……」
「人員を増やすか?」
「それも手だけど、俺は少ない人員で広範囲をカバーできる体制を整えたほうが良いんじゃないかと思うな」
「そうすることができればそれに越したことはないが……何か考えがあるのか?」
「勿論ある」
頷きながら俺はコンパスを取り出した。方位磁針の方ではなく、円を描く方のコンパスだ。俺はコンパスを使っていくつかの円を描いていく。まずは聖王国との国境にある砦を中心として一つ円を描き、その半径の範囲内に新しい円を描いて国境線を円で埋め尽くしていく。
「この円は何であるか?」
「ゴーレム通信機の通信範囲だ。凡そ半径100kmだな。確実に通信が届く半径で円を描いている」
初期型のゴーレム通信機で徒歩四日の距離――つまり120kmまでは通信が届いていた。今は更に性能が上がって通信距離が伸びているので、多少の障害物などを考えても半径100km以内は通信圏のはずである。
国境線を円で埋め尽くしたら、今度は国土内により大きな円も加えてメリナード王国内の主要な拠点を網羅するように円を増やしていく。そうすると、最終的には国境からメリネスブルグ、メリネスブルグからアーリヒブルグ、それにアーリヒブルグからオミット大荒野の後方拠点までを含めた通信網が地図上に描かれることになった。
「小さい円は携行型のゴーレム通信機の通信範囲、中くらいの円や大きい円は設置型の中継基地局や、据え置き型の大型ゴーレム通信機の通信範囲だな」
据え置き型の大型ゴーレム通信機の通信範囲は通常型のおよそ五倍。半径600kmもの広範囲をカバーできるようになっている。無論、こちらも改良や送受信アンテナの増設などを行ってある程度のマージンを確保しての距離だ。
中継基地局に関しては最終的にあまり目立たない小型のものを採用することとなった。単に遠隔地からの通信を中継するだけということに機能を制限し、その分小型化と少資材化を重視したのである。それでも通常型のゴーレム通信機の凡そ三倍の通信範囲をカバーできるようになっている。
「で、こいつが……」
コンパスに今度は白墨をセットしてとある地点を中心に大きな円を描く。
「この白い円は?」
「テクニカルエアボードの五時間以内の行動範囲だ。凡そ徒歩八日の範囲といったところかな。雨が降って道がぬかるんでいようが、雪が積もっていようが急行する速度が変わらないのが売りだな」
「テクニカルエアボードの速さは知っていたつもりだが、こうして改めて見ると凄まじい行動範囲だな……」
ダナンが白い円の大きさを見て唸る。徒歩八日というのは、半径凡そ240kmという広範囲である。これはテクニカルエアボードを巡航速度である時速50kmで走らせた場合の範囲だ。実際にはもっと速い速度で走らせることが可能なので、この白円の範囲はもっと大きい。流石に最高速度の時速200kmでぶっ飛ばすということはないだろうが、時速80kmくらいまでなら出せるだろう。そうすればこの白円の範囲内には凡そ三時間で到達できることになる。
「ゴーレム通信機を活用して早期警戒網を構築して、発見した敵にはテクニカルエアボードで武装した即応部隊をぶつける。兵員輸送車の数が揃えば軽機関銃で武装したテクニカルエアボードじゃなくてクロスボウ兵や魔銃兵で対応しても良い。後は少数で浸透してくる敵部隊を狩り出す兵科の編成を進めるのが良いだろうな。名前はそうだな……猟兵とか?」
地球における猟兵とは若干性格が異なる兵科になりそうだが……任務の内容から考えればそうでもないか?
「猟兵であるか。ふむ、悪くない名前であるな」
「警戒網を抜けてきた敵を発見して狩るのが任務というわけか……なるほど」
「俺が描いた円はざっくりとしたものだから、詳細は軍の方で詰めてくれ。システムの思想そのものは理解できただろ? ゴーレム通信機や軽機関銃、エアボード、魔銃、この機密管理の問題もあると思うし」
「であるな。研究開発部とも話をして機密対策に関しても詰める必要があるのである。だが、この方法なら国境警備に必要な人員は大幅に削れるのであるな」
「ああ、この仕組みを利用すれば国内の治安維持にも役立つだろう。やはり瞬時に情報をやり取りできて、高速でまとまった戦力を送り込めるのは強いな。戦略も戦術も大きく変わる」
「まぁ、そうだろうな」
槍と弓、剣と盾で戦っている戦場に無線通信器と兵員輸送車、機関銃やライフル銃に近接航空支援なんかを持ち込んで戦争をやっているのだから、そりゃ戦略も戦術も根底から覆るだろう。
今のこの世界は密集隊形を用いた集団戦が全盛期の時代だ。そこに近代的な機動戦の概念を持ち込んで蹂躙しているのだから、聖王国としてはたまらないだろう。今までの常識が一切通用しないのだから。きっとあちらの軍部は帰着した敗残兵達から話を聞いて今頃頭を抱えているはずだ。
「これだけの力があれば聖王国に逆襲することも可能であろうな」
「攻め込むのか?」
「まさかなのである。聖王国憎しでそんなことをやるのは愚かなのであるな」
そう言ってレオナール卿は肩を竦めてみせたが、本心ではどう思っていることやら。ダナンにも視線を向けてみるが、彼は無言で首を横に振った。
「今、我々がするべきことはメリナード王国とその民を守ることだ。憎しみのままに怨敵を討ち滅ぼすことではない」
「……まぁ、本当にそうしたところで俺がどうこう言えることじゃないけど」
俺の提供した力を復讐のために使うな、などとは言わないし言えない。そんなことを心配するくらいなら最初から近代兵器なんて与えるべきではない。一度彼らに力を貸した以上、良い子ぶるのはナシだ。
というか、魔煌石爆弾なんて大量破壊兵器を作っておきながら今更という話だな。あれを使えば数万単位の軍団でも一時間足らずで殺し尽くせることだろう。
「やはり新しい武器を使った戦術に関してはコースケに聞くのが一番だな」
「そうであるな。吾輩達ではここまで洗練された戦術や戦略を考え出すのは難しいのである。何か新しい武器や装備は思いつかないのであるか?」
「新しい武器や装備って言われてもな……それってレオナール卿好みの、って枕詞がつくんだろ?」
「勿論なのであるな。コースケの作り出す銃という武器は強力なのであるが、吾輩の好みには合わないのである」
「そう言われてもなぁ……」
レオナール卿の好みというのはつまり段平を振り回して切り込む白兵戦だろう? そんなものは俺の時代にはもう時代遅れというか、戦術としては滅多に使われないものだったしな……年中紅茶キメてるヤベー奴らくらいだぞ、銃剣突撃なんてかますのは。
「うーーーーーん……あっ」
ふと地図の白円を見て思いついたものがあった。エアボードの筒型推進装置を使った個人用のブースターである。イメージ的には巨人と戦う漫画の機動装置だ。太腿というか腰につけるか、背中に背負うかは開発の過程で精査する必要はあるだろうが。
「何か思いついたのか?」
ダナンも少しウキウキした様子で聞いてくる。まぁ、思いついたと言えば思いついたんだが。
「数十メートルの間合いを一気に詰めて白兵戦を仕掛けたり、敵の前衛を飛び越えて無防備な弓兵や投擲兵に突っ込んで暴れた後一撃離脱したりするのって有効だよな?」
「そんなことができれば勿論有効であるが、無策で突っ込んだら矢の雨や槍衾で穴だらけなのであるな」
「それは戦術で解決してもらうか、矢に関しては機動力で潜り込むかしてもらうしかないと思うけど……短時間だけ風魔法の結界でも展開できれば良いかな」
どうせ敵陣に突っ込む最初の数十秒だけ矢を防げれば良いのだから、それくらいならなんとかなるかな? 最近は魔道具の開発にも結構関わるようになったから、魔晶石一つでどれくらいの力を引き出せるかがなんとなく感覚でわかるようになってきたんだよな。
「エアボード推進装置あるだろ、あの筒型のやつ。個人が装備できるサイズのものを使って、短距離を高速でぶっ飛んで敵に突っ込む機動装置とかどうかな?」
「……一歩間違えれば槍衾で早贄になるか、袋叩きにされそうであるな」
「使いこなせれば有効かもしれんが……」
「歩兵の機動力が飛躍的に上がるから、一考の余地はあると思うけどな。会戦で使うんじゃなくて、斥候とか、それこそさっき言ってた猟兵に装備させれば便利じゃないか? 訓練は必要だろうけど、人一人を超高速で移動させる装備としてはアリだと思うが」
恐らくサイズ的にはかなり小さくなるだろうから、標準サイズの魔力結晶を使えば全力稼働でも魔力コスト的には数日は保つんじゃないだろうか? 替えの魔晶石だってそんなに嵩張るものでもないし。
「ふむ……確かにそう言われると一考の余地があるのであるな。研究開発部に開発を依頼しても良いと思うのである」
「そうだな。全軍に装備させるにはコストが高そうだが、一部の精鋭部隊用の装備としてはあると便利かもしれん」
こうして個人用の高速移動装置の開発が決定した。実用化するまで被験者は生傷の絶えないことになるだろうな……高速でぶっ飛んで何かに激突するとか、着地に失敗して物凄い勢いで地面を転がることになったりとか。誰がその役目を負うことになるかはわからないが、今のうちに無事を祈っておこう。なむなむ。
「じゃあ実験台はコースケで」
「えっ(絶望)」