第249話~氷式ビールサーバー~
冷蔵庫の試作品を作ってメルティに相談した結果、氷式冷蔵庫と氷屋の試験運用が決まった。メリネスブルグにあるいくつかの飲食店に試験導入されており、今の所好評を博しているようである。
しかしそれに伴って新しい要望が出てきたので、それに対応するために俺はまた研究開発室で作業をしていた。
「……で、今度は何を作ってるわけ?」
そこへ来たのはイフリータである。よっぽど暇なのか、最近よく研究開発室に顔を出しているようだ。もっとこう、お姫様としての仕事とかなさらないんです? とは思ったが怒らせると面倒そうなので放置している。
「氷を利用して冷たいビールを飲めるようにする装置を作っている」
「……なんで?」
本気で困惑している様子でイフリータが問いかけてくる。
「冷蔵庫がメリネスブルグの飲食店で試験運用されているのは知っているよな?」
「えぇ、シルフィから聞いたわ。好評みたいじゃない。ちょっと助言しただけだけど、私も感謝されたわよ」
「うん、その試供品の冷蔵庫で酒を冷やして出す店が現れてな。それが客に大いにウケたようなんだ」
「なるほど?」
「結果として冷蔵庫が酒を冷やすために使われるようになって、本来の食材を冷やして保存するという用途に殆ど使われていないらしい」
「本末転倒じゃない」
「うん、本末転倒なんだ。しかも冷蔵庫の容量じゃ大した量は冷やせない。で、なんとかならないかという要望があって急遽氷を利用した酒用の冷却装置を作る羽目になったわけだ」
俺が作っているのは氷式のビールサーバーである。氷で冷やした金属管にビールを通して冷やすものだな。金属管はコイル状に加工してあり、とりあえず素材は銅を使っている。確か熱伝導率が高かったはずなので。耐食性とかを考えると他の素材のほうが良いのだろうか……? まぁとりあえず試作品だからこれでいいだろう。
「よし、実験をしよう。多分上手くいくと思うけど」
「自信があるのね?」
「俺の世界ですでに作られていたものだからな、これも。氷出してくれ、氷」
「氷魔法はあんまり得意じゃないんだけど……」
と言いつつイフリータはポンポンと拳大の氷をいくつも魔法で作って出してくれた。まぁ名前と見た目からして炎系の魔法のほうが得意そうではあるな。
俺はイフリータが出してくれた氷を適当に金槌で砕き、コイル管の上に敷き詰めた。そして酒の出口となる方に漏斗をつけ、そこに水を注ぐ。
うーん、実際に酒を出す時はどう工夫するかね? まさかいちいち漏斗に注ぐってわけにもいかんよな。衛生的な問題もあるし。樽を直接この管に接続するだけじゃ酒は流れていかないからなぁ。あっちだと炭酸ガスのボンベを繋いで加圧するんだけど、こっちにはそんなものはないし……後でアイラに相談して、ごく弱い風魔法を発する魔道具でも作ってもらうかな?
それを炭酸ガスボンベ代わりにして加圧すれば行けるんじゃなかろうか? 問題は木製の樽が加圧に耐えられるかだけど……まぁ、樽を高い場所に置いて、魔道具の出力をごく弱いものにすれば大丈夫か……? なんかズボラな運用をして酒樽が爆散しそうな気がするな。
「どれくらい冷えるの?」
「キンッキンに冷えると思うよ」
まぁ、今は取り敢えず冷却実験をするか。イフリータに興味深げな視線を向けられながら蛇口を開き、程なくして出てきた水をコップに注いで飲んでみる。うん、キンッキンに冷えてる。
「とりあえずは実験成功だな。ほれ」
興味深げな視線を向けてきているイフリータにもコップに水を注いで差し出す。
「……うん、まぁ、冷えてるわね」
うん? なんか急に態度が……なるほど。
「配慮が足りなかったな、悪い」
「べ、別になんでもないし」
そう言いながらイフリータがチビチビとよく冷えた水に口をつける。
「ホントに冷たいわ。まぁこれだけ氷を使えば……ううん、物凄く効率が良いのね?」
「そういうことだ。この構造は逆に短時間でお湯を作るのにも向くぞ」
ガス給湯器とかも氷が火になっただけで殆ど構造は同じだからな。ただ、加熱時間とかを制御しないといけないから多分ゴーレムコアも組み込まないといけなくなるだろうし、作るとしたらコスト度外視の高級魔道具になるだろうな。
とりあえず概念実証モデルができたので、アイラや他の研究開発部の面々を呼んで製品化の相談をする。
「ふむ、銅の管を使っているのか。これなら街の鍛冶職人でも作れるだろうな」
「筐体は冷蔵庫基本的に冷蔵庫と同じですから、同じ工房で作れるでしょうね」
「樽に風の魔道具……? この漏斗を大きいタンクみたいにして、虫とかゴミが入らないように軽く蓋をすればいいと思う」
「氷が溶けた水の排水に関しては底に栓をつけておいて、そこからバケツにでも注いで捨てれば良いと思います。問題は氷の消費量ですね」
「というかエールを冷やそう」
研究開発部の面々によって氷式ビールサーバーの概念実証モデルから試作品の案が出されていく。研究開発部の人々は優秀かつ熱意が凄いので、俺がこうやってアイデアを出すとすぐにそれを理解して商品化してくれる。本当は俺の能力をフルに使えば完璧な氷式ビールサーバーの本体は作れてしまうのだが、それは流石に自重している。こうして皆と一緒に色々と考えるのが楽しいし、何よりこの世界には魔法と魔道具がある。俺が思いもよらないアプローチで画期的な製品が生み出されることだって有り得るのだ。
ドワーフの鍛冶職人がどこからかエールの小樽を持ってきてエールを冷やし始めた。
「こりゃいい! 冷えてて最高だ!」
「キンキンに冷えたエールってこんなに美味しいんですね」
「もう一杯」
なお、酒盛りを始めた研究開発部の連中はこの後使い物にならなくなり、その騒ぎを聞きつけた他の暇人達も巻き込んで宴会のようになってしまった。
「これは売れますね。コースケさん、こういうのもっとお願いします」
「そんな無茶な」
いつの間にか宴会に参加していたメルティに無茶振りをされた。そんなこと言われてもこんなアイデアはポンポンと出てくるようなものではない。この氷式ビールサーバーだって城下町の飲食店から要望が上がってきて思い出したくらいだ。
「がんばってください、コースケさんならいけます。あちらの世界で生活に密着して大いに普及していた便利グッズを思い出すのです……!」
「金の亡者」
「メルティもあれが無ければな……国のためを思ってくれているのはわかるのだが」
少し離れたところでアイラとシルフィがメルティに可哀想なものを見る目を向けていた。いや、お二人さんや、見てないで助けてはくれまいか?
☆★☆
と、俺が国民生活の向上に努めている間にも国際情勢は徐々に動いていた。具体的に何がどう動いたのかと言うと、まず最初にメリナード王国の西、少国家連合を超えた先にあるドラゴニス山岳王国が新生メリナード王国の独立を歓迎し、対等の国家として認めるという旨の声明を大々的に発表した。
それに伴って聖王国軍が撃破されたことによって混乱しているメリナード王国の領土を切り取ろうと怪しい動きを見せていた西方の少国家連合の動きがピタリと止まった。ドラゴニス山岳王国による声明の内容は新生メリナード王国に対して非常に友好的なものとなっており、もし新生メリナード王国に手を出せば、ドラゴニス山岳王国も黙っていないというニュアンスが含まれていたためだ。
聞くところによると、少国家連合にとってドラゴニス山岳王国というのは決して逆らってはいけない相手であるらしい。なんでも西方の少国家連合内ではドラゴニス山岳王国との飛竜貿易によって潤っている国家が多いようで、ドラゴニス山岳王国を敵に回すとその恩恵に与ることができなくなるそうな。それで少国家連合も右に倣えという感じで新生メリナード王国に擦り寄ってくるような態度を見せ始めているとか。現金な連中だなと思う。
次に首都メリネスブルグに大使館を置くことになった帝国だが、こちらもまた新生メリナード王国の聖王国からの独立を歓迎する旨の声明を発表した。ドラゴニス山岳王国のように極度に友好的な声明の内容というわけではないが、亜人排斥を謳い、人間至上主義を掲げる聖王国に対抗する同志の登場を喜んでいる、というような内容であった。らしい。
「言い回しが迂遠すぎてとてもそうは見えんのだが?」
「帝国の上層部ともなるとあまりストレートな表現はしませんからね。一種の貴族言葉、王族言葉のようなものだと思っていただければ」
「シルフィとかセラフィータさんとかは素直な物言いなのに」
「実際のところ、メリナード王国はそんなに歴史が古くありませんからね。イクスウィル陛下も国王としては二代目でしたし」
「なるほど」
そういえばメリナード王国の歴史とかに関しては殆ど知らないな。今度誰かにじっくり聞いてみようかな。まぁ、今はいいや。話を戻そう。
無論、友好的な反応ばかりではなかった。聖王国は無辜の市民や兵士を大虐殺し、力によって多くの都市を占拠した賊徒が国家を名乗るとは片腹痛いと新生メリナード王国を痛烈に批判しているし、聖王国の属国や友好関係を結ぶ国々は聖王国の批判に追従して新生メリナード王国に対する敵対姿勢を明確にしている。
冬の間はどの国も具体的な行動を起こすことはないだろうが、暖かくなって兵糧の準備などが整えばどうなるかはわからない。いや、確実に新生メリナードに牙を剥いてくるだろう。
解放軍改め新生メリナード王国は故郷を取り戻す戦いを終え、今度は故郷を守る戦いに巻き込まれていくのだ。
近々作業に没頭するためにまた休みを取ると思います。
具体的には金曜から二週間くらい……!_(:3」∠)_