第247話~イフリータ先生の魔法講座~
魔法。それはファンタジー世界をファンタジー世界たらしめる要素の中でも最も重要と言っても良いものだと俺は思う。まぁ魔法がなくても魔物が闊歩していて剣や弓で戦っていればそれっぽいような気もするが。
さて、この魔法というものだが作動原理がまったくもってよくわからない。俺には感じられないが、主なエネルギー源は魔力というものであるらしい。空気中だけでなく万物に宿るエネルギーであるそうだが、基本的には体内の魔力、自然に存在する魔力、物質に宿る魔力の三種類に大きく分かれるのだそうだ。
「なるほど、わからん」
「これ以上簡単に説明できないんだけど」
そこらで拾った小枝で地面に図を描いて俺に説明してくれていたイフリータがジト目を向けてくる。
「いや、説明そのものは理解した。でもそこからどうやってエネルギーを取り出して物理現象に変換するのか、物理現象を起こした後の魔法となっていた魔力はどうなるのか、そもそも魔力ってなんなんだろう? とか考え始めると頭がおかしくなって死にそう」
「いっぺんに聞かれても答えられないわよ……まず、魔力を魔法として放つには術式を用いる必要があると言われているわ」
「術式」
「そう、術式。これは簡単に言えば色の無い力である魔力に色をつけて意味を持たせるもの。例えばごく単純な火球の魔法の場合は火になれ、球となれ、指し示す場所に飛べ、という三つの指示を一つの術式とするの」
そう言ってイフリータが小枝で地面に何か文様のようなものを書く。これはゴーレム通信機のゴーレムコアに刻まれる文字というか文様と同じような雰囲気のものであった。
「ただ、この単純な火球の魔法では殺傷能力はさして高くないわ。注ぎ込む魔力の量にもよるけど、最低限の魔力だと当たってもちょっと火傷するくらいね」
イフリータの指先にゴルフボールくらいの火の玉が出現し、空に向かって飛んでいく。その火の玉はそこそこのスピードで飛んだが、すぐに消えて無くなってしまった。
「威力、つまり殺傷能力を上げるのであればこの単純な三つの術式の中身を改造したり、術式を更に加えたりすることになるわ。例えば火になれ、の術式を改変して炎になれ、にしたりとか、球となれ、を槍になれ、にするとかね。他には球となれ、と指し示す場所に飛べ、の間に疾く、といった修飾術式を入れたりね」
「しゅうしょくじゅつしき」
「そうよ。例えば疾く、の術式を入れた場合はこうなるわね」
先ほどと同じようにイフリータの指先にゴルフボール大の火の玉が出現し、先ほどとは比べ物にならない速度で火の玉が上空に飛んでいく。速度が早くなった分、射程も伸びているように見える。
「疾く、の修飾術式は投射系の攻撃魔法の殆どに採用されるメジャーな修飾術式ね。投射型の魔法の速度が上がればそれだけで避けにくくなるし、射程も伸びるから」
「なるほどぉ……」
修飾術式……修飾術式ね。うーーーーーーーん……やっぱり一種のプログラミング言語みたいなものなのか? 俺はプログラミングに関しては全くと言っていい程知識がないんだよなぁ。術式開発とかの方向で俺が活躍するのは無理だな。うん。
「なるほどって言ってるけど、本当にわかってるの?」
「俺にはよくわからないということがよくわかったかな」
「ダメじゃない」
「はい、駄目です。すみません」
素直に頭を下げておく。やはりこういう難しいことは専門家に任せたほうが良いな、うん。
「しかし火の玉一つでこんなに複雑なんだな……前にアイラが使った雷の魔法とかどんな風になってるんだろ」
「前にちょっとだけ教えてもらったけど、大小合わせて百近くの術式を組み合わせてたわね」
「そりゃすごい……ところで、魔法を使うには術式とやらが必要なんだよな?」
「そうよ」
さっきそう言ったでしょ? という顔でイフリータが頷く。うん、そうだよな。
「実際に魔道士が魔法を撃つ際、その術式というのはどこに展開されるんだ? 魔道具なら金属とかに彫ってるけど、今見た限りじゃ空中にこの術式が投影されたりしてるわけでもないみたいだし」
そう言って俺が小枝で地面に書き込まれた術式を指差す。
「頭の中よ」
「あたまのなか」
「そう」
「えっと……イメージとしてはどんな感じなんだ? この術式の文様を頭の中に思い浮かべるのか?」
「うーん……まぁそんな感じ?」
「なんで曖昧な返事なんだよ……」
魔法の作動原理を解明するのは一朝一夕ではどうにもなりそうにないな……まだイフリータにしか聞いてないけど、この頭の中のイメージというのも個人個人によって違うような気がしてならない。
「まぁ、わかった。もう一つ聞きたいんだが、シルフィとか黒き森のエルフが使うのは精霊魔法というんだよな」
「そうね。別に黒き森のエルフじゃなくても精霊魔法は使えるけど」
「なるほど。あっちにも術式とかそういうのがあるのか?」
「ないわよ。普通の魔法と精霊魔法は原理からして違うから。普通の魔法は術式を用いて魔力を様々な事象に変換するけど、精霊魔法は魔力で精霊に語りかけて精霊に様々な事象を起こしてもらうのよ」
「……なるほど?」
「術式を自分で組まなくて良い代わりに、大規模な事象を引き起こそうとすると複数の精霊を同時に使役する必要があるから制御が大変になるわね。あと、都合よく目的に沿った精霊がその場に居れば良いけど、居ない場合は使えないのが欠点からしら」
「そうして聞くと普通の魔法のほうが便利に聞こえるんだが」
「そうでもないわよ。精霊は術者のイメージをそのまま再現してくれるから、魔法の自由度は精霊魔法のほうが遥かに上よ。その分イメージ力が必要になるし、自然の理に反するような事象を引き起こすのは難しいけどね」
「へ、へー……」
無理矢理プラグラムとかそっち方向で考えると、精霊とやらは風なら風、火なら火の扱いに特化したアプリケーションってところだろうか。大規模な魔法を使う場合には複数のアプリを同時に起動しなきゃならないから、メモリとかCPUの役目を果たす術者への負担が大きい。あと、その場に精霊が居ない=アプリケーションが存在しないと望む事象を起こせない、と。
対する魔法は自分でその場でプログラムを組み立てて行使するから精霊の在不在に関わらずいつでも好きなように望む事象を引き起こせる。ただ、大規模な効果や複雑な効果を引き起こす魔法を使うには当然それに見合う術式を組む必要があるため、難易度が上がると。
「一長一短なんだな」
「そういうことね。それで、こんな事を聞いてどうするのよ? 貴方は魔法が使えないんでしょ?」
「確かに俺は魔法を使えないけど、魔法ってのはこの世界で一番身近な魔力という巨大エネルギー源を扱う技術だろう? 少なくともこの世界で効率的な道具を作るなら、ある程度は魔法に関しての知識がないとな」
こっちの世界で機械文明を発達させることもできなくはないと思うが、折角魔法を扱う文明がある程度発展しているのだから、いちから機械文明を発達させるよりは今ある魔法文明に機械文明のいいところを融合させていったほうが色々と楽なはずだ。
「ふーん……そういうものなのね」
「そういうものだと俺は考えている。実際エアボードとかゴーレム通信機は俺の世界の技術とこっちの世界の技術を融合して作り出したものだしな」
「ふーん……」
イフリータがジロジロと俺に不躾な視線を向けてくる。なんだろう、その疑念に満ちた視線は。
「なんだよ?」
「べつにぃ……なんでも無いわよ。それより、聞きたいことはそれで終わりなの?」
「いや、他にもあるんだが……」
「良いわよ、何でも聞きなさい。私が知ってることなら教えてあげるわ」
「ありがとうな。それじゃあ魔法を使う時の魔力消費なんだが……」
と、この後も俺は魔法と魔力のことについてイフリータにじっくりと話を聞いたのだった。
のだが。
「……」
「悪かった」
「……」
「ごめんて……今度はアイラに聞くから」
後でその事を知ったアイラに滅茶苦茶拗ねられた。いや、俺としては多忙なアイラに初歩的なことを聞くのはどうかと思ってイフリータに聞いたんだけれども、アイラ的には魔法のことは自分に聞いて欲しかったらしい。機嫌を治すのにとても苦労した。
「奇跡のことなら私達に聞くのが一番ですよ」
「そうですね、なんでもお答えいたします」
「私は二人ほど得意ではないけど……」
どこから聞きつけたのか、平定のための出張から帰ってきたエレン達には奇跡について教えてもらった。教えてもらったのだが……。
「神は真摯な祈りに応えてくださるのです」
「心を穏やかに、神の存在を感じましょう」
「こう、外に発散せず内側に気合を込めるような感じで」
「もっと理論立てて? ガーッといってバーン! っていうのと殆ど変わらないからね?」
彼女達の講釈はさっぱり俺の考察の役には立たなかったが、どうもエレン達の奇跡と精霊魔法は同系統の亜種に近い魔法なのではないかと俺は感じた。目に見えない神や精霊に術式ではなくイメージで干渉して何かしらの事象を発生させるという点においてはどちらも同じように思えたからだ。
実際、光の精霊に働きかけて行使する回復魔法と奇跡による回復魔法は俺には殆ど違いがわからなかった。精霊魔法の方だと使った後に精霊らしき光の玉が俺の周りをフヨフヨと浮かぶのが違いと言えば違いかもしれない。
とにかく、そんな感じで俺は徐々に魔法に関する知識を蓄積していくのだった。