第245話~被害報告~
「馬鹿な! 有り得んッ!」
部下からの情報を聞いた私は思わず叫んでしまった。その叫びを聞いた部下がビクリと肩を震わせる。その様子を見た私は目を瞑り、心の中で聖句を唱えて荒ぶる心を鎮めにかかった。いつもならばすぐに収まる心の荒波が今回ばかりはなかなか収まってくれない。
それもその筈だ。辺境の属国で暴れている賊徒共を誅するために派遣した聖兵二万が初戦で全滅し、主だった将は討ち死にするか賊徒に捕らえられ、敗残兵が聖王国へと逃げ帰ってきたというのだから。最初に聞いた時は冗談かと思ったが、部下に何度聞き返しても事実だという。
「真、なのだな」
「は、はい……ギルギスに辿り着いた討伐軍の生き残りから直接聞き出した情報です」
「なんということだ……」
当初、賊徒共を誅するのに派遣する兵は一万で足りると思い、そのように手配していた。しかし、私は念には念を入れてその倍、二万を用意したのだ。
賊徒どもが自らのことを解放軍と名乗っていることは知っていたし、既にメリナード王国に駐屯している聖王国の兵に数千単位の損害が出ていること――現地の無能な豚は情報を握り潰そうとしていたが――も把握していた。
同時に、解放軍を名乗る賊徒どもの頭目が黒き森の魔女と呼ばれる黒エルフだということ、そしてその解放軍の中核となっている人物が三年前にメリナードで王国で起こった叛乱の残党だということも把握していた。
その戦力についても軍部の伝手を使って助言を受けながら、ある程度の算定はしたつもりだ。恐らく敵の規模はどんなに多くとも一千から三千ほど、それ以上はどうあっても養うことができないだろうということであった。兵というのは基本的に何も生み出さない。運用次第では治安の向上による経済効果や、魔物の討伐による肉類の調達が多少期待できないわけではないが、その効果が維持費を上回ることはない。
賊徒どもは占領した街や農村から資金や食料を調達することによってある程度はそれを賄えるだろうが、それでも維持できるのは一千から三千くらいだろうというのが軍部の見方で、またそれが常識であった。
そういった輩は基本的に練度も低く、装備も襲った村や街から略奪した二線級の装備である。そのため、正規軍の精鋭が一万もいれば蹴散らすことが可能だ。その筈だ。
「生き残りは……?」
「ギルギスに辿り着いたのは凡そ七千弱です。こちらは先行して辿り着いた概ね健康な兵で、総数の約半分ほどだそうです。負傷者とその面倒を見ている兵がほぼ同数おり、そちらも続々と到着するとのことです」
「……何人死んだ?」
「凡そ四千弱だそうです。正体不明の爆発と、爆発する魔道具を用いたハーピィの攻撃、それと馬なしで動く不可思議な乗り物からの正体不明の攻撃で一方的にやられたそうです」
「ハーピィの使ったという爆発の魔道具はまだわかるが……正体不明の爆発やら正体不明の攻撃やらというのは何なのだ?」
私は部下にそう問いかけた。
爆発の魔道具というのは、まだ理解ができる。攻撃のために使い捨ての魔道具を多数用意するというのは尋常なことではない。製造にかかるコスト、原料費から考えると不可能ではないというレベルの話だろうが。しかし、攻撃の正体がわからないというのは一体どういうことなのか?
「それがその場に立っていた兵ですら攻撃の正体がわからなかったそうで……激しい雷鳴のような、或いはキラービーの羽音のような音がしたとか、目にも止まらない速度で何かが飛んできたとか、何の前触れもなく爆発が起こったとか、証言内容もバラバラでよくわからないのです。何らかの新しい武器だとは思いますが」
「どのような被害が出たのだ?」
「正体不明の爆発はどうやらハーピィ達の使っていた爆発の魔道具に似たものではないという結論が出ているようでした。しかしどこから、どのような方法で投射されたのかが全くわからなかったそうです。そして多くの被害を出した雷鳴のような、あるいはキラービーの羽音のような音を出す武器は車輪のない馬車のような乗り物に据え付けられており、激しい音と共に火を噴いたかと思うと前衛を務めていた兵がまるで刈られた麦穂のようにバタバタと倒れていったと。金属製の盾を穿ち、鎧を砕き、兵の身体を貫き、更にその後ろに立つ兵まで殺傷したと……金属の鏃のようなものを目に見えぬほどの速度で大量に飛ばしているのではないか、との話もありましたが確証は得られていません」
部下の報告に私は頭を抱えた。話を聞く限りではどう考えても賊徒とかそのようなレベルの話ではない。メリナード王国にいるのはアマガラ大平原に展開している帝国軍の最精鋭部隊よりもたちの悪い何かだ。
「念の為に聞いておくが、敵は何千人だったのだ……?」
「前線に出ていたのは空を飛ぶハーピィを除けば兵達を薙ぎ倒した不思議な乗り物だけだったという話です。つまりその……百にも満たぬ数だったようです」
私は天井を仰いだ。
何なのだそれは。私達は一体何を相手にしているというのだ。
「何が起こっているのか調べる必要がある……賊徒に懐古派のデッカードが同行しているという話だったな?」
「はっ、そのようでしたが……」
「ダルトン枢機卿と面会する、先触れを送れ」
私の指示を聞いた部下が急いで部屋から退出していく。
ダルトンは懐古派の元締めだ。最近は秘蔵っ子の聖女を手元から離したせいで勢力を急速に失っている。また、その聖女も随分前にメリナード王国に送っていたということがわかっている。メリネスブルグに滞在していたという話だから、既に聖女の身柄は解放軍に押さえられているだろう。最悪、戦闘に巻き込まれて死んでいるかもしれない。
腹心のデッカードの動きに関しても不可解だ。何故あのタイミングでメリナード王国に向かったのか、そして何故解放軍とやらと行動を共にしていたのか? 聖王国内では懐古派の勢力が急速に失われている。一部では異端として審問にかけようという動きすらある。私もそれを黙認し、不干渉を貫いている立場ではあるが……。
「一体何を企んでいる……? 何を隠している?」
私の密やかな呟きに答える者はいない。それでも私は呟かずにはいられなかった。
☆★☆
あの会談から三日。
キリーロヴィチ達帝国の外交使節団の受け入れが正式に決まり、メリネスブルグの王城のすぐ近くにある貴族の屋敷が帝国大使館として使われる事が決定した。それに伴い、屋敷の改築や整備などが進められることになったわけだが、その作業に俺も加わることになった。
まぁ、作業に加わると言っても基本的には資材の運搬とか、ちょっとした解体工事とか、保安面を強化するために塀を増改築するとかそれくらいのことだ。内装とかの細かい作業には俺の力はあまり向かないからな。できないわけじゃないけど。できないわけじゃないけど!
俺は実用一辺倒の豆腐ハウス派だが、凝った作りの建築が嫌いなわけではない。本当に凝りに凝った建築物はもはや芸術の領域だとも思っている。でも俺は豆腐ハウス派だから。決してセンスが無いから豆腐ハウスに甘んじてるとかじゃないから……くっ、自分を騙しきれない。
良いんだ。どうせ俺が頑張っても複雑怪奇な現代アートもどきにしかならないもんな。俺は実用一辺倒の道を極めるよ……そういうのはセンスがある人に任せれば良いんだ。大丈夫、実用性も突き詰めれば一種の芸術の域まで達するものだ。例えば実用一辺倒の斧や人を殺すことに特化した武器の類は余計な装飾が無くたって美しくてかっこいいものだからな。俺はそっちの方向性を模索するよ。うん。
で、まぁ作業を終えた俺はついでとばかりに手入れがされていなくて草がぼうぼうになっている庭の草刈りをしていたんだが。
「……」
「……」
屋敷の裏手で全身をローブで隠し、フードも目深に被って顔を隠している不審人物と相対していた。向こうの表情は見えないが、明らかにこちらを警戒しているような気配だ。対する俺も最近作ったミスリルの草刈り鎌+9を片手に警戒中である。
「……じゃきーん」
「……!」
徐にインベントリからバリカンを取り出して見せると、ローブ野郎はあからさまに動揺した。ジャキンジャキンと音を鳴らしてみせると、小刻みに震え始める。この反応でおわかりだろう。
「……お前こんなとこで何やってんの?」
「……」
ローブ野郎はプルプルと震えるだけで何も言わない。どうやら相当参っているらしい。
「あー……冬毛とかに生え変わらないのか?」
「冬毛を刈られたんだよ……」
「えーと、夏毛は……?」
「春先だ……」
「……頑張れ」
今は冬前だ。これからもう半月もすれば冬到来といった感じで、それから一ヶ月から二ヶ月くらいは冬、春になるまで半年はないが、まだ三ヶ月以上はある。目の前のローブ野郎――キュービはそれまでずっと全身の毛を刈られた状態で過ごさなくてはならないらしい。
「で、何でこんなところに?」
「……内装を整えに来た職人がいるだろ」
「ああ、なるほど。見られないようにってことか……まぁ、俺は草を刈ったら行くから気にするな」
「……」
俺の言葉に何も答えず、キュービは隅っこの目立たないところでじっとしていることにしたようだった。え? 一人で行動してキュービに接触するというか、帝国の大使館に訪れるのは迂闊じゃないかって? 大丈夫大丈夫。ほら、屋根のところにハーピィさんがいるから。あっちの木にもいるな。あと上空にも旋回してる。監視体制は万全さ。ははは。