第242話~執行~
「綺麗に刈るよりも雑にあちこち虫食いにしたほうが良いかな?」
「それも嫌であるが、吾輩なら丸坊主にされる方が嫌なのである」
「レオナールの意見を採用しよう」
方針が決まったので、仰向けに転がって腹を見せていたキュービの上半身の服をインベントリ内に収納し、上半身を裸にしてやる。
「えっ」
その光景を見たキリーロヴィチが驚いた声を上げている。目に見えてさえいれば他人が身につけているものだろうと俺はインベントリに入れられる。射程は長くないけど対人戦闘には役立ちそうだよな、これ。使うような事態に陥るかどうかはわからんけど。
「まずは我々が本気だということを見せてやろう」
「ん」
シルフィの宣言にアイラが頷き、ジャキンジャキンとバリカンを鳴らす。抵抗したら即座に殺すというシルフィの言葉があったせいか、キュービは無抵抗で胴体の毛を刈られた。
「ちゃんと獣人の男にも乳首はあるんだな」
「当たり前である……」
ちなみに、獣寄りの外見をしているキュービだが、乳首の数は二つであった。まぁ、獣寄りの外見をしている獣人の女性も複乳ではなかったので当然といえば当然か。キュービのような獣人もベースは人間なのだなぁと感慨深く思う。
「さて、とりあえずはこんなものか……さぁ話せ」
「はい……」
胴体の毛をごっそりと刈られたキュービのテンションが今まで見たことがないくらいに最低だ。耳もパタンと伏せられており、尻尾もだらりと下がって……いや、若干股の間に入っているような気がする。何より目が死んでるな。
ちなみにキリーロヴィチは随分前から沈黙して目を伏せている。せめて見ないでやろうというのが彼の考えであるらしい。目の前で自国民がこのような扱いを受けて黙ってはいられない! というような向こう見ずな正義感が彼に無くて良かったな。もしそんなことを言って暴れ始めたら俺とレオナール卿はともかく、シルフィ達が何をしていたかわからん。
いや、流石に外交特使に手を出すのはマズいから止めるけどね。
「まず、俺はそもそもヴァリャーグ帝国の密偵だったんだ。だいたい十年くらい前にヴァリャーグ帝国から聖王国の属国になっていたメリナード王国に送り込まれた。目的は情報収集と後方撹乱だ」
「それで吾輩達の叛乱に協力したのであるな」
「そうだ。だが三年前――メリナード王国で叛乱を起こした直後に本国から別の指令を受け取った。最優先指令だ。それがコースケに関するものだった」
キュービの発言に首を傾げる。三年前なんて、まだ俺がこの世界に来るずっと前の話だ。その時点で俺がこの世界に来ることを予測することなんて……ああいや、この世界にはあるのか。
「神託とか予言の類か?」
「神や精霊の言葉を受け取ることができるのは聖王国の聖女や黒き森のエルフだけじゃない。ヴァリャーグ帝国にも聖女や巫女はいるってこった」
なるほど、とキュービの言葉に納得する。
「具体的な神託の内容は俺には伝えられなかったが、俺への指示は単純明快なものだった。黒き森のエルフの元に現れる稀人をメリネスブルグの牢にぶちこめば良い。ただ、力をできるだけ削いだ上でという条件があった。それが思いの外大変で苦労する……と思ったんだが」
「それでコースケのインベントリの中身を吐き出させたんだな」
「ああ。まさかあんな簡単に行くとは思ってなかったから、少し拍子抜けだった」
「コースケ、言われているのである」
「ほっとけ」
貯めに貯め込んだ生もの以外の物資を全部放り出したらどうなるかちょっと見たかっただけだったんだよ。まさか直後にぶん殴られて絞め落とされて拉致されるとは思わなかったわ。あの頃はキュービを仲間だと思ってたしな……あ、なんか怒りのボルテージがまた上がってきた。こいつの毛を刈るだけじゃなくぶん殴りたくなってきた。
「帝国の密偵だったとすれば逃げた時の転移の魔道具にも納得は行くが……しかし、お前の動きは明らかに聖王国と内通しているものだった。逃走経路に関しても不自然だ。帝国の密偵で獣人のお前が聖王国の方向に逃げるというのは……いや、なるほど」
「聖王国にも当然密偵や内通者がいるわけですね。しかし、デッカード大司教やカテリーナ高司祭にもそれとなく探りを入れてみましたが、あなたのことは何も知らないようでしたが?」
「その二人は懐古派の重鎮だろう? 俺が頼ったのは主流派のお偉いさんだからな」
「主流派も一枚岩じゃないってことか」
「そういうこった」
「なるほどなのであるな。しかし、結果として聖王国は東に帝国、西に我々という敵を作ることになったのである。その聖王国の内通者の狙いがわからんのであるな」
「それは確かに。しかも主流派ってのがわけがわからん」
懐古派ならまだ動機があるかもしれないが、主流派というのは言い換えれば亜人弾圧派だ。メリナード王国がかつての姿を取り戻すのを良しとするのはなんだか辻褄が合わない。
「主流派の中にも色々いるってことなんだろう。俺は詳しくは知ら――」
ジャキンジャキン、とアイラが無言でバリカンを鳴らした。
「次は頭と尻尾、どっちがいい?」
「いや、知らないものは知らない――」
「尻尾にしましょう。獣人というのは尻尾を特に大事にするものですから」
メルティが笑顔でバリカンを高速でジャキジャキと言わせる。確かにここで知らないというのは考えにくいよなぁ?
「待て待て、仮に知っていたとしても知らなくて良いということもあるだろ! 断言しても良い! 知ったとしても得になることなんて何もないから!」
「それは遠回しに知っているということではないか?」
「知らんもんは知らん! 知ってたとしたら素直に話してる! 無理に話しても推測にしかならないし、俺の推測なんて聞いても雑音になるだけだろ!」
「お前の推測を聞かせてみろ。内容の是非については私達が判断する」
「ん、話す」
「本当に推測だからな! 間違ってても知らないぞ俺は!」
キュービは自分の尻尾を抱えながら話し始める。
「内通しているのは若干三十四歳で枢機卿の椅子に座った怪物、クローネ枢機卿だ。奴は熱心な教典主義者なんだよ」
「教典主義者?」
「アドル教の教典の内容を重んじてるってことだ」
「つまり、何かの切欠で今の主流派が重んじている教典の内容が過去に大きく改変されたものだと気付いた?」
「それで帝国と内通してあれこれしていると? 流石に無理筋じゃないか?」
「信仰の力というのは時に理屈を超えるものであるが……」
キュービとアイラの会話を聞いた俺とレオナール卿は互いに顔を見合わせて首を傾げる。もし仮にそうだとして、そのクローネ枢機卿とやらの狙いが全く見通せない。もし仮にそうだと言うなら、とっとと懐古派に鞍替えすれば良いんじゃないか? 主流派の中で密かに動くことに何か意味があるのか? わからん。
「だから推測でしかないし、かえって混乱するって言ったんだ……」
尻尾を守るように抱きしめているキュービが呟く。そんなに尻尾の毛を刈られるのが嫌なのか。
「まぁ、他にも聞きたいことは色々とあるが今すぐには思いつかんな……尻尾の毛を刈るのは許してやろう」
「……!」
キュービの目に希望の光が灯る。
「私達はな」
「……ん?」
ギィィィ……と恐ろしげな音を立てて応接室の扉が開く。いや、なんでそんな音が? さっき俺が入ってきた時はほぼ無音だったよな?
「だが、彼女達は許すかな?」
「「「ピヨォ……」」」
扉が開いた向こうには満面の笑みを浮かべるハーピィさん達がいた。全員が怖いくらいに同じ笑みを浮かべている。
「ヒェッ……」
「自分のやったことの重大さを身を持って知るといい」
「ギャアァァァッ!?」
雪崩込んできたハーピィさん達がキュービに殺到する。
凡そ一時間後、メリネスブルグ王城の城門に全身の毛を刈られた獣人の男が吊るされた。その首には『私は仲間を裏切りました』という木札が提げられていたという。なお、俺とキリーロヴィチの必死の説得によって首ではなく胴体に縄がかけられていたことをここに報告しておく。