第240話~ここで会ったが百年目~
「帝国からの使者ねぇ……どう思う?」
シルフィとの通信を終え、エレンに聞いてみる。通信を聞いていたエレンは既に難しげな表情をしていた。
「早すぎますね。メリナード王国の情勢が聖王国を挟んだ向こうにある帝国に伝わるには数ヶ月か、下手をすれば半年はかかる距離です。しかもそれだけの期間と距離を経由すると情報も不確かなものになるはずですから……」
「情報が向こうに伝わって、それを検討して使節団を編成し、そしてメリナード王国に向かわせるとなると……どう考えても計算が合わないよな」
解放軍がメリネスブルグを占拠して聖王国からの討伐軍を撃退してからまだ半年どころか一ヶ月ほどしか経っていない。アーリヒブルグを占拠してから、という話だとしても半年は経ってない筈だ。
「そうなりますね。ですが……」
「ですが?」
「帝国のすることは予想が付きませんから。一見無駄で無意味な行動に見えるものが後々の布石だったり、相手の意図を潰して失敗させた筈なのに、その失敗に見えた行動が後の布石になっていたりという感じで」
「なるほど。それはつまり現地に向かってその使者とやらと顔を合わせないことには始まらないと言うか、考えるだけ無駄ということだな?」
「そうなりますね」
よくわかった。で、だ。
「俺はグランデと一緒にメリネスブルグに戻ることになるけど……」
「私も一緒に戻ります……と言いたいですが、ダナン様だけにこちらを任せるわけにはいきませんから」
「アドル教側のまとめ役も必要だものな」
「はい。私達はこちらに残ります」
エレンがそう言いながらアマーリエさん達の方に視線を向けると、アマーリエさんとベルタさんも頷いた。
「妾はコースケを運べば良いんじゃな?」
「頼めるか?」
「うむ、造作も無いぞ。すぐに飛ぶか?」
「いや、ダナンに一言断ってからにする。というか今すぐ飛んでいったらダナン達が干上がる」
エアボードを使ってある程度の物資などは運んでいるが、俺が持っている量のほうが遥かに多い。グライゼブルグで活動している時に倉庫を作って物資の集積はしておいたが、ダナンに確認をしておいたほうが良いだろう。
「そうしてください。国内平定の為に動いている私達が資金難や食糧難で立ち往生なんて笑い話にもなりません」
☆★☆
ダナンとの話し合いを終え、いくつか新しく建てた倉庫に食料武器矢玉弾薬その他の補給物資をぶちこみ、事務方に宝石の原石やミスリルなどの換金性の高い物資や現金などの活動資金を渡した俺はグランデと共にメリネスブルグへと飛んだ。ザミル女史もついてこようとしたが、エレン達の護衛に残ってもらった。あっちに戻れば警護の手に関してはいくらでもあるしな。
しかしエアボードもなかなかに足が早い乗り物だが、流石に空を飛ぶグランデとは勝負にならないな。あらゆる地形を無視し、高速で飛行するわけだからな。
そのうち飛行機めいたものも作ってみたいなぁ。風魔法を使った推進装置はあるんだから、あとは浮力をどう確保するかだよなぁ。やっぱり魔法的な手段を用いるのがベターだとは思うんだけど。
うーむ、やはりここはファンタジーの定番、飛空艇の開発に着手すべきだろうか? 俺のクラフト能力では流石に大きな飛空艇は作れないと思うんだよなぁ……大型の乗り物を作るための専用作業台のようなものの開発を目指すべきか?
などと考えている間にメリネスブルグが見えてきた。え? 使者については考えないのかって? エレンをして考えるだけ無駄と言わしめる連中のことに関して俺が考えても仕方ないよね。俺が帝国について知っていることなんて、聖王国と戦争をしている多種族国家だってくらいのことだし。
ぶっちゃけ聖王国を通っても片道数ヶ月の国なんて遠すぎて興味も沸かなかったよ。
「コースケ、降りるぞ」
「わかった。気をつけてな」
「うむ、任せておけ」
グランデが降下を開始する。うーん、降下する時のこの内臓がゾワゾワする感じは本当に慣れないな。目的地に着いてから急降下するんじゃなく、目的地に向かって徐々に高度を下げていけばこうはならないんだろうな。今度グランデに提案してみよう。
グランデが着陸したのはメリネスブルグの王城の中庭だ。誰にも咎められることがなかったのは飛んできたのがグランデだとわかっていたからだろう。今後のことを考えると防空体制も整えたほうが良いかな? 流石にまだ早いか? 一応対空機銃や機関砲の開発だけは進めておくとしよう。やんわりと研究開発部にも提案しておこうかな。
「ありがとうな、グランデ」
「これくらいなんでもない。だが何かくれるなら貰ってやらんでもないのじゃ」
「何が良いかな? よし、これだ」
エルフの蜜酒を作る際に使う花蜜を練り込んだ飴玉をグランデの小さな口に放り込む。こら、バリボリと音を立てて齧るんじゃない。
「歯ごたえが良いの」
「食うものじゃないから。お口の中でコロコロと転がして舐めるものだから、それ」
「もう一個」
「はいはい」
あーんと口を開けてくるので、もう一つ放り込んでやる。だからバリボリと食うなって言ってんだろォン? と、シルフィが居るであろう執務室に向かいながらグランデとじゃれていると、曲がり角の先からメルティが現れた。
「ヒェッ……」
「ひぅ……」
物凄い笑顔だった。笑顔なんだが、闘気というか怒気が溢れ出している。え? え? ナンデ!? メルティ怒ってるのナンデ!? 俺もグランデも悪いことはしてないぞ!? ぼくたちわるいこじゃないよ!
「よくもどってきてくださいました」
「お、おう……その、どうした?」
「ついてきていただければわかるかと」
メルティの張り付いたような笑顔が怖い。こころなしか話す言葉すらいつもと雰囲気が違う。なんというか、棒読み? 何かを必死に堪えているのがよくわかる。怯えたグランデが俺の背中に隠れて必死に俺の胴体にしがみついている。尻尾まで俺の足に絡みつけている。怖いのはわかるが、俺も動けないから放して。
怯えるグランデを引きずりながら怒気の溢れ出ているメルティの後ろをついていく。向かっている先は応接間のようだが……行く手を歩く人々が顔を引きつらせて壁に張り付いたり、急に引き返したり、手近な部屋に避難したりするのを何度も目撃することになった。そして何をやったんですか? みたいな顔を向けてくる。俺は何もしてないから。無実だから。だからその可哀想なものを見る目をやめろ。無事を祈ってくれるのは嬉しいけど、なんだか釈然としない。俺は悪くねぇ! 俺は無実だ!
「こちらです」
にこぉ……という笑みを浮かべたままメルティが扉をノックすると、中からシルフィの「入れ」という声が聞こえた。いつものシルフィの声じゃない。滅茶苦茶剣呑な雰囲気の漂う低い声である。
え? マジでなんなの? メルティが「失礼します」と室内に声をかけてから扉を開き、俺に例の笑顔を見せたまま中に入るように促す。すごく怖いので入りたくないが、ここで逃げたら後が怖いので覚悟を決めて入る。
そして応接室の中に入り、その中にいたうちの一人を見た俺はショートカットからポンプ式のショットガンを取り出し、素早くポンプアクションを行って薬室に初弾を装填した。
「ここで会ったが百年目、ってやつだな」
忘れもしないぞ。そのツラは。
「おおっと、今の俺はヴァリャーグ帝国の使節団の正式な一員だ。そいつの威力は知ってるが、そいつを向けるのは色々と問題があるぞ」
銃口を向ける前にそう言われ、手を止める。俺にそう言って両手を上げ、笑みを浮かべているのは言葉そのままの意味でキツネ顔のクソ野郎であった。
メルティやシルフィが怒気を発している理由がこの上なくよくわかった。シルフィやクソ狐に先に目が行って気づかなかったが、この応接室にはアイラやレオナール卿もいた。どちらも表面上は平静や無表情を装っているが、抑えきれない怒気や敵意が滲み出している。
「久しぶりだな、コースケ。元気そうで何よりだ」
「どの面下げて言ってやがる、このクソ狐が」
俺達の敵意や怒気を一身に受けてなお笑みを浮かべるクソ狐――キュービに俺はそう吐き捨てた。