第239話~急報来たりて~
ゴーレム通信機を使ってグライゼブルグのダナン達に暴食バッタの駆除完了報告をして二日ほどの時間が過ぎた。なんでもグライゼブルグから移動するために色々と準備が必要だそうで、即出発とは行かないらしい。
こちらで暴食バッタを殲滅したその日のうちに宿舎などの建設も終えていた俺とグランデはキュレオンの町で待ちぼうけである。ササっとグライゼブルグに戻ることも考えたのだが、キュレオンの町は元々グライゼブルグの次に訪れる予定だった場所である。
グライゼブルグに戻ってもまた来ることになるので、戻るのも無駄が多い。そういうわけで、俺とグランデは二人きりで昼寝をしたり、散歩をしたり、キュレオンの街に出かけたり、夜はイチャイチャしたりしてダナンやエレン達の到着を待っているのだった。
「うーん、優雅」
「暖かくて最高じゃの」
グランデが日向ぼっこをしたいと言うので、高床式宿泊施設を少し拡張してかなり広めのサンルームを作ってみたのだが、これが予想以上に温かい。もうじき冬になるというのに、このサンルームの中は初夏のような暖かさである。試行錯誤の結果、サンルームのガラスを二重構造にすることによって断熱性が飛躍的に向上したのだ。
「というか、日に焼けそう」
暑いので俺はパンツ一丁である。隣で日向ぼっこしているグランデに至っては全裸だ。流石にこんな明るいうちから全裸はいかがなものかと思ったが、ここは高床式宿泊施設のサンルームなので、空でも飛ばない限りは誰かに見られることは無い。そもそもキュレオンの町の外なので、人がいない。何の問題もなかった。
「人間の肌は脆いのう」
そう言ってグランデがごっつい爪で俺の胸板をちょんちょんとつついてくる。やめなさい、チクチクするから。
「日焼け止めでも塗るかな」
「ひやけどめ?」
「日に焼けてヒリヒリしたりするのを押さえる薬だ」
サンルームを作ろうとなった時に予め作っておいたのだ。グランデの日向ぼっこに付き合うことになるのは予測できていたからな。いくつかの薬草を原料として調合作業台で作っておいたのだ。
「とろりとしておるの」
「肌に塗る薬だからな。これを満遍なく全身に塗る……うぉっ、つめてぇ」
ジェルというか油のような質感の日焼け止めを塗る。しかし背中には塗りづらいな。こちらを見ているグランデにちらりと視線を向ける。
「塗るのを試しても良いが、その柔肌が爪痕だらけになると思うぞ」
「ですよね」
頑張って自分で全部塗った。
「次は妾じゃな」
「塗るのか?」
「折角じゃからな。ほれ」
そう言ってグランデが両手を広げる。グランデは肘から先、膝から先はごっついドラゴンみたいな手足になっているが、それ以外は人間と殆ど同じだ。しかも今のグランデは全裸である。フルオープンである。
「俺が?」
「そりゃそうじゃろ。妾の手では塗れんし」
「そうだな」
シミひとつ無いグランデの綺麗な肌に日焼け止めを垂らし、手で塗り込んでいく。
「んっ……ひゃっこいの」
「最初だけだ」
「そうじゃの。ほれ、今更遠慮する間柄でもなかろ? 丹念に頼むぞ」
「……」
俺に日焼け止めを塗らせながらグランデがニヤニヤとした笑みを浮かべる。なんだ? 挑発してるのか? それならこっちにも考えが――。
「コースケ? こちらで――」
その時がちゃり、と音を立てて扉が開き、エレンがサンルームに顔を覗かせた。彼女の視線の先には全裸のグランデと、彼女の裸体に得体の知れないヌルヌルとした液体をグランデに塗りたくっている俺の姿。俺、パンツ一丁。ちなみに僕は健全な男性です。つまりね? まぁそういうことで。
「……あらあら」
「……まぁ」
「……ふぅん」
エレンが貼り付けたような笑顔で、その後ろから顔を覗かせたアマーリエさんとベルタさんもそれぞれ同じような笑顔を俺に向けてくる。さて、どうしたものか。
「……三人も一緒に日向ぼっこは如何かな?」
「そして私達三人もその卑猥な粘液塗れにするんですか? この変態」
「健全な反応をしているだけだ。というか、俺とグランデはそういう関係なわけだし、これで責められるのはなんだか釈然としないぞ?」
俺とて言われてばかりではない。この程度のことで狼狽えるほど経験不足でもない。
「そうじゃな。お主らも羨ましいなら混ざれば良いではないか」
「なっ……!?」
俺の反論とグランデの援護射撃が予想外だったのか、エレンが顔を赤くして仰け反る。しかしグッと堪えて持ち直した。
「慎みというものを持つべきです。明るいうちからそのような卑猥な――」
「産めよ増えよ地に満ちよとお主らの教典にも書いてあるではないか。それに伴侶と情愛を育むのに昼も夜もあるまいて」
「ぐっ……!?」
実は暇を持て余しているグランデは結構な読書家である。アイラやメルティから本を借りて色々と読み漁っていたりする。特に読む本の傾向は選ばない雑食性のようだったが、どうやらその食指はアドル教の教典にも伸びていたらしい。
「う、うーん……ちょっと恥ずかしいけれど」
「まぁ、折角だし」
旗色の悪さを感じたのか、アマーリエさんとベルタさんがそう言いながらリビングの方へと退いていった。向こうで脱いでくるらしい。
「う……うぅーーっ!」
エレンも顔を赤くしながらサンルームから退散していった。ふっ、勝ったな。
☆★☆
「朝から疲れた表情だな」
俺は一人。相手は四人。一人は体力オバケで、他三人は回復の奇跡の使い手。疲れるのも当たり前であった。だが、俺は後悔していない。俺は開き直ることにしたのだ。
「ははは……色々あってな」
翌朝。宿舎区画に作った会議室で俺はダナンと会っていた。昨日は到着直後に俺はエレン達も含めて宿泊施設に籠もってしまった。それによって何か迷惑をかけたんじゃないかと心配していたのだが。
「まぁ、そこに深入りするつもりはない……ところで色々と助かった。礼を言っておく」
「宿舎の件か? それなら――」
「いや、キュレオンの街の件だ。キュレオンの街は元々グライゼブルグに同調していて我々に対してあまり好意的では無さそうな感じだったんだが、昨日接触してみたらそれはもう全面降伏といった感じでな」
「全面降伏?」
聞き返した俺にダナンは重々しく頷いた。
「うむ。グラットナスグラスホッパーの群れを一撃で仕留めて、その上瞬く間にあんな施設――つまりこの宿舎群を作り上げるような新生メリナード王国と解放軍に敵対なんてできるはずがないとさ。コースケとグランデが力を見せつけてくれたお陰で最初から従順で色々と捗っている」
「なるほど。まぁ当初の目論見通りかな?」
俺とエレンを伴った今回の遠征は新生メリナード王国の威信を高め、国内の平定を進めるための布石である。キュレオンの街と一戦交えずに支配下に組み入れることができた今回の件は結果としては上々であったと言えるだろう。
「そうだな。今回のバッタ騒ぎは予想外のハプニングだったが、結果的には新生メリナード王国の評判を高めることになるだろう。実際に手を下したのはコースケとグランデのたった二人だが、新生メリナード王国は必要とあらばその二人を迅速に目標へと投入することができるのだとキュレオンの街は認識したわけだ」
「そしてそれは噂となって方々に散っていくと」
「そういうことだな。遠くに行くにつれて情報の精度は落ちるだろうが、その情報は新生メリナード王国の威信を高める。そして恭順する街や村が更に増えるわけだ」
「なるほどな。じゃあ更に追討ちをかけていくとしますかね」
「そうしてくれ」
☆★☆
キュレオンの町は完全に新生メリナード王国に恭順する形となった。まぁ、メリナード王国領に関しては俺達だけでなく各方面で平定を進めているので、全ての都市や町が新生メリナード王国に従うことになるだろう、というのは既定路線である。
既にアーリヒブルグ以南のメリナード王国南部はとうの昔に解放軍が勢力下に置いているし、以北に関してもメリネスブルグまでの進行ルート上にあった砦などは軒並み壊滅させ、街も全て落としていた。
その上でメリネスブルグに駐屯していた聖王国軍を全滅させ、聖王国本国から派遣されてきた討伐軍も壊滅させた。事実上、軍事的な意味でメリナード王国内には解放軍に対抗できる勢力は存在しない。聖王国軍の残党はいないでもないが、こちらには遠征軍を率いていた将軍だかなんだかが発行した撤退命令書がある。
従わないなら従わないで討滅するまでだ……となれば、彼らも大半は降伏の道を選ぶ。たまに降伏するくらいなら玉砕するのみ、と戦いを仕掛けてくる連中もいるだろうが、そういう連中はグライゼブルグの某司祭だか司教だかと同じ運命を辿ることになる。
「人族は面倒臭いのう」
「仕方がないだろう。好きな時に獲物を狩って、どこでも自由に寝床を作って生活できるドラゴンとは違うんだ。人族は一人じゃ弱いから、集まって力を合わせる。そうすると派閥ができる。派閥が複数できれば利害関係が生まれて争いが起こるんだよ」
「全員が一つの集団として纏まればいいんじゃろうがの」
「なかなかそう上手くは行かないだろうな。結局はその集団のトップになりたい人間が集団内に複数出てきて、派閥を形成するんだろうし」
「面倒臭いのう」
心底面倒臭い、といった様子でグランデが大きなため息を吐いた。
「稀人とドラゴンが人族の社会体制について議論しているというのはなかなかにシュールな光景ですね」
「お伽噺に出てくる存在の中でもトップクラスの人気を誇りますものね、稀人とドラゴンは」
「この光景を絵本にしても人気は出そうにないけれど」
厚手の絨毯の上に並んで寝そべっている俺とグランデを見ながらエレン達が好き放題に言っている。キュレオンの町でやることも大方終わったからゆっくりとくつろいでいるだけなんだけどな。
ここ数日、色々な意味で奔放なグランデと一緒に過ごした影響か、エレン達からはなんとなくだが固さのようなものが取れたようだ。前は朝でも昼でも夜でもピシっと僧衣を着込んでいたのだが、今はだいぶラフな格好でテーブルに着いて寛いでいる。流石に絨毯に寝っ転がるような真似はしないようだが。
「床に寝っ転がるなんてお行儀が悪いです」
「文化の違いだな。俺の住んでいた国では基本的に家の中では靴を脱いで、敷物を敷いた床の上に座ったり、寝転んだりするのが普通だったんだ」
「良い文化じゃな。妾にはコースケの国の流儀のほうが合っておる」
翼を器用に畳んだグランデがごろんと転がって俺にピッタリとくっついてくる。グランデは尻尾もあるし、元々が元々だからかあまり椅子に座るのを好まない。そんなグランデにはこの日本式の寛ぎ方が大層肌に合うようであった。
そんな風に身を寄せあっていちゃいちゃする俺とグランデが羨ましくなったのか、エレンが靴を脱いで絨毯の上に上がってきた。そして徐に俺の背中側に寝っ転がってピッタリとくっついてくる。
「行儀が悪いのではなかったか?」
「むぅ……良いんです」
僕は背中が大変幸せで結構です。文句などあろうはずもない。
そんな感じで昼間は働き、日が落ち始めたらこの高床式宿泊施設に戻ってきて寛ぐという大変優雅な生活を送っていると、メリネスブルグのシルフィから連絡があった。
帝国の使者がメリネスブルグに来たので、戻ってきてほしいと。