第235話~余波~
遅れました。
寝坊したんです……ユルシテ!_(:3」∠)_
グライゼブルグの平定はその後もつつがなく進行し、それに伴ってグライゼブルグ周辺の町や村なども恭順の意を示してきた。この地方でもっとも堅固な防御能力を持つグライゼブルグがたったの一日で陥落させられたという話が商人などを通じてあっという間に広がったのだ。
『あのグライゼブルグが一日で落とされるならうちなどひとたまりもない』
とでも思ったのだろうか? 周辺の町や村から来る領主や使者はそれはもう平身低頭といった様子でダナンのご機嫌を伺いに来たというわけだ。
そうすると、ダナンだけではなくアドル教の聖女までいる。それに、今まで聞いたこともない聖者だか神の使徒なんてのもいる。そして今まで奴隷扱いされて日陰者扱いされていた亜人達が大手を振って闊歩している。解放軍というか、新生メリナード王国の統治下に入ったのだから当たり前なのだが。
で、その様子を見た使者の反応は大きく二つに分かれるわけだ。
『古き良きメリナード王国が帰ってくるのだ!』
と喜び勇んで今後のスケジュールや、これからどのような法が制定されて亜人の扱いはどうなるのか、と鼻息を荒くするのは旧メリナード王国の思想を密かに踏襲してきた親亜人派の村や町の使者。
『これはまずい。一刻も早く体制を整えねば』
と青い顔をしてあまり目立たないように最低限の挨拶だけをしてそそくさと帰っていくのが親聖王国派の村や町の連中というわけだ。そういった反応をする連中は鼻の良い獣人系の亜人達にはバレバレであるらしい。なんでも怯えた匂いがするとか、追い詰められた獲物の匂いがするとか言っていた。冷や汗の匂いでも感知するのだろうか?
「まぁ、そんなものだな。人間というか、大抵の生き物というものはその時の感情などが自然と匂いに現れるものだ」
使者との面会を終えたダナンがそう言って肩を竦める。今日のダナンは鎧姿ではなく、なかなかに壮麗な軍服のようなものを着込んでおり、これがなかなかどうして様になっていた。元近衛兵ということは、彼もまた旧メリナード王国に於いてはエリート中のエリートであったわけで、細かな所作なども気品が漂っているように見える。初めてエルフの里で会った時なんて粗末なズボンとシャツだけなのに威圧感が凄かったから、山賊の親分か何かに見えたものだけどな。見た目ってのは大事だよな。
「そういうものか。ちなみに、俺はどんな感じなんだ?」
「甘ったるい匂いが混じり合ってるな」
「甘ったるい……?」
自分の匂いを嗅いでみるが、俺の嗅覚にはそういったものは全く感じられない。やはり亜人の語感の鋭さは凄いものだな。しかし、甘ったるいというのは――。
「もしかして、エレン達か」
「そういうことだな。まぁ、お前はいつもそんな感じだが」
「まぁ……ウン」
今はエレン達のうちの誰かと毎日のようにベッドを共にしているし、そうする前はシルフィやアイラやハーピィさん達、それにメルティやグランデと毎晩そうなっていたわけで……うん?
「えっ。ということは俺、今までいつも亜人の皆さんに『あいつお盛んだな……』とか思われてたってこと?」
「そうだな。事実だろう?」
「それは、まぁ、その通りだけども……」
それでもそういう、なんだ。情事の気配をプンプンさせながら歩いているとか、ちょっとした歩く猥褻物じゃないか?
「気にするな。慣れたものだからな。というか、自分自身がそういう立場になってもどうしようもないから、あまり気にしないんだ」
「そうか……いちいち気にしていたらキリがないというわけだな」
「そういうことだ。一目瞭然だからな。見ているわけじゃないが……話が逸れているぞ」
「そうだった。それで、今後の動きはどうするんだ?」
「怪しい動きをした連中の町や村を優先的に実効支配する。この期に及んで大規模な反抗が起こるとは考えにくいが、もたもたしているとると何か不埒な真似をしでかしかねんからな」
「そして周辺の制圧が終わったら次の都市に向かうわけか」
「そうなるな。まぁ、次第に楽になっていくだろうが」
「そうなのか?」
「そうなって貰わねば困る。そのためにお前と聖女は人気取りをしているんだろうが?」
「それもそうか」
俺はダナンの言葉に素直に頷いた。確かにそういった効果を期待して俺はわざわざ姿を晒し大体的に神の使者を演じているわけだからな。いや、演じていると言うか、そのものの可能性が今のところ高いのだけれども。
と、話をしていると、俺とダナンが話をしていた会議室に解放軍の兵士が息せき切って駆け込んできた。どうやら何かただならぬ事態が起こったようである。
「どうした?」
「キュレオンの町から救難要請が来ました! 魔物の繁殖暴走です!」
「繁殖暴走?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げる。まぁ、言葉の感じからなんとなく想像はつくけども。
「エルフの里にギズマが押しかけてきただろう? アレと同じだ」
「ああ、なるほどね。一体どんな魔物が?」
「グラットナスグラスホッパーです」
「ぐらっとなすぐらすほっぱー……暴食バッタ? また虫か」
しかも今度は飛んだり跳ねたりしそうなやつである。もう名前からして厄介な感じがプンプンするな。
「そんなところだ。えらく悪食な奴らでな。空腹だと草や作物どころか木や動物、食えるものならなんでも食う。普通は繁殖暴走なんて起こさないように定期的に駆除するんだが……」
「それがされてなかったと」
「解放軍対策で駆除をサボったか、単に能力不足だったのか……聖王国の支配下では冒険者の数も質も落ちているようだったから、間引きされずに数が増えたんだろう……さて、どうしたものか」
「マズいのか」
「マズい。非常にマズい。数が多い上に奴らは飛ぶ。作物を優先して貪るから、大飢饉に発展しかねん。規模は調査しないとわからんが、一箇所に密集しているわけでもないだろうからハーピィの爆撃で解決するものでもない。そもそも奴らは結構飛ぶから低空飛行をするとハーピィも危ない」
「そりゃまずそうだな。飢饉に関しては俺が死ぬほど頑張ればなんとかなると思うけど」
食料生産力には自信があります! ひたすら畑を作ることになるだろうから、俺の腕と腰は死ぬけどな!
「それはそうかもしれんが、メリナード王国としてもどうにもなりませんというわけにはいかんだろう。沽券に関わる。まぁ、今回の件で聖王国の面子は丸潰れだから、ここで我々が上手くことを収めれば評判は大きく上がるだろうが……」
ダナンが難しい顔をして考え込んでいる。大量に軽機関銃を配置すればワンチャンあるかもしれんが、弾薬消費量がどんなことになるか想像するだけで頭が痛い。となると、だ。
「ここは鬼札を切るしか無いな」
「鬼札?」
何をするつもりだ? という顔でダナンが俺を見る。環境破壊を引き起こすことは目に見えているが、どうせ食い荒らされるならどっちにしろ同じことだろう。他に使い途も見当たらないし、こういう事態に使用することもある程度想定していたブツだし、ここで使うのが良いんじゃないかな。