第234話~結局どこでもやることは変わらないというアレ~
「一昨日は治療、昨日は炊き出し、そして今日は土木作業か」
グライゼブルグを掌握して体制を整える間の時間を使って、できることは全部やっておけということなのだろう。俺が公衆の面前で力を振るえば振るうだけ俺の権威というか、神の使徒としての評判はどんどん上がっていくというわけだ。
本日行っているのはグライゼブルグ南西部にある掘っ立て小屋群の解体と、その代わりとなる集合住宅の建設である。半ば貧民街になりかけているそうで、とりあえずは不衛生で隙間風が入るってレベルじゃない掘っ立て小屋をまともな住宅にすることによって疫病の発生率くらいは下げようということらしい。実際のところどの程度効果があるのかはわからんが。
「おい、あれ……」
「噂の聖者様だか神の使徒様だかってやつか……何をしに来たんだ?」
多数の神官と衛兵を引き連れた俺を見て住人達がひそひそと不安げに話をしている。そんな中、俺に同行している衛兵隊の中隊長さんが声を張り上げた。
「これよりこの区画の違法建造物を全て取り壊し、使徒様が新しい住居を施してくださる! 我々に協力し、粛々と沙汰を受け入れるように!」
「ちょっ」
言ってることは間違っていないが、言い方というものがあるだろう。
「俺達の家を壊す気か!」
「ふざけんな!」
中隊長さんに向かってゴミや小石が降り注いでくる。
「人頭税も払っていないゴミどもが! 調子に乗るな!」
「やめろやめろ! 剣を抜くな剣を! 住民の皆さんもステイ! 落ち着け!」
中隊長殿を後ろから羽交い締めにして引き留め、住民の皆さんにもなんとか落ち着いてもらう。というか、ミスリル十字槍の流星を構えて殺気を漂わせたザミル女史を見て住民の皆さんは反骨心というものを霧散せしめられたようだった。ザミル女史もステイ。ステイだ。
「とりあえず論より証拠ってことでな。決して損はさせないから、協力して欲しい。今日寝る場所にも困る、ということにはならないと約束するし、もしそうなったら俺が宿を手配するから」
俺だけでなくアドル教の聖職者の皆様も説得に回ってくれたのが良かったのか、それとも流星を手に仁王立ちしているザミル女史が怖かったのか、とりあえずということで四件ほど連なった掘っ立て小屋の主が協力を申し出てくれたので家主と衛兵の皆さんとで家具を外に運び出してもらう。
「家具ってほどのものじゃないけどな」
自嘲気味にそう言うおじさんが運び出したきたのは粗末な棚や椅子、テーブルなどで、あとは細々とした食器のようなものとか水瓶のようなものとかそんな感じのものであった。他の掘っ立て小屋も同じような感じで、後は着替えが入っているらしい箱とかである。
「それじゃあまずはぶっ壊しますよー」
そう言って俺が取り出したのは光り輝くミスリルの伐採斧である。この辺の掘っ立て小屋は主に木材で作られているので、ツルハシよりもこちらが適しているというわけだ。
「随分立派な斧だけど……」
住人のおじさんはいくら立派な斧でもさして体格が良いわけでもない俺が一人で壊すとなると日が暮れるのでは無いか、とでも思っているのだろう。実際、俺以外には掘っ立て小屋を取り壊そうと動いている人員が一人もいないのだからおじさんの懸念も尤もである。
ただし、それは俺が普通の人間であればという前提の話だ。
「そぉいっ!」
ぶんっ、と勢いよく振られたミスリル伐採斧が一振りで掘っ立て小屋の約半分を消し飛ばす。どうやら掘っ立て小屋は耐久力が低いようで、一振りでごっそりとその姿を消してしまっていた。インベントリには木材や布が素材として入ったようである。
「俺は夢でも見てるのか……?」
目を擦りながら呟くおじさんをそのままに、俺はミスリル伐採斧を連続で振るって一分もかからずに四棟の掘っ立て小屋を破壊した。散らばった破片や家具の欠片はインベントリに収納して分解し、これもまた素材にする。
「整地整地っと」
本邦初公開のミスリルハンマーを使って微妙に凸凹している地面を叩いて広範囲を整地していく。一振りで広範囲を平らにした上に、建物を立てるに相応しい強固な地盤にしてくれるのが便利な一品だ。素材にはあまりならないが、構造物を破壊するのにも中々役に立つ。というか、立ちすぎる。
ちょっと前に試しに取り壊し予定の石造りの建物に振るってみたら一撃で跡形もなく粉砕されてしまった。しかも素材にもならなかった。正直、破壊目的でなければツルハシの方が百倍使いやすい。ただ、地面を叩くと広範囲を平らにできるので、建築の土台作りや街道の整備などには重宝しそうである。破壊性が滅茶苦茶強いので、もしかしたら武器としても使えるかもしれない。使う機会は無さそうだけど。
「そんじゃ建てまーす」
俺が建てるのは二階建て、一階二階四部屋ずつ、計八部屋の集合住宅である。隙間風も無く、一部屋辺り二人くらいまでなら問題なく住めると太鼓判を押されている物件で、アーリヒブルグやメリネスブルグでも作っている建造物だ。平屋の建物に比べて空間を上にも使っている分、土地面積あたりの住宅供給効率が良い。
「建てましたー。鍵とかは自分でつけてね」
「お、おう……俺はどの部屋を使えば良いんだ?」
「先住民四人で話し合って決めたらどうかな?」
俺の提案で取り壊した掘っ立て小屋四棟の主が集まって話し合いをする。結果、年配の二人が一階、中年の二人が二回の部屋に住むことになったようだった。
「今は大丈夫じゃが、そのうち階段の上り下りが辛くなるかもしれんからのう……」
「隙間風も無くて暖かそうな家じゃな。これから寒くなるからありがたいわい」
そんな事を言いながら年配の二人が衛兵によって家具が運び込まれるのを見守っている。
「こんな感じで建て替えるから、協力してくれるかな」
「「「わかりました!」」」
実際にどんな事が起こるのかを目の当たりにしてからは話が早かった。俺達が指示しなくても住人達は自律的に自分達の住処から荷物を運び出し、俺の作業を手伝ってくれる。隙間風の激しい木造の掘っ立て小屋から頑丈で綺麗な石造りの部屋に住居を変えることが出来るのなら、と非常に協力的であった。
「そういえばこれから寒くなるって?」
「はい。もう一ヶ月もしないうちに冬になりますので。雪はさほど降りませんが、気温が下がって風がかなり冷たくなりますね」
私には辛い季節です、と言ってザミル女史が溜息を吐く。ザミル女史は寒いのが苦手らしい。爬虫類だから、寒くなると体温が保てなくなって冬眠してしまうのだろうか?
「冬かぁ……」
今まで若干暑い日もあったが、あまり四季を感じるような出来事がなかったんだよな。季節なんて関係ねぇって感じの作物栽培を見ていたせいか、それともまだこちらの暦に馴染んでいないせいかね。俺がこっちに来てから結構経ってるし、俺がこっちの世界に来たのは冬が終わった直後とかだったのかもしれない。
「とにかく仕事を片付けてしまおう」
「そうですね」
ザミル女史がすることは俺の護衛なので直接何かをすることはないが、彼女のように見た目からして厳つい、わかりやすい護衛というのは非常に便利である。ギラギラと剣呑な輝きを放つ大身十字槍を担いだ眼光の鋭いリザードマンが睨みを効かせていたら俺に不埒なことをしようと考える輩などとっとと退散してしまうことだろう。下手に行動を起こせば槍の一撃で真っ二つ不可避である。
家具が運び出された掘っ立て小屋をミスリル伐採斧で破壊し、ミスリルハンマーで地面を均し、住居をポンと設置する。そんな作業を繰り返しているうちに掘っ立て小屋は一つも無くなり、二階建ての集合住宅が整然と並び立つ住宅街が出来上がった。
「余っている部屋はどうするんで?」
「その辺りは後で領主館から人が来て適当な差配をするだろう」
住人に質問された衛兵がそんな返事を返している。それだけでなく、今後の自分達の扱いがどうなるか、ということも気になっているのだろう。先程剣を抜きかけた短気な中隊長さんは人頭税も払っていないとかなんとか言っていたから、恐らくこの辺りに住む人々は税も払えないほど貧しい人々なのだ。新しく家を建て直してやればそれで万事解決、とはいかない。彼らがあのような掘っ立て小屋に住み、税も払えないような状況を作り出した最強の敵をどうにかしなければならない。
その敵とはつまり、貧困というやつである。
☆★☆
「難しい問題ですね」
「難しい問題だよな」
日中の仕事を終え、領主館でエレンと合流した俺は彼女と食卓を共にしながらお互いに今日あった出来事を報告しあっていた。
俺は短期的に問題を解決する能力には長けているが、この街の南東区画に住んでいた人々を救うというのはなかなかに難しい。そりゃ彼らに農地でも与えて畑を耕させれば解決する部分もあるのかも知れないが、農業というのはそんなに簡単なものではない。いや、俺が敷いた農地ブロックの上でやるならその限りではないかも知れないが、普通はそんなに簡単なものではないのだ。ただ地面を耕して種を撒けば解決というものではないのだから。
「とはいえ、コースケの評判を落とすわけにはいきませんから。コースケが新しい家を与えてくれたは良いものの、それが原因で最終的に家すら失うなんて結末を彼らに与えてしまうと、コースケが疫病神扱いされかねませんので」
「何かしら手を打つと?」
「そうなると思いますよ。実際に骨を折るのはメリナード王国側になるでしょうけど。無論、我々も出来る部分では協力しますけどね」
結局のところ、彼らにも何か稼げる仕事があれば良いわけだ。雇用の創出ねぇ……一朝一夕でどうにかなるものじゃないと思うが、何か上手くやるんだろうな。まぁ、聖王国の兵士や今まで奴隷扱いであった亜人との生活などまっぴら御免だという人達が聖王国に去っていくのだろうから、今後メリナード王国は人手不足に陥る可能性が高い。そうなれば自然と仕事も増える事だろう。そこにシルフィとメルティが手を入れていくというわけだな。
「俺は俺にできることをやるしかないか」
「そういうことですね。差し当たっては……」
「差し当たっては?」
聞き返すと、エレンは赤い目を俺から逸らしながら顔を赤くした。
「今日一日、コースケと離れ離れで頑張った私を労うというのはどうでしょうか」
「OK!」
そんな可愛く言われて断る男がいるだろうか? いや、いない。存分に甘やかしてみせましょうとも。
「明日は私の番ですね」
「じゃあ明後日は私で」