第229話~人質解放作戦~
グライゼブルグの制圧は速やかに終わ――らなかった。
「領主館に立て籠もり、ねぇ」
「はい。しかも一部の聖王国軍兵士や衛兵の伴侶や子供などを人質に取って立て篭もっているそうです」
例のエールヴィッヒとかいう亜人絶対排斥するマンがやらかしたのである。俺達新生メリナード王国軍――つまり解放軍が速やかに撤退するか、エールヴィッヒ司教とその一味を逃がすか、そのどちらかを要求しているわけだ。
要救助者と一緒に領主館に立て篭もっているので、当然ながら城壁のように砲撃で破壊するわけにも行かない。ちなみに、このグライゼブルグの領主館は館というよりは砦のような構造である。
水濠は張り巡らされてはいないが、石造りの見るからに堅固な構造物であり、門もまた木製のものを鉄か黒鉄か何かでガッチリと補強したものだ。丸太程度では打ち破るのも難しそうである。
少し前までエールヴィッヒとやらが領主館の屋上からありがたい御高説を垂れていたらしいが、俺やエレンが領主館の前に辿り着いたのはダナン率いる精鋭兵が領主館を除いたグライゼブルグ各所を制圧してからであったのでその内容を聞くことはできなかった。
「亜人は汚れた堕落の使者だとか、生まれながらに罪を背負った者だとか、言いたい放題でした」
俺を挟んでエレンの反対側に立っているピルナがそう言って肩を竦めながら『やれやれ』という感じのポーズを取る。意外とハーピィさんの翼って柔軟性が高いというか、人間の腕とそう変わらない動きができたりするんだよな。骨格がどうなっているのか気になる。
「どうしたもんかなぁ……まぁ制圧するんだけども」
「できるのですか?」
「いかようにでも。壁に穴を空けるもよし、地下を掘り進むもよし。問題はモタモタしてたら逃げられそうってことかな。領主の館ともなれば秘密の脱出路の一つや二つはあるかもしれないし」
「街の外まで続く脱出路ですか? 絶対に無いとは言いませんが、普通の地方都市の領主の館にあるようなものではありませんね」
俺の心配をザミル女史が否定してくれる。なるほど、そういうものか。まぁ、脱出路があるなら俺達の撤退か自分を逃がすかなんて要求はしてこないかな? その要求が囮って可能性もあるけど。
「手っ取り早く行こうか。突入するから、ダナンに突入部隊の編成をするように伝えてくれ。エレンとザミル女史は捕虜の衛兵隊の人間から領主館の構造について聞き出そう」
近くにいた解放軍の兵士にダナンへの伝言を頼み、俺はエレンとザミル女史を引き連れてグライゼブルグへの突入戦で捕虜になったグライゼブルグの衛兵が集められている場所へと向かう。
どうも伝え聞く話では衛兵隊は家族や恋人などをエールヴィッヒに人質に取られて無理やり従わされていた人が多いらしい。それでこの場を凌いだとしても、その後の関係性を考えれば悪手だと思うんだがなぁ……まぁ、エールヴィッヒは狂信的な主流派の司教だという話だし、どんな手を使ってでも亜人に背を向けて逃げたり屈服したりするのは御免だったということだろうか。
武具を取り上げられて軽く拘束されている衛兵達から領主館の構造を聞き集めて突入口をどこに空けるかの検討をダナンと一緒に行う。俺達がエールヴィッヒを捕まえるために領主館に突入するという話を聞いてやめるように懇願してくる者もいたが、なんとか説得して情報を得ることが出来た。
ついでにエールヴィッヒ側についている人間が捕虜になった衛兵や聖王国兵の中にいないかも聞いてみたが、残念ながら戦死していたようでエールヴィッヒ側の人間はいなかった。居ればもう少し詳しい情報を取れたかも知れないんだけどな。
「人質が囚われてるのは地下牢か、それとも屋上の階段に近い場所にある二階の部屋か。それが問題だ」
「どちらにせよ迅速に制圧してしまえばいい。人質も死にさえしなければなんとでもなるだろう?」
ダナンがそう言ってくる。そりゃそうだけどさぁ……もっとこう、人質の安全を考えるべきじゃないか? と言ったところこのままにしておく方が危ないと言われた。例の司教が癇癪を起こして人質を処刑しかねないと。
「では、私は陽動をしますので」
「くれぐれも気をつけろよ」
「それは私の台詞です。コースケこそくれぐれも気をつけてください。ここにはメリネスブルグの大聖堂のような聖域は無いのですから、バジリスクの毒など受けたらどうしようもありませんから。決して無茶をしないように」
「はい、気をつけます」
陽動をするというエレンを心配したら逆に心配されてしまった。まぁ、揺動とは言っても聖女という立場を使って精鋭兵に守られながらエールヴィッヒと舌戦をするって感じらしいから、確かに危険も何も無いんだろうけどさ。俺は逆に突入部隊と一緒に制圧に同行するつもりだから、俺の方が危ないのは確かではある。
今回の俺の装備は近距離専用のサブマシンガンを装備していく。前に遺跡探索の際に使っていたヤツだ。45口径の拳銃弾を使用するタイプで、サイレンサー付きの一品である。設計はかなり旧いが、生産性と信頼性が高いのが俺のお気に入りである。
いや、本音を言えばもっと近代的な銃を使いたいんだけどね? 生産性というか素材の問題がね? 今後はライム達からスライム素材を豊富に調達できるので、スライム素材からポリマー系の素材を作れるようになればまた色々と変わってくることになるだろう。加工技術も革新したいが、ゴーレム加工台以上となるとどうすればいいのか全く見当もつかないんだよな。何か抜本的な技術革新が必要な気がする。
装備を点検しているうちにダナンによる突入部隊の編成も終わったようなので、エレンが護衛とともに領主館の前まで進み出てエールヴィッヒ司教を出すように呼びかけを始める。同時に俺とダナンとザミル女史、それに少数精鋭の突入部隊が地下牢への入り口に近い壁と移動した。屋上からの監視の目はピルナ達ハーピィが低空飛行を繰り返すことによって空に釘付けである。
今回のプランはこうだ。
まず、エレンとハーピィの皆さんが正面と空からそれぞれ陽動を行って監視の目を緩める。その隙に突入部隊が領主館に忍び寄り、俺がミスリルつるはしで速やかに壁を破壊して突入。まず地下牢を制圧し、その後は速やかに人質を確保。牢番から地下牢にいない人質の情報を聞き出して人質を確保。確保が完了次第後続の部隊を突入させながら先行突入部隊がエールヴィッヒの身柄を押さえる。そして後続部隊とともに館内全域を制圧。
「俺がいると物理的な防壁は基本何の役にも立たないからなぁ」
「確かに防衛指揮官から見ると悪夢のような存在だな、コースケは」
俺を無力化するなら殺すか常に薬か何かで眠らせ続けるかするしかないだろうからな。どんなに厳重に拘束しても、拘束具である以上はインベントリに入れてしまえるし。ああいや、両手両足を切り落とすとか、収納できない壁とかに埋めちゃうとか、そういうことをされるとどうしようもなくなるか。自分で言っててちょっと怖くなる想像だけど。
「ここだ」
「了解。突入準備」
目的の場所に辿り着いた俺はショートカットからミスリルつるはしを呼び出し、その切っ先を領主館の壁に叩きつけた。カンッ、という軽い音と共に幅1m、高さ1m、奥行き1mの範囲の石壁が消失する。流石に奥行き1mも壁の厚さは無かったから、一撃で貫通したな。
「広げるぞ」
更にミスリルつるはしを振るって突入口を拡張し、行く手を阻みそうな棚や樽などをインベントリに回収する。どうやらここは物置部屋か何かであるようだ。サブマシンガンをショートカットから呼び出して領主館内に踏み込む。
先頭を行くザミル女史に続いて俺が二番手だ。これには最初ダナンが反対したが、俺の持つ武器の攻撃力と利便性を知っているザミル女史が俺を後押ししてくれたので、この隊列に決まった。ミスリル合金製の短槍を持ったザミル女史が地下への階段を降り、曲がり角で止まってその先を覗く。
「三人です」
「全部片付けようか?」
「手前の二人は私が片付けます。コースケ様は奥の一人を」
「了解。射線に入らないよう気をつけてくれよ」
ザミル女史がコクリと頷いて曲がり角から飛び出すのを見て俺もその後に続く。
「なっ――!?」
誰何しようとした牢番の横っ面にザミル女史の振るった短槍の柄がめり込み、牢番が力なく崩折れる。もう一人にはザミル女史の逞しい尻尾が襲いかかり、その足を払って転倒させた。その様子を見ながら俺は奥にいるもう一人の牢番にサブマシンガンを向ける。狙いは右肩だ。
カカカンッ、という甲高い音と共に発射された鉛の亜音速弾が奥の牢番の上半身、肩の辺りに着弾した。45口径の鉛玉は牢番の身体を守る革鎧を易々と貫通し、その運動エネルギーを余すことなく男の体内で放出する。
「ぐあぁっ!?」
銃撃を受けた男はもんどり打って仰向けに倒れ込んだ。一発は外れて奥の石壁に当たったようで、奥で砕けた石壁の欠片が床に落ちる音と、サブシンガンから排出された真鍮製の薬莢が石床を跳ねる音が地下牢に反響する。
「制圧してくれ」
ザミル女史が尻尾で転んだ牢番をストンピングで制圧するのを横目で見ながら後ろに控えている精鋭兵に奥で倒れ込んだ牢番の制圧を要請する。殺すだけなら追い打ちで更に撃てば良いけど、残念ながら屈強な男を制圧する作法は俺は弁えていないからな。こういうのはプロに任せるに限る。
俺は牢番達の対処をダナン達に任せ、牢に囚われている人質達の方に対処することにした。俺についてきたザミル女史を見て牢の中の人々が怯えた表情を見せる。
「俺達は新生メリナード王国の――つまり解放軍だ。この街を制圧するために来た。でも、あんた達に何か酷いことをするつもりはない。どちらかというと、あんた達を助けに来た」
俺の言葉に人質達は怯えながらも困惑した表情を見せる。この街を制圧しに来たのに自分達を助けに来たというのも確かに意味がわからんだろうな!
人質として囚えられていた人達は全員女性であった。小さい子供からご年配の方まで年齢はバラバラだが、いずれも衛兵や聖王国軍兵士の関係者であるらしい。
「とにかく、酷いことをするつもりはないってことだけわかってくれればいい。腹は減ってないか? 喉は渇いてないか? 具合の悪い人は?」
聞いて回ると何人か体調不良者がいたので、キュアディジーズポーションを処方しておく。不安そうだったので、俺が目の前で一口飲んで見せてから渡すと飲んでくれた。少し規定量より少なくなるが、まぁ死ぬような病気とかじゃない限り十分に効くだろう。
牢番と合わせて人質として囚えられている人々からも話を聞き、全ての人質がこの場にいることが確認できた。他の場所に分散されていたら厄介だったが、これは思わぬ幸運だな。
「人質の確保完了。後続部隊突入開始」
『了解、後続部隊に突入させます』
ゴーレム通信機で外で待機している後続部隊と連絡を取ってから再び地上に戻る。物置き前で後続部隊と合流したら本格的に制圧開始だ。まぁ、質と数でこちらが勝っているからここからどんでん返しが起こることはあるまい。
本日はもう一つの連載作品である最強宇宙船二巻の発売日!
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