第022話~シルフィの理不尽でもない暴力がふにゃちん野郎を襲う!~
演説を終えた後、幹部四人とシルフィ、俺、その他難民数人が集まってギズマに対する対策会議を開く事になった。新顔は四人、そのうち一人はつい先程見た顔である。
「ジャギラだ。メリナード王国軍で斥候を努めていた」
ジャギラと名乗ったのは先程最後に俺の首に奴隷の首輪をつけた大柄のネコ科女性である。猫というよりはヒョウとかジャガーっぽい印象の人だ。
「ピルナよ。所属はジャギラと同じ」
こちらは両腕が羽になっていて、小柄でスレンダーな女の子である。所謂ハーピィという種族だろうか。目つきが鋭いクールさんって感じである。
「ゲルダです。メリナード王国軍で重装歩兵として戦っていました」
ゲルダさんはなんとダナンと同じくらい大柄な女性である。何の耳かはわからないが、丸くてさほど大きくない獣耳がついてる。尻尾も見当たらない。クマ、かな? 少しおっとりした感じだが、腕っぷしは強そうだ。
「ウォーグだ。タントの街で衛兵隊の分隊を率いていた」
これはわかりやすい。ピンと立った獣耳とフサフサの尻尾を持っている犬か狼の獣人男性だ。ダナンやゲルダと見比べると小柄に見えるが、俺よりもデカイし体つきもがっしりしている。ジャギラがスピードタイプ、ゲルダがパワータイプならウォーグはバランスタイプってところだろうな。
「元兵士の皆さんのようだが……女性が多いんだな」
「人間と違って獣人の場合は男でも女でも身体能力にあまり差がないからな。種族的に女が多いというのもある」
「なるほど」
あとは男が優先的に身を投げだしてオミット大荒野をなんとか抜けたって話だったか。エルフが全く居ないのは……多分一人残らず捕らえられたんだろうな。獣人なんかとは比べ物にならないくらい『需要』があるって話だし。
「では、具体的な防衛プランを練っていこうと思うが……その前にコースケ、あれを出せ」
「アレか。了解」
俺はインベントリから三台のクロスボウと専用のボルトを十二本取り出し、皆の着いているテーブルの上に置いた。
「これは、弓か? 見たことのない形だが」
「クロスボウというらしい。コースケ、実際に使って見せてやってくれ」
「あいよ」
俺は少し離れた場所に丸太を置き、修復済みの鉄の兜と鎧を被せて距離を取る。20mくらいだろうか。そしてクロスボウの先端部分に付いている金属製の輪に脚をかけ、背筋力で弦を引き、ボルトをセットする。
「これで発射準備は完了だ。あとは狙いをつけて、このトリガーを引いたら発射される」
クロスボウの各機構を簡単に説明し、狙いをつけてボルトを発射する。ビシッ、という鋭い音と共に発射されたクロスボウボルトは狙い違わず鉄の鎧の土手っ腹に命中し、装甲を易々と貫いて丸太に深く突き刺さった。
「威力は見ての通り。連射はあまり効かないが、扱いが容易だ。少し訓練すれば誰でもある程度命中させられるようになる」
「と、いうことだ。実際に試してみてくれ」
真っ先にクロスボウを手にとったのはジャギラだった。素早い。次に手を伸ばしたのアイラだ。こっちも早い。そして最後に一つ残ったクロスボウを前にシルフィとメルティを除く他の五人……いや、ピルナは興味が無いようだ。確かにその手じゃクロスボウは引けないもんな。
残りの一台をダナン、キュービ、ゲルダ、ウォーグの四人が興味深げに見ている。なので、そこに俺が持っていた一台を追加して二台にしてやった。
「それじゃあ私達も見せてもらいますねぇ」
ゲルダがクロスボウを手に取り、ウォーグに手渡す。キュービはダナンに譲ったようで、ダナンが最後の一台を手にとって仔細に眺めていた。
「これは良いな。ずっと弦を引いたままにしておいても良いのか?」
早速何射かしたらしいジャギラが質問を飛ばしてくる。
「あまり長時間引きっぱなしにしてると弦に負担がかかるし、弓の方にも悪影響が出ると思うが、まぁ戦いごとにしっかり整備すれば大丈夫だろうな」
「なるほど。でも、この形なら繁みに潜んで狙撃とかもしやすいな。威力も高いし、斥候としては気になる武器だね」
「機構そのものは難しくはない。ただ、小さい割に弓がかなり強力。これを沢山作るには腕の良い職人が沢山要ると思う。あと、整備のコストが高そう」
撃つわけでもなく、仔細にクロスボウを検分していたアイラがそう呟き、クロスボウをテーブルの上に戻す。彼女的にはもう興味が失せたらしい。そのクロスボウをちゃっかりキュービが確保した。要領がいいな、こいつはほんとに。
「確かに、俺じゃないと数を揃えるのは難しいかもな。整備も俺がやるしかないと思う」
アイラの指摘に答えながら、追加のボルトを更に十二本取り出してテーブルの端に置く。そのボルトをジャギラが半分ほど掻っ攫っていった。早いよ。
まぁ、修復そのものは鍛冶施設でやれば簡単だからなんとでもなるとは思う。
「しかし、コースケに頼らねば製造も整備もできぬということでは兵器としては問題があるな。一人の職人にしか作ることも、直すこともできんのでは困る」
「長期的に見ればそうですけど、短期的に使うのであれば問題ないと思います。いくつかサンプルとして提供して貰えるのであれば、現物を研究して似たようなものを作り、整備することは可能かと」
ダナンとメルティは今後の運用について議論を交わしているようだ。
「私の図体ではちょっと使いづらいですねぇ」
「俺は問題ないな。だが、確かにこれは弓に比べると扱いが遥かに容易だ。戦闘訓練を受けていない市民でも簡単に扱えようになると思う」
クロスボウを手に活発に話し合いをする皆をシルフィは満足そうに眺めていた。そんなシルフィに俺はちょっとした疑問をぶつけることにした。
「なぁ、ギズマ相手にあの防壁の高さで問題はないのか?」
「うん? どういうことだ?」
「いや、俺の住んでいた世界にもギズマに似た形の虫が居てな。大きさはせいぜいこんくらいで全然危険なことはなかったんだが、奴らは滅茶苦茶飛び跳ねる奴らだったんだよ。これくらいの虫なのに、下手すると俺の顔くらいまで一発で飛び跳ねたりする奴らだったんだ」
これくらい、と言いながら俺は親指と人差指で大体の大きさを示してみせる。もしギズマがアレなみとは言わないまでも跳ぶのであれば、2.5mから精々3m弱くらいの高さしかないあの防壁では簡単に乗り越えられてしまいそうに思える。あれくらいの高さならコマンドアクションのジャンプを使えば俺でも飛び上がれるしな。
「ああ、なるほど。それについては心配ない、奴らは高さはそんなに跳べないからな。あの強靭な後ろ足は、上に跳ねるための足ではなく前に突進するための足だ」
「突進? あの巨体でか?」
「ああ、あの巨体でだ。重さと堅い甲殻を盾にあの後ろ足で突進をしかけてくる。まともに直撃すると、分厚い鎧と盾で防御している重装歩兵も吹き飛ばすことがあるぞ。奴らは基本待ち伏せて獲物を襲うスタイルだからな、地面からあの巨体が突然飛び出してくるんだ。待ち伏せをくらったやつは空を飛ぶことになる」
「なるほど……そう言えば、この前ギズマをやったときもシルフィは決して正面には陣取らないように立ち回ってたな」
「ああ、そうだ。正面に立つとすごい勢いで突っ込んでくるからな。奴らと戦うなら横に回り込むのが定石だ。だが、側面だからといって安全かと言うとそうでもない。頭から生えてる二本の触角を操って串刺しにしようとしてくるし、近づきすぎると突進に巻き込もうとしてくる。尻側に寄ると尻から毒針を伸ばしてくるしな」
「こわっ……近づかんどこ」
「賢明だな。遠距離から仕留められるならそれが最良だ。高威力の魔法などで仕留めるのがベターだな……というか、考えても見ろ。あの重量で高く飛び跳ねたら、いくらギズマが頑丈とはいっても潰れてぺしゃんこになるぞ」
「それもそうか……?」
ならあの重量で突っ込むのは大丈夫なのかと疑問に思うが、まぁそういうものなのだろう。魔物研究の専門家でも居たら色々聞いてみるのも良いかもしれんな。
そんな感じでシルフィからギズマの話を聞いているうちに試射用に用意したボルトを全て撃ち尽くしたらしく、クロスボウの試射をしていた面々がテーブルに戻ってきた。
「いやぁ、いいね。これは。扱いは難しくないし、威力も十分だ。射程はどんなものなんだい?」
「そこまで長距離で試す機会が無かったからわからんが、多分50mくらいまでは狙えるんじゃないか。飛ばすだけなら倍以上飛ぶと思うが、威力や射撃の精密性はどうかなぁ」
「ふーむ、こいつは試してみないとだねぇ」
ジャギラは新しい玩具をもらった子供のようにはしゃいでいる。俺に奴隷の首輪をつけた時は顔つきも厳しくてワイルドなイメージだったが、意外と可愛らしい性格の持ち主なのかも知れない。
「姫殿下、このクロスボウは一体どれくらい用意できるのですか?」
「コースケ、どうだ?」
ダナンの質問を受けたシルフィがこちらに視線を向けてくる。
「んー、そうだな。現状の資材だけでも三〇〇台は作れると思う。ただ、大量の矢玉を用意するなら鉄の在庫が心許ないな」
「ならば明日にでも採掘に行くとしよう。クロスボウ本体の方は予備も含めて三百あれば十分だな?」
「はっ、どの程度の耐久性があるかは試してみなければわかりませんが、十発や二十発で壊れるような代物でもありますまい。防衛に回れる人員は一〇〇から一三〇ほどかと思いますので、三〇〇あれば十分かと」
「うむ、ではコースケは三〇〇台作るようにしてくれ。矢玉は作れるだけ作ったほうが良いと思うが……そうだな、目標は五〇〇〇本とする」
「五〇〇〇か……うん、鉄が絶対に足りんな。とりあえず、クロスボウ本体の作成を優先する。ボルトの方は明日の採掘で鉄をしこたま取る必要があるが、資材が入り次第量産を進めるよ」
「そうしてくれ。あと、運用試験のために今ある分を全部置いていってくれ」
「了解。俺が使う分だけは確保するが、良いよな?」
シルフィが頷いてくれたので、俺用に必要最低限として三〇本だけボルトを残し、後は全部テーブルの上に放出する。
「……随分あるな」
「二〇〇弱くらいだと思うぞ。試しに使ったやつもできるだけ回収してくれよ?」
「わかってるよ」
早速クロスボウボルトに手を伸ばしているジャギラにそう言ってはみるが、本当に聞いているのかね。この姐さんは。
「ダナン隊長、あたしは早速こいつを試してくるよ」
「もうじき日が暮れるぞ」
「あたしは夜目が利くし足も早いから大丈夫さ」
そう言ってジャギラは自分が使う分の矢玉を引っ掴んでたったかと防壁の方に走り去っていった。そんなジャギラを一同で見送り、ダナンが小さく溜息を吐く。
「まぁ、あれなら滅多なことにはならんだろう。耐久試験用にクロスボウ二台とボルト一〇〇本を使わせてもらう。後はメルティ、そちらで管理しておいてくれ」
「承知いたしました」
「その他不足している武具、金属製品、その他物資があればまとめておいてくれ。優先度をつけて明日報告するように。コースケに作れるものかどうかはあまり考えず、必要だと思うものを挙げること。良いな?」
「御意」
「仰せのままに」
ダナンが頷き、メルティが目をギラリと輝かせる。ご主人様、ご主人様、メルティにその物言いは俺の過労死フラグでは? ヤバイって、なんかグフグフ笑ってるって、女の子がしちゃいけない表情してるってば。
「私とコースケはこれから長老衆と会ってくる。約束通り、壁を作り上げたからな。今度はあちらの番だ」
シルフィが席から立ち、サディスティックな笑みを浮かべる。やり込める気満々だなぁ……でも、一筋縄で行くかね? 相当強かな印象だったけど。
☆★☆
「さすがは稀人、といったところじゃのう」
「然り然り。まさか昨日の今日で防壁を作り上げるとはのう。これならシルフィちゃんも安心じゃな」
「昨日ではなく一昨日じゃろ。もう耄碌したか」
「言葉の綾と言うやつじゃ、いちいち五月蝿いババァじゃの」
「しかしあの高さではギズマは防げても人間相手には心許ないのではないか?」
「喫緊の危険はギズマじゃから、あれで何の問題もあるまいて。そもそも、人間相手であればこの里まで攻め寄せられている時点で詰んどるわい」
「それもそうじゃな。森の外で仕留めんと森がのうなるからの」
まっすぐ集会場を訪れたのだが、相変わらず長老衆はかしましい。お互いにマシンガントークをしているので、俺とシルフィが口を挟む隙がないというアレ。
「おお、それで約束を果たすという話じゃったな」
「そうじゃった、そうじゃった。シルフィちゃんと稀人のー……なんと言ったかの?」
「やはり耄碌しとるのではないか? ゴンタじゃろう」
「耄碌しとるのはお主もじゃ。コースケじゃよ」
「おお、そうじゃ。コースケだったの。とにかく、二人が見事使命を成し遂げたのであれば、次は儂等が約束を守る番じゃな」
「然り。手練の精霊弓士を二十人、ギズマの迎撃に回そう」
二十人、という数字に俺は首を傾げ、となりでむっつりと黙り込んでいるシルフィに小声で聞く。
「なぁ、『せいれいきゅうし』を二十人というのは妥当な数字なのか?」
「精霊弓士というのは、矢に精霊魔法を乗せて放つことを得意とするエルフの兵だ。二十人いれば、人間の弓兵二〇〇人分の働きをするだろう」
「流石に十人分働くとかは吹き過ぎと違うか?」
「風魔法で加速した矢は普通の矢の二倍以上飛び、精霊魔法を込められた鏃は着弾地点で破壊的な力を撒き散らす。人間の弓兵十人分の働きはするさ」
「すげぇなぁ……」
つまり、有効射程数百mのグレネード兵みたいなもんだろうか。確かにそりゃ強そうだなぁ。流石に魔法のある世界なだけあって、ちょっと地球じゃ考えられないような連中もいるってわけだ。
「明日難民達のまとめ役、ダナンの元に向かわせよう、良いように使うが良いぞ」
のじゃロリ長老がそう言うと、長老達も一様に頷いた。これで会談は終わりだ、という意思表示なのかシルフィが立ち上がったので、俺も同じように立ち上がる。
「感謝する。では、私達は準備もあるのでこれで失礼する」
「おお、そうじゃの。これから睦み合う予定じゃろうし長く引き止めるのは悪いの」
「ほほほ、シルフィちゃんの子供ならきっとめんこい赤ん坊じゃろうな。楽しみじゃわい」
「コースケよ、毎晩毎晩では大変じゃろう。今度来る時までによく効く薬を用意しておいてやろう」
「淡白な男エルフが抜かずに何発もいけるやつじゃからの。人間のコースケが使うなら少し薬効を押さえねばならぬかな?」
「大丈夫じゃろう。シルフィちゃんも丈夫な子じゃからの」
「し・つ・れ・い・す・る! 行くぞコースケ!」
「ハイヨロコンデー!」
猥談を始めた長老衆にマジギレするシルフィにビクビクしながらその後を追う。あの人達はいちいちシルフィをからかわなければ生きられない人達なのだろうか? 機嫌が悪くなったシルフィを宥めるのは俺の仕事なんですよ! 勘弁してください!
肩を怒らせ、ズンズンと歩くシルフィの行く手を邪魔する者など何も居ない。そんなのはもう自殺みたいなものだ。暴走列車の前に身を投げ出すようなものである。いるわけが――。
「穢れ持ち、貴様に話が――ゴブァッ!?」
いたわ。そして見事に轢かれてるわ。拳が顔面にめり込んで正に『前が見えねぇ』状態になってるけどあれ生きてるのか?
「今度ふざけた口をきいたらぶち殺すぞ」
「もう手遅れじゃないっすかね」
折れた鼻から結構な勢いで血が噴き出ている。あのままだと呼吸困難になって死ぬんじゃないかな?
「チッ、つくづく目障りなやつだ」
シルフィが何事か呟き、腕を振ると光の玉が哀れな犠牲者に飛んでいって酷いことになっていた顔面を修復する。ここで無視しないでちゃんと治す辺り、ご主人様って結構優しいよね。
「ふぅ、間抜けを殴って少しは気が晴れたな。ところで、こいつは一体何を言おうとしていたんだ?」
「わかんないっす」
話の内容を言う前にご主人様が殴り飛ばしたからね。まぁ、穢れ持ちって呼び方はシルフィに対する蔑称みたいなものみたいだし、自業自得だと思うけど。
「まぁいい、このような小物に構っている暇はないな。邪魔にならんよう道の端に寄せておけ」
「イエスマム」
ぶっ倒れてるエルフの男を引きずって道の端によける。あ、こいつあれじゃん。シルフィにふにゃちん呼ばわりされてたネイトってやつじゃん。つまり俺を暴徒と化した難民の前に放り出したやつ。うん、自業自得だ。なんならそのまま土に還って欲しい。
「一体あのネイトって奴は何が気に入らなくてシルフィに絡んでくるんだ?」
「……アイツにとって私は親の仇のようなものだからな」
「なるほど?」
「歩きながら話せるような話でもないし、聞いて面白い話でもないぞ。どうしてもと言うなら話すが、聞きたいか?」
「いんや、別に興味はないかな。そんなことより早く帰ってイチャイチャしようぜ」
「あっ!? こ、こら……人目のあるところではダメだ。私はご主人様で、お前は奴隷なんだぞ?」
腰を抱いた俺の手の甲を抓りながらシルフィがどこかホッとしたような顔で微笑む。うん、興味がないってのは嘘だけど、わざわざシルフィの過去を穿り返そうとも思わないな。過去はどうあれ、今のシルフィが可愛ければそれでいいじゃない?




