第227話~抵抗する都市~
今年もよろしくお願いします! なんて書いてるうちに遅刻したよ!_(:3」∠)_
エアボードで数時間も走れば解放軍の勢力圏からは完全に外れ、未だ解放軍――新生メリナード王国に恭順していない都市や街の勢力圏に入ることになる。
とは言え、それが即時危険に繋がるかというとそういうわけではない。恭順していない=敵対しているというわけではないからだ。要は新生メリナード王国に着くか、聖王国に着くか決めかねているという都市や街も少なくはないというわけだな。
そのような街や都市に関して言えば、我々新生メリナード王国側に引き入れるのは難しくないだろうと俺達は考えている。何故なら聖王国は遠く、俺達は近いからだ。それはつまり戦力を派遣するための時間が短くて済むということであり、敵に回した際に速やかに脅威となるという意味である。
また、俺達解放軍が寡兵で万を超える聖王国の大軍を撃滅したという噂が商人のネットワークを通じてメリナード王国内外へと速やかに拡散されている。国外への拡散はまだまだだと思うが、メリナード王国内に関して言えば既に知れ渡っていると考えて良いだろう。
そして、そんな状況で俺達解放軍がよりによってアドル教の聖職者まで従えて戦力を派遣してくるのである。俺達に同行している戦力は決して多くはないが、寡兵で万単位の聖王国正規軍を粉砕するのが解放軍である。数が少なくとも、いち都市、いち街の戦力でどうにかなるとは思えない――と考えるのが普通である。
「それが普通のはずなんだけどなぁ」
「徹底抗戦の構えのようですね」
矢や魔法などが届かない距離に建てた堅固な石材製の監視塔から都市の様子を眺めつつ、俺とエレンはお茶をしていた。アマーリエさんとベルタさんも俺達と同じ席に着いて心配そうな顔で都市の方を眺めている。
メリネスブルグを発って三日。昨日までは速やかに恭順の意を示してきた都市や街ばかりであったのだが、遂に新生メリナード王国に恭順しない、戦も辞さない! という都市が俺達の目の前に現れたわけである。
既に俺達が国内の平定に動いているということを知っていたようで、今は固く門を閉ざし、跳ね橋を上げて徹底抗戦の構えだ。
本当は数で劣る俺達を迎え入れるフリをして奇襲しようとしていたようだが、そのような動きは先行偵察していたハーピィの斥候によってバレバレである。到着前にハーピィさんの手……足? によって上空からそのことを問い質す書簡を投げつけたところ、奴らは慌てて門を閉ざして水濠にかかっていた跳ね橋を上げて籠城の構えを取ったというわけだ。
「この状況下での籠城に一体何の意味があるんだろうか」
「私にはわかりかねますね。私は戦の知識に精通しているわけではないですが、籠城というのは確か援軍が来るという見込みがある場合にするものではありませんでしたか?」
「それだけではないけど、それが一番妥当かなぁ……強力な迎撃兵器を所有している場合は城壁を使っての防御戦で敵兵力を壊滅させたりとか、あるいは強固に守り抜いて攻め手に諦めさせる、攻め手の物資が尽きるのを待つ、なんて戦い方もあるだろうけど」
「なるほど……詳しいですね?」
「そりゃ解放軍における防衛戦のエキスパートですから、多少はね?」
それ以前に様々なサバイバル系のゲームで色々なタイプの拠点を構築する際に要塞についてネットで知らべたりして、その際にそういった攻城戦というか籠城戦というか、その辺りの知識とか近代や現代の戦術に関して多少齧った感じなんだけどもね。
まぁ、本職の軍人に比べればにわか知識であることは否めないが、それでも多少の心得はある。
「しかし、これはどうするのでしょう? 戦になるのですか?」
「まぁ、そうなるんじゃないですかね。できればこれ以上の人死には出したくないものですけど」
「そうですか……説得に応じてくれれば良いのですが」
アマーリエさんが再び心配そうな表情を都市――グライゼブルグへと向ける。
今回、徹底抗戦の構えを見せているグライゼブルグはメリナード王国北部の中心的な都市である。水濠と立派な城壁を持つ強固な城塞都市で、二十年前の聖王国との戦争においてもメリネスブルグが陥落するまで聖王国軍の攻撃を耐え抜いた都市であるらしい。
その都市が今度は聖王国軍を駆逐せんとする俺達の前に立ちはだかっているというのはなんという皮肉だろうか。
「あの水濠と強固な城壁は一見厄介に見えるけど、俺にとっては障害でもなんでもないんだよなぁ」
石材で分厚い屋根付きの通路を伸ばして水濠を越え、城壁に接続してミスリルつるはしで城壁に穴を空ければ兵力なんていくらでも送り込み放題である。何なら相手に気付かれないように水濠の下にトンネルを通して都市の中に直接出る、なんてこともできるしな。
「しかしできるだけ死人を出さないようにとなると……うーん」
俺達はこの監視塔で優雅にお茶をしているが、階下ではダナンやザミル女史を含めた解放軍の面々がどのようにこの都市を制圧するかという軍議を開いているところである。そんな状況で優雅にお茶をしていて良いのか? という話なのだが、とりあえずは俺の力に頼らず現状の解放軍の戦力だけでどうにかしようということになっているらしい。
まぁ、現場の戦力とは言ってもその中には軽機関銃装備の銃士隊二個分隊に航空爆弾を備えたハーピィ爆撃部隊もいるし、そもそもダナンが引き連れている精鋭兵も全員が強力なゴーツフットクロスボウを装備しているので、射撃戦の後にハーピィ爆撃部隊を投入すれば敵戦力を撃滅するのは容易いと思うけど。
「コースケならどうしますか?」
「俺なら? そうだなぁ……俺ならこっそりと街の中に潜入して、武器や食料を根こそぎ奪うかな?」
俺のインベントリなら街一個分の食料や武器を収納することも容易い。夜陰に乗じて俺と少数で潜入すれば作戦を完遂できるだろうな。
「籠城するための武器や食料を全て失ってしまえば確かに抵抗を続けることはできなくなるでしょうね」
グライゼブルグは俺達の侵攻を阻むために全ての門を閉ざし、跳ね橋を上げている。備蓄食料が無くなってしまえば早々に干上がることになるだろう。そうなれば降伏する以外に道はないというわけだ。
「しかし、そのためにコースケ様が身を危険に晒すというのは論外ですよ」
「そうですね、論外です。貴方は既に多くの人々の運命をその背に負っているのですから、軽々に動くというのは褒められた行動ではありません」
「そっかー」
ベルタさんとエレンに深々と釘を差されてしまった。その上アマーリエさんにもとても心配そうな目を向けられてしまった。これは俺が出るというわけにはいかない感じになりそうだなぁ。
別に俺一人なら敵に見つかってもいくらでも逃げようがあるんだけどね。特に市街戦で俺を捕捉するのは不可能に近いと思う。なんでもありならシルフィやメルティからだって逃げおおせる自信があるからな。ライム達はちょっと無理だと思うけど。
「……よろしいですか?」
そうして話し合っていると、階下からザミル女史がトカゲの如き顔を覗かせてきた。階下から顔の上半分だけを出して意外とつぶらな目を覗かせている様はこう言っては失礼かもしれないが、なんだか可愛らしい感じがする。
「よろしいですよ。方針は決まりましたか?」
「はい。コースケ様と聖女様にもご意見を伺いたいと思います」
そう言ってザミル女史の頭がひゅんっ、と階下に消えていく。俺とエレンも席から立って階下の会議室へと向かった。アマーリエさんとベルタさんはお茶の後片付けをするらしいので、俺達二人だけで向かう。
「来たか」
会議室に入ると、鎧に身を包んだダナンとザミル女史、それに銃士隊を率いてきたジャギラにハーピィを率いてきたピルナといった解放軍の面々が揃っていた。
「ああ、どうなった?」
「別に制圧するだけならなんてことはない、という結論に至った。今まで通りの都市攻めのやり方で何ら問題ないだろう」
「そうだな」
ダナンの言葉に俺は頷いた。射撃戦で痛めつけて敵を城壁に釘付けにして、そこを航空爆撃で吹き飛ばす、ついでに門も破壊する。それで終わりだ。ただ、このやり方には欠点がある。
「しかし、これだと死傷者が出すぎる」
「まぁ、そうだな」
このやり方だと戦闘に参加している人々は大体死ぬか、重症を負うことになる。特に航空爆撃は威力が高いからな。直撃すれば人の形はほぼ残らない。散々敵を吹き飛ばしてきて何を今更という話ではあるが、国内を平定しようというこの時期だからこそあまり血を流したくないというわけだな。
「まぁそういうわけでな、コースケに頼ることにした」
「なるほど……うん?」
「死傷者をあまり出さないように敵の希望を打ち砕くような一手を頼む。だがお前が直接乗り込むとかそういうのはナシだ。何かこう、あるだろう? 遠距離からあの跳ね橋と門を吹き飛ばすような武器の一つや二つ」
「おいおい、俺は青い耳なし猫型ロボットじゃないんだぞ……まぁ無いとは言わんけども」
こんなこともあろうかと、というやつである。
この世界の主な戦場が弓矢や軍馬を使ったものであるということは最初から知れていたので、当然ながらこういった攻城戦に適した武器というものの一つや二つは俺だって用意してある。今まではこちらが守る側であったのと、輸送の関係で俺が同行していないと運用が難しかったというのがあって使用していなかったけどな。
何せ本体も弾もクソ重い。機動戦に主眼を置いている解放軍ではあまり使い途が無かったのである。今までは聖王国軍の兵士殺すべし、って感じだったから射撃戦と爆撃で事足りてたしな。
「ほら、だから絶対あるって言ったじゃないですか」
「コースケさんなら絶対用意してあると思ってました」
ジャギラとピルナが非難めいたニュアンスを込めた言葉をダナンに向ける。どうやら彼女達は現状の装備では虐殺めいた死傷者を相手方に強いて屈服させるという方法しかないと早々に見切りをつけていたらしい。
「……コースケに頼りすぎるのも健全とは言えんだろうが」
それに対してダナンは苦い顔をしている。
「ダナンの言うことも尤もなんだろうけども、別に良いんじゃないか。俺の力を見せつけるってのも今回の旅の目的なんだし」
それに、研究開発部が前装式の魔銃を開発しつつあるわけだし、そうなるとそう時間を置かずにこれと同様のものは開発されるだろうからな。別に出し惜しみする理由もない。
「それじゃあとっととやるか。城門と城壁をぶっ壊せば良いんだよな?」
「ああ」
「それじゃあ兵を何人か貸してくれ。この際だ、いずれ同じような武器が開発されるだろうから、先行して訓練を積ませるとしよう」
「……良いのか?」
ダナンが聞いてくるが、俺はそれに頷く。俺が解放軍に提供している武器が実はそのほんの一部でしか無いということはダナンも知っていることだろう。前にキュービに嵌められて連れ去られた時に一回中身を全部外に出して、そのまま置き去りにしたからな。
「俺の世界で高い城壁による防御を一気に陳腐化させた兵器をお目にかけよう」
そう言って俺は監視塔を降りる。どんな兵器かって? そりゃアレだよ。鉄と火薬で簡単に作れて、弾にも炸薬とかを使ってない割と原始的なアレだよ。矢の届かない位置にズラッと並べて斉射しましょうねぇ。