第225話~出発の朝~
年末なので一時間くらいの遅刻は許される_(:3」∠)_(ゆるして
エレンと二人きりのお茶会をしたり、夜に長椅子でシルフィと語り合ったり、アイラと新しい魔道具の開発をしたり、畑を耕したり、畑を耕したり、畑を耕したりしている間に日々は過ぎていった。
いやホント、畑はかなり広げたんですよ。農地ブロックじゃなくて本当にただ俺が耕しただけの農地だけど。それでも普通の畑よりは収穫量も良くなるし、収穫時期も若干早まるからな。
兎にも角にも今まで奴隷とされて最低限の食事しか与えられていなかった亜人達にも、奴隷という身分から解放された以上はたらふく食べさせてやらなきゃならない。それが国家としての義務であろう。そういうわけで、俺はここのところ農地を耕す機械と化しているわけである。
無論、俺一人が苦労しているわけではない。耕すのは俺でないといけないが、開墾作業そのものは様々な人々が額に汗して働いている。
主な労働者は開放された元亜人奴隷だが、その他にも家の農地を継ぐことが出来ない農村の次男以降とか、力を持て余した解放軍の兵士とか、後は一部の捕虜なども開墾作業に従事しているようである。
なんでも希望者を募って、開墾作業に従事した者には夕飯に酒が余分に一杯供されるのだとか。
日中ただじっとしていても鬱屈するものだし、捕虜となった彼らに聖王国の軛から解放されたメリナード王国の姿を見せるのも目的の一つであるらしい。
閑話休題。
そうやって過ごしながら数日を過ごし、いよいよ今日は国内の平定を進めるための遠征隊が出発する日である。人員としては俺とエレン、それにエレンのお付き兼俺のお世話役としてアマーリエさんとベルタさん。それに俺の護衛役としてザミル女史。同行する兵の指揮官としてダナン。ハーピィ隊からピルナとその配下、それに銃士隊からエアボードが二台。その他にはダナン率いる精鋭兵部隊と、アドル教懐古派のブラザーやシスター達が数十名。それと解放軍の文官も同様に数十名。
総勢は凡そ五百人といったところだろうか。俺がいると兵站要員が要らないのが大きいな。
全構成員がダナンの部隊が兵站に使っていた大型輸送エアボードを改造した兵員輸送エアボードなどを使ってエアボードに分乗して移動する。
「どうかご無事で」
「あ、あはは……大丈夫です、何の心配もいりませんよ」
出発の朝、セラフィータさんが俺の手を両手で包み込むように握り、瞳を潤ませながら俺を見送ってくれた。それはいい。それはいいのだが……視線が、皆の視線が痛い。
「……ふむ」
「おー……」
「……なるほどぉ」
シルフィは細い顎に手をやって考え込み、アイラはびっくりしたように大きな眼を見開き、メルティはそれはもう楽しそうにニコニコとしていた。
「あらー」
「えっ……えっ?」
「……」
ドリアーダさんはなんだか妙にニコニコとしており、イフリータは事態を飲み込めずにひたすらに動揺し、アクアウィルさんは呆然とその光景を眺めていた。ドリアーダさんはともかく、イフリータとアクアウィルさんにとっては全くの予想外な展開であったらしい。まさに狐につままれたような表情をしている。
グランデ? あいつは今回は城でグータラしているつもりらしいよ。危険も少なそうだし、そもそも人族同士の争いや諍いにはノータッチって立場を貫くつもりらしいからね。
そしてハーピィさんたちは黄色い声を上げていた。彼女達からすると、俺の伴侶が増えるというのは仲間が増える、そしてそんなに沢山の女性を魅了する旦那様かっこいい! みたいな感じになるらしい。ハーレム形成過激派みたいな子達である。
そして、最後になるが。
「……ふむ」
「……あらー」
「……なるほど」
あまり穏やかな感じでないのが今回同行することになるアドル教の三人である。それぞれ無表情、笑顔、笑顔という感じでその真意を汲み取ることは難しいが、あまり雰囲気はよろしくない。恐らく、この数日で休息にセラフィータさんと関係を深めたと勘違いしているのだろう。そのような事実はない、ないのだ……! 俺は基本的に畑を耕してたからね!
「母上、私達もコースケを送り出したいのだが」
「そうね。コースケ様、くれぐれもお気をつけて」
最後にセラフィータさんが俺にハグをし、頬に柔らかいものを触れさせてから離れていった。あれ、頬にキスされた? 大胆ですね?
「何を呆けている」
「痛い」
セラフィータさんにキスされた頬をシルフィが笑顔で抓る。そして俺の顔を正面に向かせると、真正面から唇を合わせてきた。それはもう、濃厚に。ハーピィさん達から黄色い歓声が上がる。
「……これくらいで許してやろう」
「ふぁい」
俺を解放してシルフィが離れていく。離れてくれたのは良いけど、腰が砕けそうです……などと思っていると、ぼすっと小さな影が俺の腰に抱きついてきた。確認するまでもなくアイラだろう。今の俺には中々に強烈なタックルに思えてしまう。
「私も」
「はい?」
「私も」
大きな瞳でアイラがジッと俺を見上げてくる。助けを求めてメルティに視線を向けるが。
「次は私ですからね」
天使のような悪魔の笑顔を浮かべてそう言う。助けを求める相手が間違っていたな。ははは。
☆★☆
「貴方はもう少し慎みというものを持つべきです」
「はい」
「適当に返事をしてはいけません。わかっているのですか? 貴方はこれから私と並び立つ新たなアドル教の旗頭として信徒達を導かなければならないのですよ。それがあんな……あんなっ」
顔を赤くしたエレンがぺしぺしぺしぺしと平手で俺の胸を叩きながらお説教をする。同じエアボードに同乗しているアマーリエさんとベルタさんはその様子をただ眺めていた。アマーリエさんとベルタさんはニコニコとしながら俺とエレンの様子を眺めている。
あの後は居残り組のハーピィさん達やライム達まで現れてそれはもう大変なことになってしまった。どう大変なことになってしまったのかは言いたくない。とりあえずイフリータが顔を真赤にして逃げ出し、アクアウィルさんもまた真っ赤になって目を回すような事態に陥ったとだけ言っておく。
とりあえず、慎みを持てと言われても俺にはライム達に抗する力がないのだからどうしようもないとだけは言っておきたい。あらゆる意味で物理的に強靭過ぎる彼女達に真正面から抗えるのはシルフィとメルティとグランデくらいだと思う。
「まぁまぁ、エレオノーラ様。確かに少し驚きましたが、あれもまたメリナード王国の文化とすればそれをあまり責めるのもどうかと」
「そうですね。私達がその流儀に従うかどうかは検討するとして、コースケ様に抗う術は無かったように思いますし……」
アマーリエさんとベルタさんは俺を庇ってくれるようだ。もう少し早く庇ってほしかったが、それを言っても仕方がないだろう。正直に言うとエレンに説教をされても今後何に気をつければ良いのかさっぱりわからないが。ライム達が出てきた時点で詰むからな。
「むぅ……でももう少しこう、慎みを持って毅然とした態度をですね」
「コースケ様は根が優しいので、好意を持って迫ってくる相手に毅然とした態度を取るのは難しいかと」
「立場的に敵であったエレオノーラ様を命懸けで庇ってしまうくらいですから」
「むっ……むー!」
アマーリエさんとベルタさんの二人に説得されてエレンは頬を膨らませたまま唸るだけの可愛い生き物になってしまった。さっきから俺を叩いていたが、なんというかこう、不満を示すためにペシペシとしていただけで全く痛くもなんともない力加減だったんだよな。
「ただ、コースケ様ももう少し私達にも構っていただけると嬉しいです。エレオノーラ様も大層寂しがって居られましたので」
つまるところ、そういうことなのだろう。別に避けていたわけではないのだがデッカード大司教が来てからというもの、エレンはとても忙しそうにしていたからあまり邪魔をしてはいけないなと思っていたのだ。俺もやることがあって割と夜が遅かったし、一方でエレンは規則正しい生活をしていて寝るのが早かったので語らうような時間もあまり取れなかったのだ。
先日は少しだけ一緒の時間を過ごせたが、結局本が百冊出来上がる前にカテリーナ高司祭は現れてエレンを連行していってしまったしな。そういうことが積み重なっているところでいつの間にか俺とセラフィータさんが妙に仲良くなっているのを目の当たりにし、更になんやかんやと目の辺りにしてしまったことで不満というか鬱憤が爆発してしまったのだろう。
「最大限配慮させていただきたいと思います」
「はい。とはいえ、この旅の間はコースケ様のお世話は基本的に私達に一任されていますので、この旅で存分に絆を深められると思っていますけれど」
「そうですね。ハーピィの皆様も今回は私達に譲ってくださるということで話が通っていますから」
アマーリエさんとベルタさんが揃って朗らかな笑みを浮かべる。
なるほど、今回はそういう趣旨なんですね?
というか、エレンだけでなく世話役にこの二人と、その他にも聖職者を同行させるって言いだしたのはデッカード大司教だったよな。もしや最初からそういうつもりだったのだろうか?
いや、あんな好々爺めいた爺ちゃんがそんなことを……してもおかしくないよな。権謀渦巻くアドル教内で主流派に対抗しながら大司教の地位を得て、守り続けていた爺様だものな。
「……お手柔らかにお願いします」
ここまできたらもう開き直るしかあるまい。結局は俺の心の持ちよう一つなのだろうから。
こんな時に据え膳ヒャッホー! と喜び勇ぶような性格だったら俺も苦労しないだろうになぁ。