第214話~戦いが終わって~
遅れました(´゜ω゜`)(ゆるして
呆然。私の心情を表すのならば、この一言であろう。
私の率いる討伐軍は、掛け値なしに強力な一軍であった。訓練を受けた精兵達、神の祝福を得た聖騎士達、と魔道士団。優秀な部下達に、潤沢な補給物資。いち属国の反乱軍を、賊を討伐するのに過不足無い、いや寧ろ過剰すぎるほどの戦力だったはずだ。
私は聖王陛下と教皇猊下より賜ったこの聖軍を以って、下賤な亜人共を圧倒的な力で誅滅し、憎き帝国との戦いに乗じて叛乱を企てる者共に対する見せしめとするのが密かな任務であったし、それを為すだけの力を賜っていたはずなのだ。
「どうしてこうなった……」
独房の中で私は頭を抱えていた。目を瞑るとあの地獄のような光景が脳裏をよぎる。いかなる術理を以って行われたのか想像もできない、あの凄惨な戦場の光景が。
重装歩兵が構えた盾ごと打ち砕かれていた。精兵達がまるでオーガにでも轢き潰されたかのようにバラバラになっていた。一体何人が死んだのかも正確にわからないほどにバラバラになった、人であったものたち。屍山血河とは正にあのような光景のことを指すのだろう。
「神よ……」
一体どうすれば良かったと言うのだろうか。私にできたことは速やかに降伏の意思を示すことだけであった。
敵の攻撃の正体がわからない。しかし目を覆うような速度で兵達が打ち砕かれ、挽き肉にされていく。開戦前に返還された捕虜達の話では、見たこともないような形状の武器が火を噴くとそれだけで見えない牙にでも咀嚼されるかのように仲間達が砕かれていったのだという話だった。
忌まわしき鳥女どもの攻撃はまだわかる。奴らが落としていた筒状の何かが爆発していたのだろうことは一目瞭然だった。それにしてもあの威力は手がつけられなかったが、まだ理解できる範疇だ。使い捨ての魔道具か何かだったのだろう。
しかし前線の兵士達を打ち砕いたあれはわからない。一体何だと言うのだ、あれは。正体がわからないから、対策のしようもない。遠距離から重装歩兵を構えた盾ごと打ち砕く武器などどうすれば良いのだ? あの光景を見る限り、そんな威力の攻撃を無数に放つ武器なのだろうということは想像に容易い。そんな威力の攻撃が無数に放たれるとなると、合唱魔法を用いた防御障壁でも防ぎようがあるまい。
一発や二発、あるいは十発くらいまでなら耐えるかもしれない。だがそれ以上となると防御障壁は砕け散るだろう。その前に、鳥女どもの落とすあの魔道具だ。あれは一撃で合唱魔法の防御障壁を打ち砕く威力がある。あの魔道具で防御障壁を打ち砕いた後に、あの武器で攻撃されたら為す術もない。
では、砦や城塞に閉じこもれば良いのか? というとそうもいかない。そうなったら敵は鳥女達があの魔道具を雨あられと降らせてくるだろう。あれだけの威力を持つ魔道具をそう易々と量産できるとは思えないが……楽観すべきではないだろう。
あの火を噴く武器といい、鳥女の魔道具といい、見慣れない乗り物といい、何か私達には理解できない変革が解放軍を名乗る賊共の中で起きているのだ。
どうにかしてこのことを本国に伝えなければならないが……兵を率いて戻った私の副官がそうしてくれることを神に祈ることしか、今の私にはできそうにない。
☆★☆
「はーい、というわけで討伐軍を撃破しました。拍手ー」
「わーい」
「はいはい」
「なのです」
ぱちぱちぱち、と拍手をしてくれるスライム三人娘。
戦場から戻ってきた俺達は、ささやかながら戦勝を祝った宴を開催していた。兵達にも豪華な料理と酒を饗しており、俺達とはまた別の場所で楽しんでもらっている。聖王国軍の監視と、メリネスブルグの警邏に出ている兵達は貧乏くじだけどな。彼らには彼らで臨時ボーナスを支給することになっているので、それはそれで我慢して欲しい。
そんな感じで騒ぐ俺達を少し離れたところからイフリータが横目で見ていた。
「ねぇ、本当なの? 朝出ていったと思ったら夕方に勝って帰ってきたとか言われて拍子抜けなんだけど」
「本当なのであるな。吾輩が剣を抜くまでもなく、コースケの配下が2万からなる討伐軍のうち6000名ほどをほんの四半刻ほどで死傷させたのである。吾輩は戦の始まりと終わりにちょろっと敵指揮官と話して、捕虜の移送など諸々の件で指示を出しただけなのであるな」
「……嘘っぽいわ」
「イフリータ姫殿下がそう感じるのはよく分かるのであるが、事実なのであるな」
レオナール卿が肩を竦める。俺がやったみたいな風に言ってるけど、俺こそなんにもしてないからな。精々皆の運転手と、自動擲弾銃で多目的榴弾の雨を降らせただけで。主にあの場で頑張ったのはハーピィさん達の爆撃部隊と銃士隊の面々だ。特に、銃士隊の面々に関してはメンタルケアが必要かもしれないからな。後でザミル女史にでも相談してみよう。レオナール卿でもいいけど。
聖王国軍を撃退し、負傷者を治療して捕虜を取った俺達は後方から精兵の乗ったエアボードを呼び、捕虜を引き連れて、メリネスブルグへと戻ってきた。撤退していく聖王国軍に関してはハーピィと銃士隊、精兵達のエアボードが連携してその後をつけ、脱走兵などが野盗化しないように監視している。
撤退時の取り決めでメリナード王国領を出る前に本隊から離れて脱走した兵は野盗と判断して処分しても良いということになっている。一人もそういった連中が出ないのが理想だが、きっとそれなりの数が脱走するだろうな。ハーピィさんの目とエアボードの機動力から逃げられるやつはほぼ居ないだろうから、無駄死にになると思うが。まぁ、何か問題が起これば遠慮なく連絡を寄越すように言ってあるから多分大丈夫だろう。
それに前衛に比べれば後衛、というか兵站に対するダメージは少なかったし、物資にも多少被害は出たようだが延焼などはしていない。幸か不幸か人数は大幅に減ったので、聖王国に帰るだけの補給物資は計算上は十分にあるようだった。少なくとも補給不足で立ち往生ということにはならないはずだ。
「今後の動きはどうなるの?」
「さて、外交戦になるか、それとも更なる戦力を差し向けてくるか……何れにせよこれで終わりとは思えません」
「そう……私にもできることがあったらなんでも言ってね、シルフィ」
「はい、ドリー姉様」
こちらではイフリータがレオナール卿に今日の戦について説明を求めていたが、あちらではシルフィがドリアーダさんやアクアウィルさん、それにセラフィータさんも交えて今後について話し合っているようである。
「それほどまで、ですか」
「ええ、凄まじい光景でした。恥ずかしながら、恐ろしくなるほどでしたよ」
「コースケの作り出す武器の威力は凄い。でも、コースケはモノを作るのは好きだけど、実際にそれを使って何かを傷つけるのはあまり好きじゃない。畑とか、服とか、食べ物とか、他にも人の役に立つ道具を作ったりしている方が楽しそう」
あっちではデッカード大司教やカテリーナ高司祭、それにエレンを加えたアドル教勢にアイラが加わって俺の話をしているようだ。確かに、人殺しをしているよりは何かを作っていたほうが遥かに気が楽だけどさ。武器を作るのは嫌いじゃないけどな。何かに備えて色々と、それこそ武器を含めて色々と作るのは好きだ。どんな事態にも対処できるよう準備をするのが楽しいのである。
「コースケ」
「ん?」
声に振り返ると、グランデが俺の傍に立っていた。俺はどんな状態かと言うと、いつの間にかライムに絡みつかれて強制的にライム椅子に座らされてしまっているという威厳も何もない姿である。
頭の後ろにあるのはやわらかヘッドレストであっておっぱいではない。良いね?
「どうした?」
「んー……」
なんだかよくわからないが、グランデがライム椅子の上に座る俺によじ登ってきて、俺の頭を薄胸に抱き、俺の頭をそのごっつい爪の生えた手でゴリゴリと撫で始めた。新手の頭皮マッサージか何かかな?
「本当にどうした?」
「戦いから帰ってきた男を慰めるのが良い女だって母上が言っていたのじゃ」
「そっか。まぁ今回はそんなにダメージ受けてないけどな」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふむ……」
しかしグランデは俺の頭をゴリゴリするのをやめるつもりはないようだ。ちょっと痛いが、グランデがこうやって俺を甘やかしてくるのは珍しいからされるがままにしておこう。はー、しかし何だが落ち着く気がするな。ちょっと痛いけど。大事なことだからもう一回言うけど。
そんな感じで俺は宴の間中グランデやスライム三人娘に甘やかされるのだった。