第213話~全滅~
開戦から三十分足らずで討伐軍は白旗を上げた。
ハーピィ達の航空爆撃と俺の自動擲弾銃による攻撃で進軍の出鼻を挫かれ、足が止まった所に軽機関銃による徹底的な掃射攻撃。これらの攻撃は革や金属製の防具などでは防げるようなものではなく、大混乱の中では虎の子の魔道士団も機能しない。
これ以上被害が拡大する前に速やかに白旗を揚げた討伐軍の指揮官はかなり有能なのではないだろうか。攻撃の正体もわからず、大混乱で情報が錯綜する中でその判断はなかなかできることじゃないと思う。
「と思うんだがどうだ?」
「概ね同意する。決断が早かったのは捕虜から話を聞いていたからかもしれないけれど」
「なるほど」
引き渡した捕虜は解放軍がメリネスブルグを占領する際に軽機関銃で蹴散らした連中の生き残りだ。軽機関銃による攻撃の恐ろしさは身に沁みてわかっていたはずなので、その危険性を討伐軍の指揮官に訴えていた可能性は高いな。
まぁ、軽機関銃による掃射の恐ろしさは実際に受けてみないとわかるまい。というか、軽機関銃のことを多少知っていたとしても、この世界の技術で2万もの人員を守れるとは思わないが。
俺ならどうするかって? もし敵が軽機関銃とエアボードで武装していて、この世界の技術でしか攻撃できないとなると……隘路にでも誘い込んで弓と魔法で飽和攻撃を仕掛けるくらいしか無いんじゃないかな。少なくとも今回の戦場みたいな遮蔽物もなにもない平原上の街道なんて場所で戦うなら対処のしようがないと思う。
その対処方法もハーピィさん達の偵察能力とゴーレム通信機、それに航空爆撃も加わるとどうしようもないと思うけどな。俺の能力を使っても良いなら頑丈な拠点に対空砲座を用意してハーピィさん達をシャットアウト、エアボードは拠点内から多数の迫撃砲による面制圧で撃滅するけど。
エアボードは軽装甲だから、遠くからより強力な50口径の重機関銃とか、対物ライフルとかで破壊するのもありかな。
さっきから何現実逃避をしてるんだって?
「これは……酷いですな」
辺りには濃厚な血と臓物の臭いが立ち込めており、呻き声もあげずに力なく身体を横たえている聖王国軍の兵士達が倒れ伏している。そんな光景を目にしたデッカード大司教が口元を押さえながら顔を青くしていた。
この辺りは銃士隊による執拗な機銃掃射を受けた辺りだ。倒れ伏す人々はいずれも四肢や胴体の一部などを欠損しているような状態で、誰も彼もほぼ即死といった感じである。そんな戦場を少し過ぎると、今度は先程までの犠牲者を突き抜けて威力の落ちた弾丸を浴びた人々が倒れ伏す戦場だ。
こちらは先程の戦場よりもある意味で更に酷い。威力が落ちた弾丸を身に受け、致命傷ではないものの激しい痛みを伴う重傷を負った者達ばかりだ。
その後ろは再び死者の多いエリアになっている。ここは威力の落ちた弾丸を食らって前の人間が倒れ伏したために、またほとんど威力の落ちていない弾幕に晒された地点である。
「2万からの軍がたったあれだけの時間でこの有様ですか……」
デッカード大司教は深刻な声でそう呟いた。まさかここまで一方的な展開になるとは思わなかったのだろう。それに、死者の多さにも驚いているように見える。
この世界の戦争は基本的に剣や槍、あとは弓矢などによるもので、そこに魔法が少し介入する程度である。怪我といっても防具の上から刃物で斬られたり、殴打されたりといったものが多く、ストレートに言ってしまえば即死率はあまり高くない。
しかし、俺がこの世界に持ち込んだボルトアクションライフルや軽機関銃、それに航空爆弾などの武器は剣や槍、弓などの武器に比べると比べ物にならないくらい殺傷力が高い。何せ、この世界の防具では殆ど威力を軽減できないのだ。
しかも、銃創というものは剣や槍、弓矢などによる傷よりも遥かに人体に与えるダメージが大きい。俺も詳しいメカニズムまでは覚えていないが、人体に突入した弾丸が人体を貫通するまでの間に体内で横転して人体内部を歪な形で傷つけたり、人体内で衝撃波を発生させて酷い損傷を与えたりするという話だ。
実際目の当たりにすると、倒れ伏している兵達の傷はどれこれも見るに堪えない酷い損傷を伴っているように見える。一体どれだけの死傷者が出たのやら。
「和睦に関してはレオナール卿とメルティ、それにデッカード大司教に任せる。アイラは俺と一緒に治療を──」
「それは和睦が終わってからである。まだ奴らは正式に降伏したわけではないのである」
「いや、だけどこの状況じゃ」
「まだである。準備を進めるのは良いのである。しかし、治療を開始するのは奴らが正式に降伏してからにするのである。どちらにしても武装解除などには人手が必要なので、メリネスブルグから可能な限り人手をこちらに動かすのはアリなのであるな」
「では、そのように」
レオナール卿の発言を受けてメルティがゴーレム通信機で通話を始める。
「コースケ。自分の作り出した武器で敵を一方的に虐殺した。そのように考えているのであろうが、奴らはそもそも我々を一人残らず殺し、捕らえ、蹂躙しに来た敵なのである。我々がコースケの武器で武装していなかったら、こうなっていたのは我々なのである」
「それは……そうか」
「そうなのである。コースケの持つ慈悲の精神は尊いものであるが、何事にも手順というものがあるのである。ここは吾輩が責任を持つので、今は堪えるのである」
「……わかった」
交渉している間に失われる命は多いだろう。それでも、まずは筋を通してからでないといけないとレオナール卿は言っているのだ。俺よりも戦場での経験が多い彼にそう言われては俺も従わざるを得ない。或いは、そう思わせることがレオナール卿の思惑と言うか、心遣いなのかもしれないが。
☆★☆
レオナール卿やデッカード大司教を始めとする解放軍の面々と聖王国軍の司令官は凡そ一刻半、つまり約三時間ぶりに再び顔を合わせていた。俺は先程と同じくエアボードの中で待機中。先ほどと違うところと言えばアイラがエアボードの中に残っていて、銃士隊のエアボードが勢揃いしてその銃口を聖王国軍の連中に向けているところだろうか。
あちらも魔道士団を後ろに控えさせて威圧しようとしているようだが、もしあちらが何かしようとすれば、それよりも早く銃士隊の持つ軽機関銃の引き金が引かれて連中は血煙と化すことになるだろう。
「今の所、不穏な感じではないみたいだな」
「ん。敵の魔道士団にも不穏な動きはない」
アイラはエアボードのルーフに設けられたドアを開き、少し高い場所から敵の魔道士団を監視している。アイラの大きな目は魔法を使う際の魔力の流れを視ることも可能だそうで、こういう時に魔法で不意打ちをされないよう監視することもできるのだそうだ。
まぁ、それも先天的なものでなく、魔力を見えるようにする特殊な魔法を使っているらしいのだが……魔法に関してはちんぷんかんぷんだからよくわからんな。とりあえずその魔力を視る魔法を発動したアイラは瞳の奥に、魔法陣みたいなものがキラキラしていてちょっとミステリアスな感じだった。
「どうなるのかね、これは。大人しく撤退してくれるもんかな?」
「そうせざるを得ない。撤退しないなら、こちらは徹底的に叩くだけ。死者がもっと増える。ここまで一方的にやられて、更に戦おうというのは無理な話。兵の顔を見ればわかる」
「まぁ、それはそうだな」
レオナール卿達と話をしている指揮官連中ですら表情が硬く、恐怖を押し殺しているのが俺にもわかるような状態なのだ。生き残った兵士達の顔も道中見てきたが、誰も彼も恐怖や不安を押し殺しているような様子だった。士気は最悪ってやつだな。
「このまま戦うと言っても、兵達が勝手に武器を捨てて降伏しそうな勢いだものな」
「ん。聖騎士と呼ばれる連中や、一部の信仰心の篤い連中はそれでも戦えるかも知れないけれど、大半はそうなると思う。聖王国の兵士も人間には変わりない。命は惜しい」
そうやってアイラと話しているうちに交渉は終わったようだった。レオナール卿のライオン顔は正直表情を読むのが難しいのだが、交渉そのものは上手くいったような雰囲気であるように思える。
「さて、どうなったかね」
「相手はどんな要求でも飲まざるを得ない。心配要らない」
☆★☆
今回の戦闘で聖王国軍側に出た死者は前衛部隊凡そ3500名、輜重部隊凡そ200名、合わせて3700名に登った。聖王国軍側の総勢凡そ2万のうち、純粋な戦闘員は13000人ほどなので、今回の戦闘で聖王国軍は戦闘員の凡そ28%を失ったということになる。更に負傷者が3000名ほど出ているので、実質動けるのは6300名。負傷者も入れれば戦闘員の損耗率は凡そ51%になり、とてもではないが戦闘が継続できる状態ではない。
「まぁ、全滅だな」
「ん、全滅」
メリネスブルグに戻った俺達から報告を受けたシルフィが呟き、報告をしたアイラが同意して頷く。まぁ、軽機関銃の掃射を棒立ちで受けることになったのが敗因だろうな。せめて伏せるとかすれば被害は小さくなっただろうが、鎧兜で身を固めて剣や槍で武装した連中が地面に伏せるというのはそれはもう戦闘能力の喪失以外の何ものでもない。あの状況でそんな指示を咄嗟に出して徹底させることができる指揮官なんてこの世界のどこにもいないだろう。
「すごいー?」
「ちょっと信じられないような戦果ね……」
「コースケの秘密兵器はやべーのです」
一緒に報告を聞いていたスライム三人娘がそれぞれ感想を述べていた。やべーのですって言い方はどうなんだ。それは。
「で、捕虜は敵の司令官と貴族出身者、あとは聖騎士に魔道士団をまるごとか」
「ん。副司令と下士官には責任を持って敗残兵を本国に連れ帰ってもらう必要がある。他は暴れたり妙な画策をしないように奴隷の首輪をつけて収監した」
「丁重に扱うよう指示を出しておかねばな。捕虜は重要な交渉材料だ」
解放軍の目的はあくまでもメリナード王国を聖王国の支配から解放し、かつての国土と連れ去られた国民を取り戻すことである。これから先は聖王国との粘り強い交渉が必要になる。交渉材料となる捕虜はいるにこしたことはない。
「これで聖王国が諦めてくれれば良いのだがな」
「そううまくいくもんかね」
「難しいだろうな。だがやり遂げなければならない」
「そうだな」
「ん、そう。今まで犠牲になった色々なもののためにも、やり遂げないといけない」
メリナード王国解放の先行きはまだまだ長そうだ。
ご主サバ3巻は11/30発売!
是非買ってね!_(:3」∠)_(事前に公開できる画像とかあるか確認中だからまってね!