第210話~前夜~
ファッキンコールド_(:3」∠)_
敵らしき大集団発見、との一報が入ったのはデッカード大司教にお手並み拝見と言われたほんの五分後のことであった。心の中で盛大にフラグを立てた影響だろうか? いや、関係ないか。デッカード大司教から早馬で飛んできていた情報から考えて、いつ現れても不思議の無い状況だったし。
その一報を聞いた食堂内の人々の反応はほぼ真っ二つに分かれた。
一つは、不安そうな表情を浮かべる者達だ。カテリーナ高司祭や給仕を勤めていたシスター達、やメイドさん達、それにシルフィ以外のエルフ四姉妹とセラフィータさんは一様に不安げな表情を浮かべていた。
それに対し、もう一方側の反応は正反対であった。不敵な笑みを浮かべる者。やっとか、獰猛に牙を剥く者、マイペースに朝食を口に運び続ける者。そんな彼らを見ながら朗らかな笑みを浮かべる者……いずれも全く気負った様子は見られず、不安さなど欠片も見せない。
当然ながら、俺も後者に属する。
「ようやくであるな。吾輩の出番があると良いのであるが」
「あったとしても最後の最後」
「そうだろうな。わざわざこちらに負傷者を出すこともなかろう」
「ぬぅ……仕方ないのである。しかし、吾輩達にも活躍の場は欲しいのである」
「アイラの言う通り、最後の最後にはレオナール達の精鋭兵が必要になるさ。本陣の制圧はせねばならんからな」
レオナール卿とアイラ、そしてシルフィ達が話す横で俺とメルティは今日のスケジュールについて相談をしていた。
「今日は確か薬草の植え付け予定でしたよね?」
「そうだな。でも、城壁に行ったほうが良いよな?」
「そうですね。ゴーレム式バリスタの設置と、航空爆撃部隊の補給地点を敷設する必要がありますから。エアボードの補給はどうします?」
「エアボード自体の積載量が十分あるから、直接積み込んどけばいい。弾が切れたら全速力で戦場から離脱してもらえば良いさ」
「それもそうですね」
本当はいつでもゴーレム式バリスタや補給地点は作ることができたのだが、あまり早く設置しすぎて悪戯というか破壊工作でもされたら面倒なので設置型兵器の配備や扱いがデリケートな航空爆弾の保管所などはまだ作っていなかったのだ。城壁の改造と設置は今の俺ならそう時間もかけずに終わらせることができるし、豆腐型の一時保管所なんかも一瞬で作れるからな。
「ちょっとシルフィ、その……怖くないの?」
「イフ姉様。私達はそもそも討伐軍がこちらに向かっているという情報を得たから打って出てきたのですよ。勝てる見込みが無いなら、イフ姉様達を解放した直後に逃げ去っています。我々は自殺志願者の集まりでは無いのですから」
イフリータの質問にシルフィは獰猛な笑みを浮かべながらそう答えた。その覇気に中てられたのか、イフリータがビクリと身を震わせる。恐らく、彼女の中のシルフィはきっと自分の後ろをついてまわる可愛らしいシルフィエルのままだったのだろう。多少成長し、エルフの特性によって姿が変わったとしても、彼女にとってシルフィはシルフィだったのだ。
だが、ここでイフリータは初めて『黒き森の魔女』としてのシルフィの姿を、態度を目にした。それは他の姉妹達やセラフィータさんにとっても同様だ。獰猛な笑みを浮かべるシルフィを見る彼女達の目は、明らかに異質なものを見るそれになっていた。
「イフ姉様達にとっては戦争の記憶は新しいものでしょう。ほんの一週間ほど前の出来事に過ぎないのでしょうから。ですが、私にとっては二十年前の話です。私は二十年、私と民達からメリナード王国を、家族を奪った聖王国への復讐を糧に生きてきました。その復讐が成就される瞬間が近づいてきているのです。これが笑わずにいられますか」
そう言い、シルフィはイフリータに見せつけるように拳を突き出して見せた。
「私は、この手で、メリナード王国に居座る聖王国の連中を、アドル教の連中を叩き潰し、全てを奪い返すために生きてきたのです。そのために、そのためだけに二十年の時を費やしてきました」
ギチギチと音が鳴りそうな程に拳を握りしめ、その視線を今度はデッカード大司教に向ける。
「反乱軍に属する人々は多かれ少なかれ私と同じような気持ちを抱いて二十年もの間、聖王国とアドル教を憎んできた連中の集まりだ。私は貴方達懐古派が私達の役に立ち、私達と協力する姿勢を取り続ける限りに置いては貴方達を保護し、支援する。だが、貴方達がその姿勢を崩した時にはこの剥き出しの憎悪が貴方達にも容赦なく牙を剥くことになる。それだけは心に刻み込んでおくことだ。今までのアドル教の連中と同じような真似をすればその首を柱に吊るして晒してやる」
「肝に銘じておきましょう」
デッカード大司教は神妙な顔で頷いた。それを確認したシルフィはデッカード大司教に向けていた視線を外し、レオナール卿に視線を向ける。
「レオナール、コースケと共に迎撃準備を始めろ。メルティはレオナールやザミルを支援しながら連携し、メリネスブルグの掌握を進めろ。アイラは魔道士団をいつでも動かせるように態勢を整えつつ、無理のない範囲で医薬品を手配しろ。私はハーピィとゴーレム通信機を使って指示を出す。さぁ、動け。聖王国の連中を血祭りにあげるぞ」
☆★☆
「……はぁ」
などとかっこいいことを言っていたシルフィが設置した自動擲弾銃のチェックをしている俺の背中にぐでーん、とのしかかってきていた。流石にこの程度で重いとは言わないが、正直に言えばちょっとだけ邪魔である。ちょっとだけ。
「勢いでああ言ったは良いが、姉様にああいう目で見られるのはショックだった」
「まぁ、仕方ないんじゃないか。デッカード大司教やカテリーナ高司祭の前で弱みを見せるわけにはいかないだろ」
「そうなんだがな……はぁ」
シルフィが陣頭指揮を取る、というような事を言っていたが実際のところはもう準備は殆ど終わっているようなものだし、レオナール卿とザミル女史による部隊の掌握は完璧だ。メルティの率いる文官勢によって補給品なども既に整理されて運ぶべき場所も決まっていたので、後はもう聖王国から来る討伐軍を待ち構えるばかりである。
「ま、多少は怯えられるくらいのほうが良いのかもしれないな。どう取り繕っても私の手は血で汚れているのだし。姉様方や母様が眠りに就いて二十年もの時も過ぎたのだから、以前と全く同じ関係ではいられないのも当たり前だ」
「そんなに悲観することはないと思うけど」
「別に悲観しているわけではない。関係性は変わらざるを得ないし、今なら今なりの新しい関係を築けば良いんだな、という話だ」
「そういう話なら納得も応援もできる。俺にできることがあるなら何でも言ってくれ」
「そうだな。何か考えついたらその時はお願いしよう」
などと話していると、ゴーレム通信機に通信が入ってきた。俺に後ろから抱きついていたシルフィが俺から離れ、ゴーレム通信機の受話器を手に取る。
「シルフィだ」
『こちらピルナ。聖王国軍はメリネスブルグまで徒歩で凡そ一刻半ほどの距離で行軍を停止。その地点に布陣し、四方に偵察を出す模様です』
「わかった。くれぐれも安全な距離を保って絶対に損耗を出さないように」
『了解ですっ』
ピルナからの通信が切れる。
「ずいぶん遠いところに布陣したな?」
徒歩でおよそ一刻半と言えば大体15kmほどの距離だと思う。こちらの城壁上からは見えない。少なくとも俺の目では。シルフィにも見えていないようなので、もしかしたら城壁上から捕捉されないギリギリの距離なのかも知れない。
「恐らくピルナ達を見て不審に思ったのだろう。奴らの掴んでいる情報ではメリネスブルグはまだ聖王国が制圧している筈だからな。いや、密偵の類を完全に遮断できているわけではないから情報が漏れている可能性もあるか……とにかく、こちらを警戒しているのは間違いないな」
「なるほど。どうする?」
「まずは降伏勧告を送るところからだろう。既にメリネスブルグの城門は封鎖しているから、今日はとにかく外部からの侵入者を入れないように警戒する。明日になったらアドル教の聖職者と捕虜数名を連れて降伏勧告だ。その決裂をもって正式な交戦状態に入ることになるだろう」
「決裂するかな? するよな」
「しない理由がないな。あちらからすれば私達は地方の属国ではしゃいでいるちっぽけな賊だ。交渉する気は無いだろう。明日、一応こちら側から降伏勧告を行うのは全てが終わった後に妙なところでつつかれないためのアリバイ作りだ」
そう言ってシルフィは肩を竦めると、ピルナから受け取った情報を各部署に回し始めた。こういう時もやはりゴーレム通信機は便利だな。
一応今の段階では明日は交渉が決裂し、討伐軍が侵攻を始めた時点でこちらから戦端を開く予定だ。具体的にはハーピィ爆撃部隊による航空爆撃と銃士隊のエアボードによる機動攻撃を行う。下手するとそれだけで相手の士気を粉砕しかねない気がするが、まぁその時はその時だ。徹底的に追撃してやるとしよう。馬より早く移動するエアボードと空を飛ぶハーピィさんを相手にどこまで逃げられるかな? 徒歩で大混乱に陥ってる状態じゃまず逃げられんだろうな。
前線の戦況に関しては爆撃任務を帯びていない偵察用のハーピィさんに飛んで逐一状況を教えて貰う予定で、戦場の状況によっては銃士隊だけでなく精鋭兵部隊の一部もエアボードに乗って追撃に参加する予定である。
「城壁まで攻め寄せてくるかなぁ……無理だよなぁ」
「無理だろう。どう考えても奴らは城壁まで辿り着くこともできん」
銃士隊の装備している汎用機関銃の性能も、ハーピィさん達による航空爆撃の威力も両方知っているシルフィはそう断言した。俺もそう思います。
明日は血の雨が降るな。
明日か明後日辺りに宇宙船の方の原稿が届くので、その著者校正のためにお休みするかも知れません……ユルシテネ!_(:3」∠)_