第020話~真理の端緒ですか(笑)~
さて、更に翌日である。昨晩の夜の運動は俺が疲れているだろうということで攻守交代した。前二日は俺が攻撃側だったからな。感想は……そうだな。目の間で弾むのって視覚効果がすごいね!
あとシルフィのタフネスが凄い。本当に凄い。コツを覚えたら殆ど抵抗は不可能だ。実に楽しゅうございました。
「さぁ、今日も張り切っていくぞ」
「はい」
シルフィのお肌はツヤッツヤである。ちなみに今日の朝食は朝からローストラビット、ラビットのモツ炒め、薄焼きパンという超ヘビー級メニューだった。そりゃアレだけ運動したらお腹も空くだろうね、うん。
昨日の夜のうちにクラフト予約しておいた品はすべて完成していたので、鍛冶施設と作業台ごとインベントリに回収してきた。鍛冶施設はレンガ焼きに使うし、作業台も使うかもしれないからね。
昨日と同じくエルフの職人街を通り、難民区画を抜けて拡張区画へと向かう。目的地は昨日出来上がっていた粘土の小山だ。
「なんかデカくなってない?」
「乾燥中だった日干し煉瓦に水を添加して粘土に戻したのではないかな」
「なるほど」
日干し煉瓦の作り方なんてよく知らないけど、粘土が原材料で焼成するってわけじゃないなら確かに水を加えれば戻るのかもな。なんかいつだったかテレビで見た時は馬糞とか牛糞とか藁とか混ぜてた気もするけど。
「おはようございます、姫殿下」
「「「おはようございます」」」
粘土の小山に辿り着くと、ダナンを始めとした幹部連中や働き手らしき難民達が既に集まって作業を開始していた。
「うむ、今日も精を出して働くとしよう」
「おはようございます!」
シルフィが挨拶したのを確認してから、俺も元気よく挨拶する。アイサツは実際大事。古事記にもそう書いてあるからな。
「コースケ、昨日修復した武器があっただろう? あれを出してくれ」
「了解」
修復済みの武器をインベントリからポンポンと取り出していく。鉄の剣が四本、鉄の槍が三本、鉄の短剣が六本、、鉄の手斧が二本、鉄の盾が二枚だ。鉄の盾をまず取り出して地面に置き、その上にガシャガシャと重ねていった。
「ダナン、これは私が保管していた戦利品の武器をコースケに手入れさせたものだ。戦うことが可能な者に分配して防衛や狩りに使え」
「はっ!」
「あと、コースケに命じてダナン用の武器を拵えさせた。コースケ」
「へい」
昨晩作った鋼鉄のバルディッシュをインベントリから取り出し、シルフィに手渡す。
「私も見てみたが、質の良い品だ。これを振るって皆を守れ」
俺からバルディッシュを受け取ったシルフィがそのままダナンにバルディッシュを手渡す。バルディッシュを受け取ったダナンは刃をしげしげと眺めてから重心を確かめるかのように何度かバルディッシュを素振りし、それから大きく頷いた。
「素晴らしい武器です。この武器ならばギズマなど紙のように引き裂けましょう」
「そうだろう。他にもコースケには隠し玉がいくつかある。きっと度肝を抜かれるぞ」
「それは実に楽しみですな」
ダナンが薄く笑みを浮かべる、うん、体格と厳つさのせいで山賊か何かの親分に見えるわ。言ったらバルディッシュで真っ二つにされそうだから絶対にそんなこと言わないけど。
「しかし、この男がこのように素晴らしい武器を?」
ダナンがシルフィに疑問の視線を投げかける。そうだよな、昨日の今日だもんな。俺とシルフィが出会ってまだ三日、ダナンと顔を合わせたのは昨日の話だ。どう考えても、あのバルディッシュを作るのにかかる時間は一晩どころか三日でも足らないだろうと誰でも思う。俺も普通ならそう思う。
「信じられないのも無理はないが、事実だ。アイラの言葉を借りればまさに不条理の塊みたいな力だからな、コースケの力は。今日もその力の不条理さをとくと味わうことになると思うぞ」
シルフィがニヤリと笑う。うんうん、やっぱりシルフィと言えばそういう表情だよな。出会ったばかりの頃は普通に笑えばいいのにと思っていたけど、今では逆にああいう表情を見てるほうが安心するね。だって普通に笑うともう可愛いというか美しすぎて動悸が激しくなっちゃうからね。
「ではコースケ、今日の作業を始めろ」
「アイアイマム。それじゃ鍛冶施設を設置するからちょっと場所を空けてくれー。はいはいそこどいてねー、失礼しますよー」
粘土の小山の近くに立っていた難民達にどいてもらって鍛冶施設を設置する。設置した瞬間、難民達からざわめきの声が上がった。うん、そうだよな。いきなりそこそこ立派な精錬炉やら何やらがドンッと現れたらびっくりするよな。
「シルフィ、多分だけどくたびれた刃物とかも修復できるだろうから、そう言うのがあるならまとめて持ってきて貰えば修復するぞ」
「ふむ、それは良いな。手配しよう」
「うん、頼む。俺は粘土を回収してひたすらレンガを焼くよ」
「わかった。よく働くようにな」
「アイアイマム」
ダナンを伴って去っていくシルフィに敬礼をしながら見送り、俺はシャベルをインベントリから取り出す。ついでに燃料の木炭を鍛冶施設にセットしてレンガの焼成準備も――。
「あの、邪魔なんですけど」
「一体どういう仕組みでこんな施設が……不条理」
「火を入れたら危ないから。触るな、見るならもっと離れて見ろ」
「ぐぬぬ」
鍛冶施設にくっついてあちこちガン見しているアイラを引き剥がすのにとても苦労した。
☆★☆
掘る。ひたすら掘る。シャベルを粘土の山に突き立て、ガンガンとインベントリに入れていく。そうしている間にも難民の皆さんが粘土をどんどん運んでくる。運んでくる道具はアレだ、木の板に取っ手になる紐をつけたようなものだ。板の上に粘土を載せて、紐を引っ張って運んできている。
「どういう仕組みで粘土を消している?」
「普通にインベントリにガンガン放り込んでるだけだ」
「むぅ……やっぱり魔力の痕跡が一切ない。魔力ではない別の力が働いている……?」
アイラは俺の作業を監視しながら時折質問をして、それから何かブツブツと呟いている。彼女は彼女で仕事があると思うのだが、俺にべったりだ。多分、人間に対して敵意を持っている難民が俺に危害を加えないようにここにいるんだと思うんだけど、本当にそうなのかどうか確信は持てない。行動があまりに欲望に忠実というか、知的好奇心に根ざし過ぎだからな!
「粘土はまだ足りませんか?」
近くにはメルティもいる。修復が必要な刃物を持ってきてからここに居座っているのだ。彼女がこれ見よがしに足元に置いている石臼には決して目を向けないようにする。目を向けない。向けないからな。今はそれよりも大事なことがあるんだ。
「あー、どうかな。一旦止めてもらっても良いかもしれない。結構な量が集まってるから」
作業と並行して鍛冶施設の炉でレンガは焼成し続けている。後はレンガをレンガブロックにクラフトするんだが、その作業は手元でやるより作業台使ったほうが早いよな。
というわけで、作業台を設置する。
「また何か増えた」
「作業台だ。鍛冶施設は製鉄や焼成、鉄器の修復なんかに使う施設で、作業台は色々なものの加工に使う施設だ。俺自身のクラフト能力を強化するような役割を持っているな」
そう言えば、鋼鉄の板バネもできているしアップグレードできるな。シルフィには昨日のうちに許可をもらっているし、アップグレードしてしまおう。
「ちょっと眩しく光ると思うから、作業台を凝視するのはやめておけ」
「何事も見逃す訳にはいかない」
「どうなっても知らんぞ……」
アイラは寧ろどんと来いとでもいわんばかりである。説得しても聞きそうにないので、もう放置してアップグレードを実行した。予想通り、作業台が眩い光を放つ。
「い、今のは?」
「作業台をアップグレードしたんだ。出来ることが増えたり、性能が向上したりする」
メルティの質問に答えながらアイラを見ると案の定まともに閃光を見たせいで目を押さえて呻いていた。だから言ったのに。
「あうぅ」
「はいはい、危ないから座っててな」
サクッと木製のスツールを作って設置し、アイラを座らせておく。世話の焼ける単眼ちゃんである。
さて、アップグレードした作業台だが、表示は改良型作業台になっている。外観の変化としては、全体的にゴツく、鉄製になり、L字型になった。L字の一面は今までと同じような作業スペースで、もう一面は足踏みミシンめいた機械装置がついている。あー、これはアレか? 足踏み式の旋盤ってやつじゃないか? 加工したいものを回転させながら固定された刃に押し付けて削ったり、切ったり、穴を開けたりするやつだ。
「この装置は一体?」
「多分旋盤ってやつだと思う。金属をいろんな形に加工するための装置だな。俺が使う分には飾りだけど」
俺の場合クラフトメニューで物品の加工を行うわけで、どんなに大層な加工装置を作ったとしてもお飾りのようなものである。まぁ、この作業台を普通に使うことは出来ると思う。俺はやらないだけで。
とりあえず、何が出来るようになったか調べるのは後だ。今はレンガブロックを量産しなければならない。焼成の終わったレンガを鍛冶施設から改良型作業台に移し、レンガブロックをガンガン量産していく。これはもう作れるだけ作ってしまおう。
「み、見えた」
「? 何が?」
「真理の端緒」
「熱は……ちょっと熱いか?」
真面目に酔っ払ったような発言をするアイラの額に手を当ててみると、少し熱い。熱が出ているのか、それとも単に鍛冶施設に齧りついていたから熱くなっているだけか判断できないな。お薬出しておきますねーって言ってやりたいが、残念ながら製薬系の作業台はない。
「メルティ、アイラを頼む。俺は仕事で忙しいんだ」
「わかりました。さぁアイラ、あっちで少し休みましょうね」
「私は正常、離して」
「酔っ払いは自分で酔ってるなんて言わないですからね」
「酔っ払ってない。そもそも私かメルティがコースケを見張っていないといけない。メルティは粘土掘りを止める通達を出してくるべき」
アイラが憮然とした表情でメルティの手をピシャリと叩い除け、ジト目でメルティを睨む。
「うーん、仕方ありませんね。コースケに迷惑をかけてはいけませんよ」
「子供じゃないんだから大丈夫」
ほんとぉ? と思うがそんなことを言っても怒りを買うだけだろうから黙っておく。雄弁は銀、沈黙は金と言うしな。この場合は口は災いの元、の方が正しいか。メルティが去って行き、俺とアイラ、そして周りで俺の作業を野次馬している難民達だけがこの場に残る。
「で、何が見えたって?」
「あの光は神官が使う神聖魔法の輝きに似ている。恐らく、コースケの能力はいずれかの神の奇跡に近いもの」
「あー、うん。ソーダネ」
知ってた。漠然とした直感だけどこの能力の方向性というか、能力自体に第三者の意志は感じてたもんな。アチーブメントの一言余計なコメントも、何者かの意志の介在を示唆していた。
で、俺をこの世界に呼び込んだ上でこんな能力を使えるようにする、なんてことをどんな奴ができるのかって言ったらそれはもう神様くらいしか思い浮かばない。そういう意味では、俺の能力が神の奇跡めいた何かだ、なんてのは『知ってた』としか言えない。アイラの発言によって漠然とした直感が正解であると補強はされた感はあるけど。
「……知ってた?」
「いや、俺が異世界から来たってことは知ってるよな? 俺を異世界からこの世界に呼び寄せた上でこんなことを出来るようにすることが出来る存在っていったら……なぁ?」
「……不覚」
アイラは本気で落ち込んだのか、頭を抱えて俯いてしまった。うん、目の前の不思議に集中しすぎて視野が狭くなってたんだな。わかるわかる。
それからアイラは俺が粘土を全部レンガに変えて、そこからさらにレンガブロックに変え終えるまで――つまり昼飯の報せが来るまでずっと落ち込んでいた。南無い。
明日こそは少し長く書きたい!_(:3」∠)_