第201話~アドル教への沙汰~
遅れたよ! ごめんね!_(:3」∠)_
「なるほど。まぁ妥当なラインですね」
翌日。王城の応接間でアドル教への沙汰を聞いたエレンは静かにそう言って頷いた。
「妥当と思ってくれるならこちらとしては助かるがな」
エレンの対面に座ったシルフィがそう言って息を吐く。
昨晩の話し合いで決まったアドル教への処遇。それはストレートに言えば現状維持であった。
当然ながら解放軍からの指示には従って貰う形になるが、メリネスブルグ内に存在するアドル教の財産などに関しては接収したものをそのまま返還する。その代わり、アドル教は聖堂に訪れる信徒達に対して人心の安定を図るわけだ。
アドル教の教えに関してもオミット大荒野で発見された古い教典の内容に従って亜人排斥の教えを排し、本来あるべきアドル教の教えを浸透させるように働きかけてもらうことになる。いきなりの方針転換は民に不信感を与えるだろうから、こちらは徐々にという形になると思うけど。
解放軍というか行政側からアドル教に与える予算に関しては現状の予算の使い途などを精査の上、改められることになるだろうということで一応の同意を得た。エレンとしても今回のことを機会に所謂金満主義の生臭坊主を排除したいという考えがあるようだ。
そういうのは基本的に主流派の連中なので、適当に罪をでっち上げて追放なり処刑なりをして欲しいということである。なおこの話題で話している時のエレンはとても良い笑顔であった。主流派の生臭坊主どもに関してはエレンも相当腹に据えかねていたらしい。
と、一通りの話し合いが終わったわけだが──。
「シルフィ! なんで侵略者のこいつに甘い顔を見せるのよ!? こんな奴ら全員磔にしてから燃やしてやれば良いんだわ!」
シルフィの隣で今まで黙っていた赤ジャージの口から超過激な発言が飛び出した。その言葉を聞いたシルフィは片手で目元を覆って溜め息を吐き、エレンは俺の隣から『なんですかこの頭悪そうなじゃじゃ馬は』という視線を向けてくる。いやうん、エレンの気持はよく分かるよ。
「イフ姉様……口は出さないという約束だったでしょう?」
「それはそうだけど……だっておかしいじゃない! こいつらが聖王国を煽ったからメリナード王国が大変なことになったのよ!? それなのに実質お咎めなしだなんておかしいじゃない!」
赤ジャージがエレンを指差しながらきゃんきゃんと吠える。
「イフ姉様が眠りに就いてからもう二十年です。既にメリネスブルグでは一世代巡っているのですよ。当然、メリネスブルグ内にもアドル教徒が多くなっています。そんな状況でメリネスブルグを実効支配している我々が聖職者を虐殺したら治安が著しく悪化するのは火を見るよりも明らかです。それに、エレオノーラの教派は亜人を排斥することを謳う主流派ではなく、亜人との融和を謳う古い教えを守ろうとする懐古派です。それは旧メリナード王国の思想とも近いものです。手を取り合い、協力体制を築くのがお互いにとって得なんですよ」
「でも、アドル教は敵よ! というかあんた! なんでその女の隣にいるのよ!?」
「え、だって三対一みたいな形で対面したらバランス悪いじゃん。なんか圧迫してるような形になりそうだし」
「あんたはシルフィの味方でしょうが! こっちに座りなさいよ! おかしいでしょうが!」
赤ジャージがビシィ! と俺を指差して座ったまま足をダンダンと地団駄を踏む。
「なぁシルフィ、これ本当にシルフィのお姉さん? 本当にお姫様? 俺のお姫様像とかけ離れすぎてるんだけど」
「イフ姉様はちょっとこう……直情的なんだ」
「ものすごい気を遣った表現だな」
「不出来な姉を持つ黒き森の魔女も大変ですね」
「なんでアンタ達は一体感を出してるのよ!」
むきー! とでも言わんばかりに目を三角にして赤ジャージが俺達三人に吼える。五月蝿い赤ジャージだなまったく。
「あのなぁ、お前の言う通りにアドル教の聖職者を一掃したとして、その後に信徒が暴動でも起こしたらどうするんだ? そいつらも一掃するのか? 今のメリナード王国の領土内には沢山のアドル教徒とその数に見合った聖職者がいるぞ? そいつらも全部磔にして燃やして灰にするのか? そんなことをして誰が得をするんだ?」
「そ、それは……」
「そんなことをしたら聖王国との講和なんてできなくなるぞ。お前は俺達と聖王国のどちらかが完全に滅ぶまで殺し合えと言いたいのか? ん?」
実際のところは魔煌石爆弾を自重無く使いまくれば聖王国を更地にすることだって不可能じゃないと思うが、俺はそんなことをする気は更々無いぞ。
「……」
先程までの勢いはどこに行ったのか、赤ジャージは途端にシュンとして黙りこくってしまった。ちょっと突かれたくらいで涙目になって黙るくらいなら最初から口を出すなよこのお馬鹿が。
「コースケ、そのくらいにしてやってくれ。イフ姉様はその……まだ若いんだ」
「若いって言ったってお前、シルフィのお姉さんだろ?」
「それはそうだが、エルフとしてはまだ子供なんだ……二十年眠ってたから、年の差は私と殆ど無くなってしまったけれど」
そう言ってシルフィが気遣わしげな視線を赤ジャージに向ける。俯いた赤ジャージ──イフリータはその碧色の瞳からポロポロと涙を零していた。オイオイオイオイなんで泣くんだよ。それじゃまるで俺が泣かしたみたいじゃないか。
「泣ーかした、泣ーかした」
「うぜぇ!?」
エレンが無表情で俺を両手の人差し指で指差しながら囃し立ててくる。
「イフ姉様……その、今はもうただ敵を倒せばいいって段階じゃないんだ。私達は聖王国に要求を呑ませ、どうやってこの争いを終結させるかということを視野に入れて行動しなければならない。そうするとなると、聖王国と交渉するためのパイプを持っているアドル教という存在は我々にとって必要不可欠な存在なんだよ。だから、イフ姉様の言うようなことはできないんだ」
「一部は存分に焼き払ってくれていいんですけどね。昼間から酒を飲んで女を寝所に連れ込む生臭坊主とか」
「話をまとめようとしているんだから混ぜっ返すな……そう言えば、お前の上司とやらがそろそろ着くのではなかったか?」
「そうですね。今日明日には着く筈です」
「ふむ……ならそろそろ偵察の警戒網に引っかかる筈だな。発見次第連絡する、そちらは受け入れ準備を進めてくれ」
「わかりました」
まだ涙を流しているイフリータを連れてシルフィが退室していく。
「行かないのですか?」
「泣かした俺が一緒に行ってもな。まぁあんまりゆっくりもしてられないんだけど」
今日は薬草を作るための畑を作らなきゃならないし、市場への影響が少ない範囲で集められた薬草を使ってライフポーションも作らなきゃならない。どうせ畑を作るならと薬草の分だけでなく普通の畑も作らされそうな気がする。イモ類マメ類あたりは保存も効くし、今から作り始めても無駄にはならないだろうしな。余ったら売るなり炊き出しに使うなりいくらでも使い途がある。
「貴方も多忙なんですね。私としてはベッドで横になっているイメージが強いんですが」
「そりゃ出会う切っ掛けが切っ掛けだったからな。実は俺はとっても働き者なんだぞ」
そう言って力こぶを作ってみせると、不意にエレンが俺の方に倒れ込んできた。そのまま俺の膝に身体を横たえ、ごろんと仰向けになって俺の顔を見上げてくる。
「私は働きたくないです。誰も彼も聖女様聖女様と不安げな瞳で私に詰め寄ってくるんです。疲れます」
「それは大変だな。よく頑張ってるな、エレンは」
前頭部のあたりをくしくしと撫でてやると、俺の顔を見上げている赤い瞳が気持ちよさそうに細められた。うーん、可愛い。俺もこのまま仕事をサボっていたいなぁ……と思っていたがその幸せは長く続かず、程なくして現れた角の生えたあくまに俺は仕事へと連れ去られてしまうのであった。