第199話~馬車馬のように~
10月頭の法要に向けてちょっと親戚がね……遅れたのはユルシテ!_(:3」∠)_
城内掌握の作業そのものは迅速に進んだ。メルティがテキパキと指示を出し、エレンがその指示を追認して解放軍だけでなく城内の人間も使って進められたためだ。解放軍の兵士達が恐れられていたというのも大きいだろう。何せ、数で勝る聖王国の正規軍相当の戦力を無傷で粉砕したのだ。メリネスブルグの人々にとって今の解放軍は全員が一騎当千の強兵に見えているに違いない。
まず最初にメリネスブルグの王城で行われたのは武装解除である。王城の警備に関しては解放軍の銃士隊と精鋭兵達が行うので、聖王国側の戦力は必要がない。何かの機会に叛乱を起こされても困るので、武器に関しては剣や槍、弓矢どころか甲冑や手甲の類まで徹底的に没収した。
次に没収したのは財貨の類と食料である。財貨に関しては現金や宝石、貴金属、手形の類など根こそぎだ。美術品や調度品なども必要最低限のものを残して俺のインベントリにポイである。これは別にそのまま全部没収するわけでなく、俺のインベントリを使って内訳を詳細に確認するためのものだ。内訳を俺が口頭で伝え、目録を書き出してから明日にでも国庫に戻す予定である。
食料に関してもこれは同様だ。王城の備蓄食料は籠城や飢饉に備えた非常食料でもあるので、空にしてしまうのはよろしくない。俺が管理しておけば盗難や劣化の心配も無いのだが、そうなると俺が倉庫番として拘束されてしまうことになるので、やはりこちらも目録を書き出してから倉庫に戻す予定である。
何故こんな作業をしているのかというと、聖王国側の資料を鵜呑にするのがリスキーだからである。どちらにしても解放軍としては安全上の理由で一度全部調べる必要があるのだから、一度にやってしまおうという話なのだ。齟齬が見つかれば杜撰な管理をしている輩を燻り出すこともできるだろうし。
「やることが……! やることが多い……!」
とりあえず城内の物資の収納を終えたら今度はメリネスブルグ中を回って各所にある衛兵の詰め所や軍の駐屯所、宿舎、武器庫に食料庫、その他諸々を回って同様に民間の在庫を除いた統治者側の物資を掻き集めて回らなければならない。適切な場所に適切な物資を適切な量配備するために、まずは一度数を確認せねばならないのである。
当然、その作業には俺のインベントリを活用することになる。正確な数字がポンと出るのは便利なのだ。何せモノがモノである。剣や槍、矢束の数だけでも相当なものだし、備蓄食料に至っては混ざりものの入った不良品はまだ可愛いもので。数が大幅に合わない、倉庫の奥に仕舞い込まれていた小麦袋の中身がただの砂利だった、なんてことすらあった。管理が杜撰過ぎる……!
そんな事態が発覚する度にメルティが実に良い笑みを浮かべるのである。それはもう、愉しそうな笑みを。コワイ! 担当者は謝って! 今すぐ謝って! 早く! 手遅れになっても知らんぞぉ!
内心戦慄しながら物資の収納を終えたら、今度は捕虜の収容施設の建設である。交戦した聖王国軍の軍人達は殆ど死んだので捕虜の数はそう多くはないが、負傷者は酷い手傷を負っている者も少なくなく、清潔な寝床と継続的な医療処置が必要な者が少なくなかった。
捕虜収容施設と言うよりは病院だな。うん。まぁちょっと警備が厳重な病院だ。
これはメリネスブルグ内にあった居住者の居なくなった大邸宅の土地を挑発して作ることになった。解放軍がアーリヒブルグまで迫った際にメリネスブルグから逃げ出した権力者の邸宅だったらしい。
多少残っていた家具などを根こそぎインベントリに放り込み、邸宅をミスリルツールでぶっ壊して資源化し、その資源を使って頑丈な病院めいた捕虜収容所を作った。邸宅の備わっていた柵は元から高く頑丈であったのでそのまま使うこととし、監視用の櫓を要所に作ることによってとりあえずの完成ということに相成った。水源が乏しかったので捕虜収容所の中心に無限水源を使った給水塔を建てたくらいだろうか、特筆するような点は。
ああ、俺が邸宅を光り輝くツルハシやシャベルで粉砕し、地均しをして瞬く間に立派な豆腐――ゲフンゲフン……立派な捕虜収容所を作ったのは多数の住人に目撃された。正直隠しようがないからな……敷地は広いし。周囲一帯の人払いをするというのも難しかったし。
完成次第爆撃部隊のハーピィさんに飛んでもらい、捕虜をこちらに運び込むということになった。
ええと、それで次は……? くそぉ、やることが多いってんだよぉ!
☆★☆
「とてもつかれた」
「軟弱ね。おかわり」
「んだとオラァン!?」
「怒りながら素直におかわりを出すコースケは優しいな」
地獄の集計作業後、明日にすると言っていた城内の倉庫に備蓄物資を戻す作業も詰め込まれて疲れ果てた俺であったが、流石に陽も落ちて暗くなると解放された。というか、シルフィの手によってメルティの魔の手から救出された。紹介がてら、家族に地球料理を振る舞って欲しいという名目で。シルフィマジ天使。メルティはあくま。
で、今はシルフィの姉妹達とお母上には適当に出したバラエティ感溢れるメニューを絶賛提供中である。アクアウィルさんはスイーツ系を好み、赤ジャージは肉系とかパスタとかガッツリ系お気に入り。ドリアーダさんはピザやらフライドチキンやらのジャンクな感じの食べ物が好みであるようだ。
お母様のセラフィータさんは少食なようで、少しずつ色々な料理を摘んでからは俺の出した蜜酒を楽しんでいるようである。
「凄いです。見たこともないお菓子がこんなに沢山……夢みたい」
「味は悪くないわね」
「とっても美味しいです」
赤ジャージの態度が若干気に入らないが、概ね好評のようだ。なに、小娘の戯言と思えば気にもならないものさ。実際には俺より年上っぽい気がしないでもないけど。
「コースケさんは多才なのね」
ドリアーダさんが頬を僅かに上気させながら微笑む。うん、綺麗なお顔なのにピザソースが口元についているのがちょっと残念感あるね。でもいっぱい食べる女性は嫌いじゃないよ、うん。
「俺自身はそうでもないですよ。俺の能力が優れているだけで」
「稀人として持って生まれた能力もその人の才能だと思いますよ。貴方はちゃんとその能力を使いこなしているのでしょう?」
「そう、ですかね。そうだと良いんですが」
セラフィータさんはそう言ってくれたが、俺が自分の能力を十全に使いこなしているのか? と言うと大いに首を傾げざるをえない。アチーブメントの解放を積極的に狙っていくような行動はあまりしていないし、周りの状況に振り回されて未だに手を入れられていない部分も多くあると思う。そもそも、自分の能力の全貌をまだ完全に把握しているわけではない。
「案外卑屈なのね?」
「客観的であろうと思っているだけだ。十全に自分の能力を活かすことができているかと言えばそこまで自信はないんだよ。ここに来るまでに沢山の人を殺してきたわけだからな」
もしかしたら流す血をもっと少なくできたかもしれない。
とは言え、俺の今までの行動が大幅に間違っているとは思ってはいない。ベストではなかったかもしれないが、ベターではあっただろうと思う。ひとまずとは言え、家族を解放するというシルフィの目的は達成されているのだから。
「申し訳ない。祝いの席で言うようなことじゃなかったな」
「いいえ。そういったことも含めて、私達は全てを受け止めていかなければならない身ですから」
「そうですね。お母様の言う通りです」
セラフィータさんの言葉にドリアーダさんが同意した。
彼女達が目覚めるまで二十年。その間に行われた聖王国による統治で命を落とし、あるいは命を落とさないまでも不幸に見舞われたた亜人の数は計り知れない。それだけでなく、彼女達を助け出すために解放軍が殺害した聖王国軍の兵士も多数に上る。彼女達は今、それらの屍の上に立っているようなものだ。
「今後、どうしていくか。私達は決断しなければならないでしょう」
彼女達の存在というのはメリナード王国が聖王国に攻め込まれる直接的な要因と言っても過言ではない。聖王国は戦争を起こしてでも彼女達の血を求めたのだ。彼女達が眠りから解放されたとなれば、またぞろ聖王国はメリナード王国に攻め込んでくるかも知れない。
そもそも解放軍がメリナード王国の領土を取り戻したとして、彼女達をどう扱うかというのも問題だ。解放軍のリーダーはシルフィなのだから、その親族である彼女達が軽い扱いを受けるということはまぁ無いだろうが、だからといって再興したメリナード王国の中核に彼女達のいる場所があるのか? というと俺には微妙に思える。
無論、シルフィの家族としてそれなりの扱いを受けるであろうということは想像に難くないが、政治的なポジションというか、役職というか、どのような役目を果たしていくかということに関しては俺には良い案が浮かばない。そういう難しい話はさっぱりなんだ。
「まぁ……難しい話は横に置いて、今は素直に家族の再会を喜ぶのが良いんじゃないですかね」
「あんたが話の発端じゃない」
「そいつは失礼! こいつでも喰らえオラァ!」
「何よこれ……熱っ!?」
そう言って俺は赤ジャージにたこ焼きを差し出した。ははは、全部食った後に中に何が入っているかを教えてやるぜ。そして名状し難い生物を口にしてしまった赤ジャージにはSANチェックを食らわしてやろう。




