第001話~森での発見~
最初だからね、なけなしのストックを吐き出していこうね_(:3」∠)_
さて、森である。
森って一言で言っても色々あるし、人によって持つイメージも違うよね。俺の周囲に広がってる森はね、なんかもう原生林って感じ。簡単に言うとね。
藪! 木! 葉! 虫! ウボァー!
かな、うん。不快指数が急上昇してるよ。まともな藪漕ぎ装備無しに分け入るのはちょっとばかりハード。というかこんなところ漕いで歩いてたら俺の唯一の衣服であるスウェットの上下が凄い速度でボロボロになりそう。
でも荒野で生き延びる術はないので、森に行っちゃう。イクヨーイクイク……独りぼっちは寂しいな。
確固とした目標もなく森の奥に分け入るのは危険なので、荒野との境に近い場所を歩き回る。
一時間ほど探索したところで俺でも登れそうな木を見つけることができた。周囲も少し拓けていてとりあえずの拠点とするのに良さげな場所である。
「さてさて……?」
入念に辺りの様子と木の状態をチェックする。
俺の見る限りは獣などの足跡なし、木に不自然な爪の痕などもなし。蜂や蟻などの危険そうな昆虫なし。
蟻を気にするなんて不思議に思ったかもしれないが、地球に生息している蟻は刺す種がかなりいる。というか、日本の民家の周辺に生息している蟻が安全なだけで、尾の先に毒針を持つ蟻は結構多いのだ。あいつらスズメバチの親戚みたいなもんだからね!
虫といえば、今のところこの辺で見かけた昆虫類で変なのは見つけていない。ここが地球でないどこか遠くの星、あるいは世界だとすれば想像もつかないような怪生物がいてもおかしくないと思うんだけどな。
いや、会いたくはないけどさ。
とにかく安全そうな木なのでゆっくりと無理のないように登ってみる。うん、普通に怖い。地上2mくらいまで登ってみたけど、下を見ると怖いな。これは何かで身体を固定したりしないと寝れないね。
ゆっくりと木から降りて一息吐く。次に何をすべきか。
火か、水かだな。
水があれば食い物がなくても暫くは生存できるだろう。しかし夜を過ごすためには火も必須だ。とりあえず火を起こしてみるか? 知識だけで実際にやったことのないことをやるのだから、まだ余裕があるうちに試してみるのが良いだろう。
まずはできるだけ真っ直ぐな枝を用意する。そして大きめの木片と、よくしなる枝、平べったい石、よく乾いた枝に薪になりそうな木片も集める。
火を熾した時に周りに引火したら俺もバーベキューになってしまうので、拠点の木から少し離れた場所の落ち葉を掃除し、石刃一号くんで少し地面を掘り、大きめの木片を置く。木片は石刃一号くんで削って幾つかくぼみを作る。
そしてまっすぐな枝を折り、先端を削って尖らせる。くぼみに木くずを入れて手で挟み、回す――というのはやらない。余程の身体能力と根性が無いと徒労に終わる上に手に豆ができるとかそういう結果が目に見えるからだ。
ここで俺のスウェットが役に立つ。
「てれててー、腰ひもー」
腰のところできゅっと締めてズボンをずり落ちないようにする紐である。これを抜き、しなる枝に結んで弓にする。この弓の弦となった紐に加工した真っ直ぐな棒を巻き込み、弓を前後させることで回転させて摩擦熱を発生させるのだ。弓きり式の着火というやつである。
平たい石で棒を上から押さえ、摩擦点となる木片のくぼみに火口となる木くずを入れ、あとは弓をひたすら前後させる。
きつい、つらい、弓が弱すぎて折れる、火がつかない……などの紆余曲折を経てなんとか火種を作ることに成功するも着火に失敗する。
「クソァ! 諦めんぞ!」
今度は火口にする木くずをもっと用意する。というかカラカラに乾いた葉っぱを砕いて火口にすれば良いじゃないかと気付いた。私ってほんと馬鹿……ソウルジェムが真っ黒になりそうだ。
そしてついに火を熾すことに成功した。薪も集めておいたので、早速焚き火にする。
「あー、温いんじゃぁ……」
そろそろ日も傾きかけてきたので、火をじっと見つめる作業を中断してあたりの薪を集める。
「ひもじいぜ……」
ぼーっと火を見つめていると、何故こんなことになっているのかという疑問が脳裏によぎってくる。どう考えても異常事態だ。俺は何か知らないうちにこんな目に遭わされるような罪でも犯したのだろうか?
夜空を見上げると、名も知らぬデカい惑星と月が視界に入ってくる。
普通では考えられない状況だ。どう考えてもおかしい。実は俺はもう死んでいて、ここは死後の世界だとかそういうのじゃないんだろうか。
そもそも、俺の地球での最後の記憶はいつだ? 思い出してみる。
確か茶の間でスマホを弄りながらテレビを見ていたんだ。俺に家族は居ない。両親は離婚して、俺を引き取った母親も二年前に脳溢血で突然死してしまった。
親父は親父で新しい家庭を築いているようだったし、邪魔をするのも気が引けたので一人暮らしをしていた。
あの日はちょうど休みで……そうだ、銀行に行こうと思って昼飯を食ってから部屋を出たんだ。俺の記憶はそこまでだな。玄関を出たら異世界サバイバルとかやめてほしい。
異世界、異世界だよな。少なくとも地球ではない。俺も異世界転移モノの主人公か……胸が熱くならないな。何が悲しくて独り寂しく森の中で孤独なサバイバルせなあかんねん。思わず似非関西弁が出るわ。
異世界転移モノの小説は嫌いじゃない。現実を忘れて物語の世界に身を浸すのは癒やされるというか、楽しんでいる間は色々と嫌なことや辛いこと、苦しいことを忘れられる。心の鎮痛剤みたいなものだ。
異世界転移モノが流行っていたのは、きっとみんなここではないどこかへ逃げたいからだったんじゃないかと思う。俺もそんな気持ちが欠片もないかというと、そうでもないし。
だがこんな裸一貫の過酷なサバイバルは望んでねぇ。てめーはダメだ。せめて異世界転移モノお馴染みのチート能力的なものを寄越しやがれ。
電気もガスも水道もある現代日本でヌクヌクと育ってきた生粋の現代っ子だぞ、俺は。平成生まれだぞこのやろう。何もなしにこんな状況で生き残れるわけないだろ! いい加減にしろ!
「ひもじいぜ……」
大事なことなので二回言いました。ついでに言うと結構喉も渇いています。ふぁっきん。ひもじいのはダメですよね。とても悲しい。そして精神力をガリガリと削ってくる。
「明日は食い物、最低でも水を探そう……」
拾った薪が湿っていたのか、生木だったのか煙い。虫よけ、獣よけになるだろうからこれはこれでいいんだけどさ。
膝を抱え込んだままじーっと炎を見つめていると涙が出てきた。これは煙いから出た涙だ、きっとそうだ。ちくしょうめ。
これがなぁ、サバイバル系のゲームだったらFキーとかEキーあたりを押せば焚火を使ったクラフトメニューが出てくるところなんだが……って、ん?
・焼いた肉――素材:生肉×1 ※素材がありません!
・清潔な水――素材:生水×1 ※素材がありません!
・たいまつ――素材:木材×1 ※素材がありません!
「んん!?」
突如焚火に重なるように浮かんだポップアップメニューのようなものに思わず目を剥く。これはクラフトメニュー的なものでは? なんで? やっぱ夢か? 夢なら醒めろ!
再び自分の頬をつねってみたり、荒野で拾ってきた投擲用の石で頭を軽く殴ってみたりするが、やはり夢からは醒めないし普通に痛い。
「受け容れよう、現実を」
兎にも角にもクラフトメニューである。流石ただの焚火なだけあって、大したものは作れないようだが、これは大きな発見だ。
クラフトメニューを意識したから出たのか、それともキー入力を具体的にイメージしたからなのかはわからないが、この現象は使える。これから先、生き延びるのに何かと使えるはずだ。
とりあえずクラフトメニューを閉じられるかどうかなど色々と検証する。
検証の結果、脳裏で具体的なキータッチをイメージすることによって様々な操作ができることが判明した。
目の前にある物体にアクセスするのにはFキーをイメージすることによって可能であること、WSADのキーをイメージすることによって体勢や自身の移動速度、慣性などを無視して前後左右に移動できるということ。
この移動はSHIFTキーを同時に意識することによって高速化するということ。そうするとめちゃくちゃ疲れるということ。
そしてスペースキーのキータッチを意識することによって俺の身長とほぼ同じ高さのジャンプができるということ。これは自前でジャンプした後にも有効で、擬似的に二段ジャンプができる。
他にもCキーで体が勝手に動いてしゃがんだり、長押しで伏せたりすることも判明した。自分自身の身体の動きとこれらの脳裏での操作を意識して併用するととんでもなく奇怪な動きができる。
「これは傍から見たら相当キモい動きなのでは?」
自力で全力ダッシュジャンプしてから更にコマンドジャンプして空中で斜め横にスライド移動をしながら呟く。めっちゃくちゃ高くジャンプできるので、木の上にも簡単に登れる。
だがこれらの移動テクニックはさほど重要な案件ではない。いや、生存にはこれらのコマンド移動を使いこなすのは重要だろうが、それ以上に重要な案件があるのだ。
「Tabキーでインベントリメニューきたコレ!」
そう、多くのサバイバル系のゲームではTabキーを押すことによってインベントリ――つまり所持品を表示できるようになっているのだ。
これがこの世界でも通じた。そしてインベントリメニューからは自身のステータス画面やクラフト台などの施設を使わない基本的なクラフト画面にアクセスできることが多い。
「クラフトメニューキター!!!」
俺のテンションもMAXである。クラフトメニューが使えるならこれから先の生存率は大幅に上がるだろう。何の道具もなく、そこらに落ちているような石ころや木の枝から文明の利器を作り出す力がリアルに手に入るとは。もう、何も怖くない!