第197話~まろびでるもの~
シルフィが母親らしき女性に撫でられているのを横目に見ながら俺は倒れ伏している王様らしき男性の横に跪き、手首を取って脈を測る。彼の身体は氷のように冷たく、またその手首から脈拍を一切感じ取ることはできなかった。やはりライム達に聞いた通り、彼は自らの命を引き換えに自分の妻と娘達の命と時間を凍りつかせて時間を稼いだようだった。
「ライム」
「よんだー?」
俺が呼ぶと天井からべちょりと何かが落下してきた。落下してきた物体は速やかに人の形を作り出し、こてんと首を傾げる。やはり俺達の動向を観察していたらしい。
「王様はもう助からないのか?」
「むりー? 魔力と生命力を全部使って二十年前にもう魂は砕けちゃってるー?」
「そっかぁ……」
なんとか助けられればと思ったが、そうなんでもかんでも上手くは行かないか。
「いずれにせよこのままというわけにはいかないよな……」
ちらりとシルフィの様子を窺うが、まだ母親らしきエルフの女性の胸に顔を埋めて泣いているようだ。勝手に王様の遺体を俺のインベントリに収納するわけにもいかないな。まずはシルフィの姉妹とコンタクトを取っておくか。
俺は立ち上がり、他の二人の姉妹にドリー姉さまと呼ばれていた女性に近づく。見た目的にも三姉妹の中で一番年上に見える女性だ。一番最初に目を覚ましたアクアと呼ばれた女性が青みがかった銀髪、二番目に目覚めたイフ姉さまと喚ばれた女性の髪の毛が輝くような赤髪、そして最後に目覚めたこの女性は正に黄金色と形容するのが相応しいゴージャスな金髪であった。
ドリーさんはともかく、あっちの二人は地球じゃ染めないとあり得ない色だよな。少なくとも俺は自然にあんな髪の毛の色になる人は見たことも聞いたこともない。
「初めまして。私の名前はコースケと言います。黒き森でシルフィ……シルフィエル様に拾われ、命を救われてから解放軍の皆と一緒に聖王国の手からメリナード王国を奪還するために戦ってきました」
「そう、ですか……私はドリアーダ=ダナル=メリナード。シルフィエルの姉です。あちらの赤い髪の子がイフリータ、青銀色の髪の子がアクアウィル、彼女達も同じくシルフィエルの姉です」
「なるほど……あちらの女性は王妃様──皆さんのお母様ということでよろしいですか?」
「はい。セラフィータ=ダナル=メリナード……メリナード国王、イクスウィル=ダナル=メリナードの妻で、私達四姉妹の母です」
「四姉妹……ですよね」
「はい」
そう言ってドリアーダさんは少し困ったような笑みを浮かべる。多分、それは彼女から見てもシルフィの姿形が大きく変容してしまっているからだろう。今のシルフィは外見だけで考えれば今俺の目の前にいるドリアーダさんと同い年くらいか、下手をすると少し年上にでも見えてしまいそうな外見だからだ。
背は恐らくドリアーダさんよりも高いだろうし、色々なところの発育もドリアーダさんと殆ど変わらないだろう。逆に言えば、ドリアーダさんはシルフィより小柄なくらいなのにシルフィ並みに……あまりそういう目で見ると不敬罪とかになりそうだな! とにかくあれだ。とてもすごいです。
複数人掛けのソファで寄り添い合いながらこちらに視線を向けてきているイフリータさんとアクアウィルさんにも視線を向ける。イフリータさんの体格はスラッとしたスレンダー体型、アクアウィルさんはアイラと同レベルのつるーんぺたーん。だが三人とも文句のつけようもない美女、美少女である。聖王国の連中が何が何でも手に入れたいと考えるのも無理は無いのかも知れない、と思える程に。加えて言えば彼女達は一騎当千の兵を生み出す戦略物資でもあるのだ。吐き気のする話だが。
「まず、突然のことで不安に思う部分もあるでしょうが、安心してください。私達はシルフィと共に貴方達を助け、そしてメリナード王国を取り戻すために戦ってきました。そして、その戦いももう終盤です。恐らくは」
「そうなのですね……私達は何年眠っていたのでしょうか?」
「凡そ二十年です。今は眠りから覚めたばかりで身体も辛いでしょうから、詳しい説明は身体を休めた後が良いかと思います」
「そう、ですね……」
彼女がそう言って手を握ったり閉じたりして、ゆっくりと立ち上がったその時であった。
「あ」
「えっ」
立ち上がったドリアーダさんの服がボロボロの塵となって崩れ落ちた。俺の目の前に転び出る二つの果実がたゆんと揺れる。Oh……まーべらす。
突然の出来事に室内の空気が凍りつく。ははは、まるでシルフィが術を解く前みたいじゃないか。
とりあえず俺は目を瞑り、左手で目を覆ってインベントリから清潔な白いシーツを取り出してドリアーダさんがいる方向に差し出した。当然ながら、その際に彼女の身体に触れるようなやらかしはしない。何せしっかり見て距離感はバッチリ掴んでたからね!
「……目を開けても?」
「……はい」
シーツの重みが消えて少ししてから声をかけると、ドリアーダさんの恥ずかしそうな声が返ってきたので目を開いた。そうすると、真っ赤な顔をして白いシーツに包まり、一人がけのソファに座り直したドリアーダさんの姿が視界に入ってきた。
「なんというかその、すみません」
「い、いえ……事故ですから」
そう言うドリアーダさんの声は今にも消え入りそうな小さな声であった。うん、初対面の男に全裸をガン見されたらそうなるよな。でも仕方がないんだ。どんな状況でもあんなものを見せられたら思わずガン見して固まってしまうのは男の性なんだ。むしろ早い段階で復帰して目を塞いでシーツを差し出した俺は褒められても良いはずだ。多分。
「ええと……」
「こ、こっち見ないで!」
イフリータさんの方に目を向けると、彼女は顔を赤くしながら庇うようにアクアウィルさんを抱き寄せ、こちらに掌を突き出してきた。ああ、そんなに動いたら……。
「ひぅっ!?」
「そぉい!」
服が崩れ始めるのを見た俺は素早くインベントリから二枚目のシーツを取り出し、イフリータさん達に投げつけた。
「わぷっ!?」
空中でバサリと華麗に広がった白いシーツがイフリータさんとアクアウィルさんの上に覆い被さる。ふふふ、俺は学習できる男。同じ失敗は二度は繰り返さない。
「メルティ」
「はい」
シルフィ達の方を振り向かずにメルティの名を呼び、インベントリから三枚目のシーツを取り出して肩越しにそれを持ち上げる。そうするとすぐにシーツが俺の手から離れていった。あとはメルティが上手くやってくれるだろう。
「ええと、多分ずっと極低温下にあった服が劣化してたとかそういう感じだよな」
「ん、多分そう。気づかなかった」
「とりあえず各種サイズの服をありったけ吐き出しておく。すまんがライム、俺を部屋の外まで運んでくれ」
「おまかせー」
インベントリの中から女性ものの服を適当に吐き出し、両手で顔を覆って蹲る。そうすると俺の身体が柔らかいものにするりと持ち上げられて運ばれ始めた。ライムは便利で良い子だなぁ。
いや、便利っていうのは悪い意味じゃなくてね? 別に俺は無体に彼女を利用するつもりはないぞ。頼りになるなぁって意味だ。
背後で扉の閉じる音がしたのを確認してから目を開く。そうすると、俺とライムだけでなくエレンも部屋の外に出てきているのがわかった。
「アドル教の聖女が居ては積もる話もできないでしょう。私は気遣いのできる聖女なので」
「なるほど。まぁなんだ、とりあえずシルフィの目的が一つ果たされて良かったよ。できることなら家族は……まぁ一緒に居たほうが良いんだろうしな」
俺は実感が沸かないがね。両親は離婚したし、母親は病気で死んだし、父親とは疎遠だったからな。小さい頃は良い思い出もあったはずなんだが、そんな記憶ももう曖昧だ。
「コースケは家族というものにあまり良い思い出が無いのですか?」
「どうかな。中々に複雑なんだよ。パッと手短に話せるような内容ではないな。この世界とは婚姻というものに対する感覚というか、意識も違うだろうし」
余程信心深い家庭とかじゃない限り、俺の知る日本の婚姻関係ってのはカジュアルというか、役所行って書類を書いて判子を押せばそれでおしまいってイメージだからな。まぁ、実際にはそんなことはないんだろうけど。離婚するとなると慰謝料とか養育費とか色々と面倒な話もあるようだったし。
ただ、両親が離婚するに至る色々を見てきた俺にとっては結婚や家庭なんてものはどうにも縁遠い存在であった。壁、いや液晶モニターの向こうにあるような感覚だ。見ることは出来るけど、障ることはできない。触ろうとも思わない。そんな感じの。
「私はあまり良い思い出はありません。両親はアドル教の経験な信者でしたが、私の力が判明すると同時に私をアドル教に預けてしまいましたから。金貨の袋と引き換えに」
「金貨の袋と引き換えに、ね。それも嫌な話だな」
「まぁ、私は聖女として蝶よ花よといった感じにそれはもう手をかけられて飢えることもなく大事に養育されましたし、両親だった人達も私と引き換えに得た金貨できっと良い暮らしをしたでしょうから。誰も不幸にはなっていないのですけれど」
「俺のちょっと悲しくなった気持ち返してくれる?」
「形のないものを要求するとは……さては心の傷を理由に私に卑猥なことを要求するつもりですね?」
「おー……コースケさくし?」
エレンが赤い目を細め、薄く笑みを浮かべながら自分の身を守るかのように自らの身体を抱き竦め、ライムがものすごく純粋な、それでいてわくわくとした雰囲気を醸し出す瞳で見つめてくる。
「違うから。そういうのじゃないから。あと策士とかじゃないから」
この二人と話しているとどっと疲れる気がする。でも気分は少し軽くなったかもしれない。
「まぁ、シルフィにとっては感動の再会だよなぁ……感動の再会が終わったらデスマーチが始まるんだけど」
「大変ですね」
ふふふ……他人事のように言っているがエレン、君にも手伝ってもらう気満々だからな、俺は。少なくとも俺は! 何を手伝ってもらうかは全く見当もつかないけど、絶対に何か手伝ってもらうからな!
「ライムもてつだうー?」
「そうだなぁ、ライムにも手伝ってもらえそうなことがあったら頼むな。まずはシルフィとか王妃様達の警護を頑張って欲しいけど」
「わかったー」
ライムは素直で可愛いなぁ……とか思っていたら廊下の隅に赤い粘液と緑の粘液がチラリと見えた。ベスとポイゾも来ているらしい。
「あー、つかれたなー、とってもつかれたなー、ベスとポイゾにも癒やして欲しいなー」
「仕方ないわねぇ」
「喚ばれて飛び出て、なのです」
廊下の隅からにゅるりと湧き出してきたベスとポイゾがライムと一緒になって俺を持ち上げてゆらゆらと揺らし始める。俺はお神輿か何かかな?
「……本当に、人でも亜人でも魔物でも関係ないんですね」
「ライム達は魔物というよりは精霊に近い存在っぽいけどなぁ。俺、精霊とか妖精には何故だか好かれる体質らしい。魔力は一欠片も無いみたいなんだけど。それよりもライム達のぷよぷよベッドは一度寝ると病みつきになるぞ。是非試してみると良い」
「……じゃあ少しだけ」
エレンは少し警戒した様子だったが、俺が何の問題もなく寛いでいるのを見てスライムベッドを試すことにしたようだった。ふふふ、聖女すらも駄目にするに違いないこの魔性の快楽を存分に味わうが良い。
「あー……」
「うー……」
「た、たった数分でダメになってる……!」




