第194話~会談~
「さて、ではこちらからの要求を伝えよう。まず、メリネスブルグは我々解放軍によって聖王国の支配から解放されることになる。それにさしあたってメリネスブルグに駐留している聖王国軍には全ての武装を解除してもらう。その上で武器庫の武器はすべて接収させてもらう」
「それだけですか?」
「基本的にはそうだ。我々の目的は旧メリナード王国領の奪還とメリナード王国の再建にある。メリナード王国では亜人と人間の間に扱いの差はない。皆等しく人族だ。だから、我々はアドル教を信じているというだけで誰かを排除することはしない。ただし、メリナード王国の名の下、信仰を理由とした亜人への差別は容認しない。それが受け容れられないなら出ていってもらう」
強制的にでもな、と言葉を付け加えてシルフィは琥珀色の瞳をエレンに向けた。
「なるほど、そちらの要求は理解しました。では、市民に対する虐殺行為や略奪行為はしない、という認識でよろしいですね?」
「基本的にはな。ただ、亜人を手酷く扱ってきた者にはそれ相応の報いを受けさせる。私達は把握しているぞ、お前達聖王国の民が『教化』と称して罪もない亜人達を虐げているのをな」
「……聖王国民全てがそのような行為に手を染めているわけではありません」
シルフィの言葉にエレンが眉間に皺を寄せて静かに呟く。
教化、というのはまぁつまり平たく言えば亜人に対する虐待行為を良いことをした風に言い換えたアレである。
アドル教主流派の教えによれば亜人というのは全て余すこと無く主神アドルに罪の烙印を押された生まれながらの罪人である。よって、正しきアドル教徒は彼らに罰を与え、その罪を贖う手助けをしなければならない、とかなんとか。それらしい御託をいくら並べてもやっていることは単なる虐待行為である。殴る蹴るは当たり前。水や食料を与えずに倒れる寸前まで重労働をさせたり、果にはとても口では言えないような行為も平然と行われているらしい。俺は直接目にしてないけど。
「勿論把握しているさ。そのような行為に手を染めているのが貴族や豪商などの権力者、或いは本来清廉潔白であるはずのアドル教の高位聖職者だということはな。ついでに言えば二十年前の聖王国によるメリナード王国侵攻の理由が魔力持ちを増やすためにエルフを欲しがっていたからだ、ということも知っているぞ」
「……」
シルフィの皮肉にエレンの表情が更に曇る。
「まぁ、そんなことは清らかな聖女様に言っても仕方がないだろうがな。我々がそういったことを理解した上で必要以上の殺生をしようとは思っていないということだけは把握しておけ。私は解放軍の兵に一切の略奪や虐殺を許しはしない。それではお前たちと同じになってしまうからな」
「シルフィエル様」
なおも口を開こうとするシルフィにメルティが横から声をかけ、その先の言葉を中断させた。それでもなおシルフィは何か言葉を口にしようとしたが、意志の力でそれを呑み込み目を瞑る。
「この二十年の間に積もり積もった我々の怨みは決して小さいものではありません。しかし、それはそれ、これはこれです。詳細な話を詰めていきましょう」
そう言ってメルティはメリネスブルグに駐留している聖王国軍の無力化や、臨時統治や防衛体制、治安維持体制について話し合いを始めた。
とりあえず、アドル教というか聖王国の戦力に関しては全て武装解除の上で武具を没収。ただし、治安維持にあたるメリネスブルグの衛兵については軽鎧と警棒、警杖などの捕具については接収対象外とした。突然衛兵が居なくなればメリネスブルグの治安が著しく悪化する可能性が高いからだ。
メリネスブルグ内の治安維持に関しては解放軍の歩兵の一部もメリネスブルグの衛兵隊と共にその任に就くことになるようである。俺の予想ではそれだけでなくハーピィの斥候から人員を出して上空からも事件の監視をするんじゃないかと思っている。ゴーレム通信機があれば市民の通報を待つまでもなく動くことが出来るからな。
その他に当面の間メリネスブルグ内での夜間の外出を制限すること、メリネスブルグの経済活動への影響を最小限に収めるように手配をすることなど具体的な統治に関する話も詳細を詰められていった。
「それで、私達の処分に関してはどうなるのですか?」
話し合いが一段落した頃になってエレンがそう切り出してきた。私達、というのはつまり今までメリネスブルグの指導者的立場であったエレンを含めたアドル教の人間、ということだろう。
「……先程も言ったように我々はアドル教の聖職者だからという理由だけで誰かの命を奪うつもりはない。また、全員の首を飛ばして悦に入るような趣味も持ち合わせては居ないし、そのようなことをしてメリネスブルグの市民に不安を与えることも望んでは居ない。基本的には我々の監視下の下に今まで通りに過ごしてもらう。徐々に我々のやり方に変えていってもらう部分は出てくると思うがな」
「そのような処分とも言えない処分で貴方達の部下は納得するのですか?」
「それはお前の心配することではない」
エレンの質問にピシャリとそう答え、シルフィは席を立った。
「まずは武装解除だ。これ以上の人死にを出したくなければ精々上手く兵達を説得しろ。レオナールは歩兵と銃士隊の半数を率いてメリネスブルグを制圧しろ」
「承知」
「残りの半数とザミル、コースケは私と一緒に王城に向かう。聖女達にも一緒に来てもらうぞ。衛兵隊長のギュスターヴ殿にはレオナールに同行してもらう」
「しょ、承知した」
「わかりました」
鎧を着た衛兵っぽい中年男性はメリネスブルグ衛兵隊のギュスターヴ氏であった。彼の率いる衛兵隊は聖王国軍と一緒に戦場には出ず、メリネスブルグの城壁で迎撃の任に就いていたらしい。
もっとも、ほんの十数分でおよそ2000人の正規軍が挽き肉にされるのを見て早々に降伏を選んだようだが。
悪く言えば臆病者、良く言えば冷静な判断ができる人物、なのかね? 正直言って今の時点では判断が全くつかないな。ただ、彼が徹底抗戦を選択した場合は衛兵にもメリネスブルグ自体にもそれなりに被害が出たことが予想されるので、彼の判断は英断だったと言えると思う。
「私達も王城に同行致しますね」
「そうだな。アイラと魔道士隊にも救命措置に目処がつき次第王城に来るように言ってくれ。私達に同行する歩兵と銃士隊から護衛をつけることにする。それとハーピィの斥候部隊は周辺の偵察に、爆撃部隊はメリネスブルグの監視をするように伝えておけ」
メルティの言葉に頷きながらシルフィが指示を飛ばしていく。メルティの言う私達、というのはメルティと同行している文官衆の事だろう。ここまで彼らの仕事は殆ど無かったが、ここからは彼らの戦場である。
「なんじゃ、終わりか?」
パンケーキを食べ終わってつまらなそうに階段の様子を眺めていたグランデがそう声を上げる。
「ああ、終わりだ」
「ふむ……結局のところ、お主らはなんでそんなにいがみ合ってるんじゃ? 話を聞いていても妾にはとんとわからんかったわ」
「二十年前の戦争に端を発するからな。話せば長くなる」
「ほーん……人間なんて百年も生きられんのに、わざわざ同族同士で殺し合うとか意味がわからんのう」
グランデはそう言って釈然としない表情を浮かべながら席から立ち、翼を広げた。
「コースケは街の中に入るんじゃろ? 妾はついていっても退屈そうじゃから、ちょっと古巣で遊んでくる」
そう言ってグランデは翼を羽ばたかせて瞬く間に空の彼方へと飛び去っていった。その様子を目の当たりにした聖王国側の面々が目を丸くしている。グランデがドラゴンの化身だということをいまのを見てやっと正しく認識できたのかもしれない。確かにあの見た目だとなぁ。ドラゴンっぽいけど幼女とまでは言わないけど細い娘っ子だものなぁ。
「さぁ、行動を始めるぞ。貴方達にも同行してもらう。コースケ、エアボードを出してくれ」
「了解」
メリネスブルグを制圧する部隊はともかく、城に向かう俺達は徒歩でってわけにはいかないものな。結構距離あるし。




