第018話~ギズマはエビっぽい~
「これがギズマの肉か」
プリプリとした食感にほのかな甘み。身を焼く際に一緒に炒められたガリケの香りが非常に食欲を誘う。程よい塩気も合わさり、薄焼きパンが進む。うん、食いごたえのあるガーリックシュリンプだな、これは。こっち風に言えばガリケギズマか。
炒めたオニール――中まで紫色のタマネギみたいな野菜だ――とガリケギズマを挟んだ薄焼きパンに齧り付く。美味い。
「どうだ。そこそこ美味いだろう?」
「うん、美味いな。元がアレだと知らなければなお良かったんだが」
ようやく粉挽き作業から解放された俺はシルフィ達と一緒に遅めの昼食を取っていた。メンバーはシルフィ、俺、キュービ、アイラの四人である。ダナンは先に食べ終えて見回りに行ったらしい。メルティは俺の活躍によって五割増しになった食料の配給計画を立てなければと言って昼飯も食べずに頑張っている。倒れても知らんぞ。
「なんだ? コースケはギズマが嫌いなのか? まぁ好きなやつなんざいねぇだろうけど」
キュービはとっくに食事を終えていた。この席に着いているのはただ俺達と駄弁るためだけらしい。こいつの気安い感じは嫌いじゃないね。
「俺の故郷ではあまり昆虫食の習慣が無くてな。そもそも、ギズマみたいなデカイ虫がいなかった。というか魔物なんてものも居なかったんだが」
「魔物が居ない? そんな事はありえない。魔力があれば魔物は絶対に発生する」
「いや、そもそも魔法自体が存在しなかったんだよ。魔力も無かったんじゃないかな」
「信じ難い。魔力を持たない生物なんて存在しない」
「ここにいるんですがそれは」
「貴方は存在からして不条理」
「酷い」
アイラはジト目でこちらを見ながら小さな口でガリケギズマサンドをもぐもぐとやっている。最初は人見知りしていたようだが、それよりも俺のクラフト能力の不条理さが気になって仕方ないのか今となっては何の遠慮も感じていないようである。最初のあの人見知り具合は一体なんだったのか。気になったなら直接聞いてみよう。
「別に変な意味じゃないんだが、アイラはどうして急に俺に対して人見知りしなくなったんだ? 最初はなんだか目も合わせなかったのに」
俺の質問にアイラは表情を凍りつかせ、三角帽子を目深に被ってしまった。ありゃ、もとに戻っちまったよ。聞くんじゃなかったかな。
「……私達単眼族は人間に嫌われている。醜いから」
「そうなのか。俺は別に気にしないというか、醜いとは思わないが」
アイラは真意を図るかのように上目遣いで俺を見上げてきた。俺はそれを真正面から見返す。うーん、確かに人とはかけ離れた造形だとは思うが、日本じゃモン娘なんていって萌キャラ化してるしなぁ。俺は全然気にならないというか、むしろそういうキャラは割と好きだったから全く気にならない。
「うん、ならいい」
アイラは俺に対する人見知りをやめてくれるようである。よかったよかった。
「コースケはアイラと随分とよろしくしているな?」
「え? 別に普通じゃないか? これから一緒にシルフィを支えていく仲間なんだから仲良くするのは当たり前だろう?」
「ふーん」
上手く躱したつもりだが、シルフィの視線が若干冷たい。もしかして焼き餅? 焼き餅妬いてるの? ご主人様可愛い過ぎるだろう。
「心配しなくても俺はご主人様一筋おごぉ!?」
「日の高いうちから盛るな駄犬」
抱きつこうとしたら綺麗に鳩尾に入った。息ができねぇ。
「へへへ、仲の良いこって」
苦しむ俺を見ながらキュービがニヤニヤと笑っている。この野郎、こっちは痛みと呼吸困難で大変なんだぞ。
「姫殿下、この先はどう動く?」
「うむ、コースケの能力を最大限に活かしてまずは防壁を完成させる。そのために必要なものは粘土だ」
「粘土か。日干し煉瓦を作るのにも使ってるから、集めるのはわけないですぜ」
「それだけでなく、乾燥中の日干し煉瓦に水を添加すればある程度粘土として再利用できると思う」
「だろうな。他に必要なものは燃料だけだったはずだな? コースケ」
「げほっ、ごほっ、い、いえす、まむ」
息も絶え絶えに返事だけはなんとかする。もう少し手加減してくれても良いんですよ?
「では燃料を集めに行くぞ」
「姫様、里周辺の薪は大体拾っちまってますぜ?」
「大丈夫だ、そこでもコースケが役に立つ」
「不条理」
「いや、俺もちょっと思ったわ。なんだよこれ。ズルいだろ?」
「そう言われてもな」
いかにも納得行かない、という表情でアイラが俺を睨みつけ、呆れた表情をしたキュービが地面に倒れている丸太を爪先で軽く小突く。そりゃ俺もそう思いますとしか返せない。
「幹の表面を少し削る程度の打撃で木が倒れ、曲がった木も真っ直ぐになり、しかも生木ではなく加工に適した乾き具合になっている。水が増えるよりも遥かに不条理」
「薪も材木も作り放題じゃねぇか。いくらでも金儲けが出来るぜ」
「だから言っただろう、コースケが我々の命運を握っていると」
シルフィは一人だけ微笑んで得意顔をしている。どうやら機嫌も直してくれたようで良かった良かった。
「これをメルティに見せたら狂喜乱舞する」
「違いねぇな。今度はひたすら木を切らされるぜ。黒き森が丸裸になるんじゃねぇか?」
「ははっ、流石にそこまではやらないだろう。やらないよな?」
おい、お前ら何故目を逸らす。俺の目を見ろ。
「この件はメルティに秘密だ。誤魔化せ。いいな?」
「善処する」
「前向きに検討するぜ」
「ンンー、これでもかってくらいの玉虫色の回答ありがとうよ!」
これはきっとやらされる。間違いない。今のうちに切れるだけ木を切っておこう。
「シルフィ、切れる木をガンガン切っていく。どんどん印をつけていってくれ」
「わかった。アイラとキュービは粘土の調達に動いてくれ。ここは我々だけで十分だ」
「そうですね、姫様がいれば何が来ても大丈夫でしょう」
「姫殿下、私はこの不条理を解き明かしたい。粘土の調達はキュービが伝令に走れば十分」
「む、それもそうか。コースケの力には私も興味がある。キュービ」
「へい、了解です。せいぜい気張れよ、コースケ」
キュービはそう言って風のように駆けていった。腕っぷしは人並みとか言ってたけど、あれを見る限り相当な身体能力を持ってそうだな。
☆★☆
そろそろ日が沈むが、語るべきことはあまり多くない。とにかく木を切りまくった。暫く木は見たくない。切りまくったからな。ちょっとやりすぎと違うか? とシルフィに聞いてみた。
「どうせギズマどもがこの辺りまで来たら森の木々は薙ぎ倒される。ならば大胆に間伐して無為に倒される木を減らしたほうが余程マシというものだ。後始末も大変だしな」
確かに、倒木だらけの森を綺麗にするのは骨が折れるだろうな。労力的にも、下手すると物理的にも。
「おおい、アイラ。そろそろ帰るぞ」
「ん、わかった」
俺が切り倒した丸太に馬乗りになって詳細に検分していたアイラが腰を上げて埃を払った。
「何かわかったか?」
「どうやってこの丸太ができたのかわからないということがわかった」
「なんだそりゃ」
「この丸太は異常。どこを切って調べても木目も乾燥の具合も一定。気味が悪いほどに一定」
「それは確かに異常だな。材木としてはこの上なく理想的だが」
アイラの物言いにシルフィが同意する。アイラの言うことが事実なら、確かに理想的な材木だよな。素人の俺でもそう思う。
「まるで神の業。理解がまるで及ばない。この手斧だって魔力も何も宿していない、いたって普通の手斧。なのにコースケが使うと異常なことが起きる。実に不条理」
ずいっとアイラが俺の手斧を突き出してきたので、素直に受け取る。今日の伐採にはこの手斧じゃなく鋼鉄の斧を使ったんだが、どうしても調べさせろと言うから手斧でも同じように材木を確保できることを見せてから預けていたのだ。結局何もわからなかったようだけど。
「結論としては俺にしか使えない何かよくわからないけど不思議なパワー、ってことで」
「不条理すぎてキレそう」
「ご主人様、この子怖いんですけど」
「アイラは……所謂真理の探究者でな。自分の理解できないものが我慢ならん性質なんだ。魔法の腕も抜群で、頭も良い子だぞ」
ツイッと目を逸らしながらシルフィがそう言う。つまりアレですね? 研究バカの類なわけですね? で、俺はその研究対象としてロックオンされたと。そのうちアイラに解剖させろとか言われないだろうか? 言われないよな? 流石にそれはないよな。
「もう解剖するしか」
「おおい!? ボソっと恐ろしい事を呟くなよ! ご主人様! この子怖い! たすけて!」
「ははは、アイラなりの場を和ませるジョークだろう」
「そう、ジョーク。いくら私でも生きている人を解剖するだなんて蛮行はしない。生きている間は」
「それって死んだら何の躊躇もなく解剖するってことじゃね? なんなら殺すまで含んでない? 大丈夫?」
「……大丈夫」
何だよその微妙な間は。おい、目を逸らすんじゃない。俺の目を見てそう言え。
そんなアイラからできるだけ距離を取りつつ里に戻ると、小山のように盛られた土が俺を待っていた。
いや、現実から目を逸らすのはやめよう。これは粘土の山だ。
「よう、随分頑張ってたようだな」
「嘘だと言ってよバーニィ」
「誰だそれは。俺の名前はキュービだっつうの」
思わず失意体前屈をしてしまった俺の頭上からキュービの呆れ返った声が降ってくる。ネタが通じないのは悲しいなぁ。いや、それよりも問題は目の前の粘土の山だ。今からこれをシャベルで掘ってインベントリに入れるとなると、晩飯が遅れるのは必定。日中斧を振り続けていた俺のお腹はペコちゃんである。それは避けたい。
「シルフィ、流石に暗くなったら作業効率も落ちるし、作業は明日に」
「当たり前だ。いくら状況が切迫してるとは言え、私とて鬼ではないぞ」
震えながら意見する俺に流石のシルフィも苦笑いを返してくる。
「ダナンに命じて斥候は出している。明日にでもギズマが押し寄せてくるという状況なら無理もしてもらうが、幸いそういう状況ではない。切り詰められる時間は切り詰めていくべきだと思うがな」
「さすがご主人様、話がわかる」
「粘土は明日も集めさせる。今日はうちの裏庭で燃料だけ作っておけ」
「わかった」
簡易炉で木炭を作るだけなら燃料と材料を放り込んで日の落ちている間に作って置けば良い。楽勝だな。
シルフィは粘土の小山の周りにいる難民達に声をかけにいき、通りがかった女性の難民から何か包みを受け取って戻ってきた。
「なんだそれ?」
「夕飯に食べてくれ、だそうだ。お前の分も自主的に渡してくれたぞ?」
「ふん? 少しは俺も受け容れられたのかね?」
「昼間に一生懸命石臼を挽いてたのが良かったのかもな」
「やめてくれ、思い出したくない」
あれは酷い重労働だった。ひたすら持ち込まれるトウモロコシの実のような穀物を延々と挽かされたからな。え? クラフト能力なら石臼を回す必要はないだろうって? 勿論俺もそう思っていたさ。だが、アイラに言われてクラフトに使っている石臼を回してみたらクラフト時間が飛躍的に短縮されたんだよ。それをポロッと零してしまったのがいけなかった。
どんどん穀物粉を作りたいメルティと俺の力を解き明かしたいアイラの思惑が見事に重なった結果、俺は虚無の心を抱えてただクソ重い石臼を回す機械になったからね。まるで哀れな奴隷を見るかのような難民の皆さんの視線が突き刺さること突き刺さること。まぁ奴隷なんですけどね!
HAHAHAHAHA!
「とにかく、家で休むとしよう。色々と話し合うこともあるだろう?」
「そうだな」
防壁を何とかする目処はついたから、次は肝心の迎撃について話を詰めていかなきゃならない。難民にどれだけの武器を持たせるのか、矢玉はどの程度必要なのか、食料は? 水は? エルフの支援は? とまだまだ詰めなきゃならないことが多い。休む暇もないな。
これくらいの文量が読みやすいんだろうか……短い?_(:3」∠)_




